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カリムナ騎士団員

 ルルアは、カリムナ騎士団の団員のひとりだった。

 カリムナ騎士団は、ヨーロッパのとある北国の騎士団だった。

 そこはちいさな国で、つまり騎士団の規模もちいさなものだった。

 村人ぜんいんが、騎士団員ぜんいんの、顔となまえを知っているほどに。

 カフェテリアで朝食を取っていると、そこの美人のウェイトレスが声をかけてくる。

「おはよ、ルルア」

「ああ、おはよう」

「ねえ、これ見て」

「ん?」

 彼女はルルアによく話しかけてくれる村の少女である。ゆえにルルアも彼女とはよく話していた。ルルアは不愛想で有名なので、少女たちはあまり話しかけてこないのだ。なんだか話しかけづらい相手だとかなんとか。だが、彼女だけはルルアに話しかけてくれる。ゆえにルルアも心を許している。

 彼女が、妙な機械をテーブルに置いた。頭部にはめこむようなタイプの機械である。

 ルルアは、機械というものについてあまり詳しくなかった。

「なんだと思う?」

「うーん、なんだろうか」

 ルルアと彼女の口調は、決して固いものではなかった。村人のなかにはいまだに固い口調の人間たちもいるが、ルルアたちのような若者の口調はけっこう軽い。

「ランカ、これはかぶるものだと思うか?」

「うん、やっぱりかぶるものなんじゃない?」

「かぶってみるか」

 ルルアはそのなぞの機械をかぶろうとした。

「あぶないよ。もしも拷問器具とかだったら死ぬかも!」

 ランカはルルアの腕をおさえて必死にとめてきた。

「あ、ああ、そうか、そうだな……」

 ルルアはそう言われ、かぶるのをやめた。

「ケイトさんのところに行ってみたら?」

「発明家か」

「うん。ケイトさんだったら、なにかわかるかも」

「まあ、そもそも、こんなものには興味はないが」

「聞いてきて、おねがい。朝、おきたら、それがテーブルに置いてあったの。不気味でしょう?」

「それは不気味だ。ランカは仕事があるからな、おれが行ってくるか」

「うん、おねがい、ルルア!」

 というわけで、ルルアは朝食後、変な頭の機械を持って発明家のケイトの自宅をたずねてみた。

 ケイトの自宅は、村のいちばん端にある。木々にかこまれていて、あまり人を寄せつけない雰囲気をただよわせている。なんというか、ケイトの自宅周辺だけが暗黒を立ちこめているかのようなのだ。

「これは」

「なんだと思う?」

 ルルアは年上にたいして敬語を使わない。

「未来の機械かもしれない」

「未来の機械?」

「ああ」

 ケイトは機械を受け取ったまま自宅に入っていってしまう。

 ケイトは興奮するとまわりが見えなくなるのだ。まあ、ルルアはそのことをあまり気にしないが。

 ケイトについていくと、ケイトは研究室のようなところで、それを調べはじめた。

「記録を取る、すこし時間をもらうぞ」

「あ、ああ」

 ケイトは、それからしばらくのあいだ機械のメモを取りつづけた。ルルアはそのあいだ、窓辺に立ちながら、ぼうっと外をながめたりケイトの背中姿をながめたりしていた。昼を過ぎ、ルルアはようやくなにかを食べることをかんがえはじめる。ケイトの自宅のキッチンにあったアップルパイを持ってきて、ルルアは勝手に食べはじめた。ケイトにも食べるか、とたずねたが、ケイトは「いや、いい」と答えてまた無言となった。

 夕方となった。ランカがやってきた。

 夜となった。

 翌朝となった。

 ルルアはランカとふたりでひとつの毛布にくるまって眠っていた。

 目覚めると、ケイトはまだ研究をつづけていた。

 ルルアはランカに毛布をかけ、ケイトのそばに近づいた。

 メモを取るのに、とても苦労していた。

 メモだけで、一夜が明けてしまったらしいのだ。

 作りがシンプルすぎて、よくわからないとケイトは言った。

「シンプルなのに、わからないのか」

「そうなんだよ」

 ケイトは眼鏡の目の下にクマを作っていた。頭のぼさぼさ加減は、一夜明ける前からすでにそうである。

 ケイトがメモと睨みあいしているあいだに、ルルアはそのなぞの機械を手に取る。

 ルルアはかぶった。

 べつに怖くはなかった。

 そもそもそんな機械で人間が殺せるとは思えなかった。

 凹凸のようなものすら見られないそんな機械で。

 機械をかぶった瞬間だった。

 なにかの声が聞こえてきて、つぎの瞬間には景色が変わっていた。

 ケイトのきたない研究室のはずが、どこかの青空の草原のような場所に立っていた。

「なんだ、ここは」

 奇妙な動物が数匹、走り去っていくのが見えた。鹿のようだが、鹿ではない。

 ふと、服装も変わっていることに気づく。

 それから、空をなにかが降ってきた。

(野鳥か!?)

