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(2)


「泥棒、お金を支払いなさい!!」


 ボロボロのコートマントを羽織った小汚い格好、ゴマ髭面、ボサボサの長髪を一つに縛った男。フェイヴァは店先で盗んだリリゴにカジりついている。


「あなたはそれでも元騎士なの。信じられないし、ありえない!」


 そう言うと彼はハッと鼻息をもらして、侮蔑のような濁った眼差しを向けてくる。そこでいつもなら飄々と去っていくのだが、今日は少し違った。


 ドガンと何かの衝突するような音がして、数メートル先から土煙が上がったのだ。


 複数人の悲鳴が響き渡る中で、露店の並んだ道なりに視線を辿ると、ある店に大型の荷馬車が突っ込んでいた。

 その衝撃的な場面に驚いて走り出すと、フェイヴァも後から着いてきた。


 煉瓦作りの建物が破壊されて、店の中にいたのだろう男児が一人、取り残されて泣いているようだった。母親らしき女性が外から必死に叫んでいる。


「子供が中にいるんです。早く助けてください!」


 その体を押さえている男らの一人が声を上げた。


「駄目だ、奥さん。今にも倒壊するぞ」


 その言葉通り荷馬車は屋根を支える土台を破壊し、一部は今にも落ちてきそうな状態である。


「(なんで助けにいかないの!?)」


 私は迷わなかった。軽い体を利用してピョンピョンと瓦礫を飛び越える。男児の元へ着いた時には、もう天井が落下し始めていた。


 しかし、この小さな体では泣きわめく男児を担ぎ上げることは不可能だ。

 私の瞳には大嫌いなあの男の姿が映っている。誰も来られないというなら、もうこれしか手はない。


「フェイヴァ!!」


 そう叫んでから瓦礫の隙間から男児を押し出した。フェイヴァが無事に男児を受け取ってくれたを確認したところで、瓦礫に埋もれて視界が暗闇に呑まれた。



 私が目を覚まして初めて見たのは白い天井だった。上半身を起こそうとして頭に鈍い痛みが走る。


「急に起きては駄目ですよ!」


 焦ったような女性の声がして、体を起こすことを諦めた。


「ここは、どこ、ですか?」


「大丈夫、病院ですよ。お連れ様もいらっしゃいますから安心してくださいね」


「お連れ?」


 視線だけを動かすと、相変わらず汚らしい格好の男が壁に寄りかかっていた。フェイヴァは組んでいた腕を解いてから踵を返す。


「倒壊しそうな建物に入るなんて、頭がイカレてるとしか思えん」


「な、んですってぇ……」


 何か言い返そうと思ったが、寝起きで喉が掠れて声が出なかった。

 その間にフェイヴァはさっさと病室を出ていった。入れ替わるように食堂の大将が入ってきたので、私は強ばっていた体を力なくベッドに預けた。



 その後、すぐに退院して食堂の三階部分にあたる天井裏の自室で休養している。どうやらあの事故で頭を打ったようだが運良く軽傷で済んだ。


 瓦礫と瓦礫の隙間に挟まって押しつぶされなかったらしい。私を救出してくれたのは意外にもフェイヴァだったという。


「く、悔しい。あの男に助けられるなんて……」


 それでもお礼ぐらいは言った方がいいだろうか。そう思ってからいやいやと首を横に振る。



 夕食を終えると女将さんが「今日は月が綺麗だよ」と教えてくれた。私は素足のままで裏口から外へ出て夜空を見上げている。

 天上には丸い月が柔らかな光を放って、美しい姿を晒していた。


「……素敵」


 日本ではゆっくり月光浴なんてしたことがない。そもそも背の高い建物や曇り空などで、月がこんなに近くに感じられることはないのである。


 私が尻尾を揺らしながら目を細めていると、「どうやら浸っているようで」と男の低い声がした。


 はっとして店の角を見ると、物陰に大きな酒瓶を持った小汚い男が座り込んでいる。


「げっ、フェイヴァ」


「邪魔したようだな」


「ほんっとーに、邪魔者だわ」


 フェイヴァはハンと鼻を鳴らして酒瓶の中身を汚らしく飲み干す。その情けない姿に少しばかり嫌みを言ってやりたくなった。


「ねぇ、あなたはいつもお酒ばっかり飲んで。真面目に暮らす気はないの?」


 フェイヴァは酒瓶を地面に置いたまま立ち上がる。あの時同様、怒ったのか剣を引き抜こうとするのでその前に酒瓶を奪ってやった。


「かかってきなさいよ!」


