135 偽りの戴冠式(4)
戴冠式の前日のことである。
「すると、王女は自分が即位するつもりなのか?」
タロスにそう尋ねたのは、ボップ族のギータである。
二人とも、まだ巡礼用の宿坊にいた。
いつの間にか、部屋の入口近くにギータ、奥の隅にタロスという居場所も固定化していた。
用心のため、タロスは室内でもフードを被ったままだ。
「ああ」
タロスの返事は素っ気ない。
明日行われるはずの戴冠式のことが気懸りで、何も考えられないようである。
しかし、ギータは異見を述べた。
「うーん、それはどうじゃろう?」
「どう、とは?」
「年齢のことは、まあいいとしよう。しかし、如何に王家の血筋とは云え、バロードに女王の例はなかろう。縦しんば例があったところで、ウルスラ王女の場合は特殊過ぎる。ウルス王子との関係性を説明するだけでも一苦労じゃ。とても他所の国の納得は得られまい」
「納得されずとも、そうするより他にない、と仰っている」
タロス自身も、納得しているようには見えなかった。
と、二人がいる部屋の中央の空中に、ポッと光る点が現れた。
「な、何じゃ、これは?」
ギータが叫ぶのと当時に、タロスは剣を抜いて身構えた。
光る点は急激に大きくなり、球体となったが、天井に届くかと思える程膨らんだところで、パチンと弾けた。
弾けた光の球の中から、二人の人間が出現した。
ウルスラとツイムである。
二人とも血塗れであった。
「ウルスラさま!」
タロスは剣を捨てて駆け寄った。
ウルスラが怪我をしていると思ったのである。
「ああ、タロスなのね。わたしは大丈夫。でもツイムが……」
「わしが見ましょう。多少心得がありまする」
そう言ってギータがツイムの傷を確認した。
「うーむ。深手じゃな。取り敢えず止血して、傷を塞ぎましょう。幸い、旅行用に薬は色々持ってきております。手当をして、一晩寝かせれば、何とか助かると思いまする」
「でも、追っ手が」
ウルスラの言葉に、タロスが反応した。
「なんと、明日の戴冠式を邪魔しようと、カルボンめが兵を差し向けたのですか?」
だが、ウルスラの返事は意外なものであった。
「明日? だって、たった今まで」
そこでハッとしたように、「今日は何日?」とタロスに聞いた。
「え、今日、でございますか?」
訳もわからず日付を伝えると、ウルスラは深く息を吐いた。
「良かった。それなら、一日猶予があるわ」
意味がわからず、戸惑っているタロスをギータが叱咤した。
「疑問は後じゃ! 一刻も早く、この男の手当てをせねば!」
「あ、ああ、無論だ」
テキパキとツイムの手当てをするギータを祈るように見つめながら、ウルスラは「でも、どうして?」と呟いていた。
そして、話は戴冠式当日に戻る。
ウルスラが即位を宣言した会場は、不気味なほど静かだった。
いや、その静寂の中、小さな含み笑いが聞こえてきた。
それはだんだんに大きくなり、哄笑にまで高まった。
笑っているのは、祭主役のエピゴネスであった。
だが、その目は決して笑っていなかった。
「語るに落ちたな、この魔女め。純真なウルス王子を誑かし、憑依したのであろう。いや、最早一心同体であるというなら、ウルス王子も同罪じゃ!」
会場の中から「やっぱり魔女じゃないか!」と声が上がり、次第に会場全体が熱狂するように同じ叫びを上げ始めた。
「魔女よ!」
「魔女だ!」
「魔女を許すな!」
「魔女を吊るせ!」
「魔女を火炙りにしろ!」
ツイムだけは、「違う! ウルスラさまは魔女などではない!」と否定するが、会場の怒号に掻き消されてしまう。
それに勢いを得て、エピゴネスは衛兵たちに命じた。
「何をしておる! 早くこの魔女を捕らえよ!」
ブロシウスの意識があれば恐らく止めたであろうが、未だに気絶したままであった。
衛兵たちも、得体の知れない魔女への恐怖から、次々と剣を抜き放った。
「し、神妙にしろ!」
剣を振り翳してウルスラに近づく衛兵の前に、両手を拡げてツイムが立ちはだかった。
「止さないか!」
だが、突然目の前に現れた相手を、恐怖と興奮で舞い上がっている衛兵は、袈裟懸けに斬った。
「ぐあっ!」
「きゃあああああああーっ!」
絶叫するウルスラの目の前で、ツイムは血飛沫を上げて、どうと倒れた。
衛兵の方は、相手を斬ってしまったことで動転し、更に止めを刺そうと剣を振り上げている。
他の衛兵も、手に手に剣を持ってわらわらと寄って来た。
絶望的な状況の中、ウルスラは、ふと頭に浮かんだ名前を叫んだ。
「サンジェルマヌスさま、どうかお助けください!」