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神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)  作者: 小峰史乃
第一部 第三章 リーリエとエイナ
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第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第三章 2

       * 2 *


「まったく、あいつと来たら……」

 下駄箱から靴を取り出し上履きを履きかえた夏姫は、思わず愚痴の言葉を漏らしていた。

 ――本当に、何を考えてるの?

 襲い掛かってきたと思ったら、ヒルデの修理に必要なパーツのことを教えてくれたり、でもエリキシルバトルには積極的に参加する様子を見せない克樹。

 開発中のAHSだというリーリエについてもまだ何か秘密にしていることがある様子があるし、夏姫には彼が何を考えているのかよくわからなかった。

「夏姫ー。いま帰り?」

「これからバイト。明美は部活はなかったの?」

 昇降口の扉をくぐったところで声をかけてきたのは、隣のクラスの遠坂明美。

 クラスは違っていたが、受験のときに隣の席になったのが縁で仲良くなって、いまでも夏姫は彼女とよく話す間柄だった。

「今日は朝練だけ。それに通り魔のことを警戒して、部長が放課後の練習はしばらく控えるって」

 ジャージが入っているらしいスポーツバッグを示して、明美は夏姫の隣に並んでくる。

 バイトをしている喫茶店は学校の最寄り駅の向う側で、少し遠くに住んでる明美は電車通学をしている。帰りが一緒になったときには、駅までは並んで歩くのはいつものことだった。

 サッカー部が練習している校庭の横を通って校門を抜けたところで、眉を顰めた明美が声をかけてきた。

「ねぇ、ちょっと聞いたんだけどさ。克樹となんかもめてたって、本当?」

「え? と……、それは、その――」

 どう応えていいのかわからず、夏姫は言葉を詰まらせる。

 エリキシルバトルのことを明美に話すわけにはいかなかったし、違うクラスでこれまでとくに接点のなかった克樹との間柄を、どう説明してすればいいのか言葉が思い浮かばなかった。

「まぁちょっと、あいつとはいろいろあって……」

「もしかして何かされた?」

「え?」

 エイナから特別なスフィアを持つ者がエリキシルバトルの参加者だと聞いて、スフィアカップの上位入賞者だろうと目星をつけてチェックしたときに、克樹が同じ学校に通っているということを知った以外には、彼がどんな人物なのかを調べたことはなかった。

 克樹と同じクラスで、彼の顔を確認するときに何か言い争いをしていた明美は、克樹のことを自分以上に知っているのだろうと夏姫は思った。

「何かされたといえば、されたんだけど……」

「やっぱりねっ。まったくあいつは、凝りやしないんだから!」

 心配そうな目を夏姫に向けてきていた明美は、今度は克樹に対してだろう、頬を膨らませて怒った様子を露わにする。

 明美の態度からすると、克樹は他にも夏姫にしたようなことをやってるんだろうと思う。

「あいつ、いつもあんなことしてる、の?」

「エッチなこと言ってくるのはいつものことだし、胸を触られたとか、スカート覗かれたなんて子は、けっこういるんだよ? むっつりスケベだったりストーカーじゃないからまだマシっちゃマシだけど、隙を見せたらどんなことされるかわかったもんじゃないんだから! ……もしかして夏姫、あいつに襲われちゃったり、した?」

