129 手紙
「ご気分はいかがですか?」
そう声を掛けられ、自分が寝台に寝ていることに気づく。
ツイムがこちらを覗き込み、「ああ、ウルスラさまですね」と、少し嬉しそうな顔をした。
「わたしは、どうしたのかしら?」
ツイムは、また心配そうな顔に戻り、「覚えていらっしゃらないのですか?」と尋ねた。
「なんだか、ボーッとしているの」
「おお、それはお熱のせいでしょう。失礼いたします」
ツイムはウルスラの額に手を当て、「うむ。もう大丈夫、お熱は下がりましたね」と微笑んだ。
「ああ、そうね。風邪をひいたんだったわ。随分寝ていたのかしら」
「ええ。ここ何日もずっとお熱が高くて、寝たり起きたりでしたが、昨日からぐっすりお休みになって、殆ど丸一日寝ていらっしゃいました。お陰で、お熱が下がったようです」
仮病を使わせてウルスの到着を態と遅らせているというのは、ギータの考え過ぎであった。
本当にここ数日、風邪のために臥せっていたのである。
但し、昨日まではずっとウルスのままであった。
「そう。じゃあ、あれは夢だったのかしら」
「夢?」
「またタロスに乗り移ったと思ったんだけど。ううん、違う。夢じゃないわ。ゾイアのことも言っていたし」
怪訝な顔をしているツイムに、「ああ、そうだわ。お願いがあるの」と頼んだ。
翌朝、巡礼の宿坊では、ギータとタロスが揉めていた。
「じゃから、ウルスラ王女がハッキリ言われたのだ。やるべきことがあるから、このまま帰ってくれと」
「もし、本当にそう仰ったとしても、はいそうですかと、戻れる訳がないだろう!」
その時、ギータが片手を上げ、「待て。誰か来る」と告げた。
タロスは急いでフードを被り、部屋の隅に蹲った。
「ちょっと、いいかね?」
外から声を掛けてきたのは、最初に部屋まで案内してくれた宿坊の主人のようだった。
ギータは、サッと結界を解くと、のんびりした声で答えた。
「おお、どうぞお入りください。もう二人とも起きておりますので」
主人は扉を開けたものの中には入らず、口元を手拭いのような布で押さえて立っていた。
「朝からすまないね。実は、王家の家臣とかいう人が来て、ここにギータというボップ族がいるはずだから会わせろって、うるさくてねえ。ギタンさんならいますがと言ったら、それでもいいと。どうしますかねえ?」
ギータは少し考えたが、「お通しくだされ」と告げた。
主人と入れ替わるようにやって来たのは、どう見ても南方系の若い男であった。
警戒するように、奥のタロスをチラリと見た。
「ツイムと申します。情報屋のギータさん、ですね?」
ギータは迷った。
あくまでも見世物興行師のギタンであると押し通して、追い返すことも考えた。
しかし、その王家というのが昔情報を取り引きした相手かもしれず、下手に誤魔化しては、却って怪しまれる虞もある。
それに、長年の勘で、信用のおける相手と見た。
暫く待つように頼み、再び部屋に結界を張った。
「これでよい。如何にも、わしはギータじゃ。失礼だが、見たところ沿海諸国の方のようだが?」
「はい。わたし自身はカリオテの出身ですが、お仕えしておりますのは、バロード王家のウルス王子でございます」
奥にいるタロスの身体がピクリと動いた。
そこから注意を逸らすように、ギータは殊更大きな声で、「おお、間もなく王位に就かれるそうですな。おめでとうござりまする」と祝いの言葉を述べた。
ツイムは少し辟易した顔になったが、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「して、御用の向きは?」
ギータが尋ねると、ツイムは懐から折り畳んだ紙を取り出した。
「これを、預かって参りました」
「手紙のようだが、わしにですか?」
「いえ、同じ部屋にいるはずのタロスさまに、とのことでございます」
また、タロスの身体がピクリとした。
「ほうほう、これは異なことを。タロスというお方のことは知りませんな」
「そんなはずはありません」
「ウルス王子の勘違いではありませぬか?」
「あ、いえ、このお手紙は、ウルスラ王女からでございます」
タロスがフードを脱いで、スッと立ち上がった。
「ギータ、もうよい。この者が王女の名を知っている以上、お手紙は王女ご本人からであろう」
ツイムはややホッとしたように、「タロスさまですね?」と念を押した。
「そうだ。状況が状況だけに、迂闊に身元を明かせないのだ。許してくれ。ああ、そうだ。返事が必要かもしれぬ故、少し待っていてくれぬか?」
「はっ」
手紙を受け取ったタロスは、立ったまま、読み始めた。
読み進めるうちに、その肩が小さく震え始め、両方の目からハラハラと涙が零れた。
遂に堪え切れず、嗚咽が漏れた。
「おお、何ということを!」