63.戦争芸術ベリサリウス
そういえば、エルラインはベリサリウスから俺へ伝言を伝えに来たよな。彼はベリサリウスと会った時に他に何か話していないのか?
「エル。ベリサリウス様と会った時、他に何かあったのか?」
「うん。パオラにベリサリウスの伝言を伝えたよ。逆撃を進めろってね」
「パオラ達にかあ」
パオラ達に伝えて、ここまで二時間以内となると待機させている二匹の飛龍を持って来るのか?
まあ、すぐに分かる。何が起こるのかは……
俺は飛龍が来るかもしれないと思い空を見上げた時――
――空にハーピーの集団と飛龍が二匹……
それぞれの飛龍から、炎で出来た体長二メートルほどのトカゲが出現すると、陣地の南側……俺達がいる方向と反対側へ火トカゲが駆けていく。
ハーピー達は手に持った一抱えもある素焼きのツボを、次々と要塞に落としていく。
どこだ? ベリサリウスは? 俺が空に居る飛龍へ目を凝らすと、ベリサリウスが手綱を持つ飛龍を発見する。後ろに乗るのは……おそらくティモタだろう。
ならば、もう一方の飛龍にはパオラが乗っているのかな? あの火トカゲは精霊術に違いない。
――飛龍が次々に炎のブレスを陣地に向けて放つ。素焼きのツボを狙った炎のブレスは着弾すると勢いよく燃え上がった! そこへ火トカゲも舞い、さらに火が燃え上がる。
さらに、木製の簡易宿舎に向けて容赦なく火トカゲは襲い掛かり、簡易宿舎も燃え上がっていく。
聖教騎士団は突然襲い掛かった空からの襲撃に混乱をきたし、炎に囲まれたことで完全に恐慌状態になる。炎弾で反撃が可能だったのだが、もうそれどころではないようだ。
そこへベリサリウスが降り立ち、縦横無尽に敵を切り裂いていく。混乱状態の聖教騎士団は数に任せた反撃をするでもなく、次々と陣地から逃げようと走り出すが、南は火トカゲと炎の壁が立ち塞がっていた為、左右に分かれて逃げていく。
こちらの人数の関係で、左右に逃げ出した兵士は捨て置く作戦だろう。逃がすことでここにいる兵士の数は減っていく。残った兵士は混乱から立ち直る前に殲滅する作戦なのだろう。
簡易宿舎の南にあったコンクリートの壁より北側の兵士は、俺とリザードマンがいる北側へ逃げ出してくる。
いよいよ戦闘が始まる……
掘に入って来る兵士へ、リザードマンの槍が突き刺さり、次々に倒していくが逃げて来る数が多い! 目算だが、こちらへ逃げて来る兵士の数は二百から三百の間だろう。
リザードマンの兵士は百近くいるので、倒せない数ではないはず。しかし、槍で突き刺して倒すたびに、堀が死体で埋まり、より堀を越えやすくなって行くのだ。
俺には彼らを励ますことしかできないから、力の限り声を張り上げる。
――ロロロの手が滑って槍がすっぽ抜けた! まずいこのままでは彼が……
俺はとっさに腰の剣を引き抜き、振るったことも無い剣をロロロに逆襲しようとしていた聖教騎士団の兵士へ向けて振るう。
素人の俺の剣は流麗な動作で、兵士の首を切り裂き一刀の元斬り伏せたのだった!
一体何が? 体が勝手に動いた気がする……
<ここは、私に任せてくれ>
心の中で声がしたかと思うと、俺の身体は勝手に動き出し、次々にリザードマンが討ち漏らし始めた敵兵を切り裂いていく。まるで水の流れのような自然な動きで……
混乱する俺とは裏腹に、身体は動くことを止めず、適格にリザードマンのほつれた穴を埋めていくのだ!
「戦士たちよ! 撃ち漏らしを恐れず確実に一人一人仕留めて行きなさい!」
俺はリザードマン達を鼓舞する。もちろん俺の意思で口を開いているわけではない。
「残りは全て、勝利の指揮者たるこのプロコピウスが引き受けた!」
言うや否や、さらにスピードを上げ敵兵を切り倒していく。
「さすがプロコピウスだ! 流水の動き全く衰えておらぬ!」
そこへ遠くから声をかける人物がいた――ベリサリウスだ。
今の俺を操っている意志は、ベリサリウスから褒められたことで歓喜に支配されていた。今俺の身体を動かしているのは、まさか!
