1 転校初日
私にはわかっていた。
その日クラスに転校生がやってきて、幼馴染の恭ちゃんと恋に落ちるってこと。
いや、本当は信じたくなかった。信じないようにしていた。馬鹿げた前世の記憶なんて。
でもその朝、先生が転校生がいるって言って、そして記憶通りの小柄な飛び切り可愛い女の子が教室に入ってきた時、私の目の前は真っ暗になったのだ。
恥を忍んで言わせてもらえば、私には前世の記憶がある。いや、思い出したと言うべきか。それもつい今朝方。
でもそれは麗しいドレスの貴婦人でも、凛々しい戦国武将でもなく。なんてことはない、今と同じ高校生で、何もかもが今と同じ。お隣の恭ちゃんに片思い歴十年の、つまらない私と同じ。
もっと早くに思い出せていれば、違う高校に行くとかもっと早くコクっとくとか色々方法もあっただろうに、私は今朝まですべてを忘れていた。
この――――何度も繰り返す馬鹿げた世界のことを。
恭ちゃんは、生まれた時からお隣さんの幼馴染だ。
彼の両親は共働きで仕事が忙しく、恭ちゃんは幼い頃からよく私の家で過ごしていた。
小学生の頃こそ私の方が身長が高かったけれど、中学生に入ってから急激に背が伸びた恭ちゃんは、そのすっと伸びた身長と少し不愛想だけれどニキビ一つない綺麗な横顔で、尋常じゃない程にモテモテだった。
そんな恭ちゃんが唯一話す女子ということで、今まで嫌な思いをしたことも少なくないけれど、恭ちゃんと幼馴染で嫌だなんて思ったこと一度もない。
だってずっとずっと、私は恭ちゃんが好きだったから。
本当は寂しがりで、でもご両親にはそんなこと絶対に言えないって泣いた幼い恭ちゃん。
マリカーではキノコ使いで、私の使う重量級悪役コンビではちっとも歯が立たない恭ちゃん。
おじいちゃんが死んだ時、悲しいと泣く私の手をずっと握っていてくれていた、優しい優しい恭ちゃん。
ずっと好きだった。でも今の関係が壊れるのが恐くて、何も言い出せずにいた。
まさかこんな日が、来るなんて。
教壇の横に立ち、頭を下げる色素の薄い、笑顔の可愛い少女。
私は思わず斜め前に座る恭ちゃんの方を見たけれど、その背中からは何も窺い知ることはできなかった。
***
「高校生にもなって、幼馴染とかありえなくない?」
もう何度言われたかわからない、耳からゲソの生えてきそうなセリフ。
中学生にもなってとか、三年にもなってとか、冒頭のセリフはその時に応じて変わる。
内心では、それこそあんたに関係なくない?とか思ってるわけだが、私は殊勝に頷いた。
新二年生の身の上で、三年と事を荒げたくはない。
それでも事の理不尽さに対する不満が顔に出ていたのだろう。私は取り囲まれた女生徒の中でも特に目付きの鋭い一人に、壁ドンされた。流行りだが、ちっとも嬉しくない。
「馬鹿にしてんのか、てめぇ」
割と偏差値の高い進学校の筈だが、こういうテンプレなキャラクターはどこにでもいるらしい。
「そんなことーーー」
否定しようと顔をあげたら睨まれた。理不尽だ。
私はコンクリートの狭間から見える狭い空を見上げた。どうせ私の恋なんて叶いもしないのに、どうして恭ちゃんと親しすぎるからと難癖までつけられるのだろう。先輩達も、相手が違うだろうと思う。私なんかよりよっぽど警戒しなきゃいけない相手が、彼の近くにはいるというのに。
「泣いて済むとか、思ってんの?」
一人に剣呑に睨み付けられる。どうやら現状の理不尽さに涙ぐんでいたらしい。花粉症のせいではない、多分。
それにしても、泣いても許されないようななにかを私がしたのだろうか?
彼女達の目的は、恭ちゃんと親しい私に釘を指すことから、段々私を追い詰めることに移行しているような気がする。何度も言うが、理不尽だ。
でも、何よりも理不尽なのはーーー…
「誰かいるの?」
綺麗に剪定された庭木の影から出てきたのは、件の少女だった。
名前は亘理紬。
私を助けるこのイベントが原因で、彼女が恭ちゃんと急接近するなんて、本当に理不尽だ。




