長い道のり
「果てしないな」
ルルアはつぶやいた。
チュートリアルの少女が言った。
「でも地道にがんばらないと駄目だからね?」
「ああ、わかってる。だが、早く帰りたいんだ」
「そんなのみんな、おんなじ気持ちだよ!」
「そうだろうな」
ルルアはこのサイレント・イロウションというゲーム内にいる人間たちのことをすこしずつ理解しはじめていた。みんな、家に帰りたがっていた。でも、家には帰られないのだ。方法のわからないクリアをしなければならないからだ。
「おれたちは試されているのか?」
「その可能性もあるかもねっ」
「だんだんこの世界のルールというものがわかってきた」
「ほうほうっ」
「そもそもおれはどうやらべつの時代にまよいこんでしまったようだ」
「えー、タイムトラベル?」
「そんなところだろうな。ケイトに教えてやりたいよ、このことを」
「すごいね、タイムトラベルなんて!」
「すごくはないだろう、帰られないんだから。やはり、家に帰られないというのはつらいものがある」
「じゃあレベル上げして強くなるしかないのかな?」
「そうだな」
「がんばって、ルルアさま!」
カリオストロ街で、チュートリアルと話している少年なんてルルアひとりくらいのものだ。だが、ルルアはべつにまわりの目を気にしたりはしなかった。むしろ、まわりに目を向けてみると、暗い顔をした連中ばかりでルルアのことなど見えていない。みんな苦しそうな顔をしている。
「ここの連中、みんな、家に帰りたいというわけなんだろうな」
ルルアは、悲しくなった。どうにかしてみんなのことを家まで送り届けてやりたかったがいまのルルアにはその方法がなにひとつ思い浮かばなかった。そもそもルルアはゲームに弱いからクリア方法なんて探せる気もしなかった。いったいどうすればいいのだろう。どうすればこのゲームをクリアできるのだろう。
装備品は、ゴールドで買えることがわかった。食事は、取らなくてもいいらしい。二〇六三年の日本に保存されているというみずからの肉体は栄養補給をつねに受けており寿命が尽きるまで生き続けていくという。なんだかよくわからないが、その点に関してはいまぴんぴんしているのでだいじょうぶなのだろうとルルアは解釈しておく。
とにかくいま、ルルアに必要なのは、ゴールドとレベルだった。そのどちらもいっぺんに手に入れる方法を探した。
すると、それはすぐに見つかった。コロシアムというところに入っていくと、試合がおこなわれていた。広い会場があり、そこは闘技場となっていた。いま、まさに試合がおこなわられていた。
人間がドラゴンと戦っていた。その世にもめずらしい光景にルルアは鳥肌が立った。なぜかわからないが、自分のなかの戦いの火のようなものが灯るのを感じた。
「あのドラゴンと戦うにはどうすればいい?」
「ブルー・ドラゴンですか?」
「そうだ」
ルルアは受け付けで少女に聞いた。ゲーム内のキャラクターは少女がおおかった。
「ここで受けられますよ。ただし参加費がかかります。お一人様、三千ゴールドです」
「ふむ。ちょうどある」
プレイヤーはゲーム初めに三千ゴールドもらうのだ。ルルアはそのゴールドをディテクタから取り出し受付嬢AIロボットに手渡した。
「本当に挑戦なさるつもりなのですか?」
受付嬢はおどろいた口調で聞いてきた。
「ああ、問題ない」
「そ、そうですか……」
会場に女性AIロボットアナウンサーの声がひびいた。
『なんとレベル5で、レベル100のブルー・ドラゴンに挑むプレイヤーが現れました! 挑戦者のネームはルルアさん! いったいどうなってしまうのでしょう、わたしはいまから怖くて仕方がありません……!』
レベル差など関係ない。
砂漠のミスターを倒したではないか。
レベル上げについてルルアはすこし勉強したのだ。
相手のレベルが高ければ高いほど、経験値はおおく獲得できるという。
だが、たとえば他人とパーティを組んでいて、その他人が高レベルの場合、モンスターのレベルが高くとも、経験値はさがってしまうという。
ならば、ひとりで狩ればいい。
そうすれば、よりおおくの経験値が入る。
一刻も早く家に帰るには、そうするしか道はほかにない。
ルルアは闘技電子フィールドに立った。
ブルー・ドラゴンはそのあとで転送されてきた。
ブルー・ドラゴンはかなりおおきかった。もちろんゾウやキリンなんかよりも圧倒的に。深く青い鱗は、電子フィールドの青い光で輝きを放っていた。そのしなやかな肉体は、高い身体能力を誇るかのようである。翼は、生えていないタイプだが、その腕の先に生えた五本の指の爪はいまにもルルアの肉体をかんたんに切り刻まれてしまいそうである。
果たしてこんな巨体に勝てるのだろうか。
ルルアはすこし不安だった。
だが、やるしかない。
強くなるために。
レベルを上げるために。
ルルアは、ゆっくりと瞳をとじた。
精神統一する。
スペルの使いかたはわからない。
キュアはいざというときに発動すればいい。
『ゲーム、スタート!』
ブルー・ドラゴンが咆哮した。会場がどよめいた。だがルルアはまったくビビらなかった。これはゲームだ。そんなもの気にする必要などない。
若干、ルルアはゲームというものの性質を利用しつつあった。これはゲームなので死んでも怖くない、とか思いはじめていたのだ。
まあ、それはわるくない傾向かもしれないが……。
ブルー・ドラゴンが、炎を吹いた。ルルアは走って避けた。炎はルルアの身体を追いかけてくる。吹き止むと、長い尻尾を振り回してくる。ルルアは跳びあがって避ける。
「ん」
ブルー・ドラゴンが一瞬、動きをとめる。ルルアはその隙をついて顔に刀を切りこむ。長い口のあごを下から上へ切りあげる。赤い血が噴き出す。
ブルー・ドラゴンの頭上あたりに30000という数字があらわれ、それから29950に変わる。
「50ダメージしか通らないのか」
おそらく、ドラゴンの弱点は顔だろう。だが、その弱点の顔ですら50のダメージしか通らない。ルルアは若干、うろたえた。しかし、あきらめるつもりは微塵もない。
「倒せないわけではない」
ドラゴンの動きは一定だった。まさに工場作業をおこなうような感覚でルルアはブルー・ドラゴンにダメージをあたえていく。
「かならず、倒す……!」
ルルアは気合が入っていた。
だが、気合の空回りは避けなければならない。
あくまでもリラックスした状態で作業をおこなっていかなければならない。
「だいじょうぶだ、できる……」
ブルー・ドラゴンの息吹が、刀を両手で拝むように構えるルルアの黒髪とワイシャツを揺らす。