健康優良児と最弱女勇者
ここは、地球とは違う、スキルや魔法、何よりステータスが大きく人生を変える世界。
この世界は、常に魔王の存在に怯えている。
だからこそ、魔王に対抗するため、人類は神託によって勇者を選定し、特殊で強力なスキルを得た勇者を魔王と戦わせることで生存競争に食らいついていた。
しかし、いくら勇者が魔王と渡り合える存在とはいえ、世間における魔王像は不変だった。
――――絶対的な強者。
それは、勇者が一人ではなく、複数人の仲間と共に魔王という一個人を討伐することから、誰もが抱く魔王に対するイメージだった。
そんな魔王の脅威にさらされる中、一人の青年がそんな情勢関係ねーと言わんばかりに、のんびりと森の奥地でひっそりと暮らしているのだった。
◆◇◆
「ふふ~ん♪ ふんふふ~ん♪」
カコーン!
鼻歌まじりに、斧を振り下ろす一人の青年。
少し長めの銀髪と赤い瞳。非常に整った容姿を持つ青年は、若干の汗を流しながら、笑顔で薪割りをしていた。
誰も寄り付かない森の奥地で、薪割りをしている青年の名は、ジーク。
昔は、人並みに村で生活をしていたのだが、彼の持つスキルが原因で、人々に無能扱いされ、人とのかかわりを持つことを嫌になり、こうして森の奥で生活していた。
「よしっ! こんなもんでいいだろ!」
ある程度薪を割り終わると、ジークはすべての薪を一つにまとめ、背負う。
そのあとは、畑を耕し、狩に出て、今日一日の食料を手に入れると、薪を使って風呂に入り、ゆっくりと寝る……それが、彼の一日のサイクルで、魔王の恐怖に怯える人間の生活ではなかった。
そんなある日、いつも通り外で薪を割ろうとすると、いつもと違う光景が目に入った。
「なんだ?」
薪割りをするための切り株の近くに、少しふくらみがあるボロボロの布が落ちているのだ。
訝しげながらも、ジークは布をとると、そこには一人の女性が倒れていた。
「なっ!?」
ジークは驚きの声をあげ、思わず飛び退く。
すると、小さなうめき声が聞こえた。
「……ぅ……」
「い、生きてる!」
女性が生きていると分かったジークはすぐに女性を軽々と抱え上げ、家の中に連れて行き、看護した。
その際、女性の格好を見ながら、首を捻る。
「うーん……なんか重そうな鎧着てたり、物騒な剣を提げてたり……騎士様か?」
ベッドの上で寝かされた女性は、神々しい光を放つ長い金髪を持つ、非常に華やかな容貌の持ち主だった。
だが、その容姿とは裏腹に、身に纏う鎧や剣などには、乾いた血が点々とついている。
鎧や剣も、素人目に見ても高価ですごい性能だと分かりそうなものだが、ジークにはまったく理解できていなかった。
「怪我の手当てしたいけど……鎧の脱がせ方が分からん」
鎧などとは無縁の生活を送ってきたジークには、鎧の脱がせ方など分かるはずもなく、ましてや相手は女性であるため、体をベタベタと触るのは気が引けていた。
「どうしたもんかねぇ……って、そうだ! この間回復薬作ったばっかりじゃねぇか! 過去の俺、ナイスだぜ!」
女性の容態をよくする方法を思いついたジークは、すぐに回復薬をとって来ると、よっくりと女性の頭を抱え、回復薬を飲ませた。
「うっ……」
「よし、これで傷は大丈夫だろ」
最初より、安定した呼吸を繰り返すようになった女性を見て、ジークは一つ頷くと、女性が目を覚ましてもいいように、料理を始めた。
お腹に優しい、薬草のスープを作っていると、女性が目を覚ます気配を感じた。
「……ぁ……ここは……?」
「おっ! 大丈夫か?」
「!」
ジークに声をかけられた女性は、すぐに意識を完全に覚醒させると、腰に提げてある剣に手を伸ばした。
「おっと、斬りかかるのはやめてくれよ? スープが零れちまう」
「っ!」
すると、女性の行動を察知したジークは、歩みを止め、離れた位置で声をかけることにした。
だが、女性の警戒心は未だに高いままであり、抜き放った剣をジークに向けている。
「貴様……ここはどこだ! 私を連れ込んでどうするつもりだ!」
「ここは【ウェズルドの森】。んで、お前は俺の家の前で倒れてたから、介抱するために家に入れたわけ」
「倒れてた? 私が……?」
女性はジークの説明を聴くと、徐々に倒れるまでの記憶が蘇ってきたらしく、表情が蒼褪めた。
「そうだ……私は、魔王との戦闘に敗れ……」
「え?」
「こうしてはいられん! すぐに戻らねば……!」
突然焦り出した女性だったが、立ち上がった瞬間、足元がふらつき、倒れそうになった。
「おっと、無理するんじゃねぇよ」
「なっ!?」
スープで両手が塞がっていたジークだが、一つを頭の上に置き、器用にバランスをとりながら女性を支えた。
女性は、男性に近づかれることになれていないらしく、顔を真っ赤にして固まっている。
碧眼は涙で潤んでおり、目を開けたことでより一層女性の浮世離れした容姿が目立った。
「お前がどこの誰で、どんな使命があるとかは知らねぇけど、怪我人をそう簡単に送り出すわけにはいかねぇ」
「なんだと!? 貴様に一体何が――――」
「ほれ、しっかり体力をつけて、元気に出ていきやがれ」
そう言うと、ジークは薬草のスープを女性に差し出した。
女性は、鋭い目つきでジークを睨んだ後、少し警戒した様子を見せながらスープを手に取り、一口飲んだ。
「っ!? う、美味い!」
「そうか。そいつはよかったぜ」
女性が美味しそうにスープを飲む姿を見て、ジークは笑いながらスープを飲み始める。
やがてスープを飲み終わると、女性は頭を下げた。
「すみませんでした! 恩人に剣を向けてしまい……」
「いいさ、気にしてねぇよ。女性が見知らぬ男性の家で目覚めたら、警戒するのは当たり前だしな」
「そうだとしても……!」
