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一年やってないと予想以上に鈍る

 異界森林開拓領最大の都市、コイラ。

 領将カルデニオが居城を構えるここは、現在まで一度も魔獣の侵攻を許していないという不落の城塞都市だ。

 南部の大山脈東端を越えて商国と行き来する通商路上にあるため、一時滞在者を含めた人口はかなり多い。


 広大な岩山の上に作られた街であり、高さという自然の防壁を最大限活かす構造をしている。

 街を作る際に切り出された大量の岩は城壁の材料として使われ、その岩を支柱とする混凝土コンクリート壁が街の周りを囲っていた。


 円状の街の中は、外側から中心に向かって外周区、中層区、高域区という三層に分けられている。

 外周区は兵士や戦士の居住及び訓練空間。中層区は市民が暮らす城下町。そして高域区には城館を中心として、高級役務官(やくむかん)の職場などが立ち並ぶ。

 街並みは古い伝統と新しい様式の交わりを見せるモザイクとなっていて、ある種の過渡期にあることが窺える。


 俺は今、そのコイラの中層区北東部に広がる宿場町にいた。ルマイダが引き出した情報によれば、暗殺部隊はここに潜伏しているらしい。


 街の中に入るのは簡単だった。待ち伏せ連中から奪った行商手形を見せれば、なんの問題もなく通ることができた。

 行商手形は、獣皮紙の片面に認め人の手形、その裏側に使用者の手形を付けることで証明書として機能する。

 当然、使用者手形と俺の手形を確認されれば俺のものではないとバレてしまうのだが、それに対する策はあった。


 俺とルマイダが当初目指していた東門は交通量が少なく、番兵も暇なのでかなり細かく調べてくる。

 しかし北門なら、獣車の内部確認や税の徴収で行列ができるほどに活気があるので、一人一人を念入りに確認する余裕はない。

 そこから入れば軽装の相手へのチェックは甘いだろうと考えたのだが、予想通りに上手く行った。


 番兵は行商手形を見たあと、簡単に荷物検査をしてから通行を許可してくれた。ルマイダから預かった金で税金を支払い、難なく侵入を果たす。

 念のため、手形確認をされたときの言い訳も用意してはいたが、それで誤魔化せる保証もない。スルーしてくれて助かる。


 奪った早馬が思いのほか健脚なのもよかった。あいつのおかげでほとんど時間をかけることなく北門まで回り込むことができたのだから。

 あの早馬は使い捨てるには惜しい名馬だったので、有料の獣舎じゅうしゃに預けておいた。


 俺とルマイダの作戦はこうだ。

 まず俺が先行して宿場町の連絡役と接触し、そいつから仲間の位置を探り出して全員制圧する。

 そのあとルマイダは東門から街へと帰還。真っ直ぐカルデニオの城館へと向かい、事情を説明してカルデニオを保護。

 そして秘術とナダロスの鼻を使って城館内に潜んでいる暗殺者がいないかを確認し、いれば排除して無事解決という流れを目指していた。

 

 俺が先に街へと入り、ルマイダが後から来るという順序なのは、潜伏している連中による妨害や、暗殺の強行を危惧してのものだ。

 大型魔獣ナダロスに乗ったルマイダはどうしても目立つので、中層区の敵に帰還を知られることはほぼ間違いない。

 なので、中層区に潜伏している人間の方を先に仕留めてしまおうということになった。


 俺は高域区には入れないが、ルマイダがまっすぐ城館に辿り着けさえすれば、あとは彼女だけで問題ないらしい。

 もしもカルデニオの近くに暗殺者がいたとしても、ナダロスの足ならルマイダ帰還の報せが伝わる前に到達できる。


 怖いのは、中層区で待機している連中が狙撃などの手段で妨害してくること。そうして足止めされている間に、カルデニオが殺られること。

 ルマイダに雇われた俺は、それらの可能性の排除を任されたわけだ。


 ちなみに俺の動きは上空からルンドが監視し、合図を出せば街の東側に待機しているルマイダへと伝える手筈になっている。

 作戦会議の途中、ルンドとの簡単な交信方法を教えてもらったが、死ぬほど難解だったので色付きの布を広げることを合図に決めた。

 

