162 もう一つの戦い(3)
ガルーダ盆地に鳥が両翼を広げたような布陣を敷くと、ゾイアは、ヨゼフが新しく誂えてくれていたという簡易甲冑を身に着けた。
内側から圧力がかかると、簡単に留め金が外れて分解するようになっている。
「いいもの造ってもらったじゃねえか」
揶揄うようにロックに言われ、ゾイアも苦笑した。
「度々鎧を壊したり、胴着を破ったりしたのでな」
「まあ、そこがおっさんの最大の強みでもあるからな」
「われとすれば、もう少し力を制御できれば良いと思うのだが」
「へえ、そうかい?」
ほんの一瞬だけ、ロックの目が赤く光ったが、ゾイアは気づかなかった。
ロックが部下たちへの最終連絡に行ってしまうと、ゾイアは大剣を両手に持ったまま騎乗した。
すっかり大剣の扱いに慣れたようだ。
と、今行ったばかりのロックが駆け戻って来た。
「おっさん、敵の先頭部隊がいきなり突撃して来てる!」
「よし! 迎え撃とう! 鬨を上げ、弓隊に射掛けるように伝えてくれ!」
「わかった!」
だが、その時にはもう、ゾイアの見える位置まで敵が迫って来ていた。
ざっと五百名、全員巨漢である。
しかも、手に手に、大薙刀、戦斧、鎚矛など、間合いの長い武器を持って騎乗している。
突撃を止めよう立ち向かったゾイア側の歩兵や騎兵が、それらの長柄の武器によって、次々に薙ぎ倒されていく。
まるで重さを感じていないかのように、グレイブなどを振り回しているのだ。
信じ難い程の怪力であった。
「いかん!」
ゾイアは両手に大剣を握り、愛馬を走らせた。
とにかく力の強い馬をと選びぬいたもので、大柄なゾイアとその武具を乗せても、風のように走る。
そのゾイアさえ見上げるような大男が、最前線でグレイブを振るっていた。
ゾイアの姿を見つけると、嬉しそうに笑った。
髪の毛がなく、眉が赤い。
「おお、獣人将軍御自らお出ましとは、運がいい! おれの名はダグディン! 一騎討ちを所望する!」
「われはゾイア! 望むところだ!」
ゾイアが名乗りを上げた瞬間、殆ど何の予備動作もなく、ダグディンのグレイブが振り下ろされて来た。
異常とも云える速さである。
ゾイアは、辛うじて大剣を交叉させ、それを受け止めた。
金属同士がぶつかる大きな音がする。
が、ダグディンはそのまま怪力で大剣を圧し切るように、グイグイと力を籠めてくる。
「このまま剣ごと斬ってやる!」
「ぐっ!」
それを押し返そうとするゾイアに、早くも変化が起きた。
腕の筋肉が盛り上がり、太さが倍ぐらいになった。
だが、爪は変化せず、確り大剣を握ったままだ。
ダグディンのグレイブが徐々に押し戻されていく。
と、サッとそれを引き上げ、空中で鳥が反転するようにクルリと向きを変えると、真横からゾイアの胴体を狙ってきた。
「もらったあ!」
「うおっ!」
ゾイアは交叉させていた大剣を離し、その一本を立ててグレイブを受けたが、ボキッと鈍い音がして折れてしまった。
グレイブは少し勢いを削がれたものの、ガツッとゾイアの簡易甲冑に喰い込んだ。
その裂け目から、血が溢れ出す。
「ぐあああっ!」
一旦グレイブを引き抜いたダグディンは、再び真上から振り下ろした。
「あの世とやらへ送ってやるぜ! この獣野郎め!」
ガツンと音がして、グレイブが止まった。
ゾイアがもう一本の大剣で受け止めたのだ。
しかし、ギリギリと音を立ててグレイブが圧し下げられて来る。
だが、ゾイアにまた変化が起きた。
傷口から流れていた血が止まり、グッと胴体が膨らんで、簡易甲冑の留め金が弾け飛んだ。
甲冑がバラバラと分解して、上半身が剥き出しになる。
脇腹にあった傷口がスーッと閉じて、一本の線となったが、それもすぐに消えた。
ところが、いつものような黒い毛は生えてこず、その代わり、肩甲骨の辺りに二つの突起が出て来た。
突起はみるみるうちに大きく伸び、そこに羽毛のようなものが生えてきた。
鷲や鷹のような猛禽類の羽根のようだが、勿論その何倍も大きい。
「な、なんじゃ、こいつ?」
ダグディンが怯んで力が抜けた隙を逃さず、大剣でグレイブを弾き返すと、ゾイアは馬上から跳び上がった。
いや、文字どおり、飛び立った、と云うべきだろう。
猛禽類のような羽根をバサリ、バサリと羽ばたかせ、空中に浮かび上がると、驚きのあまり呆然としているダグディン目掛け、大剣を投じた。
大剣はヒュッと一直線に飛び、ダグディンを頭から串刺しにした。
「がっ!」
声にならぬ声を上げて絶命したダグディンからグレイブを奪い取ると、ゾイアは飛行しながらそれを振るって、巨漢の闘士部隊を次々に斃していく。
遠くの方からそれを見つめるロックの目が、真っ赤に光っていた。
「おお、鳥人化も可能となったのか! 愈々最終形態が近いぞ!」
一方のザクブルは、優勢に攻め込んでいたはずの闘士部隊が、まるで恐慌状態に陥ったように逃げ戻って来るのを見て、闘士試合の時の恐怖が蘇ってきた。
「やっぱり、あいつの所為なのか?」
いつでも逃げられるように騎乗して、前方を望むと、信じ難いものが見えてきた。
大きく翼を広げた、人間程もある怪鳥が飛んで来る。
「な、何だ、あれは?」
怪鳥の顔が見えた。勿論ゾイアである。
「うわっ!」
ザクブルは、ゴテゴテと飾りの付いたバトラックスを投げつけたが、ゾイアのグレイブに弾かれた。
「た、退却だああーっ!」
そう叫びながら、ザクブル自身が真っ先に逃げ出していた。