「俺こそ悪かったな。鎧の脱がせ方が分からねぇから、怪我の手当てもできねぇで、結局回復薬しか飲ませられなかったんだがよ……」
「え?」
ジークの言葉に、女性は今になって、体に傷がないことに気付いた。
「す、すごい……こんなに綺麗に治る回復薬があるなんて……」
「あーっと……それで? お前さんはどこの誰なんだ? って、名前を聞く前に俺も名乗らなきゃな。俺はジーク。よろしくな」
「ジーク殿……私はリースと申します。また、私を助けてくださり、重ね重ね、お礼を申し上げます」
「おいおい、ただの隠居野郎に堅っ苦しいしゃべり方はなしだぜ? ジークでいいよ」
「そ、そうか。それで……ジーク。私は今すぐにでも出ていかなければならないのだが……」
「ダメだぞ。せめて、体力が完全に回復してからじゃねぇと、出ていくことは認めねぇ」
「だが……! 私が行かなければ――――世界が滅ぶのだぞ!?」
「――――え、そうなの!?」
ジークは、今日一番の驚きの声を上げるのだった。
◆◇◆
リースから、ジークは様々な話を聴いた。
リースが、魔王を倒すために神託を受けた勇者であること。
魔王を倒すため、レベルを上げ、ついに魔王に挑むも、魔王の圧倒的な力の前に敗れ、命からがら逃げだしてきたこと。
――――そして、その途中で力尽き、こうしてジークに助けられたことを。
「そうか……森の外はそんなことになってるのか……」
「いや、魔族と人間が激しく争っている中で、こうして平和に暮らしているジークがおかしい。……まあそれはいい。とにかく、私が行かなければならない理由が分かってもらえただろう?」
「そうだな。でも、ダメだ」
「何故だ!? 話を聴いていただろう! こうしている間にも、魔族は人間たちに襲い掛かり、魔王もさらに強くなっているのだぞ!」
「確かにそうかもしれねぇな。……こういう言い方はあまり好きじゃねぇが、リースは俺に助けられなければ死んでたわけだろ? つまり、それは結局人類が滅びるのと一緒じゃねぇか。それに、仮に助かったとしても、傷はどうする? 俺の回復薬で傷は治ってこそいるが、ただ助かっただけで、もう一度魔王に挑むってんなら、満身創痍で魔王に挑んで、結局お陀仏。つまり、お前さんが今さら早く出ようが、遅く出ようが、結末は一緒なんだよ。それならせめて、まだ倒せる可能性のある遅く出発する方がいいじゃねぇか」
「ぐっ!?」
まさに、ジークの言う通りなため、リースは言い返すことができない。
だが、苦し紛れにリースは反論した。
「な、なら、私がこの家にいれば、魔王の追手が来るかもしれないぞ!? どうだっ!」
「威張るんじゃねぇよ」
「ははは! 何せ、私が逃げたことは魔王も分かっているからな。いずれは殺しに来るだろう。そんな厄介な私をかくまっていると、私を殺しに来た魔王の手下に殺されるかもしれないぞ!?」
「そん時は茶でも出してやるよ」
「危機感薄っ!?」
結局、ジークを説得できなかったリースは、魔王との激戦の疲れもあり、気付けばすやすやと眠りに就いているのだった。
◆◇◆
一週間後。リースが朝起きると、ジークは朝食の準備をしていた。
一週間たった今でも、魔王との戦いで消費した体力は回復しておらず、相変わらず旅立つことを許可されていなかった。
「ほれ、今日は昨日採れたばっかりの山菜のスープと、熊の薄切りステーキ、そしてパンだぞ」
「おお! どれも美味そうだな!」
目の前に並べられた食事を見て、リースは瞳を輝かせた。
そんなリースの様子に、ジークは顔をほころばせる。
席に着き、食前の挨拶を済ませると、それぞれが食事を始めた。
「もぐもぐ……美味い! ジーク、とても美味しいぞ!」
「ははっ! それはよかった。まだまだあるから、気にせずにどんどん食べろよ」
「うむ!」
その後、リースはたくさんおかわりをすると、ようやく食事を終えたのだった。
「は~! 美味しかった!」
「お粗末様。俺も、美味しそうに食べてもらえて嬉しいよ」
ジークの言葉に、今になって恥ずかしさが込み上げてきたリースは、顔を赤くしながら話題を変える。
「そ、そう言えば、今日はどうするのだ?」
「んー、どうするも何も、特にすることは変わらないけど、強いて言うなら外に植えてる薬草の採取と、それを使って回復薬の調合かな?」
「そうか……その、私も手伝っていいだろうか?」
「え?」
「いや……助けてもらった身で、何もしないでいるのは気が引けるのだ……」
「そんなこと気にしなくても……」
「いいや、ダメだ! ジークが気にしなくとも、私が気にするのだっ! だから、手伝わせてほしい!」
真剣にお願いしてくるリースに、ジークは仕方ないといった様子で、手伝うことを許可した。
「まったく……いいよ。その代わり、面白いものでもないけど、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ! どんなにつまらなくても耐えてみせる!」
「そこは社交辞令でいいから、つまらなくないって言ってほしかったわ……まあいい。まだまだ本調子じゃないんだから、絶対に無理をするなよ?」
「ああ!」
ジークの許可を得たリースは、嬉しそうに笑った。
早速、回復薬のための薬草を採取するため、外の畑に移動する。
「うーむ……てっきり野菜を育てていると思っていたのだが、薬草を育てていたとはな……」
「別に薬草だけじゃなくて、野菜も育ててるぞ? ほら、これが薬草だ」
「おお! ……すまん、全部雑草に見える」
「おいおい……」
正直なリースの言葉に、ジークは苦笑いを浮かべる。
薬草の傍にしゃがみ込むと、何本か採取して、リースに見せた。
「ほら、これが薬草だ。回復薬の原料になっているように、薬草だけ食べても、小さな傷ならすぐに治る。雑草にしか見えないかもしれないが、覚えておけば何かあったときに役立つかもしれないぞ」
