150 前哨戦(6)
襲い来る蛮族を次々と斃しながらも、さすがにキリがなく、ゾイアの無尽蔵とも思える体力も、そろそろ限界かと見えた時、突如背後の正門が開く気配がし、程なく騎兵部隊が突入して来た。
「おお!」
ゾイアにも、急に正門が開いた事情はわからぬながら、自分が助かったことだけは、ハッキリわかった。
思わず、その場にへたり込みそうになったが、未だ周囲は敵だらけである。
騎兵部隊の後から、続々と歩兵部隊も入って来たが、まだまだ混戦模様であった。
特に、半月刀を振るうメギラ族たちの強さが際立っている。
「よくも、刀、折ったな」
先程ゾイアに半月刀を折られたメギラ族の男が、ゾイアを真似てか、半月刀を両手に持って迫って来た。
ゾイアは両手の大剣を交差させ、一気に左右に開いて相手の半月刀を両方弾き飛ばし、その勢いのまま両手を高く上げ、左右同時に斬り下ろした。
「がはっ!」
男は一瞬で絶命した。
「双剣術は、付け焼刃では無理だぞ」
ゾイアは、言い聞かせるように告げたが、勿論相手はもう死んでいる。
ふと、背後に異質な視線を感じ、ゾイアが振り向くと、そこにロックがいた。
ほんの一瞬、ロックの目が真っ赤に光って見えたが、もう一度目を凝らすと、いつものお道化たようなクリッとした目に変わっていた。
「おっさん! 大丈夫か?」
「ああ、うむ」
ゾイアは、曖昧な返事をしながら、ペテオに言われたことを想い出さざるを得なかった。
冷たい、こちらを観察するような視線。
さっきは、それをハッキリ感じたのだ。
「どうした、おっさん? なんか、中途半端な状態だな?」
ゾイアの戸惑いなど知らぬげに、ロックは不躾に訊いてくる。
確かに、剛毛が伸びて胸板が分厚くなっているのに、顔はほぼ平板なままで、手には鉤爪がない。
これを、中途半端とみるか、合理的とみるか。
「まあ、なんとなく、こうなった。われにもよくわからん。それより、こんな前線に出て来て、おまえこそ大丈夫なのか?」
ロックが口を尖らせた。
「そりゃ、おっさんが心配で、危険を冒しても見に来たに決まってんじゃん!」
「おお、そうか。それはすまん。ところで、どうだ戦況は?」
ゾイアは、一先ず、話を逸らした。
ロックに何らかの異常事態が起きているとしても、緊急ではない、と判断したのだ。
「うん。バポロの阿呆が正門を開けてくれたお陰で、一気に流れがこっちに傾いたよ」
「ほう、バポロが」
「そうさ。向こうにしてみりゃ、どんなに強い敵より、臆病な味方の方が恐ろしい、ってとこだろうな」
「なるほど。『暁の軍団』は、バポロと小姓ぐらいしか砦に残っていないと、おまえが言っていたな。つまり、体のいい人質ということだ。可哀想に」
「ふん! 同情なんざ無用だよ! あいつとリゲスに殺されかけたのを忘れたのかい?」
「無論覚えているさ。しかし、今日は生命の恩人だ」
「おいおい、今の言葉、絶対本人の前で言うなよ。褒美をくれとか、言い出すぜ!」
ゾイアも苦笑した。
もう、胸板も平常に戻り、剛毛もすっかり薄くなっている。
「言いかねんな。わかったよ。ところで、その本人は、今どうしている?」
「ああ、一応おいらの情報部隊で身柄を預かってる。一度裏切りをした者は、二度目も三度目も裏切る、ってのは、この戦乱の世の常識だからさ」
「そうだな。処断は落ち着いてから考えよう」
「もう、落ち着いたよ」
ロックの言うとおり、あれほど頑強に抵抗していた蛮族も、近くには全くいなくなっていた。
ちょうどそこに騎兵部隊の伝令が戻って来た。
「ゾイア将軍に申し上げます! 各方面、蛮族を追い詰めましたが、皆城壁を越えて濠に飛び込み、逃げて行きます! 如何いたしましょう?」
ゾイアはニヤリと笑った。
「構わん、逃がしてやれ! 当座、北方に戻っていてくれれば、それでよい!」
ロックも頷いた。
「いい判断だと思うよ。深追いしたって、こっちの犠牲が増えるだけだ。それより、この砦をこっちが確保できたことが大きい。今夜は祝宴だね!」
「まあ、そこまで派手にやることはないが、労ってやりたい。差配は、おまえに任せる。だが、本番は明日以降だ。ワルテール平原に着いてフラつくようでは困るぞ」
「わかってるって!」
嬉しそうに笑うロックを見て、ゾイアの疑いの気持ちの方がフラついていた。
だが、ゾイアの視線が逸れた瞬間、赤い目になったロックが、ゾイアに聞こえないような小さな掠れた声で、「着実に進化しておるようだな」と呟いていた。
その頃、先にワルテール平原に到着していたニノフは、周辺の地図を眺めながら頻りに首を捻っていた。
「やはりおかしい。不自然だ」