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神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)  作者: 小峰史乃
第一部 第三章 リーリエとエイナ
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第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第三章 5

       * 5 *


「いったいどういう風の吹き回しだ、克樹。日を置かずお前が直接顔を見せるなんて」

「別にいいだろ」

 バックヤードの作業台の上に置いたアリシアにパーツを組み付け終えて、新しくつくってもらったソフトアーマーとハードアーマーの装着も終わっていた。

 ネットでの取引が多いから大丈夫なんだろうけど、僕の他に客がいないのか、バックヤードに姿を見せたPCWの親父は僕のことを珍獣を見るかのような目を向けてくる。

 注文していた残りの第五世代パーツが届いたということで、僕は学校が終わってすぐにアリシアを取りに帰って、急いでPCWを訪れていた。

「リーリエ、アリシアとリンク。動かしてみてくれ」

『うん』

 デザインはいままでとあまり大きく変わらないが、新しく手に入った素材でつくったソフトアーマーとハードアーマーはかなり防御力も上がっているはずだ。さらにヒルデとの戦いを教訓にして、手甲については軽量な素材であるものの、金属製のものに急遽変更してもらっていた。

 曖昧な注文だったのに、使用するパーツからサイズを計算してつくる親父の腕も相変わらず凄まじい。装着には少し苦労するけど合い具合は完璧で、新しいパーツを組み付けているのに、ストレッチのような動きをしているアリシアの動きには全く無理がない。

 フルオーダーにしろセミオーダーにしろ、ピクシードールのアーマーをつくらせたら親父の右に出る人は、日本中を探してもいないだろう。

 この後は家に帰ってからリーリエにいつも通りのベンチテストをやらせて、人工筋とフレームのポテンシャルを確認する作業がある。

 ――これでやっと、あの通り魔と対抗できるか、な?

 たぶんあのときはまだ本領を発揮していなかっただろう通り魔とどの程度戦えるかはわからなかったが、再戦を考えられる程度の準備は整った。

「あのお嬢ちゃんは今日は連れてこなかったのか」

「夏姫なら今日はバイトだってさ。週末に来るって言ってたよ」

 かなり選んではいるけど、手頃な価格で人気のある第五世代パーツを注文してる僕と違って、夏姫のFラインのパーツは在庫さえあればすぐに届く。

 どうやらもう早速完成間近らしいヒルデ用のアーマーも、バックヤードの棚に飾り付けられるように置いてあった。

「またバトルにでも参加するつもりか? お前は」

 訝しむように目を細める親父に、僕は適当に返事をしておく。

「まぁフルオート部門で参加するなら、リーリエを使えば圧勝だろうけどね」

 ピクシーバトルのフルオート部門の参加者は、熟練を必要とするフルコントロールよりもさらに少ない。

 フルコントロールのように練習でどうにかなるものじゃなく、フルオート用のシステムを組み上げなければならないのだから、その部門で参加するソーサラーは主に大学とかの学校関係か、開発能力の高い企業ばかりだ。

 その状況も、もう少しするとAHSのバトル向けバージョンがサービスとして提供されるという話もあるし、同種のフルオートソーサラー向けサービスは今後増えていくらしいから、変わっていく可能性のある状況だった。

「そのまま反復運動でデータを取っておいてくれ」

『わかったー』

 オンにしてあるスピーカーからの声に、僕はバックヤードから店の表へと出る。

 表に出たところに置いてあるディスプレイでは、僕の他にお客さんがいないからだろう、テレビの映像が流れていた。

 ちょうどCMが次のに移り、画面に現れたのはエイナだった。

 たぶんいつかのライブでの映像だろう。マイクを持たず、まるで本当の人間のような豊かな表情で、白とピンクに染め上げられたフリルの多い服を身につけて歌を歌うエイナ。

「本当にエイナは、……いや、リーリエちゃんとあの子は似ているな」

 カウンターに頬杖を突いて映像を見ながら、振り返ることなく親父は呟くように言う。

 元々僕がピクシードールを始めたきっかけは、百合乃だった。

 百合乃がほしがって父親が買い与えたのが最初で、僕がいじるようになって、スマートギアを使って百合乃がソーサラーとなってバトルに参加するようになって、よりよいパーツを求めてPCWに行き着いた。

