第二部 黒白(グラデーション)の願い 第五章 2
* 2 *
「フェアリーリング!」
僕の声に応えて、ステージの真ん中に薄黄色の光を放つ輪が広がった。
その中に立ち、リーリエが操るアリシアと、僕が操るシンシアが、灯理のフレイとフレイヤに対峙する。
忍者ドール、もといフレイについては、暗器使いだということはわかってるが、フレイヤについてはまだ二度だけ、自作自演で逃れてくるときと、僕の家の中でアライズしてるのを見ただけで、戦ってる姿を見たことがない。戦型については不明だった。
「リーリエちゃんは凄いフルオートシステムのようですが、克樹さんはソーサラー経験はほとんどないと聞いています。デュオソーサラーであるワタシに、にわかソーサラーの克樹さんで敵うとお思いですか?」
挑発のつもりなのか、灯理が高らかな声を放ってくる。
これまでのおっとりしたお嬢様風なのが本来の彼女だと思うけど、興奮してるのか、いまは声も言葉も悪女風の感じになっていた。
「さぁね。そんなのはやってみないとわからないさ」
答える僕だけど、正直余裕はない。
平泉夫人に言われて訓練を始めて、昨日ひと晩かけてみっちり稽古をつけてもらったと言っても、やっとバトルができるようになった、程度の感じだ。
自分の身体を立たせたまま、視界はシンシアのカメラの映像にしてるだけで、まだ身体の感覚の違いに冷や汗が出てくる。
『リーリエ、打ち合わせ通りに』
『うん、わかってる!』
アリシアの視線で目配せしてくるのを合図に、僕たちは戦闘を開始した。
「いくぞ!」
僕の声と同時に飛び出したのは、アリシア。
二歩の助走の後、水色のボディが高く跳び、右脚を振り上げる。
彗星の尾のように二本のツインテールをなびかせながら、黒いフレイと並んで立つ白いフレイヤに、踵落としを見舞った。
そんな見え見えの攻撃はもちろん命中するはずもなく、灯理の操る二体は左右に跳んでアリシアの攻撃を避けた。
膝下丈のゴスロリ風味のスカートを揺らしながら距離を取ったフレイヤに、アリシアが追いすがる。
追撃しようとするフレイの前には、僕のシンシアを立ち塞がらせた。
アリシア対フレイヤ、シンシア対フレイの、一対一の構図が整った。
この戦いで僕が一番恐れていたのは、二体のドールによる完全連携。
平泉夫人に百合乃の戦いを見せてもらったが、あの戦いは二対一に持って行かれたと言うよりも、腕が四本のドールと戦っているようなものだった。普通のソーサラーで対応できるものじゃない。
戦闘経験を考えれば灯理は百合乃ほど強くはないと思うけど、真っ先に僕のシンシアが潰され、まだまだ未熟なリーリエが二体を相手にするとなったら、同じことになりかねない。
どうにか一対一に持ち込めたことに、僕はまず安堵の息を漏らしていた。
「え? アリシアが刀? それに、ツインソード? またマニアックな武器を……」
「まぁ、ちょっと考えがあってね」
僕の隣で戦いを見つめている夏姫の声に、余裕がないながらも僕は答える。
アリシアが背中に吊した鞘から引き抜いたのは、ほぼ反りのない、柄まで含めると一メートル近い刀。エリキシルドールのサイズで、肩までの長さがある長いものだ。
腰の後ろに回してシンシアの右手に握らせたのは、ツインソード。二本の剣を十字の柄に接続したような、使う人が滅多にいないイロモノ装備。
片方の剣でシンシアの腕より少し短い程度のツインソードは、長さにして身長百十センチの胸ほどまである。
武器を取り出したのを見て、フレイは衣装の下から二本の黒い短剣を取り出した。
フレイヤの方を見ると、両手をスカートの後ろに回したかと思ったら、オーソドックスな両刃の長剣と円形の盾を魔法のように取り出し、構えた。
剣道の中段に刀を構えたアリシア。
