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(4)


 その日はとても快晴だった。食堂は定休日で、大将が朝早くからフェイヴァがいつも迷惑をかけている店を訪ねて回るという。


「じゃあ、ココちゃん。後はよろしくね」


「分かりました。任せてください!」


 大将から頼まれたのは、臨月の女将さんが働かずに済むように配慮して欲しいという意味だ。私は力強く胸を叩いた。


「(でも、フェイヴァのための謝罪回りって必要なのかな?)」


 正直、あの男に対してそこまでやってやる義理はないように思えたが、大将や女将さんとの関係性が分からない以上はこちらが口を出す問題ではないだろう。


 私は食堂の入り口から、キッチン裏の控え室へ向かう。


「女将さん、なにか……」

 ――何かあったらなんでも言ってください。そう発言する前に異常事態だと気づいた。


 女将さんは揺り椅子から床に身を下ろして腹を押さえながら苦しそうな表情をしている。


「ココちゃん、ごめん。う、産まれそう」


「なんですってぇ!?」


 若干、いや。かなり声が上擦ってしまった。って、違う。それどころではない!


 出産なんてテレビドラマで見た架空のシーンぐらいで、実際立ち会った経験なんてない。


 しかもここは医療の発達した日本でもない。異世界のお産ってどんな感じなの!?