「ここか」


 岩山の斜面を削り磨いて作られた市中を歩き、俺は宿場町の一角にある宿屋の前に立った。

 古きよき木石造りの構えであり、緑に塗られた屋根からは『真昼の草原』と書かれた看板が吊るされている。

 早馬の持ち主は、ここで仲間に情報を伝える予定だったとルマイダは言っていた。


 今の俺の服装は、ルマイダの術でハッピーホリデイになってしまった男たちから頂いたものだ。

 直前まで他人が身につけていたものを着るのは微妙に嫌だったので、奴らの馬に乗せてあった荷物の中から着替え一式を拝借した。


 革の靴と光沢のあるズボンを履き、胴布という長い布としか言いようのない肌着を上半身に巻き付ける。

 その上から、前を斜めに止める形の高価そうな上着を纏い、装飾が施された金属製の袖留そでどめで袖を固定。

 そして荷袋を背負えば、いかにも若い商人が好みそうな格好だ。番兵にも怪しまれなかったことだし、この宿屋でも大丈夫だろう。


 牙刃猪の革ツナギは捨ててきた。愛着があったので少々後ろ髪を引かれたが、俺のトレードマークでもあるのだから仕方ない。

 あれを着ていれば指名手配犯のライド君ですと宣伝して回るようなものだ。


 自分の見た目を確認した俺はドアを押し開け、二階建ての屋内へと入る。

 外観から古ぼけたような印象を受けたが、内装は意外にも綺麗だ。埃っぽくもなく、丁寧に掃除をしているようで好感が持てた。


 奥の受付を見上げながら近付いていく。この国には、ステージのような数段高い位置に接客窓口を儲ける習慣がある。

 何かを見上げる形になると圧迫感を覚え、攻撃的な思考が薄くなるという経験則に基づいたものらしい。


 これの防犯効果は意外なほど高く、数十年前に導入して以来、店員や役務官に襲いかかる不届き者を大幅に減らせたそうだ。

 加えて、高所に位置取れば単純に戦闘面での優位を得られる。

 強盗と戦う際にも、備え付けの槍をカウンター越しに突き出しているだけで追い返せるのだとか。


「少しいいか? ここで待ち合わせをしているんだ。人を呼んで貰いたい」


 俺は段差を登ってカウンターの前に立ち、商人っぽさを心がけた口調で用件を伝えた。

 使った言葉は、将国で広く話されている北西島言語の本土訛りだ。通商語にしようかと迷ったが、そこまで商人アピールをする必要もない。

 カウンターの向こうで椅子の背もたれに体を預けている店主らしき老人は、億劫そうな態度で返事をしてくる。


「……部屋は?」

「赤鳥の部屋だと聞いた。ラバッテが来たと言えば通じるはずだ」


 そう言いながら、俺はカウンターに銀柱貨を三本置く。この宿に一泊するくらいの額だ。充分なチップだろう。

 老人はそれを一瞥してから無言で手に取り、のっそりと立ち上がって二階へと向かった。

 俺はカウンターに背を預けてしばらく待つ。少しすると、老人と共に一人の男が降りてきた。

 ベルトや袖留めを付けないタイプのゆったりした服に身を包み、柔らかい顔付きで老人へと話しかけている。


 男は俺を見てその表情を強張らせたが、老人はそれに気付くことなくカウンターに戻り、さっさと消えろというような雰囲気を出す。

 それに従って宿を出ると、後ろから足音がついてくる。俺は振り返ることなく歩き、適当な路地を見つけて入り込んだ。

 ある程度進んでから担いでいた荷袋を地面に置き、背後へ向き直ると、男が先ほどとは真逆の険しい顔で俺を睨み付けていた。

 身長は俺よりも低いが、肩幅が広く、首も太い。鍛え抜かれているのが見てとれる。


「お前はなんだ? ラバッテはどうした?」


 男は懐に右手を入れて、隠し持っているらしい武器を準備しながら問いかけてくる。今にも飛んできそうな気配だ。


「ラバッテは死んだ。私はプロイさんに伝言を頼まれた者だ」


 待ち伏せチームのリーダーであるらしいプロイとやらの名前に、尊敬や親愛を表す敬称を付けて、俺はそう答える。

 実際はルマイダに聞いただけなので、どいつがプロイだったのかすらわからないのだが、こう言えば勘違いしてくれる可能性は高い。


「……プロイに雇われた奴か?」

「ああ、商人をやっている。北で売り荷を捌くのに失敗してな。故郷の村に逃げ帰る途中で、プロイさんに声をかけられた」


 この辺のストーリーは完全に思い付きのアドリブだ。事前に用意した嘘を話すよりも、考えながら喋った方が真実味が出る場合もある。


「緊急時の予備連絡役が欲しかったらしい。私は自分の行商手形を持っているからな」

「プロイたちはどうなった」


 苛立った様子で男は聞いてくる。臨時連絡役の素性なんてどうでもいいということなのだろう。

 俺は沈痛な表情を浮かべて、なるべく情感を込めて報告する。


「……死んだよ、全員死んだ。デカい熊の化け物にやられてな。私は遠くに隠れていたから助かったが」

「鋼身熊が健在の状況で戦闘を選んだだと? そんな馬鹿な……」


 男は、信じられないという声で言葉を漏らす。そりゃセルボードを見て喧嘩売るような奴は滅多にいないだろうからな。

 この辺りにも話を追加してリアリティを出した方がよさそうだ。


「そのなんたら熊というのがあの化け物のことなら、どうやら弱っていたみたいだぞ。今なら狩れるとプロイさんは言っていた」

「……そうか」


 上手く納得させられただろうか。

 イメージとしては、イカとの戦闘で消耗したセルボードを見た待ち伏せ組が、これならイケると踏んで襲いかかった。という感じなのだが。

 男はしばらく考え込んでいたが、小さく頷いてから目を合わせてくる。

 