盾を前に突き出し、その盾に剣を隠すように持つフレイヤ。
両腕を突き出し、ゆっくりとツインソードを回転させるシンシア。
フレイは、短剣を逆手に持ち、腰を深く沈めた。
垂れてくる汗がこめかみを伝い、顎へと滑り落ち、滴っていった。
数分の間の緊張。
いや、それはほんの数秒だったのかも知れない。
緊張の糸を断ち切るように、僕はシンシアを大きく踏み出させ、振り被ったツインソードをフレイに打ち下ろした。
甲高い金属音をさせながら左の短剣で受け流したフレイは、すかさず右の短剣で斬りつけてくる。
それをソードから離した左腕で弾く。
シンシアは重装甲型だ。
重い武器や体重を乗せた攻撃ならともかく、手を振っての斬りつけなんかじゃ、そう簡単にアーマーは貫けない。
僕たちと同時に、リーリエの方の戦闘も始まっている。
構えを変え、左手を突き出して右手の刀を引き、肩の上に構えたアリシアは、リーチを活かした突きでもってフレイを攻撃していた。
たぶん夏姫が操るヒルデと、映像資料の中で見たんだろう剣術を覚え、リーリエなりに掛合せたと思われるその突きは、フレイヤを防戦一方に追いやっていた。
――頑張れよ、リーリエ。
ここからはもうあっちに注目してる余裕はない。
突撃してきたフレイの右の短剣を身体の前に立てたツインソードで受け止め、その影から首筋を狙って伸びてきた左の短剣を下がって逃れる。
二度目の突撃にソードを構えさせた僕だったけど、攻撃が来る前に黒い影が視界から消えた。
「くっ」
右隅に何かがあると思ったときには、フレイが両手に持った細い槍が、シンシアの横っ腹に突き刺さっていた。
ハードアーマーを貫通しなかった槍を叩き落とし、フレイから距離を取る。
――本当に、灯理はデュオソーサラーなんだ。
視界の左隅に 小さく表示してるアリシアの視界では、フレイヤが猛攻に転じていた。
シンシアをフルコントロールで動かしてるだけで全身に汗をかき、攻撃を受ける度に小さな悲鳴を上げてる僕と違って、灯理は静かに立っているだけだ。
緩く握った両手を自然に下ろし、少し顎を引いて、フェアリーリングの中で光を放っているようにも見えるウェーブの髪を、緩い風になびかせている。
まるで等身大の人形のように、灯理は集中して、フレイとフレイヤの、二体のエリキシルドールを操っていた。
もう何個目の武器だろうか。
両手に持ったフレイの手斧をかろうじて躱し、ソードで防ぐ。
シンシアのアーマーの厚さで耐えられているが、僕の方はほとんど攻撃できず、押されていた。
あっちもやっぱり暗器使いなのか、盾と剣から、厚みと幅のある両手剣に持ち替えたフレイヤは、フレイとは逆にリーリエの操るアリシアに押され気味だった。
どちらかの戦いが破綻すれば一気に押し込まれる。
そんな状況で、それは起こった。
「あっ!」
夏姫の短い悲鳴。
シンシアの視界の隅で、アリシアが尻餅を着いて倒れてるのが見えた。
フレイが僕のシンシアを無視し、アリシアに向かって舞台を蹴った。
「くっ」
援護に向かわせようとしたとき、わずかな抵抗を感じて、シンシアが倒れそうになる。転倒は回避したけど、膝を着いていた。
――やっぱり、そうか。
そのときポップアップしてきたウィンドウを見て、僕はそれを確認していた。
『リーリエ』
『うんっ!』
シンシアで得た情報をリーリエに転送すると、立ち上がったアリシアが何もない舞台を刀で斬りつけた。
「えっ……」
戦いが始まってから初めて、灯理が反応を見せた。
すぐさま口を引き結び、フレイとフレイヤを使ってアリシアに攻撃を加える灯理。
グレイブと両手剣の攻撃を、リーリエはかろうじて凌いでいく。
背中に左手を回し、短刀を引き抜いたアリシアは、下がりながら中空を斬りつけていた。