 だが、それは人間だった。

 人間が三人、空を降ってきたのである。

「なんだと!?」

 ルルアはおどろき、思わず後退した。

「なんだ、こいつ?」

「さあ」

「狩っちまおうぜ」

「プレイヤー狩っても経験値ねえだろう?」

「アイテム隠してるかもしれないだろうが、馬鹿野郎」

「ああ、まあな。でもこいつ、初心者なんじゃねえの?」

 狩る、という言葉を聞き、ルルアは目の色を変えた。ここは戦場なのかもしれない。

 いったいなにがどうなって自分はここに飛ばされたのかわからないが(これは夢かもしれないとルルアは思っている)とにかく、ここが戦場ならば、剣を抜くしかない。

「なに」

 だが、腰に剣がない。

「剣がない……」

 ケイトの自宅に、置き忘れてきてしまったのかもしれない。

 これはピンチだ。

 武器がない場合は、近接格闘で対応するしかない。

 勝負するわけではない。

 逃げるのも、選択のひとつだ。

 この男たちを抹殺するのが目的ではない。

 いまはあくまでもみずからのかぶった頭の機械を――とそこで、頭に機械がないことにルルアは気づいた。

 あの機械はどこへ消えてしまったのだろう。

 わからない。

「こいつ、武器すら持ってねえみたいだぞ?」

 男たちがおかしそうに笑った。

 そして三人は剣を抜いた。

 剣はさまざまな形状をしていた。ヨーロッパの主流の剣だったり、見たことのない細いタイプの剣だったりしていた。

 この三人はいったい何者なのだろう。ただのならず者とは思えない。

 鎧も、鎧らしくない。

 ずいぶんと軽量化されているし、まるで戦場に立てられる状態とは思えない。

「斬っちまえ!」

「はっはっは!」

 男たちが、ルルアを斬りかかってくる。

 ルルアは「なんだ、こいつら」と思った。

 男たちの動きが、あまりに素人だったからである。

 走りながら、剣を振りあげ、それをルルアに振りおろす。逃げたルルアを追いかけてきて、剣先で突こうとする。

 ルルアは、馬鹿らしくなった。ひとりの背中を蹴り飛ばした。

「なんだ、おまえたち」

「やるなあ」

「おどろかねえな、こいつ」

「っていうか、ゲームやってんのに、なんで初期武器もってねえんだよ」

(ゲームだと……?)

 ゲームというのは、ボールをころがしてピンをたおす、あれのことか?

 あるいは、都会のほうで流行りだしたという、サッカーという競技のことか?

 もしかすると、極東の地で開発されたというモニターゲームのことかもしれない。

「ここはどこだ」

「こいつ、頭、やべえんじゃねえのか?」

「いやいや、なんにも知らないでゲームはじめた可能性だってあるだろうが」

「ああ、そうか。じゃ、それだ」

「おい」

 男のひとりがルルアに説明してくれた。

「これは、サイレント・イロウション。オンラインゲームだ。おまえは死んだ。だが、ほんとうに死ぬわけじゃあない。デスペナは発生するが、街に飛ばされるだけだ。安心しろ、初心者」

 ふと、ルルアは腹部になにかが突き刺さっていることに気がついた。いったい、いつだ。この光の槍が、自分の腹部に突き刺さったのは――。

 しゃべった男のひとりが、手をあげた。すると、光の槍がその男の手のなかに帰っていった。まるで槍が瞬間移動したかのように。

「どういうことだ……」

 ルルアは手足が消えていくのにおどろいた。

「これは死のゲームだぞ、おぼえておけ。クリアするまで、出ることはできねえ。おれたちは強制的に送りこまれているんだ」

「おいおい、そこまで話してやる必要なんてねえだろうが」

「いいだろ、これぐらいは」

 男は言った。

「社会に反すると、こうなっちまう。おまえは、それを自覚してねえんだよ」

 ルルアは、かんぜんに消滅した。だがしかし、みずからの意識というものはずっと存在していた。不思議な感覚だった。たしかにここはゲームのなかなのかもしれない。死んだと思っていたのに、本当は死んではいなかったのだから。


 こうして、ルルアはまよいこんでしまったのである。


 このサイレント・イロウションという、オンレインゲームの世界に。


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