名門!! ナンセンス愛好会
私は乗り物から降りて、久々に見る自分の大学を見上げた。
この日は大学の文化祭。それと同時に卒業者の集会も行っている。
各サークルや研究室ごとに現役生と卒業生が交じって、小さな会を開いているのだ。
なかなか広い大学なので、部屋の数に問題はない。
私が目指すのは十二号棟の三階、一番奥の教室。学生時代に私が所属していたサークルはそこで会を開いている。
私のもとにメールで届いた会の開始時間から二時間ほど経過している。おそらく、中ではみんな思い出話に花を咲かせているだろう。
そういえば、今日は立食パーティーの形式にすると言っていた。会費も集めないと言っていたので、有志のやつらが軽く準備しているだろう。立食パーティーとはいっても、貧乏学生の現役生もいることだし、簡単なお菓子やジュースが並んでいることだろう。
目的の教室の前までやってきた。扉の向こうはざわざわとしている。なかなか賑わっているようだ。扉を開けて中に入った。
見慣れない顔もいるが、何人か見知った顔を見つけた。そのうちの一人がこちらにやってくる。
「おー、久しぶりじゃないか。今年は来られたんだな」
「ああ、まあな。仕事が一段落ついたんだ」
「お噂はかねがね。お世話になってますよ。お前もわが『ナンセンス愛好会』のヒーローの一人だからな」
そう、『ナンセンス愛好会』。それが私が学生時代に所属していたサークルの名前だ。『無意味の意味』をスローガンとして掲げ、日々活動を行っていた。
世の中にある。無駄と言われること。意味がないと言われること。それらにスポットを当てて、活路を見出すというのが我々の目標だった。
「ヒーローだなんて言ったら、お前もそうだろう。金融関係の雑誌でお前の名前を見ない日はないぞ。今日は来てると思わなかった」
「仕事は部下に任せてきたからさ」
「仕事っていうと、株の売買か」
「そう、しっかり躾けたからな。問題はないさ。もう俺は仕事しなくても一生安泰だよ」
「うらやましいな。お前のところの猫ちゃんになら、本当に猫の手も借りたいところだな」
彼の名前は金田。無類の猫好きで、このサークルでの研究テーマは『猫に小判』だった。
猫を愛するあまり、猫がただの大飯食らいの金の価値もわからん獣だと言われたことに腹を立てた。それ以来、自分の猫に教育を与え、現在では金の価値を知るどころか、FXや株で大儲けできるようにまでなった。
彼の愛猫たちが日本の経済を支えていると言っても過言ではない。
「うちの猫の手なんか借りなくても、お前は金になんか困ってないだろ。あ、そういえば、今日は奥戸さんも来てるぜ」
「本当かい。今日は本当にタイミングがいいな。普段忙しいだろうに」
「さっき話してたんだけどな。あ、いたいた。おーい、奥戸さーん!」
金田が呼びかけると奥の方から、やたらに美人な女性が笑顔で駆け寄ってきた。それもそのはずで、彼女はこの変人だらけの『ナンセンス愛好会』に所属しながら、この大学のミスコンの優勝者でもあった。
「あら、金田くんだけじゃなくて、あなたも来てたのね。お久しぶり。そうそう、あなたには毎日お世話になってるわ」
「そんな大した世話なんてしてないけどね。それにしても今は何やってるんだっけ? モデルやってたよね」
「ええ、モデルも相変わらず続けてるわ」
「本当、昔と変わらずきれいだねえ」
金田が、息を吐いた。こいつが昔、彼女に憧れていたのを私は知っている。
「やっぱり、センスがいいね。特にそのファッションに合わせたピアスがマッチしてる」
彼女の耳にある不思議な輝きのあるピアスが目に入った。
「あ、わかる? これが今回のとっておきなの。金田くんは全然気づいてくれなかったんだけどね」
「え、あ、いや、俺もいいと思ってたよ」
金田が私を軽く睨みながら必死にフォローする。
「実はこれね、ピアスじゃないのよ。私の体の一部なの」
「お、てことは、とうとう研究が完成したのかい?」
「そう、人体の任意の場所を発色、発光させることに成功したわ。もともと医療用の技術なんだけどね。ほら、がん細胞だけを発色させて、切除しやすくするって研究があったでしょ。あれをファッション用に使わせてもらったの」
彼女の研究は「耳に胼胝ができる」だ。あっても邪魔だと言われていた胼胝をどうにか活用したいと考えていたらしい。
きっかけはやはりファッションだった。彼女は先端恐怖症と金属アレルギーを持っており、ピアスやイヤリングができないことを悔やんでいた。
