140 ミッシングリンク
動揺を悟られまいと、ニノフは表情を消した。
その上で、努めて平静な声で、「おれも、とは?」と聞き返した。
ケロニウスは、寧ろ自ら進んで緊張を和らげた。
身体の力を抜き、微笑みすら浮かべている。
薬草茶のカップを手に取り、「頂戴します」と一口飲んで喉を湿してから、話し始めた。
ざっくばらんに申し上げる。
将軍もお聞き及びかと思うが、バローニャにて戴冠式に臨んだウルス王子は、突如女子の姿となったという。
まあ、わしにしてみれば、驚きでも何でもない普通のことですが、知らぬ者にとっては、さては魔女か、ということになりましょうな。
こうなることを懼れ、人前ではお姿を見せぬよう王女にお願いしておいたのだが、一途な気性故、隠したまま即位することを潔しとはされなかったのでしょう。
それもわかり申す。
ああ、繰り言のようなことばかりで、すみませぬ。
そもそものところから、お話しすべきでした。
先日少し申し上げたように、カルス王にアルゴドラスの聖剣を渡すことを拒絶したエイサは、その代わり、ウルス王子の留学を受け入れることとなりました。
カルス王との経緯もあって、身構えておったわしらにとって拍子抜けするほど、素直な良い子であられましたよ。
ただ、バロード王家のお血筋にも拘らず、全くと云ってよい程理気力がなく、魔道を身につけることはできませんでした。
また、これは幼いお子には無理もないことですが、政治向きの話には興味を示されませんでした。
ただ、本がお好きで、エイサの書庫に入り浸っては、読書をされておりました。
長老たちの見解は、王としての資質はもの足りぬが、将来、有能な家臣に補佐させるならば、却って名君となるであろう、というものでした。
理気力についても、いずれ歳を重ねれば発現するかもしれない、と。
よって、成長の様子を見て、アルゴドラスの聖剣を引き渡してもよい、ということになり、カルス王にもそうお伝えしました。
担当教官であるわしには不満の残る結果でしたが、せめて魔道の知識だけでもお伝えして置こうと、残り僅かとなった留学期間を共に過ごしておりました。
そんなある日のことです。
細かなやり取りはもう忘れましたが、わしは不用意にカルス王を非難してしまいました。
すると、普段感情を露にすることのないウルス王子が顔色を変え、急に俯いたかと思うと顔を上げ、「無礼者!」と叫んだのです。
同時に、突き出された掌から強烈な理気力の波動が放たれ、わしの身体は吹き飛ばされました。
最初、何が起こったのかわからず、わしも狼狽えましたが、それ以上に動揺した「ああっ、ごめんなさい!」という声を聞いて、愕然としました。
それが、どう聞いても、女の声であったからです。
よく見ると、コバルトブルーだった王子の瞳の色が、灰色に近い薄いブルーに変わっており、顔の輪郭も細っそりしておりました。
わしには、ピンとくるものがありました。
わしの専門は魔道の歴史です。
魔道の源流は失われた古代ダフィニア島にあったとされており、中でも両性族が強い力を持っていた、と云われております。
かのアルゴドラス聖王も、その一族の出身であったとの伝説もございます。
そこでわしは、ウルス王子は先祖返りなのかもしれぬ、と思ったのです。
落ち着いたところで、ゆっくり話を聞き、ウルス王子の双子の姉、ウルスラ王女の存在を知りました。
身体は一つでも、全く別の人格でした。
留学の前、カルス王から秘密にするよう厳しく言われて来たので、内緒にして欲しいと頼まれました。
わしは約束しました。誰にも言わないと。
そして、今日まで守ってきました。
ウルスラ王女が自ら告白されなければ、このまま墓場まで持って行くつもりでした。
しかし、王女が決断されたことは、結果はともかく、良かったと思います。
わしが王女に教えることができたのは短い期間でしたが、わしは確信しました。
このお方こそ、王に、いや、女王に相応しいと。
これから苦難の道を歩まれるでしょうが、それもまた、ご自分で選ばれたのです。
本当にご立派だと思います。
ああ、随分回り道をしてしまいました。話を戻しましょう。
ウルスラ王女に接するようになって、一つ気づいたことがございます。
ウルス王子である時にも、本来ないはずの女性の霊光が見えていることを。
そして、ニノフ将軍、あなたにも。
ああ、いや、今お答えをいただかなくても結構です。
わしに仰りたくなったら、でよいのです。
もし、将軍がそうであるならば、わしの永年の疑問が解けるのです。
わしは、ウルス王子は突発的な先祖返りと思っておったのです。
しかし、異母兄に当たられるニノフ将軍もまたそうなら、答えは自ずから明らかです。
お二方の父、カルス王もまたそうであろうと。
そして、恐らくは、王を産んだ後、姿を消したとされる舞姫もまた。
ニノフの些細な変化も見逃すまいと見つめているケロニウスの視線を、痛い程に感じながらも、ニノフは表情を変えなかった。
「残念ですが、お話の意味がよくわかりません。おれは軍人です。戦いの中にしか、答えはないと思っています。今回、ウルス王子が即位され、母国奪還の軍を率いて来られるならば、正々堂々と一戦交えるつもりでした。相手が父であっても、同じことです」
ケロニウスは失望したように顔を歪めながら、「その、カルス王が生きておられるという話ですが……」と言いかけた。
と、外からドンドンと扉を叩く音がし、帰ったはずのボローの大声が聞こえてきた。
「ニノフ! 大変だ! 蛮族と『暁の軍団』の連合軍が、国境付近に続々と集結しているらしい! その数、凡そ一万二千!」