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(3)


 教えられた通りに白糸を買ってきて、花弁を絞って染め上げた。糸の色はフェイヴァがいつも装備している細剣の赤い柄にちなんで緋色を基調にした。


 ……と、そこまでは容易だったのだが、何せ不器用なもので組み上げるのが駄目だった。誰でも出来るという話だったはずが何度も絡まっては解いての繰り返しで、流石に投げ出したくなっている。


 見かねた女将さんが一番簡単だという方法を教えてくれた。六本の糸だけという子供でもできる組み方で、いわゆるミサンガ的な紐に仕上がるという。


 食堂の定休日に早朝から開始してどうにか完成させることができた。糸がちゃんと組めていなくて全体的にモサモサしているが、そこは気にしないことにする。


「よし、さっそく渡しに行こう」


 日はまだ高かったので、買い物ついでにフェイヴァを探すことにした。いつもの青果店へ向かったが、おじさん曰く「今日は見ていないな」という。


 いつもはすぐに現れるくせに、重要な時に姿を見せないとは……。せっかく良い物をプレゼントしてあげようというのに運の悪い男だ。


 近場で聞き込みをしていると、「さっき裏通りに入るのを見たよ」という有力情報を手に入れた。


 私はどうするか迷ったが、すぐ見つかるだろうということで裏通りへと向かった。素早く路地を駆け回りながら、その姿を捜索する。


「おーい、フェイヴァ」


 名前を呼んでみるが周囲には誰の影もない。疲れてしまって施設の壁に寄りかかって休んでいると近くの戸が開いて巨漢の男が出てきた。


「お嬢ちゃん何をしているのかな?」


「知り合いを探しています」


「そうかい。なんだか疲れているみたいだけど、良かったら店の中で休むかい?」


「え?」


 腕を引っ張られて中へ引きずりこまれた。薄暗い店内は埃が舞い、湿っぽい臭いが漂っている。


「何するんですか!」


「なにって、休ませてあげようってんだよ」


「結構です」


 私が逃げようとする前に男は扉を施錠してしまった。


「結構とはいいねぇ」


「嫌だって意味よ!」


「そうかい、そうかい」


 男はでっぷりとした腹部を撫でながら満足そうな笑みを浮かべた。

 そして、私の尻尾を撫でるように掴む。全身にゾッと鳥肌が立つのが分かった。


「や、やめてください!」


 尻尾を男の手から奪い返して抱き寄せていると、彼は手をさするような動作で言う。


「獣人族はさすがに可愛いぜ。幼い体が特にそそるねぇ」


 舌なめずりした男の言葉を聞いて絶望感に苛まれた。こいつは善意で私を店へ引きずり込んだのではない。


 何となくは分かっていたが、態度で示されるとさらにと気持ち悪くなる。


 私は小さい体を利用して、男の足下から脱出した。入ってきたのが裏戸ならば表の入り口があるはずだ。


 店の内装品に手を付きながら跳ぶように、薄く光が射している方へと走る。乱暴に両開きの戸を開くと外へは出られたが、まだ路地裏だった。


 人気もなく、辺りは静まりかえっている。


 ――表通りに、戻らなければ!!


 その瞬間だった。尻尾を掴まれたと思ったら、張り手で頬を殴りつけられた。鈍い声が出て、私は石畳を転がっていく。


 口の中は苦い味、鼻から熱い液体が流れている。男の姿に反応する前に、怯えた体は大げさに震え出す。


「少々痛めつけても、問題ないだろう」

 男が手にした鈍器を打ち鳴らしている。何をされるんだろう。


 怖い、怖い、怖いと恐怖で必死に体を丸めて縮こまっていると、頭上に何者かの気配。


 ――お前は何をやっているんだ。その気怠るそうな低い声は聞き覚えがある。


「フェ……イヴァ?」


 剣を構えた彼の姿は勇ましく、視界に焼き付いた。


「なんだぁ、お嬢ちゃんの知り合いかい?」


 しかし、相手は怯まなかったようだ。鈍器を振って余裕そうな声を上げている。

 早々にフェイヴァが仕掛けた。剣を振るうが巨漢は体型に似合わず軽々とそれを避けた。


「……フェイヴァ、後ろっ!」


 私がそう声を上げた時には巨漢が彼の背後をとっていた。

 鈍器が振られるがフェイヴァは間一髪、剣でそれを防ごうとした。しかし、その怪力さ故か衝撃で剣が折れてしまう。


 その瞬間から、フェイヴァは何故か硬直したように動きを止める。彼の体は鈍器によって横方向へと弾き飛ばされてしまう。


「――フェイヴァ!?」


 彼が作った隙によって、私は何とか起きあがることができた。「誰か助けを呼ばなければ!」そう考えて路地を逆走する。


 表通りに出ると助けを呼んだ。必死で叫び続けると、白いロングコートを着た二人組が駆け寄ってきた。真面目そうな眼鏡の青年と赤毛の可愛らしい少女で、腰元に剣を下げている。


