124 波紋(3)
カルボンは、削いだように痩せた頬を赤黒く染めて怒鳴った。
「どいつもこいつも、好き勝手にわしの執務室に入って来おって! 受付の役人どもは何をやっておるのか!」
ニノフの傍らに立っていた役人が困ったような顔で、「あ、いえ、ウルス殿下の件で、善後策を相談したいからと、ニノフ将軍をお呼びになったのは閣下ご自身でございますが……」と弁明した。
だが、カルボンは、今度は相手が反論したこと自体に腹を立てた。
「に、しても、この状況を考えろ!」
役人はグッと堪え、押し殺した声で「失礼を申し上げました」と頭を下げたが、そのまま退室した。カルボンが下の人間から良く思われていないのは、明らかであった。
険悪な雰囲気を察したのか、例のガイ族の女は、いつの間にかこの場から消えていた。
気まずい空気を吹き払うように、ニノフが「総裁閣下、自分の意見を申し述べても宜しいでしょうか?」と肩の力を抜いた口調で尋ねた。
カルボンは立ち続けているケロニウスとクジュケをチラリと見て、「今、ここで、か?」と反問した。
ニノフは笑顔になり、「固よりクジュケ参与はわが国の外交をご担当されるお方、ケロニウス老師は千年の中立を保ったエイサの長。寧ろ、歓迎すべき状況かと」と、恰も当初から予定の構成員であるかのように紹介した。
声は出さぬまでも、ケロニウスの口が「ほう」という形になった。
カルボンもやや機嫌を直し、「申せ」と促した。
ありがとうございます。
長くならぬよう、簡単に申し上げます。
先ずは、如何なる形にせよ、ウルス王子のご存命がわかったのは喜ばしい事と存じます。
先程老師より、この自分を持ち上げていただきましたが、やはりバロード王家の嫡流はウルス王子にございます。
聖剣を持つ資格は、アルゴドラス聖王の子孫なら誰でも良いという訳ではありますまい。
それに、こう申してはなんですが、聖剣と云えど万能ではない、と存じます。
もし、聖剣一本で簡単に中原統一ができるのなら、そもそも千年の戦乱など、とっくの昔に終わっているはずです。
聖剣の力にあまり期待し過ぎない方が良いと思います。
さて、この度、不幸にもウルス殿下の身柄がガルマニア帝国の手に落ちましたが、本来われらの今為すべきことは、王子の奪還でしょう。
それが直ぐには難しいのであれば、徒にガルマニア帝国を刺激せず、いずれ好機が到来するまで推移を見守るより他ありません。
それよりも、われわれの喫緊の問題は、北の脅威です。
辺境伯のアーロンさまより、自ら北方を探索された結果、大量の蛮族が既に中原側に移動しており、『暁の軍団』の砦に集結しつつある、との知らせが参りました。
こちらからも、その後の蛮族の動きを探っておりますが、なかなか掴み切れておりません。
しかし、ハッキリしていることが一つございます。
蛮族の最初の標的は、わが国である、ということです。
これは、先日同盟を結んだ『荒野の兄弟』が、蛮族側から接触を受けた際、蛮族の帝王を名乗る人物から言われたようです。
ところで、この蛮族の帝王ですが、先般のリード湊の攻防にて、自分が直接その声を聞きました。
その声音に思い当たる節があって、色々調べてみました。
それに『荒野の兄弟』から得た情報を総合していくと、どうしても、ある疑念を拭えませんでした。
蛮族の帝王カーンという人物が、中原の人間であることは間違いありません。
本人もそれは認めています。
そして、中原の西側をバロードを中心に統一し、ガルマニア帝国とは不可侵条約を結んで、北からの侵攻に備えるという戦略は、われわれも良く知っている、ある人物の考えそのものです。
勿論、当時その人物が考えていた北の敵は蛮族であった訳ですが、今はその蛮族をも脅かす存在、即ち白魔のことを念頭に置いているようです。
では、その人物とはいったい誰なのか。
まだ憶測の段階ではありますが、蛮族の帝王カーンの正体は、死んだはずのわが父、先王カルス陛下と思われます。
悲鳴のような叫びが上がった。カルボンの声であった。
「そ、そんな、馬鹿な……」