「じゃあ、その耳のピアスは胼胝か」
「そうなの。錠剤を飲むだけで、発色、発光した胼胝を作ることができるの。ちなみに解除用の錠剤を飲めば三秒で胼胝はなくなるわ」
「自分と同じ境遇の子たちにも、おしゃれの希望ができたね」
「そう、それが一番うれしいの。それに今度あるファッションショーでもこれで出るわ。きっと話題になるわよ」
「そういえば、ファッションと言えば、私たちの同期にもう一人ファッション関係のやつがいたよね?」
「ああ、富田くんなら、その今度のファッションショーに一緒に協力してくれるのよ」
「今日は来てないのか」
「ええ、今日はファッションショーに使う宝石類の選定に行ってくれてるわ。本当に彼には感謝してるの。彼の豚さんたちがいなかったら、今度のファッションショーの成功も見込めなかったわ」
彼女が頬を赤らめながら話す。これは、もしかして。
「富田とは仕事だけ?」
「え? んー、まあ隠しても仕方ないわね。実はずいぶん前から真剣にお付き合いしてるの。実は婚約もしててね。今回の宝石類の選定で、私の結婚指輪も見繕ってくるって言ってくれたから、それで選定には付き添ってないの。私を驚かせたいらしいのよ」
金田が隣ですごい顔をして絶句してる。
「それはおめでとう。まあ、あいつの豚なら最高の物を選んでくれるだろうね」
富田の研究テーマは『豚に真珠』だ。彼は豚の鋭いきゅう覚や知能に着目し、豚の調教を開始。現在世の中に出ている宝石類、貴金属類の価値はほぼ彼の豚によって決められていると言っていい。
彼の豚はニオイで宝石の真贋や質をかぎ分けることができるのだ。
「あれ? 久しぶりだなあ」
突然、後ろから声をかけられた。この場所では珍しい和装の坊主がそこにいた。
「僕だよ、僕。良寛だよ」
「ああ、寺の息子の」
「久しぶりだねえ、今日は遅れそうだったんだけど、君にはお世話になったよ」
「何言ってるんだ、別に俺が世話したわけじゃないだろう。それにしても、その恰好ってことはお寺を継いだのかい」
「うん、そうだよ。今日の法事は任せてきたからこっちにも間に合ってよかったよ」
「法事を任せてきたってことは、研究は完成したのかい」
「うん、やっとね」
良寛は寺の息子で、小学校のときからあることわざに疑問を抱いていた。それが彼の研究テーマである『馬の耳に念仏』だ。彼はあんなに利口に人の言うことを聞く馬が念仏を理解できないはずがないと考えていたそうだ。
「うちの馬たちも念仏を理解できてね。理解できると読経もできるようになったから、法事の作法なんかも教えてあげたらできるようになってね。今ならきっと釈迦にも説法ができると思うよ」
「それは見てみたいな」
はははと、笑いあっていると他にも学生時代の同期がよって来て、話が盛り上がった。
金田はしばらく呆然としていたが、そのうちにやけになったようで、どこから持ってきたのか酒盛りを始めてしまった。
そして、時間は過ぎ、会も終わりの時間になった。
「それじゃあ、帰りも世話になるよ」
帰る道すがら、同期の面々が私にそう言っていく。
私の研究成果は乗り物だ。
その乗り物は行き先を告げれば、自動的に運んでくれるので、免許もいらないし、飲酒運転もない。
その乗り物は非常にエコで、ガソリンなどの燃料が必要ではない。
その乗り物は自立した思考を持っているので、事故の確率が限りなく低い。
その乗り物は使わないときには勝手に折りたたまるので場所も取らない。
その乗り物は巨大化されているが、完璧な調教により、人間によって確実に制御される。
その乗り物はその乗り心地や安全性、維持費の安さから、国内でのシェアは八割を超えた。
私は駐車場に着き、とぐろを巻いて待っていた乗り物に声をかける。
「今日も家まで頼むよ」
乗り物は「しゅ~!」と返事をして、背中に取り付けられた座席に私を乗せて走り出した。
その強い脚力で速度は十分。揺れもほとんどない。
心地よい乗り心地にあくびが出る。家まで寝よう。
私の乗り物が家に着けば、起こしてくれる。
私の研究テーマは『蛇足』であった。
無駄なものが有用になって、私たちの役に立ったなら、とてもいいことですよね。
そんな願いを込めて書きました。
嘘です。
そこまで考えていません。
はじめは『猫に小判』をイメージしたときにパソコン画面を睨んで、為替取引をする猫が頭に浮かんだので、そのイメージだけで書きました。
個人的には、法事をする馬が見てみたいです。