12 疑い
同じ頃。
クルム城を離れたアーロンとウルスは、傅役のシメンの先導で荒地を馬で駆け、途中何度か小休止を取りながら、ようやく古い石造りの砦に辿り着いた。
既に日も暮れ、砦の上部にある鋸の刃のような狭間から、チロチロと燃える篝火が見える。
シメンは馬を止め、アーロンを振り返った。
「幸い追っ手は現れませなんだが、奥方さまや姫さまのいらっしゃる場所に直行することは避けねばなりませぬ。今宵は一先ず、わがカスタット砦にお泊りくだされ。早晩、報復の戦を始められますからには、奥方さまたちから離れた、この場所の方がよろしいかと存じまする」
「わかった。されど、北方警備軍のマリシ将軍には知らせぬままで良いのか?」
シメンの年老いた顔が苦渋に歪んだ。
「今は亡き城主ソロンさまのご遺言なれば。が、知らせずとも、いずれクルム城の異変は伝わりましょう。マリシは律義者故、最後まで救援を要請されなかったことの意味は、十二分にわかるはず。これから冬に向かい、油断はできませぬからな。よもや、愚かしく大軍を動かすことはありますまい。と、なれば、違う方法を考えるでしょう」
「そうだな。つい、マリシさえいてくれれば、と詮無きことを思ってしまう」
「それは、わたくしも同じことでございます」
シメンは気持ちを切り替えるように努めて明るく、「さあ、参りましょう。やっと、干し肉と生水以外を召し上がっていただけます!」と、砦の中へ誘った。
格子状の鎧戸を上げさせて砦の中に入り、それぞれの馬を木柵に繋ぎ留めた。
母屋に向かって歩き始めたところで、ふいにシメンは立ち止まった。振り向くと腰に手を当て、アーロンの横をついて来ているウルスを睨んだ。
「何をしておる。おまえは下僕小屋の方じゃ!」
アーロンが今こそ事情を説明しようと口を開くより先に、ウルスが一旦俯き、すぐに顔を上げた。
「無礼者!」
言い様、ウルスの、いや、ウルスラの手が上がり、見えない波動が迸った。
「うおっ!」
腹を押さえ、身体を折るようにして、シメンは後方に飛ばされた。
その体勢のまま、ドサリと尻餅を搗くように落ち、呻く。
ウルスラはやりすぎたと思ったのか、再び顔が上下し、コバルトブルーの瞳に戻った。
「あっ! ご、ごめんなさい!」
慌ててウルスが詫びたが、顔を真っ赤にして立ち上がったシメンは、すぐさま腰の剣を抜いた。
「こやつめ!」
斬りかかろうとするシメンの前に、アーロンが両手を広げて立ち塞がった。
「よさぬか、シメン! すぐに伝えなかったおれも悪かったが、このお方は、新バロード王国のウルス王子なのだ!」
だが、シメンは剣を構えたまま頭を振った。
「アーロンさま、騙されてはなりませぬぞ! それがしも噂ぐらいは聞いております。ウルス王子は、バロード王家には珍しく、理気力の弱いお生まれつきにて、殆ど魔道は使えぬと。しかも、先ほどの叫びは明らかに女子の声。さすれは、こやつはウルス王子の名を騙る、魔女に相違ござりませぬ!」
アーロンの顔に、迷いの色が浮かんだ。彼自身も、この少年が本物のウルス王子なのか、今一つ確信が持てていなかったのだ。
その様子を見て、シメンは大声で、「皆の者、出会え! これなる魔女を捕らえよ!」命じた。
それに呼応して、バラバラと屈強な男たちが母屋から出て来た。皆、手斧や短刀などの武器を手にしている。
「待て! 待つのだ!」
アーロンの制止も聞かず、ウルスに襲いかかろうとした男たちの動きを止めたのは、激しい早馬の跫であった。
「開門願います! 伝令にございます!」
ウルスを囲む男たちの何名かが鎧戸に走り、早馬を通した。
アーロンはこの機会を捉え、「シメン、この者の詮議は後にせよ。まずは、伝令じゃ!」と命じた。
「はっ!」
シメンは早馬の轡を取り、「申せ!」と馬上で倒れそうに息を切らせている男に促した。
「も、申し上げます! クルム城に向かった斥候より伝書コウモリが参りました。クルム城は、今宵、再び落城した模様であります!」
その場の全員が、訳がわからず、茫然となった。
アーロンは伝令の男の腕を掴み、「再び落城とは、どういう意味だ? 北方警備軍が動いたのか?」と、問い質した。
「畏れながら、さにあらず。クルム城を占拠せしガルマニア軍に攻め込んだは、『荒野の兄弟』にござりまする!」
「なんだと!」