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道中に襲われるのは基本


 青い空が眩しい昼前の草原を、ナダロスに乗ったルマイダ、ルンドと共に俺は歩いている。


 夏も終わって気候が穏やかになる時期なので、空気がとても気持ちいい。柔らかい草の匂いが胸に染み込む。

 歩いているとは言ってもナダロスの歩幅が広すぎて俺はほとんど競歩状態なのだが、それも気にならない。

 一年近くもの間、どこを見ても木しかない空間にいた俺は、視界を遮るものが少ない風景というだけで心が癒された。


 森で名前を白状した俺はルマイダから提示された二つ目の条件を達成し、晴れて彼女と仕事の約束を取り付けることができた。

 彼女が求めた二つ目の条件は、セルボードを倒した場所まで連れていけというもの。セルボードとのお別れがしたかったようだ。


 俺は二つ返事で了承し、朝になるのを待って戦闘の跡へと案内した。

 目的地に立った彼女は、巨大な岩が砕けて散っている岩場をじっと見つめたあと、セルボードが沈んだ場所近くの岸にて祈りを捧げていた。

 そこから更に一日かけて森を脱出し、こうして草原を歩いている。


 道の先にはそびえる丘が見えており、もうすぐ盆地を抜けて丘陵地帯に突入する。その丘陵を越えれば目的地のコイラだ。


「セルくんのところに連れていってくれて感謝してるけど。やっぱりライドって酷い人だよね」


 シャバの空気を楽しんでいる俺に向け、ルマイダが突然そんなことを言い出した。

 彼女はナダロスの背に横乗りし、大型バイクのサイドバッグのように吊るされた荷物へ足を乗せている。

 ワンピースの下にズボンを履いているのが惜しいと思ってしまう構図だ。


「もし名前を確認してなかったら、私は何も知らないまま国政元帥暗殺犯の仲間にされるところだったよ」

「暗殺じゃないって言ってるだろ。真正面から殴り殺したんだよ」

「……余計に駄目だって」


 表現を訂正する俺から目を逸らし、ため息をつきながら額に手をやるルマイダ。

 将国では主義主張のぶつかり合いから発展した戦いでの勝利を暗殺と呼んでいるらしい。それこそ酷い話だ。


「まあ騙すつもりは、正直あったな。知られたら絶対に組んでくれないと思ってたから」


 むしろ俺のやったことを知って、その上で一緒に行動しているのが不思議だ。

 もしかして俺が騙されてる側なんじゃないだろうなと、そんな被害妄想じみた疑念まで浮かんでくる。


「私も悪名高い魔人の噂はよく聞いたよ。でも、関係ない人をどうこうしたって話はなかったからね」


 だから信用してもいいと思った、なんて言う彼女にちょっと感動する。

 本当のところは、彼女の加護で俺に敵意がないことを読み取っただけなのだろうけど。


 ちなみに魔人とは、俺が将国でお抱え教官みたいなことをやっていたときに、首都の中央城塞で呼ばれていたあだ名だ。

 俺が通るたび、兵士たちは『魔人が来たぞ』と囁き合っていた。あれこそまさに職場内イジメというやつだな。


「有名なのは、やっぱり異界森林追撃戦の話かな。その時は千人以上を倒したらしいけど、あれって本当なの?」


 待て、なんだそれは。記憶にないぞ。

 千人はいくらなんでも盛りすぎだ。覚えてる分だとせいぜい百人くらいなのに。


「さすがに千人はないだろ。一年前だよな? 森林で殺した人数なんてそんな……あっ」

「え? どうしたの?」


 当時の記憶を掘り返し、ふと思い出した。言われてみれば心当たりがあるかもしれない。

 でもあれは別に俺が直接手を下したわけでもないし……


「……いや、そういえば次から次へと来る追っ手がウザかったから、大型魔獣の血を使って森の浅いところに大量の魔獣を追い立てた気がする」

「……えげつないね」


 あれによる死者を俺の殺害数にカウントするなら、確かに千人を超えるかもしれない。

 なんとも言えない顔で俺を見るルマイダから目を逸らし、他の話題を探した。


「ところで、ルマイダは金が手に入ったらどうするんだ?」


 過去を振り返るのは不毛なので、明るい未来の話をしよう。さしあたっては金の話が一番いい。

 ありもしない金の使い道を語るだけでも盛り上がるのだから、今から手に入るとなれば酔った大学生くらいのテンションにはなれるはずだ。


「んー、とりあえず借金を全部返しちゃうよ。そうすれば自由に動けるようになるし」


 そういえば、教国で作った借金を返すために領将のところで働いてたんだったか。

 その借金とやらは要するに違約金なのだが、話を聞いた限りだとルマイダが契約に疎かったのをいいことに騙されただけのようだ。

 獣操術師として雇われたにも関わらず、極めてプライベートなことを要求されたらしい。

 そして辞職を申し出るや、契約書を突き付けられて多額の違約金を請求されたと。


