11 敵の敵
ゾイアたちが入れられた石牢のある部屋は、クルム城の南東の端にある円塔の上層階にあった。鉄格子の嵌った窓の外は切り立った崖で、その下に濁った水を湛えた濠がある。
「ここから逃げるなら、窓を破り、あの濠に飛び込んではどうだろう?」
投石の音が響く中、負けないくらい大きな声で言うゾイアの提案を聞いて、ロックは鼻で笑った。
「寝言いってんじゃねえよ! あの濠の底は、尖った杭が沈めてあるんだぞ! 忽ち串刺しだ!」
「そうか。ならば、正攻法で血路を開くしかあるまい!」
外側から施錠された扉を、今にも蹴破って出て行こうとするゾイアを、ロックは両手で押し留めた。
「くうーっ、力だけは強えな。まあ、待てって。おいらの話を聞けよ!」
「おお、すまん。ウルスの事が気懸りで、つい、気持ちが焦る。何か妙案があるのか?」
ゾイアはうっかりウルスの名を出してしまったが、周りが騒がしいのと、脱出の手順に集中しているため、ロックは聞き逃した。
「いいか、おっさん。あんたは気絶してたから知らないだろうが、この塔はクルム城の中では孤立した位置にある。まあ、牢屋があるんだから当然だがな。サモスたちのいる居館の方へは、直接行けないようになってる。ここから出るには、楼台のある城壁の上を通るしかねえ。当然、楼台には見張りの衛兵が詰めてる。さっきの二人を含めて、凡そ三十名だ。おっさんは強いだろうが、三十名を一遍には斃せねえだろう?」
「斃せなくもないが」
平然と答えるゾイアに、ロックはムッとした顔になった。
「冗談言ってる場合じゃないんだ! ええと、どこまで話したっけ? ああ、そうだ、楼台の方には進めないってことさ。あそこなら、直接城門の横まで降りる螺旋階段もあるんだが、突破は無理だ。となると、城壁を途中まで進み、中庭側に降りるしかねえんだ。中庭を突っ切って裏木戸をこじ開けて厨房に入る。そこで、料理人か誰かの衣服を奪い、変装して城を出るんだ。途中でバレたら、その時こそおっさんの怪力が必要になる」
「なるほど。おぬしは盗みの技だけでなく、智慧も回るようだな。任せよう」
「ふん、煽てるんじゃねえ。まあ、見てな。鍵以外にも頂戴したものがあるんだ」
ロックは細い片刃の刀子を懐から出すと、入口の扉の隙間に差し込んだ。
何かを探っていたが、刀子が止まったところで左手に持ち替え、刀子の峰を右の手刀で叩いた。カツッという音がして、扉がスーッと開いた。
「行くぜ!」
「うむ」
城壁の上には、一定の間隔を置いて篝火が焚かれ、思いの外明るかった。
できる限り背を屈め、足音を忍ばせて行こうとしたロックの目論見は、しかし、すぐに無駄になった。楼台の方から大勢のガルマニア兵が走って来たのだ。
「うわっ、今度こそバレたのか!」
ロックが裏返った声で叫んだが、ゾイアは目を細めてガルマニア兵の様子を見た。
「いや、違うようだぞ」
こちらに走って来るガルマニア兵の顔は、一様に恐怖で引き攣っていた。
その背後から、ブーンという何かが宙を舞う音と、ボクッと重いものがぶつかるような低い音が聞こえてくる。
暗くてよくは見えないが、誰かが鉄球の付いた鎖を振り回しているようだ。
その間にも、逃げて来るガルマニア兵の先頭が、ゾイアたちの目の前まで迫った。それは、ゾイアの胸板を槍の石突きで痛めつけた、あの衛兵だった。
「そこを、退けえええーっ!」
衛兵は腰の長剣を抜き、ゾイアたちを斬り伏せて通り抜けようとした。
大上段から振り下ろされる長剣を指一本分の距離で避け、衛兵の手首を掴むと、その手首ごと捻って衛兵の胸に突き刺した。
「ごっ!」
一言叫んで動かなくなった衛兵から剣を抜き、ゾイアがそれを構えると、後続のガルマニア兵はみな左右に分かれて逃げた。
その後ろから、上背も横幅もガルマニア兵の倍ぐらいありそうな半裸の巨漢が、たくさんの棘のある鉄球が先端に付いた鎖を振り回しながら近づいて来た。
頭に毛が一本もないその巨漢は、何故か嬉しくて堪らぬように、ニタニタ笑っていた。
「やべえのが来たぞ。どうする?」
震えながら尋ねるロックに、ゾイアはきっぱりと答えた。
「われの覚悟は決まっている。襲い掛かって来る敵は、ただ斃すのみ!」