サイドストーリー2 海人(アクアマリン)の祈り1
「海人の祈り」
* 1 *
「よし」
白い砂浜の波打ち際に立っていた青葉は、そう口にして薄水色のヘッドギアタイプのスマートギアを脱いだ。
ビーチバレーならばどうにかできるが、何人もで走り回って遊ぶには狭く、満ち潮になれば海に没してしまうだろう小さな砂浜。
三方を岩壁に囲まれ、微かに青く澄み渡る海も岸壁から伸びる岩で水平線が見えないそこは、青葉が見つけた秘密のプライベートビーチだった。
薄水色のポロシャツとショートパンツから伸びる、細いものの引き締まった青葉の手足は、夏の強い陽射しに健康的に焼けた小麦色をしていた。
短い髪を緩やかな風に揺らし、編み上げのサンダルを履いたまま、青葉は静かに打ち寄せる波に足を浸す。
そこに泳ぎ寄ってきたのは、全長二〇センチの人形。
ピクシードール。
白と水色に塗り分けられ、波打ち際の近くまで腰の左右に装着された、胴体の半分ほどもあるスクリューによって泳ぎ寄ってきた自身のピクシードール「マーメイディア」を、青葉は優しく手で拾い上げた。
「今日はここまでだな」
砂浜に戻って濡れたマーメイディアをタオルで軽く拭き、アタッシェケースに戻そうとしたときだった。
「なんだ、お前がそうだったのか」
そんな男の声は、岩壁に阻まれて見ることができない県道側からだった。
青葉も使っている岩壁から砂浜に続く比較的なだらかな道筋を、声をかけてきた男は大きなトランクを手に危なっかしい足取りで降りてくる。
「西条先生? どうしてこんなとこに?」
真夏の伊豆半島の強い陽射しの下にあって、夏物であろうが濃紺のスーツをジャケットまで羽織っている男は、中学三年生の青葉のクラスに、産休に入った教師の代理として七月から担任になった西条満長。
七三分けの髪や色白の肌、大人らしく背は高いがひょろっとした体型からインドア派だと思われ、地元も愛知だと言っていた西条が、こんな地元の人間も知らない場所に踏み込んでくる理由を、青葉は思いつかなかった。
「ボクに、何か用ですか?」
少し乱れた髪をかき上げ、ずれてもいない黒縁の眼鏡の位置を直す仕草をする西条は、爽やかな笑みを浮かべている。
でもその笑みに、青葉は目を細めて後退る。
クラスでは爽やかな先生が担任になったと好印象だったが、青葉にはなんとなく、その瞳の奥に黒いものがあるような気がして、自己紹介されたときからあまりいい印象がなかった。
「いやぁ、こんな磯臭くて蒸し暑いところに、仕事とは言え半年も住まないといけないなんて正直イヤだったけど、君がいてくれて良かったよ、青葉君」
「ボクがいて、助かる?」
男としては若干トーンの高い声は耳心地が良かったが、言葉の内容は酷いものだ。教室で集まってきた女子と話していたのとは違う雰囲気に、青葉は戸惑っていた。
――どういう意味だろう。
言われたことを考えていた青葉は、ふと気がついてショートパンツのポケットからダイビングにも対応できるごつい携帯端末を取り出した。
「西条先生、貴方は……」
「今頃気づいたのかい? 警戒心が足りないな。まぁオレだって、遭遇するのは初めてなんだがね。仕事やら何やらで遠出もそんなにできなくてね。そうこうしてる間に中盤戦だって言うし、出会えなくて参っていたところだよ」
言いながら西条は身長二〇センチ前後のピクシードール用とは思えない、旅行にでも使えそうなセミハードのトランクを開いた。
青葉が携帯端末で確認したのは、エリキシルバトルアプリのレーダー表示。
距離三メートル。ちょうど西条がいる位置に、エリキシルスフィアがあると表示されていた。
「早速戦おうか、青葉君。わざわざ戦うなんて面倒臭いけど、それが必要だって言うんだから仕方ない。でも勝とうなんて考えるなよ? 君の内申書を書くのは、担任のオレなんだからね」
やはり耳心地のいい、しかし毒のような言葉を吐き出す西条は、トランクから自分のピクシードールを取り出し、砂の上に立たせた。
「戦ってもいいけどな。オレのグランカイゼルに勝てるドールなんて、この世に存在しやしないんだから。――アライズ!」
唱えた西条の言葉に応じて、グランカイゼルが光を放ち、ピクシードールからエリキシルドールへと変身した。
「こんなのって、ありなの……」
グランカイゼルの偉容を見上げながら、青葉は絶望を感じてしまっていた。




