67.オパールと魔法
全くカチュアは何考えてるんだ……風呂の話を昨日カチュアとしたから、今日の報告の際にベリサリウスともその話題になってしまった。
なんと彼は個人用の風呂を自宅に作ったと言っていたんだ! その場で彼に許可を取り、どんな造りをしているのか彼の自宅を観察させてもらうことにした。
しかし肝心の家主は趣味の狩に出てしまったので、ベリサリウス邸にはエリスしか居なかった。
てか、やはりエリスはいるんだな。
彼女はベリサリウスに振り向いてもらおうと頑張ってるようだけど、彼は見向きもしないんだろうなあ……だって彼の趣味はねえ?
エリスのことは正直俺に被害が無ければ好きにやってくださいとしか思わないから、あえて火中に飛び込む必要は無いだろ。
エリスの案内でベリサリウス邸に入れてもらうと、噂の風呂を見せてもらう。
外観は木製の小屋になっており、中にはベンチと中央に置かれた煙突状の筒。この筒は壁に空けた穴から外に繋がっている。
これはサウナだな。この筒から蒸気なり熱い空気なりを送り込んで部屋を加熱すると室温が上昇しサウナ状になる。
確かに気持ち良さそうだけど、これどうやって入ってんだ?
俺は胸の前で腕を組んで、おっぱいを主張しているエリスに聞いてみることにした。
「エリスさん、これサウナですよね?」
「サウナって言うの? 名前はよく分からないけど、暑くて汗がダラダラ出るんだけど、出た後に水をかぶると気持ちいいのよ。汗で汚れも取れるし」
「これはベリサリウス様が?」
「ええ。ローマ式だとか。湯気は私の水の精霊術でね」
「なるほど。水の精霊術って便利ですね!」
「全く現金ねー。そんなことより聞かないの? 一緒に入ってないの? とか」
ニヤニヤとだらしなく顔を緩めるエリスだが、全く興味が無い。本気でどうでもいいんだが……
「特に興味無いっす!」
「えー、聞きたいのー? ベリサリウス様が汗をかいたら、布で体を拭かせてもらうのー。そしたら汚れが取れるのよ。でね、でね」
エリスがトリップモードに入ってしまったので、俺は念の為音を立てないように気を払いながら、この場を立ち去ることにした。
サウナか。サウナならばお湯を溜めたお風呂よりは手軽に作れるな。
一度試しに小さいのを作ってみてもいいけど、どうせ水の精霊術を使うなら湯船を作ってお湯を注いで貰えばいいんじゃないか?
いや、俺だけが贅沢するのは……お風呂は水を大量に使うし、使ったお湯を流す仕組みも必要だよな。
ティモタとライチが参加して、道路の改修工事をしているけど、その際に雨水が流れるよう下水設備を建造する予定になっている。
公共の風呂を作るなら水を投入する仕組みと排水する仕組みを……もしくはティモタの土の精霊術かカチュアの水の精霊術で風呂に溜まったお湯を浄化すれば、水を溜めるだけでいいか。いや、水の精霊術でお湯を溜めればそれさえいらない。
ただ、精霊術に頼るのは俺の本意ではない。人に頼る設備でなく、誰でも整備できる整備が望ましい……
そう言いつつも、汚物処理は精霊術に頼ってんだけどね。
ん、誰でも使える設備か……あ!