「なるほど……つまり、これも薬草なのだな」
「あ、それは雑草」
「やっぱり分からん!」
リースが手にした雑草と、ジークの持つ薬草は、見た目はほとんど一緒であり、リースには違いが分からなかった。
その後も、眉間にしわを寄せながら、薬草と雑草を見分ける作業をし、ジークの薬草講義を聞いたあと、少し多めに薬草を採取して、家に戻るのだった。
家に戻った後、ジークが回復薬を作る工程を見て、その手際の良さと回復薬の質の高さに驚き、リースの中でジークという存在が謎になりつつあるのだった。
◆◇◆
さらに一ヶ月、リースはジークを説得できず、ジークの家で療養を続けていた。
魔王との戦いが過激であったことを物語るように、体のあちこちが悲鳴を上げ、傷こそないモノの、なかなか体力も回復せず、体も上手に動かすことができなかった。
だが、それでも少しずつ回復していってるのもまた事実であり、リースたっての希望で、ジークの手伝いなども始めたりしていた。
こうしてリースはジークの家で過ごすうちに、今まで異性との付き合いがなかったこともあり、徐々にジークのことが気になり始めていた。
明るく、元気なジークの笑顔に、心を奪われていったのだ。
このままでは、本当に魔王を倒しに行けなくなってしまう……そう思ったリースは、何とかジークから許可をもらい、森で狩りをすることにした。
鎧や剣などは、一度も没収されておらず、逃げようと思えば逃げられたのだが、義理堅く、真面目なリースはそれを良しとしなかった。
「ふぅ……やはり、動きがぎこちないし、すぐに息があがるな……」
弓矢など使ったことのないリースは、警戒心の強い野生のシカなどを剣一つで仕留めていた。
そこはやはり神託の勇者であり、ステータスは一般人とは遥かに違っていた。
雑念を払うために、こうして狩に出たリースだったが、やはり考えるのはジークのことだった。
「それにしても……なぜ、ジークはこんな山奥にいるのだろう? あれだけいろいろできれば、街に出ても成功するだろうに……」
この一ヶ月、ジークと過ごす中で、リースはジークのスペックの高さを目の当たりにしていた。
料理洗濯などの家事を完ぺきにこなし、リースを救った回復薬もジークお手製であり、狩も常に猪やシカなどを軽々と担いで帰って来る。
ハッキリ言って、謎が多すぎるのだった。
「……まあ、何かあるのかもしれないしな。迂闊に訊ける話題でもないだろう」
そう、自分のように――――。
ガサガサ。
「っ!?」
突然、近くの茂みが揺れたことで、急いでその方向に視線を向けると……。
「う、ウソだろう……」
「グオオオオオオオオオオオッ!」
そこには、腕が背中から腕が四つ生え、顔は虎で体は熊の生物が威嚇していた。
【フォーベイガー】と呼ばれる、S級指定……つまり、魔王ほどではないにしろ、人類にとって≪災厄≫と呼ばれる魔物だった。
フォーベイガーは、その大きな巨体に似合わず、素早い動きでリースに近づくと、鋭い爪を振るってきた。
「ガアアアアアアッ!」
「グッ!」
何とか剣でその攻撃を受け止めるも、大きく吹っ飛ばされてしまう。
そして、リースは木に激突した。
「カハッ!」
「グオオオオオオオオッ!」
「っ!?」
追撃してくるフォーベイガーの攻撃を、リースは転がりながら避ける。
何とか距離をとることに成功するも、リースは冷や汗を流していた。
「万全の状態ならまだしも、今の私では……!」
必死に打開策を模索するも、体が思うように動かないだけでなく、フォーベイガーにとって有利な森のなかでは、リースの勝利は絶望的だった。
すると、威嚇していたフォーベイガーは、再びリースに向けて走り出した。
「っ! ここで……死ぬわけにはいかないんだっ!」
体を捻りながらフォーベイガーの攻撃を避け、すれ違いざまにリースは剣で斬りつけることに成功した。
だが――――。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ガハッ!」
攻撃を受けたことで、より激昂したフォーベイガーの攻撃を受けてしまい、リースは最初より激しく吹っ飛ばされた。
何度か地面でバウンドし、勢いが止まることには、リースは満身創痍となっていた。
そんなリースに、ゆっくりとフォーベイガーは近づく。
そして、爪を振り上げる姿を眺めながら、リースは内心謝っていた。
――――ジーク、すまない。君の言いつけを守るどころか、ここで死んでしまうようだ。
諦めの境地に至っていながらも、リースの脳裏には、ジークとの過ごした一ヶ月が浮かび上がっていた。
初めての薪割りで、剣を振るっている身からすれば、簡単にできると思っていたが、すぐに腕が悲鳴を上げたこと。
森の中で入る、お風呂が格別だったこと。
ジークの作る料理に毎日驚き、堪能したこと。
恒例になりつつあった、ジークの説得。
……そして、眩しいジークの笑顔を。
気づけば、リースは泣いていた。
リースの過ごした人生は、辛いものだった。
幼いころに両親を亡くし、孤児院で育ちながらもスキルや魔法など、一向に覚える気配がないことから無能と呼ばれ、神託によって勇者になるも、歴代最弱の勇者として誰にも期待されないながらも、魔王を倒すことを強要され、むしろリースが早く死ぬことで、新たな勇者を迎え入れようとする動きさえあったのだ。
そんな過去を持つリースだからこそ、彼女は単身魔王に挑んだのだ。
歴代の勇者たちが、多くの仲間と共に挑んだ魔王に対してである。
だからこそ、ジークがリースを見つけた時には一人であり、仲間を捜そうとするそぶりも見せなかったのだ。
そんな人生のなかでも、ジークと過ごした時間は、とても楽しいものだった。
