148 前哨戦(4)
「はあ? 何を訳わかんないこと言ってんだよ!」
呆れるロックに直接は応えず、ゾイアは楽しくて堪らぬように、「おお、これも準備せねば」と荷車から大剣を二本取り出した。
それを両手に持ち、重さなどないかのように同時にクルクル回す。
「えっ、その技は、確か……」
何か思い出そうとしているロックに、ゾイアは嬉しそうに問うた。
「おお、ロックもこれを知っていたのか?」
「いや、おいらだって、別に見たことがあるわけじゃない。仕事柄、各国の支配者の情報を収集してるからさ。ガルマニア帝国のゲール皇帝が大剣二本を同時に使う双剣術の達人だってのは、有名な話だよ」
ゾイアは大きく頷いた。
「そうだ。われも人伝にそれを聞き、自分なりに練習した。ゲール皇帝程ではなかろうが、それなりに使えるつもりだ」
「でも、どうして?」
ゾイアは遠くを見つめ、「北方に探索に行った時のことを覚えているか?」と、逆に訊いた。
何故かロックは目を逸らした。
「ああ、うん、覚えてるさ」
「あの時、われはカーンが造ったという鉄の橋を渡った。だが、ペテオに命じて通路部分に石油を撒かせ、火を点けさせたから、橋の縁の鉄柵の上を通らざるを得なかった。幅は足裏ぐらいしかない。落ちれば千尋の谷だ。その際、長剣を一本持っていたのだが、どうにも均衡がとれなかった。傍目には楽々と走り抜けたように見えたろうが、内心、二三度ヒヤリとした。その際思ったのだ。こういう場合には左右に剣を持つべきだと。そこで、北方から戻ってから、密かに練習していた、というわけだ」
感心するのを通り越して、ロックは笑い出した。
「おっさんらしいよ」
ゾイアもつられて少し笑顔になったが、すぐに表情を引き締めた。
「だが、実戦で使うのは、無論初めてだ。素早く渡るつもりだが、向こうとて手を拱いてはおらんだろう。援護が必要だ。騎兵部隊には、ニノフ将軍から教わった騎射を訓練してある。止まらず、同じ経路を通らず、正門に向かって射掛けるようにと、指示を伝えてくれ」
「了解!」
そう告げるなり行こうとして、ロックは振り返り、「おっさん、あんまり無茶はすんなよ!」と手を振った。
「ああ、わかっている!」
そうロックに応えると、ゾイアは綱の端を繋いだ鉄の杭の前に立った。
少し考えて、甲冑は全て脱いだ。
あとは下着同然の胴着だけしか身につけていない。
防御することより、身軽な方がいいと考えたのだろう。
その状態で、両手に抜身の大剣を持った。
一方、ロックから指示が伝わった騎兵部隊が、次々と弧を描くように正門に接近し、騎乗のまま矢を射ては、ヒラリと離れる、という行動を始めた。
それを受けて、一旦止んでいた蛮族側の矢の雨も、再び激しくなってきた。
但し、騎兵部隊に誘導され、中央から左右に散っている。
ゾイアは大きく息を吸った。
「では、参る!」
大柄なゾイアが、軽業師のようにフワリと飛んだ。
ピンと張られたロープの上に、右足を前、左足を後ろに、同時に乗せた。
さすがにロープが大きく撓んだが、地面に付くほどではない。
その状態で、両手の大剣をクルクル回しながら、ゾイアはロープを渡り始めた。
何事かと見ていた蛮族たちが、「ホーイ!」と声を掛け合い、左右に散っていた矢を、再び中央に集めだした。
飛んでくる矢を左右の大剣で弾き飛ばしながら、ゾイアは恐るべき速さでロープを渡って行く。
だが、三分の二を過ぎた辺りで、避け切れなかった矢が一本、ゾイアの右の太腿に突き刺さった。
「ぐあっ!」
途中で止まったためにバランスを崩し、ロープの上でゾイアの体が大きく左右に揺れる。
逆にそれが幸いして、蛮族側も狙いを定められないようだが、それでも、さらに数本、腕や足に刺さった。
次の瞬間、ゾイアの口から、猛獣の如き咆哮が上がった。
見る間に体が剛毛で覆われ、筋肉が倍ほどに膨らんで薄い胴着がビリビリと裂けた。
内側からの圧力で、刺さった矢が次々に押し出される。
ゾイアはもう一度咆哮すると、ロープの反動を利用してその場から大きく跳躍し、正門の上を飛び越えて内部に侵入した。