「よく伝えてくれた。お前の仕事はここまでだ。謝礼はいくらの約束だ?」

「金柱貨を三本と聞いている」

「それなら持ち合わせがある。これを受け取ったら、今回のことは全て忘れろ。いいな?」


 男はそう言って、右手を懐から引き抜く。その手には革の柱貨箱ちゅうかばこが掴まれていた。凝った装飾が美しい。

 なかなかいい財布だと思いながら、俺は軽く体を傾ける。肩の横を矢のようなものが通過していった。

 そして俺はすぐさま地面を蹴り抜き、男へと飛びかかる。距離は数メートル。接触まで一秒もかからない。


「ッ!」


 男は左手首から放った暗器を避けられたことに驚愕を見せながらも、柱貨箱を投げ出して右手を腰にやる。そこにメインの武器があるのだろう。

 しかし男がそれを抜き放つよりも、俺が男の体を抱きしめる方が早かった。俺は熱い抱擁によって男の動きを封じる。


 男は当然のように抵抗し、両足を開いて腰の位置を下げた。足を踏ん張って重心を低くするのはレスリングの基本ではある。

 だが、咄嗟のこととはいえ急所を晒してしまうの感心できない。俺はロックしていた手を外し、男の股間へ素早く右手を伸ばす。

 肛門と睾丸の間にある会陰えいんに中指を突き立て、親指を曲げて睾丸を握り込み、捻り潰した。捻り潰してしまった。


「あ、やべっ」


 男は悲鳴すら上げずに気絶する。俺が一歩離れると、顔から地面に倒れ込んだ。

 首ではなく睾丸を狙ったのは殺さずに拘束するためだったのだが、想像よりも男の力が強かったために勢い余って潰してしまった。


「うわぁ……やっちまった」


 こいつには仲間の居場所を吐いてもらう必要があったので、生け捕りは必須条件だ。しかしこれでは話を聞くことができない。

 無理やり叩き起こしたとしても激痛で会話などできないだろうし、このまま放っておけば死ぬだろう。


「まいったな。ほんの一年ほど人間と戦ってないだけで、ここまで腕が鈍るもんなのか」


 本気で困った。情報源を完全に失った以上、もはやカルデニオの暗殺を止められるかは運に任せるしかない。

 カルデニオの近くには暗殺者がおらず、ルマイダは妨害を受けることなく城館まで走れる。そんなラッキーを期待するほかなくなった。

 中央城塞の街なら俺に手を貸す情報屋にもアテがあるのだが、このコイラにそんな都合のいいコネクションは持っていない。


 赤い布を広げて振れば成功、青い布を振れば失敗の合図だ。このままなら後者を行うことになる。

 ルンドによって俺の失敗が伝えられれば、ルマイダは全速力で城館を目指すことを選ぶだろう。あとは彼女次第、運次第。


 だが俺は、彼女の義理立てに助力すると約束した。それを早々に投げ出すというのは気分が悪い。


 太陽の位置を確認する。昼を過ぎてからそこまで時間は経過していない。

 この街では朝昼夕に、中層区南部の大鐘が鳴らされることになっている。夕鐘が叩かれるまで、まだ時間はあった。


「やれるだけやってみるか」


 俺は気持ちを切り替えて、自分にできるベストを尽くすことに決めた。不確実なものではあるが、打てる策はいくつか存在する。

 と、そこで、うつ伏せに倒れている男から呻き声が聞こえてきた。意識を取り戻したらしい。


 男は必死に体を動かして俺から離れようとしている。

 まだ生きているなら喉を潰してから医者を呼んでやろうかと思ったが、どうやら命惜しさに逃げようとしているわけではないらしい。

 痛みに耐えて進むその動きには、燃えるような意志が感じられる。敗走には見えなかった。


「うぐっ、あ、ハァ、ぐぅ」


 言葉にならない苦鳴を口から漏らし、必死に這いずっている男を哀れとは思わない。むしろ称賛の気持ちが湧く。

 こいつはまだ諦めていない。任務を果たすため、仲間に状況を伝えようと必死に動いている。大した男だ。


 俺は先ほどのやり取りを戦いだとは思っていなかった。抵抗する相手を無力化しようとしたら、加減を間違えた。その程度の認識だ。

 しかし考えを改める必要があるらしい。俺は男を敵と認め、自分なりの誠意を向けることにした。


「もしも俺の地元・・に生まれ変わったら、その根性を活かして大成しろよ。じゃあな」


 俺はそう言葉をかけてから、男の頚椎を踏み砕いた。


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