勇者と知っても、変わらずに受け入れ、それだけでなく、体の心配までされた。
いつも、焦るリースを落ち着かせるように、楽しませてくれた。
ジークとの時間は、リースにとって、掛け替えのないものになっていたのだ。
リースは、最後にジークの笑顔を思い浮かべ、瞳を閉じる。
――――最後に、もう一度……彼の笑顔が…………見たかった――――。
「テメェ……誰に手上げてんだゴラ゛ァ゛!?」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
もう二度と聴けないと思った声が……聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、そこには、逞しい……想い焦がれた人物の背中が、あった。
その背中に、リースの視界はさらに滲む。
「ジーク……!」
「無事か? リース」
また、名前を読んでもらえる……生きているという事実に、涙が込み上げてくるが、今の状況を再び思い出し、絶望する。
「だ、ダメだ、ジーク……! コイツは、君が今まで狩ってきた存在と、ワケが違う……! 私のことはいいから、今すぐ逃げるんだ……!」
必死にそう訴えるが、ジークはそれを却下した。
「安心しろ、すぐに終わらせてやる」
「や、やめ……グッ!」
何とかジークを説得しようと試みるも、体中がフォーベイガーの攻撃で悲鳴を上げ、声に詰まる。
すると、先ほどまで威嚇を続けていたフォーベイガーが、ついに動き出した。
「グオォォォォォオオオオオッ!」
「グッ! じ、ジーク……!」
恐ろしいスピードで迫るフォーベイガー。
しかし、ジークは何ら恐れる気配を見せず、静かに拳を構えると――――。
「ふん!」
ズパアアアアン!
フォーベイガーは、粉々に砕け散った。
「…………………は?」
リースは、目の前の光景が理解できなかった。
フォーベイガーは、単騎で街……否、小国家程度なら滅ぼすことができる、S級の魔物なのだ。
もちろん、歴代最弱とはいえ、万全の状態である勇者のリースなら、倒すことも可能だ。
だが、勇者ですらないジークのただのパンチが……≪災厄≫と呼ばれるS級指定の魔物を木っ端微塵にする光景は、やはり理解できなかった。
呆然とするリースに対し、ジークは笑みを浮かべた。
「遅くなってごめんな。さ――――帰ろう」
いろいろとあったが、こうして生きているという実感がわいてくると、リースは思わず泣き出してしまうのだった。
◆◇◆
フォーベイガーとの戦いからさらに一ヶ月。
フォーベイガーから受けた傷は、回復薬によって綺麗に治り、体力もほぼ完全に戻りつつあった。
そんな中で、リースは完全にジークのことを好きになっていた。
しかし、恋愛経験がないリースには、どうすればいいのか分からず、勇者としての責務と、ジークへの想いの間で悩んでいた。
そして――――。
「……ジーク、話がある」
「ん?」
最近リースの元気がないことを気にしていたジークは、真剣なリースの表情に何かを感じると、表情を引き締め、話を聴くことにした。
リースは、何度か口を開いたり、閉じたりを繰り返すと、やがて覚悟を決め、話し始めた
「……ジーク。私は明日、魔王を倒しに再び魔王城へ向かおうと思う」
「……」
今まで、同じことを言い続けてきたが、ジークは全て却下してきた。
だが、今回は、何も言わない。
「私は、今まで一度も期待されたことがなかった。幼いころに両親を亡くし、孤児院で生活していたころからだ。何故なら……私にはスキルも魔法も、何一つ持っていなかったからな」
「……」
「そんな私だが、ある日突然、神託を受け、勇者となった。どうして私が? とか、いろいろと混乱したが、それよりもこれで私は誰かに必要とされると嬉しく思った。……しかし、現実はそんなに甘いものではなかった」
「……」
「勇者となったことで、今まで覚えられなかったスキルや魔法を覚えることができたが、それでも私の実力は、歴代勇者のなかでも最弱……その上、今の魔王は、歴代最強と呼ばれているのだ。国や世間の人々は、私が魔王を討伐することができるなど考えてもいない。むしろ、私が死ぬことで、新たに優秀な勇者の出現を待ち望んでさえいるのだ」
そこまで話すと、リースは寂しげな表情を浮かべた。
「だからこそ、私には仲間ができず、単身で魔王に挑んだ。……そして、知っての通り、私は完全に敗北した。今にして思えば、なぜ私は逃げたのだろうな……あのまま楽に死ねば、人類の希望は私ではなく、もっと優秀な誰かに移ったというのに……」
リースは一度話を区切り、今度は優し気な表情で語り始めた。
「だが……私は君に出会った。私に笑いかけてくれる……君に」
「……」
「君と過ごした時間は、私にとって、掛け替えのないものだった。全てが初めての連続で、勇者になってから……いや、勇者になる前も含めて、一番楽しい時間を過ごすことができた。…………だからこそ、私は魔王を倒しに行かなければならないんだ。君という、私の幸せを守るために……君が、笑顔で畑を耕すことができるように」
「…………」
結局、ジークは、言葉を返すことができなかった。
それだけ、リースの覚悟が本物であることを知り、何を言っても決意は揺らがないと悟ったからだ。
また、何と声をかければいいのか、分からなかったと言うのも、理由の一つだろう。
――――こうして、次の日の朝。
リースは……初めからいなかったかのように、姿を消したのだった。
◆◇◆
「…………」
ジークは、日課である薪割りをしながら、ずっと考えていた。
それは、リースのことである。
彼女がいなくなって、もう三日が経過した。
リースと過ごす中で、聴いていた魔王城の場所が確かならば、明日には魔王城に到着するはずだろう。