 親父は百合乃のことを知っていたし、可愛がっていた。

 ――でもエイナは、誰の脳情報を使って生み出された人工個性なんだろう。

 もしエイナがリーリエと同じものだとしたら、エイナもまた人の脳情報を使って生み出されたものなのかも知れない。

 けど僕は、誰のものであるのか思い当たる人物がいなかった。

 新しいエイナのアルバムを宣伝するCMが終わり、画面が切り替わる。

「なぁ親父。ファイアスターターの回収状況っていま、見せてもらえる?」

「ファイアスターターの回収状況?」

 内蔵型ファイアスターター、ピクシードールに搭載するライターは、あるドールマニアが自主制作したものをPCWで取り扱っていた商品だ。

 小規模ながらある程度の数がつくられて、販売もされていた。

 でもあるとき一部のロットに腕のアーマーの下に内蔵する着火部と、腰か背中に取り付けるタンク部とを接続するチューブに品質の低いものが見つかり、ガス漏れを起こす可能性が判明したため、念のため親父が全回収することになったものだった。

 ピクシードールが手に持って使う外装型のライターならいまでも販売されてたりするけど、着火トリガーを内部機構に接続したタイプの内蔵式ファイアスターターは、僕の知る限りここで販売していたものしかないはずだった。

「一応顧客情報だ。軽々しく見せられるか」

「回収情報流すの、僕だって手伝ったじゃないか」

 舌打ちしながら、親父はレジの前の端末を空けてくれる。勝手知ったる他人の端末、という感じで必要な情報を表示して、僕はリストを上から下まで眺めていく。

 内蔵式ファイアスターターを販売していたのは二年半前から約一年間。回収情報を流すようになったのは販売中止から少し経ってから。

 販売数は五十四。回収数は四十九。未回収五個のうち四個は購入者が廃棄ということになっていた。

「ねぇ、この回収不能ってのは、何?」

「あぁ、そいつはピクシードールごと処分しちまって、状態不明の奴だ」

 購入者は隣県の女性らしい名前。椎名梨里香。

 ――あれ? この子って……。

「リーリエ、椎名梨里香って子の――」

「その必要もないだろ。お前だって知ってる子だ」

「え?」

 親父に言われて記憶を掘り返してみる。

 PCWで百合乃の他に僕が知る女の子。

 それほど記憶をほじくり返す必要もなく、思い出すことができていた。

「あぁ、あの子か」

 記憶から掘り出せたのは、二度ほど会ったことのある、落ち着いた感じの、僕と確か同い年の女の子だった。

 ずいぶん線の細い子で、見た目は美人な普通の女の子だったのに、この店で僕や百合乃とかなりハードなピクシードール話をしていた憶えがある。

 そして彼女は、隣県のスフィアカップのフルコントロール部門で優勝し、確か全国大会でも三回戦くらいまで行っていたような気がした。

 他に未回収のファイアスターターの所有者はひとりを除きかなり遠くに住んでいて、引っ越しでもしてきていなければ通り魔ではないと思われる。

 隣県に住んでる椎名さんのファイアスターターが何かの理由で使われたのだとしたら、今回の事件に符号しそうだった。

「なんでこれ、回収できてないの?」

「亡くなったんだ。一年ちょい前か。回収のために電話を掛けたときに両親が出てな、元々身体が弱かったんだそうだが、病気が悪化してそのままだったってよ」

「……そうなんだ。でも椎名さんの、――確かガーベラだったよね? ピクシードールは?」

「彼氏に形見として譲っちまって、その彼氏も引っ越しちまって連絡取ってないそうだ」

「そっか」

 亡くなっているなら、エリキシルソーサラーではあり得ない。

 元より椎名さんの身長は僕と同じくらいで、身長百八十センチ前後の通り魔にはなり得ない。

 ――じゃあやっぱり、犯人は……。

 廃棄により未回収の中には、平泉夫人の名前もあった。

 あの人はあの人で、こういう小物が好きな人だった。

 おそらくフルコントロールだろう操作方法と、背格好、ファイアスターターの所持の可能性と、夫人には符号する点が多すぎる。

「なぁ克樹。お前、何を始めたんだ?」

「何をって……。別にとくには」

 振り返って眉を顰めてる親父のことを見る。

 不審そうな目を向けてきている親父は、具体的な内容まではわかってなくても、感づいているだろう。

 急いで第五世代パーツを手配したことも、手甲のハードアーマーを金属製に変更したことも、先日と今日店に来たことも、それからファイアスターターのことを調べてることも。