「ベリサリウス様には敵いませんよ!」
俺がベリサリウスへ答える。口が動きつつも、手は一切休めずに。
ベリサリウスが到着すると、この場は一方的な蹂躙に変わる。南側へ向かった敵兵は全てリザードマンと俺とベリサリウスによって殲滅されたのだった。
あれ? エルラインは何処に?
動く敵兵がいなくなるのを確かめたベリサリウスは、この場にいる全員に聞こえるよう言葉を紡ぐ。
「リザードマン達よ! 君たちの勇戦があり、此度の戦い勝利することが出来た! 誇るがいい。自らの勇気を! 武勇を!」
「ベリサリウス様万歳!」
「プロコピウス様万歳!」
「ローマ! ローマ! ローマ!」
リザードマンの戦士たちは口々に思い丈を叫ぶ!
陣地へ移動した俺達は、動く敵兵が無いか確かめた後、ハーピーらも呼び寄せベリサリウスは全員に問いかける。
「戦の前、私は宣言した。こんなもの、ローマの危機ではない! ただローマの歴史が始まったことを祝う祭事に過ぎないのだ! と。どうだ諸君! その通りだっただろう?」
「応!」「応!」「応!」
「ローマよ永遠なれ!」
「ローマ万歳!」「ベリサリウス様万歳!」
怒号のような歓声が鳴り響き、俺達はこのたびの勝利を噛みしめる。
その後、まず死傷者が居ないか確かめたが軽傷を負っているものは数人いたものの死亡者は無しとこれ以上ない戦果をあげたことを俺達は改めて知る。
聖教騎士団の死者を集めたところ。だいたい二百五十人ほどが今回の戦で死亡したことが分かった。彼らの全兵力の三割以上がこれで壊滅したことになる。
飛龍による視察は続けるが、恐らくこのまま逃げ帰ると予想される。この人数の死傷は部隊編成に大きく影響が出るだろうから。
死体を燃やしているうちにすっかり日が暮れたしまったが、みんなこの場で就寝するのを嫌がり、森の中まで移動し、それぞれ野営することになった。
俺は夜目が効くというエルラインと連絡係のエリスと共に飛龍に乗り、敵兵の動きをさぐる役目を仰せつかった。今回ティンはお休みにしてもらう。エルラインに飛龍へ乗ってもらい、同じ目線で敵を確かめたかったからだ。
そうは言っても俺には暗いところを見通す力なんてないから、エルラインが見る方向を確かめてエリスに伝えるだけだけどね。
幸い聖教騎士団は、野営をすることも無く一目散に森の外へ出ようと駆けているようだった。もはや軍としてのまとまりも欠いていて、彼らの様子から先ほどの戦闘の恐慌からまだ脱してないことが予想できる。
この分だと、ほっておいても大丈夫そうだ。俺はべリサリウスへエリスを通じて連絡を行い。彼らの先頭集団が森の境目まで行ったのを確認し、ベリサリウスらのところへ帰還する。
帰還途中エルラインが先ほどの戦闘について俺に話を振ってきた。
「ピウス。君の剣は予想どおり並の剣士では相手にならない腕だったね」
「……いや、それほどでもない……」
そうだ。あの時、誰かの声がして俺の身体は勝手に動き出したんだ! あの時は幸い身体は上手く動いてくれたが、今後俺の意思に反して誰かを傷つけたりしたら非常に困る。
できれば原因と対策をさぐりたいところだが……
「またまた。君は本当に面白いね」
エルラインはクスクス子供っぽい笑い声をあげたのだった。ほんと君は気楽でいいな……やっと戦争が終わってくれたけどこの先が思いやられるよ。
そうそう、あの時エルラインが現場にいなかったのは、空から戦況を眺めたかったからだそうだ。手伝ってくれてもいいのに……俺の謎の力が発動しなかったら死んでたよ?