103 探索行(6)
如何にゾイアが俊足であっても、矢がロックに当たる前に到達することは不可能である。
ゾイアは、走りながら剣を抜いたがそのまま片手のみで持ち、もう一方の手で地面から小石を拾い上げると、止まらずに前方に投げた。
しかし、ロックに向かって飛んで来る矢は数本、石は一個しかない。
その一個の石すら矢には届かず、その手前に落ちた。
と、小石が落ちた地面から、ゴーッと炎が噴き上がった。
その上を通った矢は羽根を焼かれ、明後日の方へ飛んで行く。
ゾイアは、蟻地獄の巣穴を狙って小石を投げたのである。
そこまで、ほんの一瞬の間の出来事だった。
遅れて炎に焼かれることを免れた矢が飛んで来た時には、ゾイアはロックのいるところに辿り着き、剣でその矢を払い除けた。
ロックは、まだ地面に伏せて震えている。
「ロック、無事か!」
顔を上げたロックは、「おっさん!」と泣き笑いのような顔で叫んだ。
ロックに怪我がないことを確かめると、ゾイアは改めて敵を見た。
総勢は二十名程である。
最早元の皮膚がどういう状態だったのかもわからぬ程、全身刺青に埋め尽くされている。顔も例外ではない。
明らかに向こうにとっても、出合い頭であったらしい。
最初に放った矢以外に予備がないようで、鉄の棘を多数埋め込んだ太い棍棒を手に持って、こちらを睨みつけている。
連れている馬に荷物が乗っているが、血飛沫の跡が生々しく残っており、戦利品か強奪品のようだ。
その横の馬には、ぐったりした若い女が振り分け荷物のように俯せで乗せられている。気を失っているらしい。
女の服装は、ゾイアたちが今着ているものに似ていた。
「マゴラ族のやつら、シトラ族の隊商を襲った帰りだったようね。わらわたちを、隊商の仲間だと思っているのよ」
いつの間にかゾイアの隣に来ていたマーサ姫が、推測を述べた。
「攫った女をどうするつもりだろう?」
ゾイアが尋ねると、そこに追いついて来たペテオが答えた。
「言うことを聞けば奴隷、聞かねば連中の食料だな」
それを聞いた、ゾイアの決断は明快であった。
「ならば、助けよう。良いか、辺境伯どの?」
最後に合流したアーロンも、躊躇わず「無論だ!」と答え、自らも剣を抜き、命令を下した。
「ロックはここに残って、待っていろ。目的は、捕虜奪還のみだ。ゾイア、マーサ、ペテオ、奮え!」
アーロンの檄に、ロック以外の三人が「おおーっ!」と応じた。
大人しいはずのシトラ族の装束を着た僅か四人が、短い剣を持っただけで、五倍もいる自分たちに向かって来たのが可笑しいらしく、マゴラ族たちはゲフゲフと笑っている。
最初に仕掛けたのは、マーサ姫であった。
敵の正面から駆け寄り、横から大きく振られた棍棒を躱すと、細剣で相手の喉を突いた。
「グアッ!」
倒れてくる相手を避けると、もう次に向かって行く。
それに続いてペテオが別のマゴラ族に斬りつけたが、棍棒で受け止められると、バキッと刀身が折れてしまった。
太くて硬い樫を鉄で補強してある棍棒には、護身用の剣では強度が足りないのだ。
「しまった!」
だが、反撃をくらう前に、横からゾイアが剣で突いて相手を斃し、「斬るのではなく、突くのだ! これを使え!」と自分の剣を渡した。
「あ、あんたはどうする?」
ペテオが訊いた時には、ゾイアは自分が斃した相手の棍棒を奪っていた。
「武器に拘らないのが、われの流儀でな!」
そう言って笑いながら、襲って来た別の相手の棍棒を自分の棍棒で受け、弾き返した。
その向こうでは、互いの武器の特性を理解したアーロンが、剣を片手で持って、レイピアのように突く戦法を採っていた。
マーサ姫も、大柄な男ばかりのマゴラ族との体格差をものともせず、レイピアを自在に振るって次々と相手を屠っていた。
だが、ゾイアの強さは、圧倒的であった。
相手から奪った棍棒を、まるで重さがないように振り回し、周囲の相手を薙ぎ倒していく。
瞬く間に三分の一程を失ったマゴラ族は、相手を舐めていたことに気づき、戦法を変えてきた。
「ホジャンゲーリッ!」
指揮を執っているらしい一人が叫ぶと、数名が戦列を離れ、四人の後方に回り込んだ。
そこにはまだ、ロックがいたのだ。
「わっ、わっ、やめろ、キャンゴーエ!」
ロックの声に気づいたゾイアが叫んだ。
「逃げろ、ロック! 走れ!」