「そんなもん払う必要ないと思うけどな。踏み倒せよ」

「……ライドって、そういう性格だからいろんなところで揉めごとを起こすんだろうね」


 痛いところを突かれてしまった。

 確かにこの性格のせいであちらこちらで命の取り合いを発生させている自覚はある。

 しかし今回の話は前世なら裁判一発で無効判決が出て、その上で慰謝料を請求できるレベルだ。踏み倒して当然だと思ってしまう。

 まあ、今いるここは前世の祖国ではないので、向こうの倫理や法律を持ち出すのはナンセンスなのだろうけど。


「お金のことで後々まで禍根を残すのは嫌だし、ちゃんと払うよ。契約をきちんと確認できなかった私が悪いんだから」


 気に入らない時は戦って解決し、ヤバくなったら隣の国に逃げ込むのを繰り返してきた俺には馴染みの浅い考え方だ。

 そのせいで一年近く原人生活をする羽目になったことを思えば、俺も彼女を見習うべきなのかもしれない。


「借金を返したら、残ったお金で旅でもしようかな」

「それはいいな。宮仕えなんてろくなもんじゃない」

「そうだ、閣下にお暇を貰えるようお願いしないと。……セルくんが死んじゃったから、簡単に認めてくれそうだね」


 ぼんやりと空を見上げてそんなことを言うルマイダ。

 空気が死ぬほど重くなった。地雷が炸裂する音を聞いた気がする。

 なぜ俺は未来の話をしようだなんて思ったのだろう? こうなることは予想できるだろうに。アホなのか俺は。


 ナダロスの頭に乗っているルンドが、主人に見つからないよう器用に翼を動かして俺を罵倒していた。

 虹翼鳥のボディランゲージなど理解できないが、それでもボロクソに言われてるのはわかる。

 ナダロスはホラー映画で井戸から出てくる怖い女の人みたいな目付きになっていた。あれの横目バージョンだ。


 張り詰める空気の中、ルマイダは気にしていないような素振りで話を続ける。


「今回のことで、戦いの場に身を置くにはまだ実力不足だってわかったし。旅をしながら鍛え直してみようかな」


 別に実力不足だとは思わなかったけどな。まともに戦うなら、久しぶりに苦戦を覚悟するくらいだ。

 まあ、本人がそう考えているなら何も言わないけど。


「ライドはどうするの? 纏まったお金が必要みたいだけど、何か欲しいものがあるとか?」

「ああ、とにかく新しい服と靴とナイフと水筒と日用雑貨が欲しい。あと美味いものも食いたいし、いい宿にも泊まりたい」


 しまった。欲望がそのまま垂れ流しになってしまった。

 この質問が来たら社会奉仕活動に使うとか言うつもりだったのに。


 しかし意外にも呆れたような視線を向けられることはなく、クスクスと笑ってくれた。


「今も外套の中は上半身丸出しだもんね。導国どうこく誓者せいじゃさんが見たら卒倒しちゃうよ」


 彼女は笑いながら、言葉を続ける。


「街に着いたら、まずは服を買おうか。黒糸の分け前を貰える身だし、それくらいはするよ」


 今の俺はルマイダから貸してもらった白いマントに身を包んでいる。

 半裸の男から裸マントの男へとクラスチェンジしたことで、人前に出てもギリギリなんとかなる格好だ。

 闘国なら上半身剥き出しだろうと何も思われたりしないが、文明度の高い将国の街中で俺の肉体美を見せ付けるのはよろしくない。


 ちなみに身に付けてから気付いたのだが、実はこのマントは小さく畳まれた状態であり、広げるとナダロスをすっぽり覆ってしまえる大きさだった。

 そのわりには軽く、嵩張ることもない。畳んで金具で固定すればそのサイズのマントにしか見えなくなる。魔具ってやっぱり凄い。


 そして髪の毛もルマイダに整えて貰った。彼女曰く、俺が自分で手を入れていた髪型は巨大な昆虫のようだったらしい。

 昆虫のような髪型っていったいどんな感じなんだろう。自分では川の水面くらいでしか確認できなかったので、いまいち想像できない。


 そんな会話をしつつ進んでいるうちに、俺たちは丘の頂上に辿り着く。

 踏みならされた道は丘の左側の低い地点を通っていたが、俺とルマイダは迷わず軽登山ルートを選んだ。

 開けた眼前にはもう一つ小高い丘が見えていた。広く左右に伸びた形状で、進路を遮るように立ちはだかる。

 先ほどから随分と嫌な感じがしている。このまま進めば、丘と丘の間の窪地に入り込むわけだが……


「この先は、ちょっと嫌な感じだね」


 ルマイダはそう言って、前方を深く観察している。同じことを考えていたらしい。気が合うな。


稜線りょうせんの向こうに何人か隠れてる気がするな。勘だけど」

「私もそう思う。本当に勘だけどね。とりあえず、ルンちゃんに見てきて貰おうか」


 言いながら、彼女は猫のように体を伸ばした。座りっぱなしというのも、やはり疲れるのだろう。

 そして固まった体をほぐすような動きをしたあと、前にいるルンドへと声をかける。

 

