チート
略奪はひそかにおこなわなければならない。まわりのプレイヤーたちに見つかるわけにはいかないし、もちろん略奪相手にはぜったいに見つかってはならない。おそらくじぶんのことを盗賊とかマフィアとかギャングとか言うプレイヤーたちがあらわれるかもしれない。だが、じぶんはじぶんのなかではあくまでもじぶんなのだった。わらったり泣いたりするし、怒ったりかなしんだりもする。ふつうの人間だ。ぬすむけれど。
このゲームを制圧するのにもっともひつようなのはレベルと装備だ。それ以外にはひつようなものなどない。ギルドメンバーはけっしてひつようというわけではない。
オノ・ヤマトは、ぬすむときにチートを使った。異能力というチートだ。相手のディテクター内に表示されているアイテム名を目で見るだけでそれをぬすみだすことができるのだ。これはまさに天からの贈り物だった。無敵の能力と言ってもいいだろう。だれにもバレないし、だれにも真似できない。じぶんだけの才能だ。
どうやってぬすみだしているのかはわからないが、おそらくは電子関係の異能力なのだろうとヤマトは勝手に思いこんでいた。たとえばそれが外部からの陰謀だとかはいっさいかんがえたりしなかった。
ゴールドをぬすみだすのは非常にむずかしかった。だれもゴールドなんて見せたがるプレイヤーはいないからである。
だが、アイテムはよく見せてくれる。まるで自慢するかのように。
ぬすみだしたアイテムは売却し、ゴールドにする。そうすることでゴールドの不安はなかった。このゲーム世界にも闇市場というものは存在する。表世界とおなじように柄のわるい連中が裏世界というものをつくりあげていたのである。それに気がついたときにはさすがのヤマトもおどろいたのを思い出す。
裏世界のみな、このゲーム内で満足に暮らしていた。食事を取らなくていいというのはかなりおおきなメリットなのだという。
900レベルを越えたとき、ヤマトはこのゲームに送りこまれてからいちばんよろこんだのをおぼえている。あと100あがれば廃人たちの仲間入りだ。そう思うだけでうれしくなった。
いちばん苦しかったのはもちろん、このゲームに送りこまれた日である。ヤマトは一日中、家に引きこもっているような少年だった。ある日、母親が電話でだれかと話しているのを聞いた。母親は日中、いつもひとりなので、だれかと話したりはしないのだ。それゆえ、ヤマトは母親の電話の内容がひどく気になった。耳を澄まして聞いてみると「政府」という言葉が聞こえてきた。その夜、ヤマトの眠るベッドになぞの人間たちが襲いかかってきて無理やりにヘッドギアを装着してきたのだ。そしてヤマトはサイレント・イロウションのなかにまよいこんだ。
だが、そのおかげでヤマトはみずからの才能に気づくことができた。ある意味、母には感謝しなくてはならないのかもしれない。
『なんと、なんとたったの5レベルで100レベルのブルードラゴンを討伐してしまったぞ!? いったい何者なんだ、ルルアという少年は……! 一見、少年のようだが年齢は十五歳とのこと! これからのプレイに大注目だァァアッ!!」
街頭空中テレビのコロシアムニュースが放送されていた。ヤマトはコロシアムニュースになどまったく興味はなかったが、そのルルアという少年を見てふと妙なものを感じた。
(なんだ、この感じは……)
ざらついた風がほおに吹きつける。