俺は自宅に帰ると、リッチの少年がいるか探してみる。彼は何故か俺の家に居座っているのだ。
「エルー!」
俺の声に反応して、リッチの少年--エルラインは煙のように俺の前に転移して来た。
「なんだい。何か面白いことを思いついたのかい?」
転移魔術で突然現れたエルラインに驚きで俺が目を見開くと、彼はいたずらが成功した少年のようにクスクス声を立てて笑う。
相変わらずのエルラインだな。
「エル。俺は風呂に入りたいんだよ」
「なんか最近そればっかりだね。アスファルトが上手くいかなかったからかい?」
「あれは失敗だったけど、今度は上手く行くと思うぞ。何しろライチとティモタの監修だ」
「……相変わらずだね君は。君がアイデアを出したんだろう?」
「きっかけは作ったけど、実際試行錯誤するのは彼らだからね。感謝してるよ。風車も無駄になっちゃったしなあ」
「で、今度は何を思いついたんだい?」
エルラインは興味深そうに俺の目を見てくる。
「魔術の話をした時にさ、オパールに魔力を溜めれるとか言ってたよな」
「そうだね。君が魔法を使えるように考えようって話だったね」
「あれさ、オパールからそのまま魔法発動できない?」
「……」
エルラインは珍しく驚いた様子で手を叩く。
「変なこと言ったか?」
俺は不安になりエルラインに問うが、彼は「いやいや」と首を振って肩を竦める。
「いや、魔術を知らない君がその発想に至ったことを驚いただけだよ」
「可能なのか?」
「うん。出来るよ。君がオパールを使って魔法を使えるようにするより簡単だよ」
「オパールって魔力を使ってもまた魔力が溜まるんだよな? なら、ずっと魔法を発動出来る?」
「そうだね。魔力が溜まる速度は一定だから、使う量の方が多ければ当然魔法は発動しなくなるよ。ずっと魔法を発動するならね」
「一回限りか、魔力が尽きるまで発動するかどちらでも作れるのか?」
「どちらでも作れるけど、逆に言えばそのどちらかしか作れないんだよ。使い勝手が悪いんだ」
「明かりの代わりに使うとかなら使い勝手が悪いかもしれないけど、風呂にならどうだ?」
「ええと。何をしたいのか説明してくれるかな? 風呂と言われてもね」
俺はエルラインに自分の考えを伝える。風呂桶を作成し、中に水を入れる。あるのか分からないけど浄化の魔法が込められたオパールを入れておき、常に水を清潔に保つ。もう一つお湯を作る魔法が込められたオパールも風呂に入れておけば自動でお湯になるって寸法だ。
そんな都合のいい魔法があるか分からないけど。
「一つ目の浄化の魔法は実際にあるから問題ないね」
「おおお!」
俺が歓声をあげるが、エルラインは手で待ったをかける。
「温度を一定に保つ魔法は無いよ」
「あう……お湯はそうだな。水を温める仕組みを考えようか」
うんうん俺がうなりだすと、エルラインはため息をつき口を開く。
「全く君は……頭が回ると思ったらこれだよ。魔法では不可能だけど、魔術なら細かい調整ができるって君に教授しただろ」
「え?」
「要は火と保存の魔術を調整すればいいだけの話だよ。出来るよ」
「最初からそう言ってくれよ! あ。待てよエルライン」
俺は風呂の事ばかり考えていて、オパールと魔術の可能性を狭めていた。オパールは動力源として使う事ができるじゃないか。例えば水をくみ上げたり、水を拡散したり……車輪を回転させたりも出来るかもしれない!
これは……夢が広がって来るぞ! 俺はさっそく「あーだ、こーだ」とエルラインを捲し立てるが、彼は呆れたように肩を竦めた。
「いや、作るのはそんなに時間はかからないけどさ。肝心のオパールが無いじゃないか」
「あああ! そうだった。どこかに埋まってないかな」
「オパールの鉱床でもあればいいんだけどね。探すのは手間だし、すぐ見つかるかなあ?」
「いずれ見つかればいいけどなあ。あ、待てよ」
確かエルラインは人間の街にはオパールが売っていると言っていたな。俺は街の建築が落ち着いたら人間の国を周遊する予定だけど、先にオパールだけでも買ってきたいな……
エルラインの協力は必須だけど、上手く使えば飛躍的に街が便利になるぞ。
「エルライン、オパールを買いに少しだけ人間の街へ行こうか」
「別に構わないよ。お金はあるのかい?」
「任せろ。当てはある」
俺はニヤリとエルラインに微笑んだのだった。