「ち、違うっ。み、未遂だから! 大丈夫、たいしたことない!」

「未遂でもされてるんじゃないっ。本当、あいつはしょうがないんだから……」

 怒って頬を膨らませつつも、明美は少し考え込むようにうつむく。

 もしかしたら明美も、夏姫がされたようなことをされたことがあるのかも知れなかった。

「……もう二度と、隙を見せたらダメだけど、未遂で済んでるんだったら、あいつのこと、あんまり責めないでほしいんだ」

「どういうこと?」

 横断歩道を渡って駅に続く国道沿いの歩道を歩きながら、明美はしばらく口を噤んで表情を曇らせていた。

 普通なら、あんなことをされたら誰かに相談するだろうし、最後までされていたらどうするか悩むだろうけれど、未遂だったりしたら学校なり警察に訴え出るのが筋だろう。

 夏姫だって、エリキシルバトルのことがなかったらそうしていただろうと思っていた。

 ――でもあそこには、リーリエがいたんだよね。

 あのときはリーリエがアライズして克樹を気絶させたために助かったけれど、あのときの彼はそうなる可能性を全く考えていなかったのだろうか、と思ってしまう。

 どちらにせよ、責めないでほしいと言う明美の真意は夏姫には推測することができなかった。

 顔を上げた明美は、真剣な顔で問うてくる。

「克樹の側にはもう二度と近寄らない? それともまだ何か、あいつの近くに行く用事があったり、する?」

「それは、その……」

 克樹はエリキシルバトルの敵ではあったが、一度は負かされた相手で、再戦こそ誓いあっているものの、彼がスフィアを必要とするときまでは手伝うと宣言してしまっている。

 ヒルデの修理に必要な状況を揃えてもらった恩もあるし、いまは敵と言えるほどの強い気持ちはなかった。

「いまはあいつとは、その……。事情があって――」

 友達である明美にハッキリと事情を話せず、夏姫は言葉を濁らせる。

 怒っているような瞳で夏姫のことを見つめてくる明美。

 思い切って言ってしまおうか、と思いつつも言い出すことができず、夏姫が黙ったままでいると、そんな心中を察してくれたのか、ため息を吐いた明美が口を開いた。

「これは本当は、ワタシの口から話していいことなのかどうか、わからない。でも夏姫がまだあいつの側に行くって言うんだったら、話しておくべきだと思う」

 うつむいてためらう様子を見せつつも、同じ方向に歩く人、すれ違う人が近くにいないことを確認してから、明美は話してくれる。

「克樹の側に寄ることは、ハッキリ言ってお勧めしない。隙を見せたらあんなことをする奴だし、前にワタシも後ろから抱きつかれたとき、怖かった。あいつのことも、他の男の人のことも……。必死に逃げようとしたのに、たいして運動もしてないあいつからワタシ、逃げられなかったの。だからしばらく男性不信にもなった」

 ――やっぱり明美も、されたんだ。

 そう思った。

 けれど同時に疑問を感じる。

 もし男に無理矢理襲われたりしたら、たとえ未遂だったとしても、元々親しい相手だったとしても、二度とそいつの側に寄ろうとだなんて思わない。

 事情でも、ない限り。

「でもあいつは、怖がらせるのが目的なんだと思う。男は怖いものだ、って。隙を見せたら襲われるものなんだ、って」

「なんでわざわざそんなこと、するの?」

 普通であれば、男の子は女の子に好かれたいと思うものだと考えていたし、そのためにいろいろする男の子だって多い。強引に迫ってくる男子がいるのも確かだったが、嫌われるために襲う理由なんて、夏姫は思い付くことができない。

 少し悲しそうな目で夏姫を見た明美が、先を続ける。

「あいつには妹がいたの。百合乃ちゃんって。二歳年下のすごく可愛い女の子。ワタシの親は児童館の職員で、あいつの親は共働きで家に帰ってくるのも遅かったから、百合乃ちゃんは児童館によく来てたのね」

 明美は空を仰ぐ。

「百合乃ちゃんはよくできた子で、ワタシも親の手伝いをやらされてることが多かったんだけど、あの子はわたしのことを手伝ったりしてくれたりしたの。家に引き籠もってるばっかりだった克樹をたまに引っ張ってくることもあって、あいつとはそのときからの付き合い。昔から面倒臭がりだったけど、百合乃ちゃんの前ではけっこういいお兄ちゃんだったんだよね」

 その話を聞いて思い付く。

 詳しく見て回ったわけではないにしても、克樹の家には彼の他に誰かが住んでる様子はなかった。そしてリーリエは、彼のことを「おにぃちゃん」と呼んでいる。

「でも二年とちょっと前に、百合乃ちゃんは亡くなったの」

「亡くなった? どうして?」

 いまにも泣きそうな目で、口元を歪ませた明美が言う。

「営利誘拐の被害者だったの。あいつの家、両親がけっこういい会社に勤めてたりして、あたしの家と違って余裕があって、それが原因だったと思うんだけど、誘拐に遭った百合乃ちゃんは、身代金の受け渡しも失敗したりして、連れて行かれる途中に犯人の車から落ちて……。ちょうど誘拐されるとき、克樹が一緒にいたの。道を教えてほしい、って車に乗った男に言われて、ちょっとあいつが目を逸らした瞬間に車に連れ込まれたんだって」

