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6 脇役なめんな

本日三度目の更新

 音鳥高校の生徒会は、一種の治外法権だ。

 教諭に対しても一定の発言権を持ち、その自主性と独立性が認められている。

 それを知っている葵は、恭平にはああ言ったが歩くほどに何を言われるのかと恐くなった。

 気弱になってはいけないと思いつつ、足がすくむ。

 こうなったら、こちらから何かやらかしてやろうか。例えばもし北嶋がいたら、いっそのこと殴りつけてやるとか。

 性悪彼女の手綱くらい、ちゃんと握っておけと葵は声を大にして言いたい。

 公私混同のバカップルのせいで、葵の内申点は今やズタボロだ。


「失礼します」


 そうこうしている間に生徒会室の前についたので、ノックをして中に入る。

 するとそこには、会長である東尾圭悟と件の北嶋玲。それに全ての元凶である萩原環奈が立っていた。

 葵は開いた扉をすぐに閉めたくなったが、もう一歩中に入りかけているのでそうもいかない。ええい毒も食らわば皿までと思い、思い切って中に入り扉を閉めた。パタンという音が死刑宣告にも聞こえたが、自分でした事なので仕方ない。


「なんのご用でしょうか?」


 ここまできたらと、葵は三人を睨みつけた。

 考えてみたら、もう友達も成績も、高校生活を送る上で大切なものはほとんど残っていない。葵は最悪学校を辞める覚悟で、三人と対峙した。もしここで再び納得できないいちゃもんをつけられたとしたら、今度こそ環奈と北嶋に殴り掛かって潔く停学になろうと、葵は覚悟を決めた。


「二年A組の、夏草葵だな」


 会長である東尾が、葵をまっすぐに見返してくる。

 東尾は王子と呼ばれる北嶋に並んで、校内の人気を二分している。いや、欲目なしに恭平を含めて三分か。どこか浮世離れした美貌を持つ北嶋に比べて、東尾には圧倒的なカリスマ性があった。その実家も国内有数の有名企業の創業者一族の直系であり、彼に懸想する女生徒は後を絶たないのだった。

 しかしカリスマ性がなんだ。御曹司がなんだと、葵は決して目を逸らさず三人を睨みつけたままだった。


「急に呼び出して、申し訳ない。今日は君に話さなければいけないことがあってね」


 東尾の改まった態度に、葵は妙なものを感じた。東尾は去年圧倒的な得票数で生徒会長に当選したのだが、その時の選挙演説では余裕の笑みさえ浮かべていたのだ。なのでなんとなく、いつも余裕がある人という印象が強かった。しかし今、東尾の顔にいつもの笑みがない。


「一体、どのようなご用件でしょうか?」


 待ちきれず葵が尋ねると、驚いたことに東尾が勢いよく頭を下げた。

 驚きで立ち竦んでいると、東尾は右手で強引に北嶋の頭を下げさせる。

 校内屈指の有名人二人に頭を下げられ、葵は思わず及び腰になってしまった。

 一人環奈だけが、立ち竦んだままぶるぶると震えていた。


「君には、大変すまないことをした。生徒会役員の個人的な事情で、大きな被害を被ったと聞いている」


 東尾の言葉を、理解するのにはしばらくの時間が必要だった。

 個人的な事情?大きな被害?

