123 波紋(2)
「ほう。エイサと運命を共にされたものと思っておったが、生き恥を曝して、どこかに雲隠れしておられたのかな?」
ウルスの件で頭が一杯になっていた上に、自分の許しも得ずに強引にケロニウスを連れて来たクジュケへの腹立ちも混じって、カルボンの言い方は最初から喧嘩腰であった。
だが、これには、クジュケの方が激昂した。
「老師に何ということを言われる! たとえ総裁閣下と雖も、言って良いことと」
ケロニウスが、そっとクジュケの袖を引いて止めた。
「これこれ。おまえこそ、大恩ある総裁閣下に口答えしてはいかんぞ。閣下は、予てより魔道師がお嫌いで、間者にも、そこに侍っておるような異端の種族をお使いになる程じゃ。その閣下が、おまえを参与にまでお引き立てくださったのだ。感謝せよ」
窘められたクジュケは、ここで自分が騒ぐことが、却ってケロニウスのためにならないことを悟り、カルボンに「失礼いたしました」と頭を下げた。
カルボンは不機嫌そのものの顔でそっぽを向いていたが、さすがに言い過ぎたとは思ったらしく、こちらを見ずに「して、用向きは?」と尋ねた。
ケロニウスは何事もなかったような穏やかな顔で、「お忙しいところ畏れ入りますが、暫しお耳を拝借いたします」と、その場に立ったまま話し始めた。
わたしが参りましたのは他でもございません、ウルス王子のことにございます。
ご存知のように、ウルス王子は幼少の砌エイサに留学されており、わたしはその担当教官でありました。
実は、王子に学問や魔道の技を授けることとは別に、密かに長老たちから命ぜられていたことがございます。
それは、王子が真に王国の後継者として相応しいかどうか見極めること、であります。
エイサは、ある重要なものを、古代バロード聖王国が滅亡して以来千年の間預かっており、いずれ王家の子孫に返す約束になっておりました。
ところが、先王カルス陛下には、その出生に若干の疑義があるということで、お断りいたしました。
カルス王は、それならば自分の代わりにウルス王子に渡して欲しい、と申し入れて来られたのです。
お后さまは、紛れも無い王家傍流の貴族出身でいらっしゃいましたので。
結論から申し上げれば、ウルス王子には、われわれにも想定外の不可解な事情があって、その時点では判断がつきませんでした。
それが幼少期だけの現象である可能性もあり、成長を見守ろう、ということになりました。
エイサが焼き討ちに遭った際、その預かっているもの、総裁閣下にはもうお判りでしょうが、『アルゴドラスの聖剣』を外に持ち出させました。
一旦、辺境伯ソロンさまに預かっていただき、然るべき時が来れば、ウルス王子にお渡しするつもりでした。
ところが、辺境には既にガルマニアの手が伸びており、聖剣は奪われ、ソロンさまは非業の死を遂げられたのです。
すべては、わが兄弟子、ブロシウスの差し金です。
しかし、運命の悪戯か、その聖剣が今、閣下のお手元にあると聞き、心から安堵いたしました。
決して、再びそれを奪われてはなりません。
ウルス王子本人がどうであれ、現在はガルマニア帝国の傀儡となっておるのは、明らかです。
聖剣は、そのものだけでは、何の役にも立ちません。
聖王アルゴドラスの血脈を引く子孫が手にして、初めて本来の力を発揮する、と伝えられております。
悪逆非道のブロシウスは、王子の次は、必ずや聖剣を狙って参りましょう。
ウルス王子を即位させて正当な権利者として請求するつもりか、或いは、配下の魔道師を使って隠密裏に奪い取るつもりか、その両面同時なのか、いずれにせよ油断がなりませぬ。
そこで、閣下にお願いがございます。
聞けば、カルス王には、ウルス王子以外に子があったとか。
ウルス殿下より歳が上で、しかも、救国の英雄、現在では、機動軍を率いる将軍になられたそうではありませぬか。
形だけでもその者をウルス王子より先に即位させ、こちらが正統の後継者であると中原中に触れさせるべきです。
そして、聖剣の正当な所有者であるということも。
「如何でありましょう?」
ケロニウスの問い掛けに、答えを渋っているカルボンの代わりに、入口の方から返事があった。
「その儀は、固くお断りいたします」
そこには、ニノフ本人が立っていたのである。