今まで、一人で過ごしてきたジークは、リースがいなくなったところで、何も変わらない日常を送り続けるだろうと思っていた。
だが、実際はどうだろう。
朝の何気ない挨拶や、食事の用意など、多くの日常生活の中で、どれだけリースがジークにとって、大きい存在になっているのか知った。
ジークに弄られ、ふてくされたリースの顔。薪割りの作業で、腕が痛くなって顔を顰めるリースの顔。
――――ジークの料理を食べて笑顔になる……リースの顔。
そのどれもが、一人でいた時には得られなかった……忘れていた感情だった。
それを呼び起こしたことによって、ジークは自覚した。
「……そうか。俺――――リースが好きなのか」
今になって、ようやくジークはリースのことを好きだと知った。
リースに対する気持ちが分からず、モヤモヤとしていたジークは、リースの全てが愛おしく感じてたまらなかった。
そして今、リースはジークのために再び魔王との戦いに挑んでいる。
「……俺は、いつまでふてくされてるんだよ」
ジークは、自身の持つスキルのせいで、人々からバカにされてきた過去を持っていた。
その原因となるスキルは――――『健康』。
一般的な農民でさえ、剣を手にして、一ヶ月ほど訓練さえすれば、『剣術』のスキルなどが手に入るのに対し、ジークは何をしても、『健康』以外のスキルを手に入れることができなかったのだ。
この『健康』というスキルは、ただ、常に健康状態であり続けるといった効果しかなく、病気などになる心配がないとはいえ、魔物の脅威や、魔族と戦い続けている今の時代においては、何の役にも立たない、無能な存在だった。
さらに言えば、『健康』というスキルは、普段から規則正しい生活などを気を付けてさえいれば、スキルとして持っていなくとも、何ら問題ないのである。
この世界では、十五歳で成人を迎え、そのときに初めて自身のスキルなどを知る、儀式を受ける習慣があった。
ジークも例にもれず、十五歳までは村で過ごし、同じように儀式を受け……『健康』というスキルのみ、授かった。
それからは、ジークの人生は散々であった。
友人だと思っていた連中からは馬鹿にされ、両親も無能なジークを完全に見限り、弟を可愛がるようになった。
そして、最後は無能な存在であるジークを、少しでも金にするため、奴隷商に売り飛ばそうとしたのだ。
両親の考えに気付いたジークは、ひっそりと村から逃げ、こうして森の奥地で隠居生活を送るようになったのだった。
隠居生活を始めて、ジークは自身の『健康』というスキルの可能性に気付き、ジーク自身が決して無能でないことを理解したが、それでももう、人と接するのが嫌になっており、復讐などは微塵も考えなかった。
そう、人と接するのが嫌になった――――はずだった。
「……」
気づけば、ジークの薪を割る手は止まっていた。
……リースは、絶対……魔王には勝てないだろう。
そして、今度こそ、殺されるはずだ。
それでも、彼女は魔王に挑みに向かった――――すべては、ジークの平和を守るために。
ジークは、唇を噛んだ。
「……好きな女が、傷つきながらお前のために戦っているのに……それでお前はいいのか? ジーク……!」
自分にそう問いかけると、手にしていた斧を、思いっきり切り株に叩き付けた。
「よくねぇよ、バカ野郎……!」
答えは、出ていた。
ジークはすぐに、旅の支度を始める。
だが、普通ならば、ジークが魔王城に辿り着くころには、もう戦いは完全に終わっているだろう。
そう、ジークが普通なら……。
「走れば間に合う……!」
全速力で、ジークは魔王城へと向かった。
好きな女性を、護るために。
◆◇◆
「――――久しぶりだな、勇者よ」
「……」
リースは、魔王の前に姿を見せていた。
二メートルある巨体に、鬼のような凶悪な表情。頭には鋭くも禍々しい角が生えており、豪華な服装に身を包みながら、余裕の態度で玉座に腰を下ろしていた。
「それで? 我に敗れ、死にぞこなった分際で何をしに来た?」
「……」
魔王の問いかけに答えず、リースは静かに剣を抜き放った。
そして、切っ先を魔王へと向ける。
「……私の『幸せ』を守るため、お前を倒す」
「我を……倒す……だと?」
一瞬、魔王はリースの言葉の意味を理解できず、呆けたが、意味を理解した途端、大きな笑い声をあげた。
「ククク……ハハハ……アーハッハッハッハッハッ! 歴代最強と呼ばれるこの我を倒すだと!? 歴代最弱の貴様がか!? それに、貴様は我に一度敗れているのだぞ!? よくそのようなことが言えたものだな!」
「……確かに、私は弱い。それは、認める。だが――――それでも、私は戦わなくてはならないのだ。人類のためでもない、ただ、一人のために……!」
「笑止! ここで貴様の息の根を完全に止めてやろう!」
魔王はおもむろに立ち上がると、体中から膨大な魔力を放出した。
「クッ……!」
「どうした? この程度で怯んでいては、我を倒すなど夢のまた夢だぞ、勇者! 『フレイムジャベリン』!」
魔王が魔法を唱えると、魔王の周りに、炎の巨大な槍が十数本出現した。
一本一本が、濃密な魔力で形成されており、当たれば塵一つ残さず焼き尽くされることが想像できる。
そんな炎の槍が、一斉にリースに向けて、射出された。
だが、リースは怯むことなく、魔王に向けて突撃する。
飛来する槍を避け、撃ち落とし、致命傷を避けながら、魔王に接近した。
「ほう? あれを避けるか。ならば……『ヘルフレイム』!」
すると魔王は、魔王とリースの間を隔てるように漆黒の炎を出現させ、リースを取り囲んだ。
「どうだ? これで我には近づけまい」
「それなら……! 『セイントアクア』っ!」
リースも、魔法を唱えると、清らかな水を剣に纏わせ、炎の壁を切り裂いた。
そして、その勢いのまま、魔王に斬りかかる。
