表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/1520

100 探索行(3)

「うぷっ、なんなんだこのにおいは!」

 翌日の夜明け前、北方探索用として用意された衣装いしょうを前にして、ロックは鼻をつまんだ。

 それを聞いて、準備を担当したペテオが、顔色を変えて怒った。

贅沢ぜいたくを言うな! 一番目立たないシトラ族の服を、一睡いっすいもせずに長城内をけずり回って人数分き集めた苦労が、おまえにわかるか!」

「だって、鼻が曲がりそうだよ!」

 さらに文句を言おうとするロックを、ゾイアが笑ってめた。

「臭いぐらい我慢がまんしろ。シトラ族に限らず、蛮族の服には大蒜にんにくり込んであるのだ。北方は瘴気しょうきが強いから、昼間でも腐死者ンザビおそって来る。ところが、連中は何故なぜか大蒜の臭いが苦手で、寄って来ないらしい。もっとも、夜はンザビの活動が活発になるから、それだけでは防げない。一晩中火をやさず、交替こうたいで見張りに立たねばならん」

「うわあ、なんか大変そうだな」

 ロックの態度にごうやし、一発なぐってやろうかと身構みがまえるペテオを、こちらはマーサ姫がおさえた。

「ペテオ、出発前から仲間内なかまうち喧嘩けんかなど許さぬ。それから、ロックとやら、皆で着てしまえば、臭いなどすぐれる。心配いたすな」

 そう言いながらも、マーサ姫自身もめ息をいて、一纏ひとまとめにした髪に、大蒜の臭いがみついた頭巾ずきんかぶった。


 そこへ、マリシ将軍と最後の打ち合わせに行っていたアーロンが、何故なぜか二人一緒に戻って来た。

 アーロンが一歩前に出て説明を始めた。

「出発前に将軍と話し合って決めたことを伝えるが、その後に、将軍御自身から直接お話しになりたいことがあるそうだ」

 アーロンはマリシにうなずいて見せると、話を続けた。

「それでは、わたしから決定事項を話す。まず、少人数とはいえ、命令系統が混乱せぬよう、指揮命令権しきめいれいけんはわたしが持つことにする。探索の間は、すべてわたしの指示に従って行動するように。それから、今回の目的はまでも情報の収集しゅうしゅうにある。蛮族との無用のあらそいはけてくれ。シトラ族は、北方蛮族の中で唯一ゆいいつ交易こうえき生業なりわいとしている。他部族と出会った際には、交易を意味する『キャンゴーエ!』と言えば、大抵たいていそのまま通してくれるそうだ。それ以外は何もしゃべらぬ方がよい。ああ、それから、シトラ族のやり方にならって、馬は荷物の運搬用に一頭のみ連れて行く。わたしからは、以上だ」

 アーロンががり、入れわってマリシが前に立った。

「これは娘が一緒に行くから言うのではないが、決して無理をするな。ここ数年、蛮族の動きに異変が起きていることは、わしも薄々うすうす感じておった。そして、ついに先日、予兆よちょうである風花かざばなった。五百年に一度のときが来たのだ。しかも、蛮族たちは古来になかった動きを見せている。これから何が起こるのか、わしにもわからん。よって、おまえたちの役目は重大だ。必ず有益な情報を持ち帰ってくれ。無事をいのる!」

 ゾイアたち四人全員が「はっ!」と敬礼した。


 その後、アーロンの指示を受けながら、あわただしく出発の準備をととのえた。

 出発間際まぎわになって、ロックがペテオに「ところで、風花って何だい?」といた。

 ペテオは面倒めんどうくさそうに「天気のいい日に降る雪さ」と答えた。

「へえ、そんなことがあるのか。っていうか、考えてみたら、おいらまだ普通の雪ってのも見たことねえや」

「ほう。おまえ、南方の生まれだったな」

「ああ、カリオテっていう、ちっこい国さ」

「ふーん。おれの先祖も、元を辿たどれば南方らしい。もっとも、もう何代も前の話だが」

「辺境の生まれかい?」

「ああ。クルム城の近くだ。家は百姓ひゃくしょうをやってたが、知ってのとおり辺境は土地がせてて、ろくな作物はれん。口減くちべらしのために、十五の年に北方警備軍に志願した」

「へえ。でも、北方警備軍って、わりといいものってるよね。そんな土地ばっかりじゃ、辺境伯って貧しいんじゃないの?」

 ペテオはくちびるに指を当て、アーロンが聞いていないことを確かめると、苦笑しながら小声で教えた。

「おまえは知らんだろうが、北方警備軍には、今でも細々ながら中原ちゅうげんおもだった国や自由都市から食糧しょくりょうなどの援助が来るのだ。北方蛮族は辺境だけの問題ではないからな。それだけに、今回中原侵攻しんこうを許してしまったことの責任を、将軍は痛感つうかんされているのだ」

「そうだろうね」

 いつのまにか親しげに話しているロックとペテオをうれしそうに見ているゾイアのかたわらに、身支度みじたくを整えたマーサ姫が立った。

「さあ、いよいよね」

「うむ。われもこの目で確かめたい。北方の秘密をな」


 五人がそろって、突撃門の横の小さな木戸きどの前に立った。

 人がやっと一人通れるぐらいの間口まぐちしかないため、荷物を積んだ馬は先に表につないである。

 隠密おんみつ行動のため、見送りなどは一切いっさいない。

 アーロンがその場で振り返って、おさえた声で「行くぞ」と声を掛け、四人もひかえめに「おう」とこたえ、順々じゅんじゅんに木戸をくぐった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