146 前哨戦(2)
副将のペテオとの打ち合わせを済ませると、ゾイアは全軍八千名に出立を命じた。
ペテオの率いる半分は南へ、ゾイアは残る半分を連れて一路『暁の軍団』の砦を目指す。
騎乗するゾイアの隣には、当然の如くロックの馬が並走していた。
厳しい訓練の成果で、二人が初めて出会った頃よりは、身体つきも随分逞しくなっている。
それでも、ゾイアに比べると、腕の太さなどは半分ぐらいしかない。
「おっさん、おいらの顔に何か付いてんのか?」
いきなりロックに訊かれ、ゾイアは自分の視線がロックに向いていたことに初めて気づいた。
因みに、ペテオ同様、ロックにも対等に話すよう言ってある。
「おお、すまん。おまえも馬に乗り馴れたものだなと、感心していたのだ」
咄嗟に、日頃から思っていたことを告げて誤魔化したが、ロックは嬉しそうに笑った。
「だろ? 沿海諸国の人間はみんな海で鍛えてるから、身体を動かすのは得意なのさ。ただ、狭くて入り組んだ地形のせいで、馬に乗る習慣がないだけなんだ」
「なるほど。逆に、水を怖れていた蛮族たちも、器用に舟を漕いでスカンポ河を渡ったしな。本来不慣れなはずの籠城戦にも、今では長けているかもしれん」
ゾイアは上手く話を繋いで、喫緊の課題に誘導した。
ロックも頷き、情報部隊の長として意見を述べた。
「それは言えてる。実際、最早野盗の砦とは云えないくらい改修されてるしね。濠も空だったのが、今は満々と水を湛えてるよ。周囲に逆茂木も廻らされてる。おっさんが覆面の闘士として出場した時とは、別物と思った方がいい」
「うむ。普通の城を攻めるつもりで取り掛かろう。で、留守居の部隊はどうなっている?」
「ああ、従兄弟のリゲスの伝手を辿って調べた限りじゃ、蛮族の各部族の混成部隊が約二千、『暁の軍団』で砦に残ったのは、団長のバポロ以下僅か数名らしい」
「ほう、そうか。そう言えば、あれからリゲスとは連絡を取っているのか?」
ゾイアが覆面の闘士として闘った試合の際には、二人ともリゲスに騙されて危うく命を落とすところだった。
あの時は、ゾイアが変身して大暴れし、逆に、リゲスの方が生命辛々逃げて行ったはずである。
ロックは苦笑して首を振った。
「まさか。こっちが良くても、向こうは完全にビビってるさ。バポロみたく、お漏らしはしなかったけどね」
「わかった。とにかく、その人員構成では、統制はとれていまい。少しでも戦況が悪くなれば、忽ち瓦解するだろう」
「そうだと、いいけど」
「いや、そうせねばならんのだ。一刻も早く、ペテオたちが待っているワルテール平原に駆けつけてやらねばならんからな」
その後、ゾイアの軍は行軍速度をやや速めて進み、砦の手前で小休止した。
すでに日は中天に懸かっている。
再度出発する前に、ゾイアは全員に聞こえるような大音声で、檄を飛ばした。
「これより先、もう休止はせずに一気呵成に砦を攻める! 日没までに片を付け、奪った砦で今夜はゆっくり休もう! 皆、奮え!」
全軍から、どよもすような「おおおーっ!」という雄叫びが上がった。
更に速度を上げ、並んで馬を走らせながら、ロックが少し皮肉めいた笑顔で、ゾイアに話し掛けて来た。
「おっさんらしくねえな」
「何がだ?」
「さっきの演説さ。ゆっくり休もうなんて、戦の前に言うことかよ」
「そのとおりだ。だが、おまえも気づいているだろうが、全軍に心の疲れが見える」
「心の疲れ?」
「ああ。北方警備軍は、千年もの間、北長城という殻を背負って戦ってきた。少しでも戦況が不利になれば、一旦長城に戻り、英気を養ってから再出撃できた。今はそれができない。謂わば、剥き身の貝のような状態だ。渡河した当初はともかく、少しずつその心の疲れが溜まってきている」
つまり、ストレスということであろう。
「その心の疲れを解すってことかい?」
「うむ。それには手早く勝つこと、そして休むことだ。その後が本番だからな」
「へえ、そこまで考えてんのか」
「無論だ。そのための秘策もある」
珍しく、ゾイアはニヤリと悪戯っぽく笑った。