砂漠のミスター
チュートリアルの案内で、砂漠にやってきた。街を出る際に、チュートリアルが、スペルはスキルはとかなんとかずっと言ってきていたがよくわからないのでルルアはすべて無視していた。
砂漠のミスターというモンスターがいるらしく、そいつはレベル上げにも武器のアイテムドロップにもいいらしい。
なので、ルルアはその砂漠のミスターというモンスターに会ってみることにした。
モンスターと呼ばれるくらいなので、話してわかるような相手ではないだろう。
もしかすると、出会った瞬間に、襲われるかもしれない。
そういった用心は、必要だろう。
街の外の砂漠の中心にテントがあり、そこに砂漠のミスターはいた。
テントのまえに、電光板があった。物理的なものではなく、電子的なものである。板に腕を差しこむと、腕は貫通する。
電子板は、クエスト板と呼ぶらしい。街にもあり、街ではパーティメンバーなどを募集できるという。ルルアは仲間に興味などなかった。
ルルアは、クエスト板の戦闘開始を選択した。すると、周囲に電子フィールドが展開された。なんらかの方法で戦闘がおわるまで、そのフィールドを出ることはできない。それから、ほかのプレイヤーが乱入してくることもできない。
ひとりの老人が、テントのなかを出てくる。そいつが砂漠のミスターだ。レベルは10らしい。
見た目は、とても強そうだ。おそらくカタナという武器の達人と思われる。容赦はできない。攻めてくるようなら、本気を出す。一瞬の躊躇もできないだろう。相手はゲームモンスターだ。殺しても罪には問われない。
「勝負だ」
「いい目をしているのう」
「人は殺したことはない」
ルルアは、剣を腰から抜いた。決して、腰に剣がぶら下がっているわけではない。剣がどこからか転送されてくるので、ルルアはそれを腰から受け取らないといけないのだ。剣は腰から抜くものだ。
剣を、両手で構えた。砂漠の風が吹きつけた。気温は熱い。額を汗がしたたってくる。
ミスターが、動き出した。速い。ルルアは鋭い感覚で横へ避ける。跳びあがって着地した際に、砂漠の砂が舞う。ルルアは、ミスターに視線を向ける。ミスターの背中が、ガラ空きだ。両手に力を込め、ミスターの背中を刺す。
ミスターの頭上に、数字があらわれた。300あった数字が、280までさがった。
「まだ早いのではないかのう」
「なんだと?」
「レベルが低いんじゃよ」
ミスターが微笑んだ。
ルルアは怪訝に見かえした。
ミスターが片手を突き出してきた。なんのことはない。刀を握りしめていないほうの手を突き出してきただけだ。だが、それが原因で、ルルアは背後へ吹き飛んだ。
「なんだ!?」
ルルアは砂のうえを転がった。ディテクタから飛び出したヒットポイントが100から30にまで減る。ルルアはゆっくりと立ちあがり口のなかに入った砂を唾といっしょに吐き出す。
「くそ、なんなんだ、その力は……」
「スペルだ」
「スペル?」
そういえばそんなことをチュートリアルが言っていたな。
「儂に勝てば、手に入るかもしれないのう」
「なぜ技が手に入る?」
「ふっふっふ」
「なぜ笑う」
ミスターが再び、刀を構えた。
そのとき、声がした。
「キュアを使いなさいよ!」
「む」
ルルアは声の方向に振りかえることはしなかった。
「女か」
「なんで回復しないのよ!」
回復とはなんだ。
さっぱりわからない。
そんなことよりも。
ミスターが攻めてくる。
ルルアはとにかく必死にミスターの攻撃を見極める。
避けて避けて避けまくって、隙をついて剣で斬る。
それをルルアはとにかくひたすらに繰りかえす。
回復など知らん。
スペルなど知らん。
とにかくルルアは避けて斬る。
砂漠の砂を舞う。
ルルアは剣で踊り続けた。
「なかなかじゃのう」
「おまえはおれよりも遅い!」
「速度では劣るか。ならば儂はスペルで勝負する……!」
ミスターが接近戦を諦める。ミスターに距離を取られ、ルルアはうまく踏みこめなくなる。
「くそ、どうすればいい……」
「そんなことより回復しなさいってば!」
「うるさい!」
「うるさいってなによ、うるさいって!」
女の声が戦いの邪魔だった。
ミスターが衝撃波のようなものを放ってくる。女の声に気を取られていたルルアは一瞬、避けるのを遅れる。だが、ダメージは回避できた。しかしミスターに一気に間合いを詰められる。
ミスターの突き出した刃先が視界を攻める。ルルアは頭を引いてそれを避ける。
「すばしっこいのう」
「それだけが取り柄だった……!」
「なるほど」
ルルアが剣を振る。ミスターがひらりとそれをかわす。また一定の距離を開かれる。辛い。速度では勝っているはずなのに、攻撃が届かないのだ。
「くそ、どうすればいい……」
「ほっほっほ」
「AIじゃないんだから、隙はあるわよ!」
女が言ってきた。
隙?