第五世代のフルスペックフレームを搭載するシンシアは、五本の指をすべて自由に動かせ、両手に接続端子を増設しても、まだデータラインが余ってる。
パワータイプにするために人工筋の本数を増やしてなお余るデータラインで、僕は様々な種類と精度のセンサーを、身体の各部に取りつけていた。
アーマーの各部に宝石を散りばめたような半透明のパーツは、センサーの部品だ。
ピクシードールには不要なほどの、目で見るのは難しいミリ単位の物体すら感知することができるシンシアのセンサーは、フレイヤの隠された能力を暴いていた。
「もうその極細コントロールウィップの仕掛けは通用しないぞ、灯理!」
僕の声に、灯理は怒りを露わにした表情を見せていた。
ガーベラの攻撃を一瞬遅らせ、アリシアとシンシアを転倒させたのは、太さ数ミリほどの、半透明の人工筋だ。
フレイヤの地面に届きそうなほどの髪にそれを隠し、灯理は戦いが始まってからそれをこっそり舞台に這わせていた。
ピクシードール用のフェイスパーツで使っている細い人工筋は、平泉夫人が使っていた鞭のように攻撃に使えるほどの力はないが、アライズによって強化され、エリキシルドールの動きを阻害し、転倒させる程度の力があるらしい。
灯理がそれを使い、電気が通ったことではっきりとシンシアのセンサーに捉えることができた。
いまはもう、捉えた極細人工筋は、シンシアの監視下にある。
舞台の隅の壁に追いやられたアリシア。
脚に巻きついていたフレイヤの髪をソードで切断し、僕はシンシアを戦場へと向かわせる。
「このままアリシアを倒してしまえばワタシの勝ちですっ」
「克樹!!」
灯理が勝ちを確信した声を発し、夏姫が悲鳴を上げたとき、僕は叫んだ。
「スイッチ!」
『うんっ!』
フレイとフレイヤの背中を見つめていた視界が、切り替わる。
僕はシンシアからアリシアへ、リーリエはアリシアからシンシアへ、コントロールをスイッチさせた。
酔いそうな感覚と同時に見えたのは、両手剣を振り上げてるフレイヤと、グレイブを突き出そうとしているフレイ。
いままさに、アリシアは絶体絶命の状況にある。
でもそれが、僕たちにとって勝機だった。
「紫電一閃!!」
『紫電一閃!!』
リーリエと同時に叫び、僕はシンシアの人工筋のリミッターを外した。
リーリエの操るシンシアは、濃緑の風となる。
水平に構えたツインソードが、閃きを放った。
フレイとフレイヤの間を風のように駆け抜け、片膝を着いてシンシアが動きを止める。
次の瞬間、二体のドールの首が、身体から転げ落ちていた。
視界を実視界に戻し、僕は口を小さく開けてしまっている灯理に歩み寄る。
「僕の勝ちだ、灯理。君は、僕に負けたんだ」
その言葉と同時に、灯理は崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
*
「ガーベラは無事なの?」
そう問いかけると、灯理は横に置いたトートバックを僕に差し出してきた。
中に入っていたアタッシェケースを出して開いてみると、PCWで組み立てが完了したときと同じ姿のガーベラが納められていた。
「これは返してもらうよ」
座り込み、両手を着いた灯理は、深くうなだれたまま頷いた。
顔を上げてみると、ちょっと危なっかしい動きだけど、リーリエに同時にコントロールされてるアリシアとシンシアが、ドールとして機能しなくなって元に戻ったんだろう、二十センチサイズに戻ったフレイとフレイヤを手にやってくる。
アリシアを通して目配せしてきたリーリエに、僕は無言のまま頷きを返し、スマートギアのスピーカーをオンにした。
『はい、どうぞ』
二体のドールを差し出した先は、灯理。
「……どうして?」
差し出されたフレイとフレイヤを見て、灯理が疑問の言葉を口にする。