 もう三年近く付き合いのある親父とは、どうもやりづらい。

「まぁいいけどな。でも気をつけろよ? お前だっていつ通り魔の被害者になるとも限らない。アリシアが壊されたら、リーリエちゃんが泣くだろ?」

「うん、気をつけるよ」

 バックヤードの作業台の上で屈伸運動を続けるリーリエをちらりと見て、僕は親父に向かって頷く。

 ――しかし、犯人は誰なんだ?

 エリクサーのためとは言え、夫人が犯人だとはあまり思えなかった。

 夫人以外の未回収のファイアスターターを所持している可能性のある人物が近くに転居してきたか、自分でファイアスターターをつくった人物が犯人かも知れなかったけど、それだと僕では犯人特定はお手上げだ。

 たぶん、エリキシルバトルを続けるからにはいつかは僕に再戦を挑んでくるだろうけど、それまでの間に誰かが、もしかしたら夏姫が襲われるかも知れないと考えたら、あまり想像したい事態じゃない。

 ――何か見落としはないか?

 そう考えながらも、思い付くものがない。

 エイナのライブチケットの件もあるし、やることが山積みだった。


●スマートギアなど舞台設定について


 ここまでお読みいただいている方はおわかりかと思いますが、神水戦姫の妖精譚(以下SDBL)の世界は近未来を舞台としております。

 年代的にはいまから10~20年ほど先の時代を想定しており、現在にはない様々なガジェットを登場させています。スフィアやスフィアドールについては物語の根幹となる秘密に関わる事柄になるためここでは語りませんが、舞台設定について少し語らせていただきます。


 スマートギアは、とくに克樹が使用しているものは現代でも存在し、大手家電メーカーが販売しているヘッドマウントディスプレイにヘッドホンを組み合わせた形状を想像していただければわかるかと。機能的にはヘッドマウントディスプレイ、ヘッドホンに加え、脳波を受信する機能を持ち、作中でも説明があった通り、マウスなどのポインター機能、応用してキーボード入力、使い慣れると声を出さずに通信相手と会話をする機能などを持ちます。形状は克樹が使用しているヘッドマウントディスプレイ型の他に、ユピテルオーネのソーサラーが使用していたヘルメット型、ショージが持っていた眼鏡型などが存在しています。

 ポインター以外の機能についてはあくまでアプリで実現しているもので、ポインターの拡張機能として位置づけられています。

 スマートギアのBCIデバイスはSDBL世界では割と一般的なデバイスであり、一番使用されているのは手のひらを置いてポインターやキーボード操作を行うBCIパッドです。使用には若干の慣れが必要であることもあり、普及と言える段階には至っておらず、趣味のインターフェイスとされています。

 スマートギアはよくSF世界に登場する脳や神経に情報を送信するニューラルデバイスとは異なり、映像は目を、音は耳を介するもので、現在のヘッドマウントディスプレイとニューラルデバイスの中間的な技術で製造されています。

 使用時の視界は、基本としては内蔵した外部カメラによる実視界にウィンドウが開かれる形となり、完全にディスプレイモードでの使用も可能です。一般的に認知されているデバイスでもあるため、SDBL世界の日本では公道上での使用については法律による制限があり、歩行時や車両での走行時の使用は禁止されています。

 実際のところ、現在でもポインター操作を使用するところまでのスマートギアはつくることができるかもしれませんが、キーボード操作や疑似発声ができるかどうか、どうやってスフィアドールをフルコントロールしているか、といった点については気にしてはなりません。そうした点については創作物ということで突っ込み無用です。


 他に携帯端末、据置端末といった言葉が登場していますが、SDBL世界ではコンピュータは現在のものと異なり、OSという概念が消滅しています。端末は契約により使用することができるようになる環境を呼び出すためのデバイスであり、携帯、据置に関係なく、生体認証を行った場所に自分の環境を呼び出して使用することができる世界となっています。


 スマートギアや携帯端末、据置端末については、割とわたしの書く現代もの(極近未来もの)では一般的に使用している設定で、他の物語でも同様の設定を使用していることがあります。

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