127 聖地巡礼
かつて魔道師の都と呼ばれていたエイサは、一つの都市としては例外的に大きく、例えば、自由都市としては大きなサイカよりも、更に数倍の領域を占めている。
これは、ある程度の自給自足が可能なように、域内に幾つもの荘園を抱えているからであった。
その荘園も、焼き討ち以来すっかり寂れていたのだが、その一つであるバローニャに突如大勢のガルマニア人がやって来て、荒れ放題の土地を整地し、壊れかけていた居館を美々しく改装した。
新しい領主、バローニャ公ウルスを迎え入れるためである。
ウルス本人は、道中で風邪を拗らせたとかで一つ手前の宿場町に逗留しており、バローニャはおろか、未だにエイサにすら到着していない。
にも拘らず、既にバローニャ公継承と次期王位の継承が、全中原に通達されていたのである。
焼き討ちの後、エイサには多数のガルマニア人が移り住んでいたが、それとは別に、最近は軍人の姿が増えていた。
打ち壊されたまま放置されていた、街を取り囲む城壁も、徐々に修復されつつあった。
それに伴って、ある程度は自由であった往来も、厳しく制限されるようになっている。
元々聖地であるエイサには、魔道師以外にも多数の巡礼が訪れていたのだが、最近では、入口の門で一々検められるようになっていた。
「次!」
門番の役人に急かされて、順番待ちの巡礼が審査官の前に通された。
体格のいい男と、子供かと見間違えるような小さな老人の二人組である。
魔道師のマントに似ているが、もう少しもっさりした巡礼用のマントを着ており、大きい男の方はフードを深く被っている。
「どうした? 顔を見せぬか!」
審査官に言われて、小柄な老人の方が弁明した。
「畏れ入りますが、この者は業病に冒されており、その吐く息や唾などによって他人様に病をうつしてしまう虞がございます。何卒、ご容赦ください」
審査官は、座ったまま少し仰け反った。
「う、ううっ。そうか、已むを得んな」
顔を背けながら、二人の通行証を検めた。
自由都市サイカが発行した正式なものである。
「おまえが見世物興行師のギタン。ボップ族だな。でっかいのが擬闘士のトルースか。訪問の目的は?」
擬闘とは、木剣や刃引きした剣を使って行う試合を、見物料を取って見せるものである。
賭けの対象ともなるが、概ね八百長であるとされている。
やはり、その質問にもボップ族のギタンという老人が答えた。
「はい。わたしはサイカを中心に擬闘の興行を営んでおりまして、トルースはお抱えの擬闘士でございました。見てのとおり体格に恵まれており、うちの稼ぎ頭でありましたが、試合中に受けた傷から悪い病が入り込み、薬師より余命幾許もないとの宣告を受けました」
ギタンは痛ましそうに連れのトルースを見て溜め息を吐き、話を続けた。
「子のないわたしは、トルースを息子のように思っておりましたので、何とか生命を救ってやりたいと、八方手を尽くして調べました。漸くエイサにありますルードの泉の話を聞きつけ、万に一つの奇跡に縋りたいと、その水を一口飲ませてやるために、連れて参った次第にございます。ああ、それから、トルースは病に喉をやられておりまして、最早喋ることも儘なりません」
「そうか」
審査官はさり気なく左右を見回し、小声で「おれもグラップルが好きで、小銭を賭けたりするのさ。エイサで興行する予定はないのか?」と尋ねた。
ギタンも声を低め、「おお、いずれ必ず参りましょう。その時の軍資金にこれを」と、懐から銀の粒を出して審査官に握らせた。
審査官は素早くそれをしまうと、大きめの声を出した。
「おお、早く病が癒えると良いな。通ってよし!」
ギタンは「ありがとうございます」と頭を下げ、トルースの手を引いて中に入った。
トルースは覚束ない足取りで、ヨロヨロとついて行く。
門から見えなくなった辺りでギタンが手を離すと、トルースがスタスタと前を歩き出した。
ギタンが「おいおい、あまり元気を見せるな」と窘める。
トルースは足を止め、振り返ると、怒った声で答えた。
「たとえ敵方であっても、あの役人の腐敗ぶりには反吐が出る!」
ギタンは、いや、情報屋のギータは苦笑した。
「場違いの正義感は身を亡ぼす元だぞ、タロス、いや、グラップラのトルースよ」