「はああああああああああああああっ!」
「ハハハハハ! 背後ががら空きだぞ?」
「なっ!? ガッ!」
黒い雷が、リースの背中を焼いた。
何と、魔王は炎の壁でリースの視界を奪うことで、リースの背後にもう一つ魔法をセットしていたのだ。
黒雷を受けたリースは、大きく地面を転がる。
そのリースに追い打ちをかけるように、黒雷の雨がリースを襲った。
「があああああああああああっ!」
「どうした? 勇者。以前より弱くなっているではないか」
魔王の言う通り、リースの体力は完調に近いとはいえ、完全に戻ったわけではなかった。
体中から煙が上がり、雷の効果で体が痺れて動けないリースに向かって、魔王は静かに歩み寄ると、髪の毛を引き掴んで持ち上げた。
「我を倒すのではなかったのか? ん? 今なら避けることもできんぞ? 斬りかかってくればいい。まあ、無理であろうがな」
「ガハッ……ゴホッ……クッ……」
「しかし……貴様も不憫よな。最弱で誰からも期待されていないとはいえ、勇者である貴様は我を倒すことが義務付けられている。そう、例え貴様が犬死しようとも、誰も嘆き、哀しみもしない。むしろ、新たな勇者が生まれることに、歓喜する者さえいるだろう」
「ハァ……ハァ……」
「どうだ? 悔しいか? 憎いか? だが、弱い貴様が悪い。この世は強者が正義で、弱者が悪なのだ。誰も、貴様に同情などしない。貴様は、最弱という大罪人として、後世に語り継がれるのだ。ふむ……そう考えると、我はある意味で英雄だな。そうであろ? 勇者。貴様が死ねば、人類は喜ぶ。新たな勇者の誕生でな。ハハハ! なんて我はいいヤツなのだろうな! そう言えば、貴様は誰かのために、我を倒しに来たのだったな? クハハハハハ! だが、残念だったな! 貴様は、誰も救えない。否……死ぬことでしか、人類に貢献できぬ、罪深き敗者なのだ!」
「く……うぅ……」
リースは、悔しかった。
目の前の魔王に殺されることでもなく、人類から期待されないことでもない。
他でもない、自分自身が、ただの一人すら救えないという事実が、これ以上ないほどに悔しかった。
勇者になって、誰からも期待されない中で、何度も逃げ出したくなったこともある。何度も叫びたかったこともある。
だが、世間は残酷で、期待していないというのに、リースに魔王を倒すという使命を与え、リースが逃げることを決して認めなかった。
だからこそ、リースは勇者という称号が嫌いであり、一生好きになれないと思っていた。
しかし、ジークという存在ができたことで、リースは勇者という称号に意味を見出した。
人類のためでなく、ジークのためだけに、魔王を倒すという意味が。
「そろそろ終わりにしよう。我も飽きたのでな」
「ぅぅ……」
フォーベイガーのときとは違い、決してジークは助けに来ないだろう。
唐突に決意をして、ジークの言う完全に体力が戻るまでは出ていかないという約束を破ったのだ。
それでも、ジーク一人だけの幸せを、護りたかった。
魔王は、リースを持ち上げている手とは逆の手に、漆黒の炎を出現させた。
「さて、もう貴様に用はない。疾く失せろ」
「……ぁ……」
迫りくる漆黒の炎を、リースはどこか他人事のように見つめながら、小さく呟いた。
「ジーク……愛してる」
「俺もだよ、リース」
絶対にありえない、声が聞こえた。
それは、どうしようもないほど愛おしい、ジークの声。
突然、リースを心地よい浮遊感が襲う。
視線を上げれば、熱の籠った視線を向けてくる、ジークの顔がそこにあった。
リースは、ジークにお姫様抱っこされていたのだ。
「どうして……」
「俺は、気付いたんだ。……リース。君と過ごした時間が、俺にとって何よりも大切になっていたことに。そう――――君が愛おしいことに」
「!」
リースは、ジークの言葉に、込み上げてくるものが抑えきれなくなった。
「グス……もう……会えないかと思った……!」
「ああ」
「君に、何も伝えられないまま……死ぬと思ってた……!」
「ああ」
「ジーク……ああ、ジーク……! 私は君が、大好きだ……!」
「バカ野郎。俺の方が大好きだ」
ジークは、リースに熱いキスをした。
ジークにとっても、リースにとっても、お互い初めてのキス。
だが、二人は抑えきれない気持ちを爆発させ、情熱的なキスをした。
――――しかし、この場には第三者がいた。
「貴様あああああああ! どこからやって来た……!」
いつの間にか、大きく吹っ飛ばされ、壁にめり込んでいた魔王は、憎悪の視線をジークへと向けていた。
その視線を受け、ジークはキスをやめると、静かにリースを横たえ、回復薬を飲ませ魔王と向かい合った。
「玄関から」
「そういうことを訊いているのではない! そもそもどうやって……!」
「走って」
「貴様……我を愚弄するか……!」
激昂する魔王に対し、ジークは冷ややかな視線を送り、端的に言い放った。
「この部屋の前の廊下を走っている最中に聞こえたんだけどよ……弱者は悪なんだろ? なら、俺が正義で、テメェが悪なわけだ。馬鹿にされるのも、テメェが悪いってことだぜ?」
「何ぃぃぃいいいい!?」
淡々と事実のみを伝えているといったジークの言葉に、魔王はさらに怒りを募らせたが、何とかその激情を抑え込むと、とあるスキルを行使した。
「『鑑定』!」
「……」
魔王の使用した『鑑定』は、対象者の情報を詳しく見ることができるスキルであり魔王レベルとなると、対象者の所有スキルや魔法など、すべてのステータスを見ることができた。
そして、ジークのステータスを見た魔王は、目を見開いたあと、ジークを嘲笑った。
「クハハハハハ! 大口を叩くからどれほどの強者かと思えば……ただの一般人! 否……それ以下のステータスではないか!」
「……」
