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神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)  作者: 小峰史乃
第一部 第二章 ファイアスターター
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第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第二章 7

       * 7 *


 音山克樹を見つけたのは、本当に偶然だった。

 すっかり日が暮れて人気がなくなった街を歩いているとき、偶然彼が路地を通り過ぎていくのを発見した。

 克樹は周囲に気を配っていなかったらしい。

 変わらぬ歩調で歩いて行くのを、しばらく後ろから足音を忍ばせて追いかける。

 この先しばらく行けば、国道に出る。彼の家は確か、それを越えて少し行った辺りだ。

 ――いましかない。

 肩に担いでいた鞄を開いて、中からフード付きのコートと、飾りの付いた紅いスマートギアを取り出し、標識のポールの影にできるだけ身体を隠して身につける。

 克樹が角を曲がった。

 その先には十字路と、さらにその先は国道につながらない袋小路。

 ――後ろから仕掛ける?

 早足で歩きながら、少し考える。

 音山克樹はスフィアカップの地区大会優勝を収めるほどの実力者。

 彼のピクシードールもまた、かなりの性能を持っているだろう。

 それから戦闘スタイルは、格闘タイプ。

 エイナは確か、戦って集めろと言っていた。

 その意味がどういうことなのか詳しくはわからなかったが、戦うことも必要なのかも知れない、と思っていた。

 手袋をはめた手を、強く握りしめる。

 ――やれる。

 そう思った。

 だから彼を先回りするために、全力で走り始めた。

 走りながら鞄の中に仕舞ってあったピクシードールを取り出す。

 レインアーマーを被せてしまっているからかなり不細工な姿となってしまっているが、それも仕方ない。

 正体を知られるわけにはいかなかったから。

 音山克樹が曲がった路地を越えて、次の曲がり角を曲がる。ほとんど全力で走って、おそらくそこに現れるだろう次の角を曲がって、息を整えた。

 予想通り、音山克樹はそこに現れた。

 逃げるなら追いかけて殴り倒すかと思っていたが、必要はなかったらしい。彼は鞄から自分のピクシーを取り出し、手のひらの上に立たせた。

 それに応じスマートギアにリンクの確立が済んでいるのを確認し、ドールを地面に立たせた。

「あんたが通り魔なのか?」

「……」

「なんでまた、今回はいつもみたいに無理矢理奪わずに戦うことにしたんだ?」

 返事をする気はない。ここはもう、戦場なのだから。

 戦いの意志を示すために、黄色いドールに構えを取らせる。

「フェアリーリング!」

 意志を受け取ってくれたのだろう、音山克樹がフェアリーリングを張った。

 彼がドールに向かって頷くのを見て、ほんの微かな声で、そして願いを込めて、唱える。

「アライズッ」

 黄色いドールが光に包まれるのと同時に、音山克樹のドールもまた光に包まれた。

 水色をしたドールは、子供ほどのサイズへの変身を終え着地するのと同時に、ツインテールをなびかせながら突撃してきた。



 ――どこまでやれる?

 今日PCWに届いていた第五世代の人工筋は組み付け済みだった。

 両腿の人工筋はもちろんだけど、アライズのテストをしていたのもあって、他の人工筋も限界に近い状態だったから交換せずににはいられなかった。

 でも人工筋はある程度使って慣らしをしないと、ちゃんと動くようなパーツじゃない。組み付けたばかりの人工筋は、ほんのわずかだけど反応が鈍いのが常だ。

 それにまだベンチテストもやっていないパーツは、公開仕様通りの性能を発揮するのか、どこまで耐久限界があるのかもわかったものじゃない。

 リーリエの先手必勝の突撃に対し、冷静な動きを見せる通り魔のドール。

 右の手首に左手を添えて、まるで銃でも撃つようにリーリエに向けた。

『避けろ! リーリエ!!』

 何となく感じた嫌な予感に、まだ二メートル近く距離があったにも関わらず、そう指示していた。

 その直後、レインアーマーの隙間から発射されたのは、炎だった。

「か、火炎放射器?!」

 かなり広い範囲に広がった炎を、リーリエは身体にかすめるだけで回避していた。

『あつ、あつっ!』

 敵から距離を取って悲鳴を上げるリーリエの声は、ただの軽口じゃない。

 炎がかすめた左上腕の人工筋は、たいしたことないものの温度が上昇していた。

 あの火炎放射器の火力がどの程度かはわからないけど、まともに浴びるのはあまり良くない。アライズした状態のピクシードールのハードアーマーやソフトアーマーを一瞬で溶かすほどではないと思うけど、人工筋は熱が溜まると伸縮速度も、パワーも落ちていくことになる。

『あれに当たるなよ、リーリエ』

『うん、わかってるっ』

 応えてリーリエは再び敵に襲い掛かる。

 腰を沈めての突撃。

 向けられた火炎放射器の発射のタイミングを読んで、水色の髪に炎をかすめさせながらも横に跳ぶ。

 家の壁を蹴って一気に接近しようとしたリーリエだが、敵の反応も早い。

 懐に入る前に向けられた右手から、三度目の火炎が発射された。

『ダメッ。近づけない。あいつけっこう速いよ!』

『わかってる』

 スフィアカップでもローカルバトルでも火炎放射器なんてレギュレーションエラーだから対応なんて考えたことなかったけど、たぶんあいつのタイプは近接射撃タイプなんだろう。思っていた以上に反応速度も高かった。

 ――でも、内蔵式火炎放射器?