「……そんなことが、あったんだ」

「うん……。中三のときはほとんど学校にも出てきてなくて、それでも成績はよかったから高校には進めて、でも学校に出てくるようになったら、いまみたいな感じだった」

 涙は流していないのに、泣いてるような表情の明美。

 彼女の顔を見ていて、夏姫は思う。

 ――もしかして明美って、克樹のことを……。

 思ってしまってから首を振ってその考えを振り払う。いまはそんな話をしてるのではない。

「たぶんあいつは、女の子に男は怖いものだ、ってことを教えようとしてるのかも知れない、って思う。方法に問題あるし、最悪あいつ、停学とか退学とか食らいそうな気がするんだけど、百合乃ちゃんが亡くなって以来、あいつの家は両親も帰ってこなくなっちゃったみたいだし、けっこう自暴自棄のところもあるんだと思う」

「……そっか」

 唐突に感じた克樹の行動と、その後の彼の様子の理由が、少しわかった気がした。

 この先も隙を見せてはいけないと思うけれど、いままで以上に彼のことを憎めそうにないと、夏姫はうつむきながら考えていた。

「百合乃ちゃんが亡くなってからたぶんピクシードールいじるのもやめちゃったんだろうし、あいつ本当、家に引き籠もって何してるんだろ」

 思考を切り替えたのか、明美が少し怒ったような顔に戻って言う。

 明美の言葉に反して、克樹はいまもピクシードールに触れているし、最新の情報にも詳しい。彼がやめる理由を、夏姫は思いつけなかった。

「え? やめちゃった、って、そうなの? どうして?」

「うん、聞いてないけど、たぶんそうなんじゃないかな? あいつ自身もけっこう上手いセミコントロール? のソーサラーだったけど、あいつのドールを動かしてたの、百合乃ちゃんだったし、あの子はその筋では注目されてたすごいソーサラーだったしね」

「え?」

 確かに克樹はアリシアのオーナーであって、リーリエがソーサラーというべきか、フルオートシステムとして操っているけれど、それは以前からのことではなかったのかと思う。

「その百合乃ちゃんって、そんなにすごいソーサラーだったの?」

「うん。ワタシも見たことあるけど、本当にすごかったよ。フルコントロールでドールを操ってダンスをさせながら、自分も一緒に踊ることができたりしたの。そういうことができる人ってたまにいるらしいんだけど、あの子はもっとすごかった。ものすごく鮮やかに、本当に人間みたいな動きをピクシードールにさせることができて、克樹がスフィアカップの地区大会だったっけ? で優勝したときも、ソーサラーはあの子だったんだ」

 ドールを操りながら自分も動けるソーサラーというのは、セミコントロールでは無理なことではなかったし、フルコントロールでもそういうことができる人がいるというのは、テレビのネタとして登場することもあったので、夏姫も知っていた。

 夏姫自身はいまひとつフルコントロールに必須なスマートギアを使い慣れることができなかった上、いまは買って試せるほど懐に余裕がなかったが、フルオートでならともかく、ドールの動きを確認しなければならないセミコントロールやフルコントロールでそんなことができる人がどういう思考回路になっているのか、想像することもできなかった。

「一度だけ、児童館でピクシードールを使って人形劇をやったことがあるんだけど、そのときの百合乃ちゃんはひとりで二体のドールを操ってたの」

「そんなこと、できるの?」

「他にできる人を見たことないけど、あの子はそんなことができたの。さらにあの子、変声機能なんかで声も変えて、二体のドールを動かしながら別々の人間が操ってるみたいに本当に鮮やかに動かして、別々の声を同時に出させたりできてたんだ」