「どうした? 図星で何も言えないか!? そうであろう! なんせ、『健康』のスキルしか持っていないのだからなぁ!?」
「『健康』……?」
ジークの回復薬を飲み、傷が癒えたリースは、魔王の言葉に驚いた。
なぜなら、ジークはフォーベイガーを瞬殺したため、すごいスキルなどを持っていると思っていたからだ。
だが、魔王の言葉が本当ならば、ステータスは並以下であり、何よりスキルは『健康』という、使えないスキルしか持っていないことになる。
ステータスを見られ、散々バカにされているジークは、それでも冷ややかな視線と余裕の態度を変えなかった。
「そうだ。俺は常に健康体でいられる『健康』のスキルしか持ってねーよ。でも、この際だからハッキリ言うぜ? 俺より強い存在は、存在しねぇよ。ザコ君」
「なんだとぉぉぉおおおおお!?」
魔王は、ザコ呼ばわりされたことにとうとう我慢できず、圧倒的スピードでジークに接近すると、その強力な拳をジークに撃ちつけた。
「ザコは貴様だああああああああっ!」
「ジーク!」
魔王は、ジークが肉塊に変容する未来を想像し、邪悪な笑みを浮かべ、リースはその未来を想像して絶望の声を上げた。
だが――――。
「で?」
「……………………………………は?」
ジークは……まったくの無傷だった。
それどころか、魔王の拳を受けてなお、一歩もその場から動いてすらいない。
魔王は、この状況に理解が追い付かなかった。
――――なぜ、目の前の男が無傷なのか?――――と。
訳が分からないが、そこは魔王と呼ばれる存在。すぐに大きくジークから距離をとると、魔法を発動させた。
「こ、これならどうだッ! 『カオスエンド』!」
漆黒の闇が、ただ突っ立っているだけのジークを包み込み、極限まで圧縮して圧殺する――――はずだった。
「で?」
漆黒の闇は、ジークに触れた瞬間――――掻き消えた。
魔王は、目の前の光景を理解したくなかった。
「何故だ!? どうして効かない!? 貴様には『健康』しかないはずだろう!? 一体何をしたああああああああああっ!」
かつて体験したことのない未知への恐怖に、魔王は叫んだ。
それに対して、ジークは淡々と告げた。
「言ったろ? 俺が最強だって。そんなことも理解できねぇの? ザコ君」
「貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
魔王は、体中から魔力を迸らせる。
その影響は城全体に及び、壁のあちこちに亀裂が入った。
リースも、魔王の魔力を受け、顔をゆがませる。
しかし、ジークはため息を吐くと、面倒くさそうに口を開いた。
「本当のこと言われてキレてんじゃねぇよ。特別に教えてやるよ。俺の強さの秘密をな」
「何ぃぃぃいいいいいいいい!?」
「ま、最初からずっと言ってる通りなんだけどなぁ……俺のスキル……『健康』のおかげだよ」
答えになっていないジークの言葉に、魔王は声を荒げた。
「いい加減にしろぉぉおおおお! そんなクソスキルが、我の攻撃を防いだ原因であるはずがないだろう!?」
「テメェこそ勘違いしてねぇか? 何で『健康』がクソスキルだって言うんだ?」
「そんなモノ、スキルにするまでもなく、誰もが実践できることだからだ! それだけではない。この世界において、ただ健康であるだけでは、何の役にも立たないからに決まってるだろう!」
「そう、テメェの言う通りだよ。『健康』は、わざわざスキルにするほどでもねぇ。……なら、テメェは、俺以外に『健康』のスキルを持つ奴を見たことがあるか?」
「どういう――――」
そこまで言いかけて、魔王は気付いた。
そう、過去、様々な人間や魔族を見てきたが、誰一人として『健康』というスキルを持つ存在に会ったことがないことを。
それはリースも同じであり、『健康』というありふれたものでありながら、実はそうではなかったことに、今さら気付いたのだ。
『健康』は、スキルにするまでもない。まさにその通りで、誰も『健康』のスキルを持っていなくとも、何ら不思議に感じなかったのだ。
しかし、それでは魔王は納得していなかった。
「それがどうした!? 世界にただ一つのスキルだったとして、それが我の攻撃を防いだこととどう関係がある!? 『健康』は、常に健康体でいるだけの効果なのだろう!?」
魔王の言葉に、ジークは冷ややかな笑みを浮かべた。
「なんだ。分かってんじゃねぇか」
「だから、どういう――――」
また、魔王は気付いた。否……気付いてしまった。
「そ、そんな……バカなことが……あ、あり得ぬ……!」
「有り得るから、こうして俺がいるんだろ? 『常に健康体でいる』……それはつまり、怪我や病気になることがない。なら、簡単なことだろ? 攻撃を受けて、俺が怪我をすると思うか?」
「なあああああああっ!?」
「す、すごい……」
リースは、ジークの強さに驚き、魔王は恐怖した。
ジークの言うことが本当なのであれば、それはつまり、ジークにダメージを負わせることができる存在はいないことになる。
だが、魔王はジークの『健康』の効果を聞き、攻略の糸口を見つけた。
「ク、ククク……確かに、貴様の言うことが本当なのであれば、誰も貴様に傷をつけることはできぬであろうな――――だが、攻撃はどうする? 貴様のスキルは、あくまで健康体でいるだけ。ならば、一般人以下のステータスである貴様に、我を倒す術もないのだ! 貴様を我が倒せぬように、貴様も我を倒せない。ならば、我は他の人間を襲えばいい。ククククク……残念だったなぁ!? 貴様は人類が滅ぶさまを指をくわえて見ていることしかできないのだからなぁ!」
「……」
勝ち誇ったように言葉を吐く魔王に対し、ジークはため息を吐くと、リースの持っていた剣を拾い上げた。
「どうした!? たとえ名剣であったとしても、貴様のステータスでは、我に傷一つ付けることはできんぞ!」