 まさかたった二十センチくらいしかないピクシードール用の火炎放射器が商品化されたなんてことは、過去にはなかったはずだ。

 僕の画鋲銃と同じく自作品なら別だけど、ヒルデの剣のようにどこかで販売された商品が、アライズによってあれだけの効果を発揮するようになっただけかも知れない、と思う。

 ――もしかして、あれって。

 思い当たるものがあるにはあったけど、いまの戦闘で役に立つことじゃない。

 四度目の火炎もどうにか回避して、僕の側まで待避してきたリーリエに言う。

『仕方ない、リーリエ。疾風迅雷を使う』

『大丈夫なの?』

『この際仕方ない。弱めに使うから、動きは任せた』

『うんっ』

 僕の意に応えて、愚直にも三度目の突撃を敢行するリーリエ。

 火炎放射器の射程は約二メートル。

 距離が三メートルになったところで、僕はリーリエに指示を飛ばした。

『疾風迅雷!』

『うんっ!』

 高速モードに切り替えてあるスマートギアの中で、リーリエが残像を引いた。

 突撃速度を数倍に上げ、発射された火炎放射の下をくぐってリーリエが敵に接近する。

 疾風迅雷の効果の一秒弱の間に突き出された右腕の内側に入り込んだリーリエが、身体を起こす動作にあわせて右手の拳を敵の腹に叩き込もうとする。

 ――なんだって?

 まるでその動きを読んでいたかのように、右手首に添えられていたはずの左手がリーリエの拳を払っていた。

 そのまま動きを止めず、リーリエは左のナックルガードで敵の横っ腹を狙う。

 火炎放射の構えを解いた右肘が、リーリエの攻撃を叩き落としていた。

 ――なんだ、この反応速度。

 二度の攻撃を防がれても動きを止めることがなかったリーリエが、わずかに身体を反らして折り曲げた膝を持ち上げる。

 頭を狙った蹴り上げは、引き戻された敵の左手によって受け止められていた。

『いったん離れろ、リーリエ!』

 指示を出すまでもなく、リーリエは残った左足で地面を蹴って敵から距離を取る。それと同時に、敵もまた跳び退っていた。

『すごいよ。たぶんあたしと同じ格闘タイプだよ、この子』

 ドールの性能が高くて、ソーサラーとしての能力も高く細やかな指示を先読みして瞬時に行える夏姫みたいなタイプならばともかく、常人の反応速度すら超えるリーリエの攻撃は、一般人の目で捉えるのが困難なほどに速く、射撃管制のためにセンサーとリソースを割いたピクシードールで早々反応できるものじゃない。

 それを不意の接近でも三度も防いで見せたレインアーマーの敵は、おそらく射撃タイプではなく、その中身は格闘タイプのピクシードールだ。

 たぶんフルコントロールだろうと思われるソーサラー自身、相当の腕だろう。

 ――まずい。こいつ、全国レベルの強さだ。

 スフィアカップの地区大会で夫人のドール破って優勝をしたアリシアだけど、それはかなり辛勝と言っていい勝利だった。結局僕が全国大会に出ることはなかったんだけど、あの頃のアリシアでは全国大会でさほど高いところまで至ることはできなかっただろう。

 リーリエの動きに対応して見せたあのソーサラーの強さは地区大会レベルじゃなく、映像で見たことがある全国大会で勝ち抜けるくらいの強さだと感じた。

 ――どうする? 撤退でもするか?

 慣らしていない上、ポテンシャル不明の人工筋でこのまま戦い続けるのは得策じゃない。さらにまだ更新をしていずそのままの第四世代のサブフレームは、ヒルデとの戦いとさっきの疾風迅雷で遊びが出始めていて、限界が近かった。

 隙を見つけて逃げ出すことも考えるけど、もし追いかけられたら僕の遅い脚じゃ逃げ切れるとは思えない。

 その心配も、杞憂に終わった。

『あ、援軍』

『え?』

 リーリエの声とほとんど同時に、僕の耳に聞こえてきたのは女の子の声。

「克樹ー!!」

 すぐ側までやってきたその声に、通り魔はレインアーマーのドールのアライズを解いて、僕たちに背を向けた。

『逃げちゃうよ。追う?』

『いや、やめておこう。全力で戦える状態じゃない』

『ん……。そうだね』

「か、克樹。だいじょう、ぶ? レーダー起動してみたら、近い距離にふたつ反応があったから、たぶん、一個は克樹だろう、って、思って」

 僕のところまでやってきた夏姫が、両手を膝について荒く息を吐く。

 そんなんじゃ戦えないだろう、と思いつつも、素直に感謝する。

「ありがとう、助かった。ちょっと危なかったんだ」

 半分無意識のうちに夏姫の頭をなでようとした手を払いのけられながら、僕はもう見えなくなった通り魔が消えた方向をじっと見つめていた。

 ――あいつは、いったい誰だったんだろう。

 僕がエリキシルソーサラーだと目星を付けて戦いを仕掛けてきたんだろう通り魔。

 正体につながる情報はあまり得られなかったけど、ただひとつ確かなことがある。

 ――あいつもまた、エリキシルバトルに参加を決めた、強い願いがあるんだよな。


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