26.精霊
そこで一旦言葉を切ったグランデルは俺に水を出してくれた。水が入っていたコップは小鬼の村で見たものと同じ木をくりぬいたようなものだった。ダークエルフの村でも木製が中心を占めているのは他の亜人と変わらないのかな。
「プロコピウス。あなたは精霊について何か聞いたことがありますか?」
「はい。エリスさんが水と風の精霊術を見せてくれました。素晴らしい技術ですね」
「ふむ。精霊術は技術というよりは祈祷ですね。それはともかく、ダークエルフは他の種族より精霊の加護が強いのです」
「精霊の加護ですか」
「はい。他種族ではせいぜい加護があっても一種なんですが、ダークエルフでは二種の精霊から加護を受けます」
「精霊に種類があるんですか?」
「ええ。精霊には地水火風に太陽と月。太陽は光、月は闇と言われることもありますね。精霊術は加護を受けた精霊に働きかけることで行います」
「精霊にも好みがあるってことなんですか?」
「おおむねその通りです。エリスの場合は水と風の精霊から加護を受けています」
この世界には精霊なるものが居て、気に入った人に加護を与えているのかな。ダークエルフは精霊のお気に入りで、二種類の精霊から加護を受けると。精霊はお願いすることで、エリスがやったような火消や電話のような力を行使してくれる。
精霊にどのようなことをやってもらうかってのが精霊術。だいたいこんなところか。
「なるほど。分かりやすい説明ありがとうございます」
「精霊にも相性がありますので、水と火の加護を持つダークエルフは非常に稀です」
「なんとなく分かります。火と水は打ち消し合いますものね」
「ええ。そうです。ダークエルフは二つの加護を受ける分、精霊には他種族より敏感です」
「より鋭敏に精霊の加護を感じ取れるってことですね。他人の精霊の加護についても分かるのですか?」
「鋭いですね。その通りです。そして、精霊の中でも太陽と月の精霊は、人を引き付ける力を持ってます」
なんとなく先が読めて来たぞ。俺はきっと太陽か月の精霊を宿しているんだ。だから、ダークエルフ達に敵意を持たれないんじゃないだろうか。
「ひょっとして、俺が太陽か月の精霊の加護を受けてるんですか?」
「ええ。その通りです。本当にあなたは聡い」
「だから、人間なのに俺はダークエルフに敵意を持たれなかったと」
「人間が精霊の加護を持っていること自体稀です。まして太陽や月を持つ人間は私の知る限りあなた以外に唯一人です」
これは想像がつく。俺のことはともかく、規格外のことと言えば彼に違いない。
「それはベリサリウス様ですか?」
「はい。そうです。ベリサリウスは太陽の加護を持っています」
やはりベリサリウスだった。太陽の加護を持つからエリスも嫌悪感なく彼に接し、ついにはあんな可哀そうな状態になったんだろう。恋もいいけど彼女には、もうちょっと周りを見て欲しいなあ。
「ただ、私はベリサリウスなら会う気はありませんでした」
何だって! 何故俺に?