「……やっぱり、テメェはザコだよ」
そう言うと、ジークは魔王の両足を斬り飛ばした。
「…………………………へ?」
突然、両足が無くなったことで、魔王は無様に地面に這いつくばる。
「わ、我の足は……? なぜ、我は地面に這いつくばっているのだ? なぜ? なぜ? なぜ? あ、ああ。ああああ……ああああああああああああああああああああああああああああ!?」
魔王は、再び混乱の渦に叩き落とされた。
絶叫する魔王を冷ややかに見下ろしながら、ジークは口を開いた。
「知ってるか? 健康の意味」
「あ、足。我のあ、ああ、足がああああ!」
地面を這いつくばり、斬り飛ばされた足に辿り着くと、何とかその足を引っ付けようと何度も切断面を合わせ続けた。
魔王は、回復魔法も使えるのだが、なぜかその効果を示さないことも、混乱している要因の一つであろう。
「健康ってのはな? 体だけじゃなく、精神的な面も含まれるわけ」
地球とは違うこの世界だが、地球における健康とは、WHOにおいて、『身体的、精神的、社会的に良い状態を示し、単純に虚弱で病気に罹らないというだけでない』とされている。
地球の健康の定義では、今のジークは、社会的な面においては、非常に微妙かもしれないが、それでもあの森の奥地で生活していたころは、村で家族と生活していたころよりはるかに精神的に良い状態となっていたのだ。
「テメェは俺の大切な人を殺そうとした。それを俺は絶対に許さない。なら、話は簡単だろう? 俺がテメェを殺せば、俺の精神は安定するわけだ」
「ま、まさか……!?」
呆然とジークが剣を振りあげる姿を眺める魔王。
そして――――。
「つまり、俺の精神的健康のためなら、世界は俺の思うままなのさ」
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
魔王は、ジークによって、真っ二つに斬られたのだった。
◆◇◆
この日、人類は解放された。
なぜなら、魔王が倒されたからである。
各地で人類を襲っていた魔族が消滅し、再び人類に平和が訪れたのだ。
最後の勇者としての使命を果たすべく、国王に魔王討伐の報告をするため、リースは王都に向かった。
だが、一人だった彼女が今までと違うのは、隣にジークの姿があることだろう。
王都について、リースたちを待っていたのは、民衆による歓迎だった。
だが、そんな民衆を前にしても、リースは何の感慨も浮かばない。
もはや、リースにとって、ジークのおかげで結果的に護られた人類などどうでもよくなっていたからだ。
国王と謁見した際も、周囲の貴族たちは手のひらを返し、次々とリースを褒めたたえた。
そして、元々浮世離れした美貌を持つリースに、国王の息子である王子を含め、数多くの縁談を持ち掛けられたが、リースはそれ等に対して――――。
「私と結婚したければ、魔王を倒してくるんだな」
と、すべてをバッサリ切り捨てた。
魔王の脅威が去った今、今度は人間同士で戦争が起こるであろう。
それは歴史を振り返れば誰もが分かることであり、この国もまた、優秀な戦力としてリースを巻き込むつもりだった。
しかし、それをジークは許さなかった。
「これ以上、リースの邪魔をするなら……この国を潰すぞ?」
当たり前だが、ただの平民であるジークの言葉に激怒した国王や貴族たちによって、捕らえられそうになるも、ジークは圧倒的な力を見せつけ、すべてを返り討ちにした。
それだけでなく、ちゃっかり王国の宝物庫から、お金やらを拝借すると、二人はひっそりと帰って行った。
二人が出会った、あの家に。
◆◇◆
リースは、ジークの家の前の切り株に座り、月を見上げていた。
「お嬢さん? 月を見上げて、どうされたのですか?」
「あ……」
唐突に声をかけられ、後ろを振り向くと、愛しいジークの姿がそこにあった。
ジークは、リースに近づくと、少しふてくされながら口を開いた。
「リース、モテモテだったな」
「え?」
「そりゃあ……リースはスゲー綺麗だけどさ……」
どこか子供っぽい表情を浮かべるジーク。そんな彼もまた、リースは愛おしくてたまらなかった。
「もしかして……妬いているのか?」
「……そうだよ」
拗ねたように口を尖らせ、そう告げるジーク。
そんな様子に、思わず吹き出すと、リースも告げた。
「そう言うが、ジークもご令嬢に囲まれてモテモテだったじゃないか」
ジークもまた、非常に整った容姿の持ち主であり、リースと共に国王と謁見した際など、多くの令嬢に取り囲まれていたのだ。
「あんな連中に囲まれても、俺は少しも嬉しくないよ」
「それは私も一緒だ。言っただろう? 私と結婚したいのであれば、魔王を倒して来いとな」
月を見上げながらリースがそう言うと、ジークは真剣な表情で口を開いた。
「――――なら、俺と結婚してくれ」
「え?」
思わず、視線をジークに戻すと、ジークはポケットから一つの指輪を取り出し、リースの前に跪くと、リースの左手の薬指に指輪を嵌めた。
指輪を嵌めると、ジークは悪戯が成功したような表情を浮かべる。
「一応魔王を倒したんだけどな……俺じゃダメか?」
「――――ダメなわけないだろうッ……!」
リースはジークのうれし涙を浮かべながら、ジークの首に抱き付いた。
「この指輪……どうしたんだ?」
「国の宝物庫からいただいてきた金で買った。ほら、国もそれだけ俺たちの結婚を喜んでるってことだよ」
「どういう理屈だ、それは……」
泣き笑いながら、リースはジークを見つめる。
そして――――。
「リース。愛してる」
「ジーク。私も愛してる」
二人は、月に照らされながら、キスをした。
こうして、二人は四人の子供に恵まれ、森の奥でひっそりと、しかし幸せに暮らしたのだった。