「そうだ、大将はっ」


 藁にも縋る気持ちで急いで外へ出た。しかし、そこにはもうその姿はない。


 パニックに陥ったが、幸運にも助け船は現れた。通りかかったのはボロボロのコートマントを羽織った格好の男。フェイヴァ・アズロウだ。


「――フェイヴァ!? 店にきて、早く」


「なんだ」


 彼の腕を掴んで店へ引きずり込む。女将さんの状態を見たフェイヴァは目を見開いて「産婆だろ!」と叫んだ。


「お前は清潔な布とか用意しとけ」


「オッケー、分かった!」


 フェイヴァが慌てた様子で店を出ると、私はありったけのタオル類を引っ張り出してきた。


 苦しむ女将さんをゆっくりとベッドの方へ誘導していると、彼女の陣痛が移ったみたいにお腹が痛くなってくる。


「(ひぃぃお願い、早くきてぇ)」


 その願いが届いたように、フェイヴァと産婆さんが店に入ってくる。産婆さんが赤ちゃんを取り上げている間、私は側で待機していたが彼の方は何処かに消えてしまった。



 出産を無事に終えて、大将が帰ってきた頃には食堂も静かとなっていた。赤ちゃんも眠っていて、大将は嬉しそうにずっと母子に寄り添っている。


 フェイヴァはというと店の裏で、壁に寄りかかっていた。私が発見したころには、もう夕日が沈みかけていたのに、もしかしてずっとここに立っていたのだろうか……。


「フェイヴァ、無事に産まれたよ!」


「そうか」


「本当に助かったよ。一人じゃどうなってたか」


 私は頭を下げてお礼を言ったが、フェイヴァはプイと顔を背けた。


「幼獣じゃあれが限界か」


「なんですってぇ。でも、私が役に立たなかったのは事実だけど……」


 唇を尖らせたところで、男の組んだ腕から私の作った組緒(くみお)らしき紐が覗いていることに気づいた。


「(ふふふっ。なんだかんだ言って、つけてくれてるんだね)」


 嬉しくなって口角を上げていると、「なにニヤニヤしてやがる。気持ち悪い」と言われてしまった。


「とにかく、ありがとう。何かお礼しないとだね」


「いらん」


「遠慮しなくてもいいよー」


「してない」


「よし、じゃあ今度、何か奢ってあげる。何がいい?」


「別に必要ない。何処でも食える」


「……ねぇ、そろそろ無銭飲食やめたら?」


「うるせぇよ」


 彼は踵を返して去っていってしまった。


「(フェイヴァってば、心配していたからずっとここで待ってたんだよね)」


 そう思ったら、またニヤニヤと笑んでしまう。フェイヴァのことが少しだけ分かった気がした。



 ++++++


 次の日。食堂は臨時休業となったので、約束を果たそうとフェイヴァをさがしていた。

 ついでにブラブラと街を散策することにする。買い物はいつも決まった近場の商店なので、実は奥の方へは行ったことがない。


 街の様子を観察して分かったのは皆、人間と変わらない姿をしていて、私はどちらかといえば浮いているということだ。


 顔見知りの者には「元気かい?」と声をかけて貰えるが、それ以外の人間は物珍しそうにこちらを見るのである。


 街の中間部に立派な門構えの大きな建物があった。そこは騎士団の寮で、当然だが騎士がたくさん待機しているのだという。


 門の近くに立っていた白いロングコートを着た男の姿に私は驚いた。なんとその彼には狼のような立派な獣耳と尻尾が生えているのである。


「(獣人族(なかま)だ!)」


 嬉しくなって話しかけようとしたところで、腕を強く掴まれた。何かとそちらを見る前にその人物の胸中へ引き込まれる。

 耳元で気怠そうな低い声がした。


「阿呆か。人狼に近寄るんじゃねぇ」


「どうして、フェイヴァ?」


「お前、あいつを同種だと思ってないだろうな」


「えっ、違うの?」


「まさかとは思ったが、そこまで無知だとは……」


「仕方がないでしょ。私、これでも記憶喪失で通ってるの」


「胸を張ることかよ」


 その腕から逃れて彼を見上げると、フェイヴァの雰囲気が違うことに気づいた。


 面構えは相変わらずだが、ボロボロのコートマント姿ではない。

 清潔なシャツに黒いズボン、腰元には新しい剣をさしている。髪も整えられてボサボサしていない。


「フェイヴァ? あれ、人違いかも、ごめんなさい」


「いや、俺だ。その困惑した顔やめろ」


「えーどうしたの、小綺麗にしてるなんて」


「別に、お前には関係ないだろ」


「デート?」


「ハァ、なんだって?」


「ううん。えっと、騎士団寮に用事なの?」


 首を傾げると、フェイヴァは「ああ」とだけ答える。そこで私は門に付いた扉から一人の可愛らしい少女が顔を覗かせていることに気づいた。


 その鮮やかな赤毛に覚えがある。裏通りで暴漢から助けてくれた二人の騎士。彼女はその片割れだったのだ。


「ちょっと、遅いのよ。レディを待たせるなんて、男の風上にもおけないわよ」


 少女は長い髪を揺らしながら腰に手を当てている。


「あー。ロザリー様。ごきげんうるわしゅうございます」


 フェイヴァは気怠そうに頭を掻きながら、棒読みでそんな挨拶をした。


「ふん、お前は助けてやった恩を忘れたかしら。そこにいる獣人族があの時、わたくしを呼んだのよ。ねぇ、そうだったわね?」


「えっ、はい。あの時はどうもありがとうございました」


「この街に貴女のような種族がいるのは珍しいのではないかしら。名は?」


心奈(ここな)です」


「ココナ、変わってるわね。家名はないの?」


「家名? 苗字は新田(にった)ですが……」


「そう。ではココナ・ニッター、わたくしはロザリー・タンザナイトよ。フェイヴァ・アズロウに用があるのだけれど、引き渡して下さる?」


「はい、どうぞ」


 フェイヴァが背後にいたので横へ二、三歩ほど移動する。小声で「簡単に俺を売るな」と聞こえたような、聞こえないような気がした。


 彼は少女、ロザリーに続いて騎士団寮へと入っていく。


「(何の用事だろう? フェイヴァが騎士に復帰するとか?)」


 そんなことを思いながら街の散策を再開した。

 目的の人物が居なくなってしまったのだから、今日はもうすることがない。並んだ露店を一つずつ確認して巡る。


 パンや菓子類の良い香り漂う食品店から鮮やかな植物が飾られた生花店まで千差万別だ。

 私は出産祝いとして花束を買ってから、食堂へと帰った。


 昼ご飯ついでに女将さんに人狼について訪ねてみると、詳しいことを教えてくれた。


 人狼は大きく分けると獣人族だが、独立した生存体系で殆どが貴族であるという。


 つまり森に住む私のような田舎種族とは身分差があり、そういう者を軽視していると聞いた。同じケモミミなのに不思議なものである。


 私も人狼転生だったらよくある貴族令嬢小説みたいな主人公になっていただろうか。イケメン王子と結婚といった展開を想像すると胸が躍った。



 夜になってフェイヴァが食堂に顔を出した。出産騒動で助けてくれたお礼に大将が呼んでいたそうなのだ。

 私は厨房から出て彼に話しかける。


「人狼の話、聞いたよ」


 フェイヴァは素っ気なく「そうかよ」と返事をして酒をついだ木製のカップを傾けた。


「貴族だってね。もしも私が貴族出のお嬢様だったらどうする?」


「ありえ……るかもな。無知すぎるとこが」


「知識不足は事実だけど。絶賛、勉強中だもん」


「お前、記憶喪失なのか?」


「うん、まぁね。自己設定上は」


「なんだ、それ」


「だって本当のこと言ったって信じてくれないでしょう」


「幼獣の事情なんざ興味ねぇよ」


 私は頬をぶぅと膨らませた。空になりそうな酒瓶を見つめる。


「そういえばフェイヴァってば騎士に復帰するの?」


「するかよ」


「ええー、そろそろ自活したら?」


「……面倒くせぇな。あっちいけ」


 シッシと手を払われたので、尻尾を立てて威嚇しておく。厨房へ戻ると大将が笑っていた。


「最近、フェイヴァは顔色がいいな。ココちゃんとも仲が良いようで安心しているよ」


「――仲良しじゃないです!」


「無理な飲み方をしなくなったし、喧嘩も無くなった。ココちゃんのお陰かな」


「――お陰じゃないです!」


「ははは、これからもあいつのこと宜しくね」


「――もう! フェイヴァは仕方がない奴ですよ、全く」


 意味は少し違うけど、ついに街の常套句を私も使う事となってしまった。大将は嬉しそうな表情のまま言葉を続ける。


「あいつ、騎士団に呼び出されたそうじゃないか。これは復帰も近いかも知れないなぁ」


「やっぱりそうなんですか?」


「タンザナイトという名家が後ろ盾になって下さるようでね。どうもフェイヴァがお気に召していて、娘と婚約させたがっていると聞いたよ」


 それはまさか、今日会った赤毛の少女のことだろうか。


「(じゃあ、ロザリーさんと結婚するかも知れないってこと?)……なんか信じられない」


 そう呟きながら、フェイヴァの姿を覗き見した。つまみの軽食を貪っている彼を見ていると、なんだろう胸がもやもやする。


 あの可愛らしい少女と無骨なフェイヴァが婚約して一緒にいるところなんて想像できない。


 だから、こんな複雑な気持ちになるのかも知れない。そう納得しておいた。

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