 風貌から察するに騎士だと思われた。青年が声を上げる。


「何かありましたか?」


「助けて、裏通りです。早く、フェイヴァが殺されるかも知れない!!」


 そう言うと、二人は顔を合わせてから裏通りへ急いでくれた。


 二人組による息のあった剣舞によって無事に巨漢の男は成敗された。彼らは予想通り騎士であって、犯罪者を連行していく。


 フェイヴァの方はうなだれたように壁に寄りかかっていた。


「フェイヴァ、ごめんなさい! 怪我はない?」


 そう言ったが、彼は悲壮な表情で踵を返そうとする。私は慌ててボロのコートマントを掴んだ。


「待って」


「今はやめろ。かなり、気が立ってる」


「え……でも」


 私の手を振り払うような仕草をしてから、彼は力ない様子で路地を進んでいった。



 肩を落としながら食堂へ戻ると、女将さんは私の腫れた顔面を見て悲鳴を上げた。治療を受けながら事情を説明すると、彼女は大きなため息をつく。


「そっか、ついに折れちゃったのね」


「えっ? どういう意味ですか」


「フェイヴァの剣のことさ。あれは古い物だったし、若い頃からかなり無茶な使い方をしてきたようだからね」


「もしかして大切なものだった……とか?」


「そうさ。あれはね、あいつの婚約者が願掛けしていた特別な物なんだよ」


「願掛け、ですか?」


「そう、彼女は巫女と呼ばれる特殊な家系の生まれでね。だからって特別な力は無かったけど、それでもいつもフェイヴァの無事を祈って剣に願掛けをしていたのさ。だから愛情は一杯詰まってたろうね」


「そうだった……の」


 だから剣が折れた時、彼は動けなくなってしまったのか。それほどショックを受けてしまったから、あんなに力なく去って行ってしまったのか。……そんなの、バカな私の責任だ。


「あの剣はもう代え時だったのさ」


 女将さんは私を気使ってくれたのだろう。それでもフェイヴァを傷つけてしまった事実は変わらない。

 大きく揺さぶられた心が、ただ苦しかった。



 ++++++


 ――フェイヴァ・アズロウ。


 その男は無銭飲食ばかりを繰り返すろくでなしで、飲兵衛(のんべえ)の体たらくで、私を幼獣だっていつも罵ってくる。


 そんな最低野郎なのにピンチな時には助けてくれたりする……変な奴。

 私は男の背を追いながら、そんなことを考えていた。


「ねぇ、フェイヴァ。お詫びとか言ったら怒るかも知れないけど、私……」


 フェイヴァは無言でいつもの青果店でリリゴを掴んだ。「おじさん、ごめんなさい。あとで」と、店の主に声をかけてから再び男の後を追う。


「……ねぇってば、フェイヴァ」


 そこで彼は立ち止まった。そこは露店型の菓子屋で甘い香りが漂っている。


「それを十五枚ぐらいくれ」


 フェイヴァはクッキーのような焼き菓子を指す。店の若い娘が「はい」とそれを袋に詰めた。


 私がその様子を眺めていると、フェイヴァはこちらに少し顔を向けて言う。


「これ、払っとけ」


「え?」


 彼はそれだけ言い残して歩き出す。困惑した店の娘と視線を合わせたが、あいにく今日の私はお金を持ってきていなかった。


「ご、ごめんなさい。お金、すぐに持ってきますからぁー!!」


 すぐ食堂へ駆け戻ってから、また露店へ戻って代金を支払った。

 その足でフェイヴァを探すと、彼は広場の片隅で焼き菓子を食べていた。私は痛むわき腹を押さえつつ息を整える。


「フェイヴァ、あなたねぇ!」


「俺に詫びたかったんじゃなかったのか」


「ちょっ!? そ、それは……」


「金銭ぐらい持ってきておけ。気の利かん奴だな」


 私が「返す言葉もございません」と耳と尻尾を垂らすと、彼は大きなため息をついた。


「どうして、また裏通りに入った」


「あっ、これを。渡したくて、フェイヴァに」


「なんだ、この汚ねぇ紐は」


「お守り、助けて貰ったお礼に作ったの」


「……いらん」


「なっ!?」


 人がせっかく作ってあげたのにと言おうとしたがフェイヴァに先を越された。


「俺には、もう守代なんて必要ない。そのうちのたれ死ぬ運命だ」


 彼は暗い表情で顔を逸らした。私はそんなフェイヴァの姿を目の当たりにして苛立った。思わず大声を上げる。


「な、なんてこと言うの! 命を大切にできないなんて最低よ!」


「うるせぇ、幼獣なんかに何が分かる」


「そ、そんなの。あんたの気持ちなんて分からないわよ。でも、死ぬ時って辛いんだから! ああ、死ぬって思った時、冷えていくような感覚は気持ちが悪いのよ!」


「なんでそんなこと知ってるんだよ」


「知ってるからよ。バカ、フェイヴァ!」


「……バカはお前の方だろう」


 彼はそう呟いてから焼き菓子の袋を渡してきた。私が首を傾げると、いつものように片手を上げて飄々と去っていく。

 袋の中を覗くと、焼き菓子は一枚も残っていなかった。ゴミかよっ!!


「もーう、フェイヴァーっ!」


 そんな怒りの叫びは街頭の雑音に消えていった。

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