 そう叫んで一歩前へ出たが、興奮しすぎて手が滑った。瓶を落として割った上に焦って欠片を踏みつけてしまう。


「お前はバカなのか」


「痛っ、ちょっ痛、ささった!!」


 地面へ尻餅をついた私に、男が大きな手を伸ばす。


「見せろ」


 片方の足首を掴み上げられて、為す術がない。バタバタと暴れていると、フェイヴァはガラス片を取り除いてから服を裂いて足に巻き付けてきた。


「ちょっと、店に入れば包帯があるのに!」


「うるせぇ、暴れるな」


「……ぐうう、でもありがとう」


 傷の痛みというものは、包帯や絆創膏で塞いで見えなくしてしまえばなんとなく和らいでくれる。だから私も落ち着いてお礼を言えたのだった。



 ++++++


 三日もすれば体調もすっかり回復した。その日、食堂の買い出しを終えてちょっとばかり裏通りで休憩していた。

 階段に座り込んで足と尻尾を揺らす。機嫌が良いので鼻歌まで出てくる。


「ふんふんふーん」


 今日はフェイヴァに出会わなかった。こんなにも清々しい日はないのである。


 暫くそうしていると、後ろに何者かの気配を感じた。振り向くと人相の悪い男らが三人立っている。


「お嬢ちゃん、大人しく金品を渡しな」

 グヘヘという汚らしい笑い声を上げる男たちに、私は侮蔑の眼差しを向けた。


「物盗りですか」


「そうさ、痛い思いをしたくなかったら言うことを聞くんだな!」


「グヘヘ、一人で裏通りに入るなんてバカな獣人族ちゃんだぜ」


「ハハハッ、身ぐるみ剥いで可愛がってやってもいいぞ」


 ――なんだって!?


 その言葉は猫をモフモフするような意味合いではないだろう。だけど、お店から預かっているお金や買った品物をおいそれと渡す訳にもいかない。


 その時、物陰から若い男が現れた。私は助かったとばかりに声を上げる。


「お兄さん、物盗りです。助けてください!」


 しかし、若い男はこちらに微妙な笑みを送っただけで、足早に去っていってしまった。


「(なっ!?)」


「グヘヘ、助けなんざ来ないぜ。さぁ、どうする。お嬢ちゃん?」


 男たちはジリジリと距離を詰めてくる。荷物を抱えて彼らを突破できるだろうか。いっそのこと、荷物だけ置いて逃げるか。そんな選択を迷っていると、男らの背後に人影が現れた。


 その気配に感づいた三人は一斉にそちらの方を振り向く。


「な、何者だ!」


 人影は「知らねぇよ」と気怠そうな低い声を上げる。ボロボロのコートマントを翻した男、フェイヴァは肩を竦めた。


 その刹那、彼は目視できないスピードで男の一人を顔面を殴りつけ、もう一人の腹に蹴りをくらわせた。

 最後の一人にいつの間に抜いたのか、剣先を向けている。


「今日は良い酒が手には入らなかったから機嫌が悪い。早く退散した方が身のためだぞ」


 三人の盗賊は「クソッ、覚えていやがれ」というよくある台詞を残してフラフラと逃げていった。


「フェイヴァ、ありが……」


「本物のバカ幼獣は、路地ん中がどれだけ危険かも知らないようでなによりだ。鼻歌なんか響かせて、お気楽なもんだな」


「なんですって!」


 私は素直にお礼を言おうとしたのに、助けられてちょっと感動していたのに、これでは全て台無しだ。


 ボワッと尻尾を膨らませた私を一瞥して、彼は通りの奥へと姿を消していった。


 すぐに荷物を抱えて裏通りを出た。食堂へと戻ってから路地での話をすると女将さんにも叱られてしまった。


 どうやら「一人で裏通りへ入らない」のは常識のようなので、今回は全部こちらが悪い。この間助けられたことといい、フェイヴァには改めてお礼をした方がいいだろう。


 寝る前に揺り椅子で編み物をしていた女将さんに相談することにした。


「贈り物をしたい男性がいるんですが何を渡すのがいいでしょうか?」


「あら、若い男かい? ココちゃんもそういう年頃だものねぇ」


「いえ、そういう訳じゃ……」


「そういうことなら組緒(くみお)がいいよ」


「それは何ですか?」


「糸を編んだお守りさ。白糸の調達から、色初め、組上げるまで全部一人でやるんだよ。若い娘はみんな好意の男に作ってやってるからね」


 それは面白そうだと興味がわいた。渡すかどうかは分からないが挑戦してみたい。

 「ぜひ、教えて欲しいです」と頼むと女将さんは潔く了承してくれた。

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