「ルンちゃん、出番だよ」


 その言葉を聞いたルンドは、羽をバタつかせてナダロスの頭から飛び降り、ルマイダに向き直って静止した。

 目をキラキラさせたまま微動だにしない。どうやら指示を求めているらしい。


「一、五十、三十から二範囲。十一での三間隔及び適時。威力行使基準は二。実行」


 発した言葉は西南端語。彼女の場合、使獣へのコマンド入力はこの言語でやるようだ。

 暗号なのだろうその命令を受けたルンドは、翼を青に変えて速やかに飛び立った。

 あの色なら空に紛れて見えにくいな。翼の色彩変化はコミュニケーションだけでなく迷彩としても役立っている。


「上から周りを探ってくれるってのは便利だな」


 空に溶け込んだルンドを目で探しながら、俺はそう言った。

 もう俺の視力では見つけられない。これならそうそう撃ち落とされることもないだろう。


「うん、ルンちゃんにはずっと助けられてるよ。悪い人や魔獣に不意を打たれたら大変だからね」


 ナダロスが担ぐバッグから長い単眼鏡を取り出し、澄まし顔で答えているが、少し誇らし気だ。ルンドを褒められて嬉しいらしい。

 使獣相手にここまで入れ込むのは結構珍しい。大抵の獣操術師は魔獣を単なる武装として扱う。

 しかし彼女の愛情深い接し方がプラスに働いているのもよくわかる。ルンドがあれだけ張り切っているのがいい証拠だ。


 俺は魔獣の運用とコミュニケーションの重要性について考えながら、丘へと視線を戻して話を続ける。


「もしあの丘で待ち伏せがあるとしたら、さっき通り過ぎた村の近くで俺たちを見てた男が監視役だろうな」


 少し前にやたらとデカい村があり、ルマイダが立ち寄らないと言うので素通りしてきたのだが、そのとき見かけた農作業中の男には違和感があった。

 動きが農民っぽくなかったし、汚れ方や日焼けの仕方も日々の農作業によるものとは少し違う。何よりこちらを見たあとの挙動が演技臭かった。

 魔獣に乗った人間、つまり騎獣士か獣操術師を見かければ普通は緊張感が仕草に滲み出るのだが、あの男はその緊張を装っている風に見えた。


 どれも口に出してしまえば言いがかりのようなものだ。ただの農民がそうなる理由などいくらでも考えつく。

 なのでその場では無視して、記憶に残しておくだけに留めたのだが、さっきから続く嫌な感じの出どころはあれだろう。

 勘というのは、根拠を探せば案外見付かるもんである。


「そんな人いた?」

「いた。結構遠かったけど、なんか気になったから覚えてる」

「もしそうなら、あの村で私を狙ってたのかもしれないね。心当たりはあるよ。だから村にも寄らなかったんだし」


 多少は疲れているはずなのに、休憩すらせず通り過ぎたのを不思議に思っていたが、理由があったのか。

 その心当たりについて詳しく聞いてみたくもあったが、単眼鏡を丘の上空に向けたまま無言になったので、俺も黙ることにした。


 それから少しして、ルマイダが口を開く。


