109 探索行(12)
橋に点けられた火は、通路の床の樫材を舐めるように燃え広がり、折り重なって倒れていたマゴラ族たちも、忽ち炎に包まれた。
それに気づいて北方側に戻ろうとする者のところへ、後から後から新手のマゴラ族が殺到して来るため、横の三角形に組まれた鉄の板の隙間から、悲鳴を上げながら何人も谷底へ落ちて行った。
一方、その三角形の頂点を繋ぐ細い鉄の板の上を走っているゾイアは、燃え上がる炎と煙に視界を遮られながらも、何とか向こう岸まで辿り着いた。
「すげえな、千人長!」
感嘆の声を上げるペテオに、髪を幾分焦がしたゾイアは、「すまん」と詫びた。
「えっ、何がだ?」
「途中で、借りた剣を失くしたようだ」
それを聞いて、ペテオは噴き出した。
「何言ってんだ。元々あんたが、剣を折ったおれに貸してくれたもんじゃねえか。いいってことよ。それにしても、よくあんな場所を走れるもんだな」
「なんとなく、走れる気がしたのだ。床は油まみれであったしな。それより、他のみんなは無事か?」
「ああ、念のため、この先に固まって待ってる。マゴラ族も火が消えるまでは、追って来れないだろう。行こうぜ」
「ちょっと、待ってくれ」
ゾイアは近くの枯れた木の枝を何本か折り、壺に残っていた石油を擦り付けると、そのうちの一本にまだ燃え続けている橋から火を移した。
松明の代わりであろう。
先に行った四人は、隧道の前で待っていた。
馬三頭は荷物を乗せて、立ち木に繋いであった。
ロックは、ゾイアと同じように、木の枝に油を染み込ませて火を点けたものを持っていた。
「なんだよ、おっさんも、同じこと思いついたのかよ!」
気が利くことを自慢していたらしいロックは、ちょっと残念そうに言った。
「ああ。隧道が見えた時から、明かりが必要とは思っていた。だが、自分で気づいたおまえは、やはり、大したものだ」
ロックは、すこし照れたように「まあな。さあ、行こうぜ」と先に歩き出した。
アーロンが苦笑しながら、「ちょっと待て。馬を連れて来る」と言うと、マーサ姫とレナも馬のところへ行った。
ゾイアは、もう一本の木の枝に火を移してペテオに渡し、小声で囁いた。
「ロック一人では危ない。おまえも先に行ってくれ」
「それはいいけど、千人長は?」
「万一に備え、一番最後に行く」
ロックとペテオを先頭に、馬を連れた三人、ゾイアと続いて隧道に入った。
隧道は、馬に人が乗っても、ギリギリで天井に頭を擦らない高さに造ってあったが、用心のため、馬は手綱を引きながら歩かせている。
「どうやってこんなにでっかい穴を掘ったんだろう?」
先頭を行くロックが、半ば独り言のように聞くと、ペテオが煩わしそうに「どうせ、魔道だろう」と返事をした。
「でも、魔道じゃ、こんなの無理だよ」
「だったら、ほら、例の鉄の巨人とやらに、やらせたんだろうさ」
「ソウダト、キイテイル」
いきなりレナが答えたため、二人はビクッとした。
馬を引く組の先頭は、今回はレナであったのだ。
ペテオは「脅かすんじゃねえよ!」と怒ったが、ロックの反応は違っていた。
「だとしたら、その鉄のギガンって、どこに行ったんだろう。蛮族たちがリード湊を攻めた時も、その後、『暁の軍団』の砦に入ってからも、そんなものの噂は、一つも聞いてないよ」
その時、隧道の奥から、ガシャン、ガシャンという音が聞こえて来た。
ペテオはブルッと体を震わせた。
「おいおい、冗談じゃねえぜ。まさか、ここにいるってのか」
「おいら、ちょっと見て来るよ!」
そう言った時には、ロックはもう駆け出していた。
「おい、待て、危ねえぞ!」
ペテオが呼び掛けるのに、「大丈夫。危なそうなら、すぐ逃げるから!」という返事が、木霊しながら聞こえたが、その先で隧道が二つに分かれ、左に曲がったため、姿が見えなくなった。
走りながら、ロックは一度目を閉じ、すぐに開いたが、目全体が真っ赤に光っていた。
そのまま、身体を空中に浮かせて進む。
隧道は、大きな地下の空洞に繋がっていた。
いや、単なる空洞ではなく、どことなく廃都ヤナンの地下神殿を思わせる造りである。
その正面の、一段高い舞台のような場所に、それは居た。
身長は常人の五倍ほどあり、体全体に甲冑を纏っているように金属に覆われているが、蛮族たちの言うような鉄ではなさそうである。
それが巨人どころか、生き物ですらないのは、その顔に当たる部分を見れば明らかだった。
それは、機械であった。
ロックは、いや、ロックに憑依している者が、叫んだ。
「おお、機械魔神!」