104 探索行(7)
ゾイアは敵に取り囲まれていた。明らかに足止めを狙われている。
「くそっ!」
他の三人も、それぞれ目前の敵に捉まっていた。
ロックの生命は、最早逃げ足の速さだけに懸かっている。
ゾイアは、もう一度叫んだ。
「ロック、力の限り走れーっ!」
ロックは必死で走りながら、「わかってるよーっ!」と返した。
追って来るマゴラ族は四人いたはずだが、ロックが振り向くと二人しか見えない。
二手に分かれたのだと思った時には、前方に残り二人の姿が見えた。
挟み撃ちにするつもりだろう。
ロックは已むを得ず方向を変え、結晶の森に向かって走った。
足元に白い骨が見えて来たところで振り返ると、追っていたはずのマゴラ族が四人とも立ち止まり、黙ってこちらを見ていた。
「これって、逆に、やべえ、な」
息を切らしながらそう呟いた時に、フッと意識が遠のいた。
一瞬目を瞑り、再び開いた時には、目全体が真っ赤に光っていた。
その目で周辺を見回して顔を顰めた。
「いかん。これは結晶毒だ。早々にこの場を去らねば危険だ」
ロックの体がフワリと浮き、待ち構えているマゴラ族の方に向かって飛んだ。
それを目にしたマゴラ族の男たちは、恐慌に陥った。
悲鳴のような声を上げ、散り散りに逃げて行く。
ロックが地面に降り立ち、再び目を瞑ってから開くと、普通の目に戻っていた。
「あれっ? おいら、どうしたんだっけ?」
そこへ、漸く敵を振り切ったゾイアが駆けつけて来た。
「おお、無事だったか!」
ロックは不思議そうに「そうなんだけど、なんかよくわからないうちに、向こうが勝手に逃げたみたいなんだ」と首を傾げた。
だが、ゾイアは結晶の森の方を見て、納得したように頷いた。
「それほどの禁忌ということだろう。先ずは良かった。このまま、ここで待っていてくれ。片を付けてくる」
「うん」と頷き、ゾイアを見送ったところで、また意識が遠のいた。
振り返って結晶の森を見た時には、再び赤い目になっていた。
「おかしい。この結晶毒は、明らかに干渉機の副作用だ。ということは、この場所で過去に干渉機を使った者がいる、ということだ。この拡がり方から見て、精々百年か二百年前だろう。だが、われわれの知る限り、先般のエイサ焼き討ちまで、千年の間外部に持ち出されていないはず。いったいどういうことだ……」
ロックが、というより、ロックに憑依した存在が、現在置かれている状況と懸け離れた問題に頭を悩ませている一方、そんなことなど知る由もないゾイアは、急ぎ闘っている仲間のところへ戻って行った。
ゾイアは、ロックを助けるために自分が抜け出してしまったことで、不利な戦況になったのではないかと懸念していたが、それどころか、残った三人でほぼ敵を壊滅させていた。
結局、ロックを追った連中が戻らなかったのが、敵方の不利となったようだ。
マゴラ族は数名にまで減り、しかも、全員手負いであった。
そこに一番の戦力であるゾイアが戻って来たのを見て、完全に戦意を喪失し、われ先に逃げて行った。
「途中で抜けてすまなかった」
謝るゾイアに、ペテオが「あんたの受け持ち分を残してやってたのに、逃げちまったな」と笑った。
ところが、ゾイアは少しも笑わず、首を振った。
「いや、ちゃんとまだ残っているようだ」
アーロンも同時に気づいたらしく、「皆、油断するな!」と叫んで、周囲を見回した。
血を流して倒れている十名程のマゴラ族の死骸が、モソモソと蠢き出していた。
「きゃあ!」
マーサ姫は、自分に近づく腐死者化したマゴラ族をレイピアで刺したのだが、相手は少しも痛痒を感じないため、更に目の前に迫って来たのである。
ペテオが、咄嗟に腰の袋から大蒜を取り出して、「これでも喰らいやがれ!」と投げつけた。
大蒜は、空ろに開いたンザビの口に上手く入り、もがき苦しんで足が止まったところを、マーサ姫が蹴り飛ばした。
だが、他の死骸も、続々とンザビとなって立ち上がって来た。
「くそっ、これじゃ限がねえな」
ペテオが言うように、生きている相手より始末に悪かった。
その時、どこからか、「ニモツ、アブラ、アル。ツカエ!」という声がした。
ペテオが声のした方を見ると、気絶して馬に乗せられていたシトラ族の女が、馬から降りて立っていた。
顔はまだ蒼褪めているが、意識は確りしているようで、もう一度叫んだ。
「アブラ、ツカエ!」