 スマートギアは脳波でポインタを動かして様々な操作が可能なことは知っていたし、熟練者になると思考の速度で文字を打ち込むこともできれば、応用して声を出すことや、複数のポインタをそれぞれの指で動かすように同時に操作できるということも知っていた。

 ただフルコントロールですらかなりの高等技術で、ソーサラー人口では少ない部類に入るほど。熟練者になると、フルオートはもちろん、セミコントロールでも達し得ないほどの細やかな動きが可能になるものではあったが、ドールをフルコントロールしながらソーサラーが動けるだけでも信じられないのに、同時に二体のドールを操作するなんてこと、夏姫には頭の構造がどうなっているのかもうまったく理解できなかった。

「もしかして夏姫が克樹の側にいるのって、ピクシードール関係のことで?」

「あ、うん。そう。いまでもあいつ、ピクシードールはいじってるし、詳しいし、アタシのドールがこの前ちょっと壊れちゃって、たまたまあいつが詳しかったから、相談してたりとか、そういうこと」

「そっか。でも本当、あいつには隙を見せちゃダメだよ?」

「わかってるって」

 納得したようにうんうんと頷いた後、子供に注意するかのように優しい怒り顔をする明美。夏姫はそれ以上追求されなかったことに安心して笑顔で応えていた。

「あ、でも、夏姫ってソーサラーなんだ?」

「うん。いまは壊れてるから動かせないけど、あいつに紹介してもらったお店にもうすぐパーツが届くんだ」

 明美とは勉強のことやファッションのことで話すことはあったけれど、これまでピクシードールのことについてはとくに機会もなかったから、話したことはなかった。

 何を思ったのか少し考え込んだ後、明美が言った。

「ワタシも安いのを一体持ってるんだけど、この前また動かしてみようと思ったら人工筋? だっけ。あれが劣化してるってメッセージが出てきちゃったの。もし夏姫がお店とか知ってるんだったら、今度行くときにでも一緒に連れてってくれない?」

「それは別に構わないけど……」

 かなりマニアックなお店だったPCWで、聞いた限りバトル用ではないドール向けのパーツを取り扱っているかどうか不安に思う。

 ――いいお店、克樹に聞けばいいか。

 注意された直後だけれど、隙さえ見せなければ大丈夫だろうし、克樹がいつもイヤホンマイクをつけているのはリーリエとつながっているためだろう。克樹に恋人ができることをよく思っていないらしいリーリエに助けを求めれば、もし危険なときでも助けてくれそうだと思った。

「わかった。たぶん今週中にもパーツは届くと思うから、今度の日曜にでも一緒に行く?」

「うん。空けておくね」

 駅が近づいてきて、家が多かった街並みには商店が増えてくる。それと一緒に人通りも増えてきていた。

 明美の話を聞いていて、夏姫は考えていた。

 ――リーリエって、もしかして、百合乃ちゃんと何か関係があるの?

 新型AHSだと言われたけれど、それにしても人間らしい振る舞いを見せるリーリエ。

 そしてものすごいソーサラーだったという百合乃。

 人間のソーサラーとフルオートシステムに何か関係があるとは思えなかったが、あのリーリエの自然さは、関連があると言われた方が納得できる気がした。

「じゃあワタシはこの辺で。またね、夏姫」

「うん、また」

 駅のロータリーに入って明美と別れ、ひとりになった夏姫は高架下の道をバイト先に向かいながら考える。

 ――もしかして克樹が願っているのは、百合乃ちゃんの復活?

 夏姫が母親を失っているように、克樹もまた百合乃という妹を失っている。

 もし叶えたい願いがあるとしたら、それは百合乃の復活かも知れない、と思っていた。

 ――でも本当にそうなのかな?

 克樹は何か含みがあるように自分の願いを言わなかった。

 恥ずかしかっただけかも知れないとも思うが、そうでない何かが、あるような気もしていた。

 ――ねぇ克樹。本当にそのうち、あなたの願いを教えてくれる?

 真っ直ぐに前を見て歩きながら、夏姫はここにはいない克樹に向かってそう問うていた。


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