「哀れみ、ですか?」
「違うよ」
膝を震わせながらも立ち上がった灯理が、ドールも受け取らずに僕のことを見る。
「だったら、どうしてなのですか? ワタシは、克樹さんに負けました。もうこれを持っている資格はありません。エリキシルソーサラーの資格を失っているのです。それなのに、どうして! これをワタシに返そうとするのですか!!」
近づいてきた灯理が、僕の上着をつかんで詰め寄ってくる。
「僕はただ、モルガーナの思惑に踊らされるのは嫌なんだ。あいつはスフィアを奪い合うような戦いを望んでるんだろう。でも、僕はそんなことをするつもりはない。あいつの思惑通りに動いてやる気は、ないんだ」
「そんな貴方の自分勝手な理由、聞きたくありません!」
大きく叫び、灯理は肩を震わせる。
「いま、エリキシルスフィアを奪わなければ、ワタシはまた克樹さんを襲うかも知れませんよ? 今度はもっと巧妙に、戦いなんてせずに、フレイを使って貴方を殺すかも知れません。そうなるとしても、ワタシにスフィアを返すと言うのですか?!」
「うん、そうだよ。それに灯理には、僕を殺すまでの覚悟は、ないだろうしね」
灯理がどんな想いを込めて僕のことを見つめているのかは、わからない。
白地に赤い線が引かれたスマートギアに覆われた彼女の目は、見ることができない。
けれど頬を伝って落ちて行く、水滴は見えていた。
「ダメです……、克樹さん。ダメなのです。ワタシから、ワタシからスフィアを奪ってください!!」
次々と涙の滴を零れさせる灯理が、僕の身体に腕を回し抱きついてくる。
胸に顔を埋め、しゃくり上げながら、彼女は言う。
「もう、嫌なのです。希望を、持っていたくないのです。スマートギアで視覚を取り戻しても、ワタシの目を治すことはできませんでした。エリキシルバトルに参加しても、たいした力を持たないワタシでは、勝ち抜いていくことは難しいでしょう。卑怯な手を使っても、それを暴かれてしまえば、いまのように、ワタシは負けてしまう」
覗き込むように僕の顔を見た灯理が、スマートギアのディスプレイを跳ね上げた。
彼女の身体に手を回さず、ただ立っているだけの僕は、焦点の合っていないその瞳を見つめていた。
「叶わない願いを持ち続けているのは、つらいのです。負けたワタシはスフィアを奪われるのが一番なのです! そうでなければ、ワタシは叶わぬ願いを捨てることができないのです!!」
「だとしても、僕は君からスフィアを奪うことはないよ。君の願いを、捨てさせたりはしないよ。本当にエリクサーで願いを叶えられるのかどうかすら、怪しいと思ってる。でも、それがはっきりとわかるまでは、僕は灯理の、夏姫や近藤の願いを、奪い取ったりしない。戦いたいなら、そう言えばいい。いつでも相手になる。でももし、次こんな卑怯な手を使ったら、僕は容赦はしないよ」
つらいのか、悲しいのか、それとも嬉しいのか、灯理は顔を歪ませ、涙を流す。
『はい。受け取って、灯理』
僕から身体を離した灯理は、ディスプレイを下ろし、差し出された二体の胴体と頭部を胸に抱える。
座り込んで、そのまま静かに泣き続けた。
「お疲れ、克樹。やっぱりスフィアは奪わないんだ?」
「ありがと。まぁね。これが魔女に対抗する方法になるかも、わからないんだけどね」
僕の前に立った夏姫が、にっこりと笑う。
何かを見透かそうとするかのように瞳を覗き込んでくる彼女の視線から逃れて、僕は夜空にため息を吐き出した。
「帰ろう。朝に少し仮眠を取ったくらいで、もう眠いんだ」
「何よ、それ」
『うん、帰ろう! おにぃちゃんっ』
夏姫の隣に立つアリシアが、僕に微笑みかけてくる。
夏姫とリーリエの笑みを交互に見て、僕もまた、笑みが漏れてくるのを感じていた。




