133 偽りの戴冠式(2)
そして、愈々戴冠式の当日となった。
迎賓館の中央に位置する大広間には、中原の各国・各自治領・各自由都市の代表および従者、凡そ三百名程が正装して居並んでいる。
勿論、バロード共和国からは一人も参加していない。
中原だけでなく、当然、沿海諸国からも代表が来ているのだが、カリオテ大公国だけは誰も来ていない。
今回のガルマニア帝国の強引なやり方に対する、せめてもの抵抗であろう。
逆に、今迄こういう場に姿を見せることのなかった国の代表が来ていた。
マオール帝国である。
それも、異例とも云える数十名規模の代表団であった。
中原の人々からすれば、没個性的とも思えるのっぺりとした特徴のない顔で、皆一様に意味不明の薄ら笑いを浮かべており、不気味なことこの上ない。
しかし、それ以上に異様であったのは、衛兵の物々しさであった。
人数の多さも然ることながら、こういう場合の通例に反して、儀礼用ではなく実戦用の剣を帯びている。
明らかに、敵対勢力による邪魔が入ることを念頭に置いて警戒していた。
列席者たちは不安そうに、目線だけでいざという時の避難経路を確認したり、隣同士数名でコソコソと囁きあったりしていた。
「こりゃあ、無理して来なければよかったですな」
「左様ですな。恐らく、バロード共和国が攻め込んで来るとかいう情報が入っているんじゃないですか」
「しっ。声が大きいですよ」
「ああ、すみません。だが、もし、攻めて来るなら、やはり、軍を率いるのは、ニノフ将軍でしょうな」
「静かに。他人に聞こえますぞ。そのような、根も葉もないことを言ってはなりません」
「いや、根も葉もないことはありますまい。ニノフ将軍は奇襲戦法を得意にしております。今にも騎兵部隊が襲って来るのではないでしょうか」
憶測が憶測を呼び、出席者の不安が高まっていた。
ここで何か突発的なことが起きれば、一気に騒乱になりかねない。
少しでも緊張を和らげようとしてか、先程から下手な楽隊が間の抜けた楽曲を繰り返している。
「酷い演奏ですね。素人の方がまだマシではないですか」
そう言ったのは、体毛の薄いツルリとした肌をした、目が細く吊り上がった中年の男である。
ガルマニア帝国宰相のチャドスであった。
「まあ、全員ガルマニア人で構成した楽隊ですからな。多少野暮ったいのは仕方ありますまい」
応えたのは、地肌が透けるほど髪が薄くなってる割に、黒い瞳だけは炯炯とした眼光を放っている老人である。
軍師ブロシウスであった。
さすがに、魔道師の服装ではなく、正装している。
ブロシウスが言ったのは、歴史のあるバロードなどに比べて、ガルマニアは文化面では未熟とされているからである。
チャドスも苦笑したが、それ以上ガルマニア人を非難することは避け、話題を変えた。
「それにしても、厳重な警備体制ですねえ、軍師どの」
「勿論でございます。迎賓館の内部だけではございません。エイサ周辺にも、凡そ一万名の兵士を配備しております。また、魔道師の間者を広く中原中に放っております。バロードに限らず、どのような敵が攻めて来ても、戴冠式は安全に行えますぞ」
「で、あれば、良いのです。決して、攻める相手をお間違えにならないように」
チャドスは、チラリと母国マオール帝国の代表団を見た。
ブロシウスの手配した衛兵が無礼な真似を働くようなら、只では済ませないぞという、無言の圧力であった。
「それにしても、大勢お見えですなあ。とても、儀礼のためだけのご来訪とは思えませぬが」
皮肉めいたブロシウスの感想に、チャドスも冷笑で返した。
「勿論です。これを好機に、今迄交流の薄かった中原と東方に新たな架け橋を作りたいと、各分野の専門家に来てもらいました。軍事も含めて、ですよ」
二人の間にピリピリとした空気が張り詰める中、楽隊の演奏が急に大きくなった。
大広間の入口が大きく開かれ、ファンファーレが鳴り響く。
「バローニャ公ウルス殿下の、ご入場であります!」
会場の係が大声で宣言すると、金糸銀糸の刺繍を施された華麗な貴族用のマントを身に纏ったウルスが、正装したツイムに付き添われて入場して来た。
ウルスは係に導かれ、宝石を散りばめた王冠が置かれた大広間の中央で待つ、祭主役の老魔道師、エピゴネスの前に立った。
エピゴネスは莞爾と笑ってウルスの顔を見た。
「それでは、これより戴冠の儀を執り行う。よいな?」
しかし、ウルスは少し震える声で告げた。
「お待ちください。その前に、申し上げたいことがございます」
ウルスは、グッと俯いた。