ルルアは考えた。
さらに相手の動きを見極めようか。
ルルアは一旦、攻撃をやめた。ミスターの攻撃モーションを読み取ることにしたのだ。すると、ひとつだけわかったことがある。ミスターは衝撃波を放ったあと一瞬だけ隙を見せる。それしかない。そのタイミングで攻撃を仕掛けるしかない。
「わかったぞ」
「なにがかね」
「おまえの弱点だ」
ルルアはミスターに剣先を突きつけてそう言った。
「なにカッコつけてんのよ、童顔」
「うるさい、黙れ!」
「あたしにむかってうるさいってなによ!」
ルルアは弱点を突いて攻撃を仕掛け続けた。それはまるでなにかの作業をするかのように。だが、そうすることで砂漠のミスターのヒットポイントは確実に減っていった。やがてルルアはミスターに勝利した。
「よし、勝った!」
「10レベル倒して、どんだけ嬉しそうにしてんのよ……」
少女が歩いてくる。長く赤い髪。赤い軽装鎧。顔つきは猫のようだ。しかし生意気な猫である。
「初狩りだぞ!?」
「あっそう」
ルルアは砂に座りこんだ。少々、疲れた。
「ドロップしてるわよ」
「なんだ、ドロップって?」
「それのことよ、あんたドロップも知らないわけ?」
「知らない」
「……アホな初心者と出会ったってわけね、あたしは」
彼女はドロップ品らしい刀を拾ってルルアに投げ渡してくる。それを受け取るとルルアの手のなかで消滅する。おそらくディテクタ内に転送・保存されたのだろう。
「とつぜんこのゲームの世界に飛ばされてしまったんだ」
「そうなの」
彼女は悲しげな顔をした。なぜかはわからない。
「あんたもここを出たいわけ?」
「出たいが、おれはいま、ゲームをたのしんだ。すこしここにいてもいいのかもしれない」
「ふーん。ま、みんな出たがってるし、そのためにがんばってるけど。たしかにゲーム自体はおもしろいのよね」
「おもしろいぞ、このゲームは。実戦はやったことはなかったが、おそらく実戦とおなじ感覚で勝負ができた」
「なるほどね」
「そのうえ、相手はモンスターだ。全力で戦える」
「動きはよかったわよ、あとはスペルの使いかたってところかしら」
「なんなんだ、そのスペルというのは」
彼女が白い目で睨んでくる。
「魔法よ、魔法!」
「魔法? 魔術師のことか?」
「まあ魔術師であってるとは思うけど、べつに剣士でも魔法は使えるわ」
「なるほど。だが、おれには魔術の知識がない」
「知識なんていらないわよ」
「そうなのか?」
「……もういいわ、ディテクタ出して」
ルルアは言われた通り、ディテクタの空中画面を出した。
「あたしがキュアの設定やってやるわよ。と、ついでにドロップした刀も装備しておいて……」
「おまえ、待て!」
「なによ」
「おれはカタナなんて使ったことはないぞ!?」
「使いかたなんて剣とおなじよ」
「おなじじゃない!」
「うっさいわね、だまって装備しなさいよ!」
「うるさいのはおまえのほうだ!」
「あんた、このあたしに向かって、よくもそんな口の利きかたができるわね!?」
「そもそも、おまえはだれなんだよ!」
「あたし?」
少女は自己紹介する。
「あたしは綾乃美琴。ギルド・カリオストロの副隊長で、レベル310。これでわかったでしょ、あたしという存在がいったいなんなのか」
「わからん」
綾乃美琴がカチンと来た。
ルルアはビビって委縮した。
女がこんなに怖いものだとは思わなかった。
村の女たちはみんな、ニコニコ笑っているだけだったのに……。
ニコニコ笑いながら、逃げていくだけだったのに。
「なんでわかんないのよ!」
「わ、わからないものはわからない……」
「……まあいいわ、そのことは。あたしもべつに自慢したいわけじゃないし」
「わるかった……」
「いいのよ、もう。そんなことより、レベルも5にあがってるわよ。レベルがあがれば、能力値も上昇していくわ。装備している武器にあわせてステータスは変化するのよ、気をつけて装備しなさいよ」
綾乃美琴がきびすをかえして去っていく。
ルルアは声をかけることなどできず、下をむいてしょんぼりしていた。