102 探索行(5)
その時丁度ロックの横にいたペテオが、「動くな!」と叫び、腰の剣を抜いて一閃させた。
ロックの足を掴んでいた腐死者の手首は斬り飛ばされ、濠の中に落ちた。
それが水面を叩くと同時に、バシャバシャとザリガニが喰らい付く音が聞こえてきた。
「あ、ありがとう」
先程の口喧嘩も忘れ、礼を言うロックに、ペテオは険しい顔で、「まだだ!」と警告した。
ペテオは腰にぶら下げていた皮袋から大蒜を一欠片取り出すと、「これを、触られた部分に擦り込め!」と、ロックに差し出した。
ロックも素直に、「うん」と頷くと、受け取った大蒜を足首に擦り付ける。
心配そうに見ているゾイアに、マーサ姫が「傷はないようだから、大丈夫よ。ただ、ンザビの臭いが残っていると、仲間が寄って来てしまうから、ああして消臭してるのよ」と教えた。
アーロンも「ンザビが燃え尽きるまで、迂闊に近かづかぬことだな。それに、おまえもやはり剣を持った方がいいぞ」と忠告した。
たが、ロックは頑なに「慣れない武器を持つと怪我するから」と断った。
今回の探索では目立たぬよう、ロックを除く男性三人は長剣より一回り小振りな護身用の剣を、マーサ姫は短めの細剣を持っている。
ところが、ロックだけは恩人に貰ったという船乗り用の小刀だけでいいと言い張ったのであった。
念のため、ロックの足首を入念に確認していたペテオが、「いいだろう」と太鼓判を押した。
ロックは、バツが悪そうに「すまなかった」とペテオに詫びた。
ペテオはニヤリと笑って、「もし、今度おれが同じ目に遭ったら、そん時、助けてくれ」と言って、やや強めにロックの背中を叩いた。
残りのンザビの状態を見て回ったアーロンが、「もういいだろう。予定より遅れている。急ごう」と全員に促した。
歩き始めながら、ゾイアとロックに注意すべきことを伝えた。
「この先、森の手前まで岩砂漠が続くが、所々に蟻地獄が潜んでいるから気をつけるように。北方のアントライアは火を噴くから、窪んだところの中心が黝ずんでいたら、それが巣穴だ。怪しいと思ったら、小石でも投げてみればいい。一度火を噴くと暫く出せなくなるはずだ」
アントライアのことは、長城に住んでいるペテオとマーサ姫にとっては改めて言われるまでもないことのようで、さっさと先に進んで行く。
だが、ンザビの件で懲りたのか、どうしてもロックが遅れ気味となり、それを放っておけないゾイアも、先を行く三人から少し離れてきた。
遂に朝日が昇り、その光が射して来ると、前方にキラキラと輝く、結晶化した森が見えて来た。
長城からは遠目でしか見られないものである。
「おお、これは美しい!」
先頭のアーロンが、初めて間近に見る結晶に目を奪われ、駆け寄ろうとした時、後方からゾイアが「それ以上近づいてはいかん!」と叫んだ。
ギクリとして立ち止まったアーロンは、改めて下を見て愕然とした。
足元は既に岩場ではなく、白っぽいものに覆われていた。
それは全て動物の骨であった。
長年風雨に晒され、白骨化している。
白骨はまるで敷き詰められた砂利のように、結晶の森の周りを取り囲んでいた。
アーロンは、近くに来たマーサ姫とペテオに尋ねた。
「これは、どういうことだろう?」
「わらわも、ここまで近づいたことはないわ。長城からは白っぽい砂のように見えていたけど」
「おれも知らないです。いつもはもっと手前で蛮族と戦うので」
その時、ロックを残して走って来たゾイアが「毒だろうな」と言った。
「毒?」
首を傾げるアーロンに、ゾイアは苦笑しながら答えた。
われにもハッキリしたことはわからん。
ただ、先程斃したンザビたちの服は、ボロボロにはなっていたが、それほど古くはなかった。
つまり、最近入って来た者だろう。それがあの人数だ。
われの聞いた話では結晶の森は徐々に奥地から進行して来て、間近に見えるようになって数十年だという。
その間、いったいどれほどの人数の盗人が結晶に魅せられて入って来たのか、想像するに余り有る。
ところが、中原を旅する間、どこそこで結晶を売り買いしているという噂など、聞いたこともなかった。
つまり、殆ど持ち出されていない、ということだ。
確かに、北方には蛮族もおり、猛獣もいるだろうが、長年大勢が押しかけて、全く持ち出せないということは異常だ。
何かあると思って森の周辺を見ていると、骨らしきものが見えた。
われは常人よりかなり遠くまで見えるようなのでな。
まあ、それで、結晶には毒があると思ったのだ。
ゾイアの話に三人が感心しているところへ、一行から遅れているロックの叫ぶ声が聞こえて来た。
「あれ、何だっけ? ええと、キャン、キャンゴーエ!」
ロックが叫ぶ理由はすぐにわかった。後方から蛮族の一団が現れたのだ。
皆、隙間がない程全身に刺青を施している。
ペテオの顔色が変わった。
「いかん、マゴラ族だ。あいつらは人を喰らうんだ!」
マゴラ族が一斉に矢を放つのと同時に、ゾイアは「ロック、伏せろ!」と叫びながら、剣を抜いて走り出していた。