「それは一体?」
ガタリとグランデルは立ち上がり、これまでの落ち着いた態度から一転して、両手を広げ若干頬が紅潮すると、熱く俺に語り始める。
「あなたは、あなたこそ。私たちダークエルフでも、私たちが隔意を持つエルフでも成しえなかった、加護を受けているんです!」
「特殊な精霊なのですか?」
いきなり興奮しだしたグランデルに若干引き気味の俺は、顔を引きつらせながら彼に問う。
「いえ、そうではありません! プロコピウス。あなたは太陽と月の加護を受けているのです!太陽と月は不倶戴天と言われ、決して同じ人物に加護を与えないのです! 我々ダークエルフやエルフを引き付けてやまない太陽と月の精霊......私はエリスからあなたのことを聞いたとき、すぐにでも会いたいと思いました」
「俺が人間でもですか?」
「あなたが人間ということは些細な事でしかありません。私はあなたに会った時、無条件であなたに協力しようと思ってしまいました。それほどのものをあなたは持っているのです」
何故俺が太陽と月、両方の加護を持っているのか不明だけど、ダークエルフでさえ持ちえない加護持ちだったため、グランデルは会ってくれたわけか。
「俺はそんな大した人間ではありませんが......」
「いえ、私はあなたに会って確信しましたよ。あなたの謙虚さは人間には持ちうぬものだと。そんなあなただからこそ、精霊は加護を与えたのだと」
うああ。べた褒めされて頬が熱くなる。みんながみんな俺を持ち上げるけど、俺はそんな大した人間じゃないんだ。プレッシャーが......まあベリサリウスから受ける無茶振りに比べれば全て色あせるが。
こうしてダークエルフの協力を俺は取り付けることができたのだった。
◇◇◇◇◇
ダークエルフの族長――グランデルの家から出て来た俺を待ち構えていたエリスとティンは期待の籠った目で俺を見ている。
「どうだったの?」
エリスが胸の前で腕を組んだ格好で聞いてくる。相変わらずおっぱいが腕の上に乗っかっている。たまに下から掬い上げたくなる衝動に駆られるが、もしやったら俺の首が締まるだろう......
「グランデルさんは協力してくれると言ってました」
「まあ、あなたの頼みなら当然ね」
エリスは満足したように頷くが、ティンは驚きで目を見開いていた。
「ダークエルフが協力してくれるんですか! すごい! さすがピウス様!」
興奮し腕を振り上げたティンは、俺の前でピョンピョン跳ねる。だから、そんなに褒められると照れるって。
「ただ、俺の下に付けると条件がつきましたが」
「慎重なグランデルらしいわ。あなたの下なら問題も起きないでしょうし」
「しかし、衝撃でしたよ。俺の加護が」
「あなたは精霊も見えないようだけど、私にとっても衝撃だったのよ。あなたの加護」
知ってるなら事前に説明してくれてもいいのに。全くエリスらしいと言えばそうなんだけど、交渉はドキドキだったんだぞ。下手したら無礼打ちでもされるんじゃないかと思ったくらいだし。
「ピウス様のご活躍で、周辺に住む亜人全ての協力を取り付けましたね!」
ティンの言う通り、これで人材集めは一旦終わりだ。次はローマの建設に注力していこう。
俺たちは飛龍に乗り込み、ダークエルフの村を後にした。
ローマに帰る途中ふと気になったことから、前方で飛龍の手綱を握るエリスに聞いてみることにしたんだ。
「エリスさん、俺には加護があるんですよね?」
「ええ。太陽と月という規格外の加護があるわよ」
「俺にも精霊術って使えるんですか?」
「うーん。頑張れば何とかなるんじゃない? これから来るダークエルフに聞いてみなさいよ」
エリスは自分では教える気は一切無いらしい。彼女らしいと言えば彼女らしいけど。彼女の言う通り、ダークエルフが俺の下につくからその時でも構わない。
急いでエリスに聞いたところでそう変わるものでもないだろうし。
「あ、でも。精霊が見えないなら、結構困難よ」
ボソっとエリスが呟いたが、しっかりと俺に聞こえてるって......精霊が見えないといけないのか。加護があるってことは精霊がいつも俺のそばにいるのかなあ。うーん。
「ピウス様! 私も精霊が見たいです。ハーピーは全員風の精霊の加護があるって聞いてます!」
ティンにも精霊は見えないのかあ。ひょっとして彼女が飛べるのは風の精霊の加護か? なら、見えなくても精霊術使えそうだよね? 分からん。
そんな会話を交わしているうちに、ローマが見えて来た。
そろそろ、勧誘した亜人たちも到着し始めるだろうから、頑張らないと!
プロコピウスにも才能があった! 他力本願だけど。