 三人に殴り掛かるぐらいのつもりでいた葵は、すっかり毒気が抜かれてしまった。

 二人が顔を上げると、北嶋が気難しそうに眉を顰めていた。しかしその視線は葵ではなく、彼女であるはずの環奈に向けられていた。

 北嶋の鋭い視線に、環奈はショックを受けた様に固まっている。

 葵に視線を移した北嶋は、その厳しい表情をどこか心もとないものに変えた。


「あー…なんと謝ったらいいのかな。迷惑をかけて、本当にごめんね?」


 あの日葵を怒鳴りつけた北嶋が、今は真っ当な謝罪を口にしている。しかも優しげな顔をして。

 葵は一瞬、夢じゃないかと目を疑った。


「わ…わたし…」


「君も、彼女に謝るんだ。自分が何をしたかわかっているのか?」


 震える環奈に、東尾が厳しい口調で謝罪を促す。

 普段はクールで通している環奈だが、その面影はどこにもなかった。


「そんな…だって……」


 誰かに責められるという環境に慣れていないのだろう。環奈は小さな言い訳を繰り返すばかりで、決して葵に頭を下げようとはしなかった。


「君って、迷惑を掛けた相手に謝ることもできない人だったの?」


 甘いのに、どこか毒を含んだ声で北嶋が言った。環奈が目に見えて震える。思わず、葵もたじろいでいたほどだ。


「君とならお互いに高め合っていけると思っていたのに、残念だよ」


 心底残念そうに北嶋は溜息をついた。

 一拍遅れて、環奈がようやくまともな反応を示す。


「そっ、そんな!心外だわ、私は彼女の校則違反を風紀委員として注意しただけで…」


「俺が見るに、彼女はごく普通の真面目な生徒に見えるがな」


 混ぜっ返す東尾に、環奈はムキになって反論した。


「今だけそう見せてるだけよ!いつもはこんなじゃないわ!」


 そう言うと、環奈はギラリと葵を睨みつけた。

 どうしろと言うのだ。葵は困惑しながらそのやり取りを見守る。

 東尾は環奈の言葉を意見として検討しているかのように黙り込んだが、すぐに少しの憐みを含んだ目で環奈を見返した。


「―――へえ、何の予告もなく生徒会室に呼び出されたのに?」


 東尾がそう指摘すると、環奈は顔を真っ赤にした。

 確かに、葵は突然アナウスで呼び出されたので、心の準備も何もできてはいなかった。


「あなたが、先に言っておいたんじゃないの?馬鹿みたいにスカートを長くして待ってろってね!」


 仕返しのように環奈は皮肉めいた笑みを浮かべ、規則を過剰に守っている葵の格好を揶揄った。確かに他の女生徒より、今の葵の姿は野暮ったく見えるだろう。

 東尾が何か言い返そうとしたが、彼はつかつかと環奈に歩み寄る葵に気付き、黙り込んだ。

 葵は顔を伏せたまま、環奈に近づく。環奈は葵を不気味に感じているようだったが、プライドが邪魔するのか逃げたりはしなかった。

 生徒会室に敷き詰められた絨毯は、毛足が長くて踏ん張りがきかない。


 ―――別にそれでも、いいけどッ、ね!


 パァンという甲高い音が、生徒会室に響き渡る。

 呆気にとられたような生徒会二人に、頬に赤い手形を浮かび上がらせる目の前の女。

 自らも掌に痛みを感じながら、葵は手を下ろした。


「な…っ、な……」


 他人に手をあげられたことなどないのだろう。環奈は怯えたように、とさりと崩れ落ちた。

 振り返った葵の眼光に、東尾と北嶋は思わず身を竦ませる。


「謝罪なんて、いりません。停学にでも退学にでもなんでもしてください。この女だけじゃない。幼馴染以外、今まで誰も私を信じてくれなかったし、助けてもくれませんでした。もうこの学校自体に嫌気がさしたんです。それではさようなら」


 そう言い捨てて、葵は生徒会室を後にした。

 掌には痛みがあり、折角私立の高校に入れてくれた両親には申し訳ないとも思ったが、自分で自分のプライドを守ったことに、後悔はなかった。


 あとに残された生徒会室では、環奈が呆然と座り込み、北嶋も驚きに目を見開いていた。そしてその隣では―――…。


「あっはっはっはっは!なんだあいつ最高じゃないか。決めた!あいつは生徒会がもらう!」


 東尾が腹を抱えて笑いながら、不吉な予言をしていた。



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