拒否と一日
カリオストロのギルドリーダーが言った。
「単刀直入に言おう、ギルドに加入してくれ」
ルルアは即答した。「いやだ」
それはコロシアムの控室でのことだった。
「な、なぜだ……?」
カリオストロは有名なギルドで、数多くの加入申請があるらしかった。
だが、ルルアはそんなものにまったく興味がない。
「ギルドに加入しても、やるべきことは変わらないんだ」
「ふ、ふむ……」
「それにおれはまだゲームをはじめて一日目だぞ。役に立つわけがない」
「一日目なのか……」
ギルドリーダーはバツの悪そうな顔をした。
おそらくこのSIというゲームをプレイするのにもっとも大切なものは精神力である。SIは一〇年を経過しているのだ。その一〇年をまるまるこの世界のなかで過ごしている人間もいるはずだ。そんななかでしっかりと精神をたもちながら狩りを続けなければならない。おそらくそれはルルアが思っている以上に過酷なものに違いない。ギルドリーダーはそれをわかっているのだ。だからこそ今日はじめたばかりのルルアにたいしてむずかしい表情を浮かべたのである。
拒否したのは、ルルアではなかった。ギルドリーダーのほうだった。彼は「またこんど話そう!」と言っていなくなった。
ルルアはその後、控室で、ぶどうジュースを飲みはじめた。
べつに、ギルドリーダーのことは気にはならなかった。
「拒否されちゃったわね」
「ああ、うん」
「なーんだ、気にしてないようね」
「ああ、まったく」
「どうすんの、これから?」
「モンスターを見つけて、狩る。ところで、どうしておれはぶどうジュースを飲んでいるんだ?」
「は?」
「だって、そうだろう? 現実世界で栄養補給できているのに、こっちの世界でこうしてジュースがうまいんだぞ? おかしいじゃないか」
「ああ、そういうこと」
美琴は説明した。
「こっちの世界で飲んだり食べたりするものはぜんぶ、花火みたいなもんよ」
「花火だって?」
「知ってる、花火?」
「ああ、もちろん」
「それとおなじよ。一瞬のかがやき、って感じなのよ、食事は」
「ほう、なるほど」
ルルアは、ぶどうジュースを飲む。うまい。これが花火のような一瞬のひかり。
「またレベル高いやつと戦うつもり?」
「そうだ。だが、今日はもうやらない」
「言っておくけど、今日のブルー・ドラゴンはAIじゃなかったから勝てただけよ」
「ふむ。AIとなると、コロシアムの受付女やチュートリアルの女みたいになるのか」
「そうね」
「それは勝てないかもしれない」
「ねえ」
「なんだ?」
「あんた本気でSIを出るつもり?」
「あたりまえだ。こんなところに用はない。だが、ゲームはたのしい」
「レベルは無限に存在するのよ」
「なんだって?」
「あたしの300だってそれほど高くないってことよ、わかる? そのまま高レベルのモンスターを狩り続けていれば経験値はどんどん入ってくるでしょうけど、だからといってクリアできるわけでもない。もっと地道にプレイしていかなきゃ、かならず精神を壊してしまうわよ。なんとなくは理解しているんでしょう?」
「ああ、なんとなくはな」
「それにあんた、過去からやってきたって言ったわよね?」
「そうだ」
「どうすんのよ、そのことも」
「そこなんだ、問題は。おれはいったいこの未来からどうやって過去へ帰ればいいんだ?」
「大問題よ、それ。ってか、なんであんたはタイムトラベルしてきてんのよ」
「知らない、そんなこと」
「あんただけ、本当にどうしようもないわよね」
「どうしようもないことなんてない。なんとかなるはずだ、きっと」
「楽観的すぎる……」
これ、送っておいて、と言って、美琴は去っていった。数分後、ルルアもコロシアムをあとにした。夜のカリオストロの街はとても賑わっていた。オレンジ色のネオンがなんともレトロな感じを匂わせる。一部ではとても近未来な感じなのに(ロボットなどだ)一部ではルルアにも理解の及ぶ昔のものが散らばる。カリオストロの夜はそんなところだった。
ディテクタを確認した。どうやら綾乃美琴とフレンドとなったようだった。『登録しますか?』と画面の端に表示されている。ルルアはそれの意味がよくわからなかった。
ランカとフレンドだが、こんな登録はしたことがない。
それにルルアは美琴とフレンドになったつもりはない。
彼女とはうまくやっていけそうにないと思っていた。
彼女の性格がキツいからだ。
あるいはルルアが美琴とフレンドになりたくないだけかもしれないが。
いつの間にか、まわりに人だかりができていた。
そのプレイヤーたちはルルアのことを待っていたのである。
「おれのギルドに入ってくれ!」
「いいや、わたしのギルドに!」
カリオストロのギルドはレベルが高いが、ほかのギルドはそうではなかったらしいのだ。そのため、戦闘技術に長けているルルアはたくさんのギルドにスカウトされたというわけである。
「いや、おれはギルドには所属しない。すまない」
ルルアはみなに深く頭をさげ、その場をすぐに去ることにした。それがみなへの最善の配慮だと判断したからだ。
「というか、マンションはどこだ……?」
ルルアは、みずからの目覚めたマンションがどこにあるのかわからなくなっていた。
しばらく街中を彷徨い、いつの間にかどこかの路地裏に入っていた。
「あ」
そこで、宿屋を見つけた。
ひと泊100ゴールドの、とてもちいさな宿屋である。いま、ルルアは一万ゴールド持っている。ブルー・ドラゴンの賞金だ。その賞金で宿屋に泊まることを決めた。
古風な宿屋の受付に立っていたのは、白髪の男だった。AIロボットだろう。ルルアは男に話しかけた。
「ひと泊、たのむ」
「あいよ」
男は、ディテクタを操作しはじめた。あとはルルアがディテクタの個人データを男に送信するだけで宿泊できる。
「あなたは一日中、この受付ではたらいているのか?」
「いいや、そんなことはねえよ。おれとまったくおなじ顔のロボットがもう一台いて、そいつと昼夜交代だ」
「そうなのか」
男から、部屋の鍵を手渡される。
ルルアはそれを受け取って部屋へ向かう。
宿屋は三階建てだった。
その三階のいちばん端の部屋を、男は用意してくれた。
男のそれは、サービスの一環だった。
宿屋の男にまで広まっていたのだ、ルルアのブルー・ドラゴン討伐の情報が。
三階までやってきて、部屋の鍵をあける。
宿屋には若干の日本式が残っており、外靴は脱ぐようになっていた。
(ふむ、なるほど)
ルルアは日本式にたいしてすこしだけ関心をいだいた。
部屋の電気を灯した。
電気は古風な色を照らした。
あえてオレンジ色を強めているのだろう。
ルルアは風呂に入ることにした。
浴室に湯船はついていなかったが、シャワーだけでも満足である。
腕のディテクタを外すことなく、服だけを脱いでシャワーを浴びる。
データはすべてディテクタのなかだ。
盗難にあうことはない。
ルルアはシャンプーとリンスとボディソープを見ておどろいた。
これは都会のほうでしか手に入らないレアなものなのではないだろうか。
村のランカに見せたらきっと大喜びするだろう……。
だが、これらを見せられるときがやってくるのかもわからない。
シャワーをおえ、ルルアはベッドに倒れこんだ。
そのまま深い眠りについた。
サイレント・イロウションの一日目がおわった。