「……当たりみたい。丘の頂上の向こう側。数は十一、馬が人数分。飛び道具は弓が七、置箱おきばこが二。見える限りでは魔獣なし」


 ルンドが敵を捕捉したらしい。よくここまで正確に情報を伝えられるな。

 前世では歩兵が無人航空機《UAV》を装備することで自由に上空からの映像を得られるようになっていたが、これなら彼女たちも負けていない。

 動きや色の組み合わせを様々な単語と結び付けておくことでこんな芸当を実現させているらしいが、気の遠くなるような技だ。


「結構多いな。一桁だと思ってた。しかも置箱まであるってのは驚きだ。この辺に大規模な盗賊団でもできたのか?」

「そんな話は聞かないね。危険な魔獣が頻出する地域だし、それを狩る兵士や狩人も多いから」


 さっきの村で俺達を確認し、そこから早駆けで先回りして布陣を終えたのだとすれば、それなりに訓練された集団ということになる。

 加えて、長距離投射兵器である置箱は領軍にツテでもないと手に入るものではない。

 それが士官崩れによる盗賊団の類でないというのなら、容疑者はかなり絞られてしまう。


「まあ、ルマイダの客とも限らないけどな。心当たりと言うなら俺の方が遥かに多い」

「それは威張って言うことじゃないと思うけど」


 苦笑しつつも、彼女は既に臨戦態勢へと入っていた。少し意外だな。戦うつもりなのか。

 事前に相手の位置を掴んでいるのだから、迂回するという選択肢も当然にあるわけだが。


「わざわざ相手をしてやるのか」

「……そう、だね。いつもなら、厄介ごとは避けて通るんだけど」


 そう言って、ルマイダは俺の目を真っ直ぐに見てくる。そんないきなりガン見されたら怖いんだけど。

 しかし何かしらの覚悟のようなものが見え隠れする表情だ。ビビらず真面目に聞くとしよう。

 彼女は少し迷うように唇を動かしたあと、強い意思のこもった口調で言葉を続けた。


「挑まれたなら、受けて立つべきかと思って」

「……」


 ……なるほどな。最初に会った時、俺が言ったことか。彼女はセルボードの死を、そういう形で飲み込んだわけだ。

 それは幾分の誤解を含んでいる。別に俺は、そんな立派な戦士ってわけではない。

 ただ戦いの中で自分を保つために、何かしらの基準が必要だったというだけ。

 しかもその言葉自体、かつて土を舐めさせられた相手からの受け売りである。


 だが必死に前を向こうとしている彼女に、あえてそれを伝える必要もない。どうせ短い付き合いだ。せいぜい格好いい戦士様を演じるとしよう。

 俺は目立つ白マントをルマイダに返し、簡単にストレッチをしながら答えた。

 

「なら蹴散らしてやるか。ちなみに作戦は?」

「正面突破で」


 実に頼もしい返事が返ってくる。

 それに頷いて肯定を示した俺と、ルマイダを乗せたナダロスは、それぞれの方向に走り出した。


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