9 脱出
どうやって脱出するつもりなのか、ゾイアが尋ねようとした時、ロックは「しっ! もうすぐ見回りの時間だ!」と囁いた。
その言葉どおり、間もなく監視役の衛兵の足音が聞こえてきた。二人いるようだ。
ロックは小声で「ちっ、人数を増やしやがったか」と吐き捨てるように呟いた。
足音は石牢が並ぶ部屋の前で止まり、ガチャガチャと入口の鍵を開ける音がした。
入って来たのはやはり二人だった。両名とも、革と鉄片を組み合わせたガルマニア式の簡易甲冑を着ていた。
一人は腰に幅広の長剣を差し、もう一人は槍を手にしている。
長剣の方がゾイアの牢の前に来た。赤毛に茶色の瞳、幅の広い顎という典型的なガルマニア人の顔をしている。
「目が醒めたようだな。だいぶ騒いでいたようだが、腹が減ったのか?」
「違う! 再三再四言っておるように、われはただ子供を捜しているだけなのだ。おまえたちの中に、金髪でコバルトブルーの目をした、十歳くらいの男の子を見たものはおらんのか?」
「知らんな。その子供がこの城に来たのがおれたちが攻め込んだ後なら、大方、城に火の手が上がっているのを見て逃げたのだろう。それより、おまえに伝えることがある」
「われに?」
「城内を騒がせた罪により、明日死刑と決まった」
「馬鹿な!」
衛兵の顔に、怒りとも軽蔑ともつかない表情が浮かんだ。
「馬鹿はおまえだ! ガルマニア兵に怪我を負わせて、ただで済むとでも思ったか!」
ゾイアは殴りかかろうとするかのように前進したが、両手両足の鎖が伸び切ったところでガチャンと音がして止まった。
ゾイアの剣幕に、長剣の衛兵は一瞬仰け反ってしまった。
その屈辱を晴らすかのように、後ろに立っている同僚に「槍を貸せ!」と手を差し出し、槍を受け取るや、石突きの方でゾイアの胸板を突いた。
「ゲホッ!」
胸を押さえて蹲るゾイアに、衛兵は「身の程を思い知ったか!」と嘲笑った。
「ふん。これでしばらくは大人しくなるだろう。さて、次だ」
衛兵は隣のロックの牢の前に移動した。
「おい、コソ泥。召し上げられた宝剣以外の盗んだものは、どこに隠した?」
ロックは自分の牢の鉄格子を掴み、食って掛かった。
「はあ? 盗んでねえって言ってんだろ! あの宝剣は預かりもんだ!」
「嘘を申すな。カリオテのロックという名で、窃盗常習の人相書きが出回っておるぞ。さあ、白状しろ。他の財宝はどこに隠した?」
「ははあん、そういうことか」
ロックは、おまえの魂胆はわかったぞとばかりにニヤついた。
「な、何がだ?」
「しらばっくれるんじゃねえや。おいらが宝物を隠してたら、自分が取るつもりだな? お生憎さまだったな。おいらは盗った物はすぐに売っ払う主義なんだ。なあんにも残っちゃいねえよ」
衛兵の顔が怒りと恥辱に真っ赤になった。
「馬鹿なことを申すな! これは取り調べだ。ああ、もういい。せっかく明日の処刑を日延べしてやろうかと思ったが、最早酌量の余地はない!」
怒りに任せて、まだ手に持っていた槍を突き入れようとしたが、気配を察したロックが飛び退く方が早かった。
「逃げるな、コソ泥!」
尚も槍を構える衛兵を、さすがに同僚が止めた。
「もう、よせ! 千人長にバレたら、大事だぞ!」
「ふん、仕方ない。明日は特等席でおまえたちの処刑を見届けてやる!」
憎々しげに言い捨てて衛兵たちが去った後、ロックの「もういいかな」という呟きが聞こえた。
カチャリと錠前の開く音がし、忍び足でロックが牢から出て来た。
「おい、おっさん、大丈夫か?」
倒れたままのゾイアに声を掛けたが、様子がおかしいことに気づいた。
「おっさん、随分毛が濃いな。っていうか、おい、おめえ、人間か?」
言われて顔を上げたゾイアは、まだ半分くらいのところで変身が止まっていた。それでもロックを驚かすには充分だった。
「ば、化け物!」
「待て、すぐに戻る」
ゾイアの言葉どおり、徐々に獣毛は短くなり、顔も平板になってきた。
「いってえ、どういうこった?」
「今は、説明する時間が惜しい。今の騒ぎの間に牢の鍵を奪ったのだな? ならば、すまぬがわれも出してもらえぬか?」
「あ、ああ。元々そのつもりさ。頭数は多い方がいいからな。だが、おいらを襲ったりしないだろうな?」
「無論だ。少なくとも、先程の衛兵よりは道理を弁えているつもりだ」
「なるほどな」
ロックは懐から鍵を出した。
「あいつら舐めやがって、こちとら盗みの玄人なんだぜ。さてと、おいらのが六番だったから、おっさんのとこは、この五番の鍵のはずだ」
ロックが鍵を差し込んだ、その時、外から非常事態を知らせる鐘が鳴り響いた。
「う、嘘だろ。もうバレたのか?」
ロックは首を竦めたが、すぐに「敵襲だあーっ!」という叫び声が、城の彼方此方から上がったのである。