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術師と術師

 ナダロスの補助によって三階から無事に飛び降りたルマイダは、カルデニオと失神している侍女二人を生垣に隠してから正面庭園へと向かった。


 侍女の言葉から、下手人が城館の働き手として潜入していたのは確定だ。ならば必ず近くにいる。逃げてはいない。

 カルデニオの死体を確認しなければならない以上、救助活動にかこつけて止めを刺そうとするだろうとルマイダは読んでいた。

 そして倒壊の直前にサバテニクが集合を呼びかけていたのだから、それに従って正面庭園で待機するのが妥当な行動だ。

 

 正面庭園の脇まで来たルマイダはナダロスを伏せさせて生垣に隠れ、ポツポツと見える人影の気配を確認する。

 彼女にとって、集団の中から特定の気配を識別することは難度の高いことではない。容易く見付け出す。


 それは使用人服を身に纏った華奢にも思える青年だった。彼は呆然とした顔で立ち尽くし、倒壊した城館を見つめていた。

 ルマイダの感覚なら、遠目からでもその程度の演技は看破できる。彼女には青年の歓喜がはっきり見えているのだから。


 ルマイダはナダロスを立ち上がらせ、迷うことなく威嚇攻撃を行わせた。


 ナダロスの腹腔に備わる筒状臓器、そこに満たされた気体が強力な生体電流によって反応を起こす。

 反応した気体は熱光を発振し、臓器内壁部にて内向きに反射された熱光は共振を繰り返しながら増幅を続け、やがて口腔に向けて解放される。

 そうして導かれた熱光を口腔内の非固体屈折鏡が収束し、撃ち放たれるのは必殺の咆哮。


 これこそが皇熱狼こうねつろうの能力、『熱撃ねつげき』である。


 その不可視の熱線が青年の足元に照射される寸前、周囲の芝生から大量の蟲が湧き出し、青年の前に壁として集まった。

 蟲壁の左下に熱線が当たり、水分の急激な気化膨張によって蟲群の一部は爆発四散する。


 ルマイダは威嚇ではなく直接狙うべきだったかと思いながら、再度の攻撃を命じた。次は当てるつもりで撃つ。

 しかし蟲壁を爆ぜさせ、穴を穿った先に敵はいなかった。熱線は外れ、焦点の合っていない位置にある立木の表面を燃やしただけに終わる。


 蟲の大群を引き連れて移動する敵は痩身に見合わぬ速度で庭園を疾走し、会食などに使われる広場に飛び込んだ。

 ルマイダはそれを追い、青年が隠れた石塀まで数十歩という位置でナダロスを止めた。

 遮蔽物に隠れれば狙えないと考えているなら、それは甘すぎる楽観だと思いながら彼女は立ち上がる。


 ナダロスの背にて二足直立したルマイダは、両手を複雑に振りつつ、大声でありながらも静かな語調にて自身の名を告げた。


「秘術師ボルダイの弟子、アグタ・ルマイダ・ボルデット」


 そして上衣の裾をまくって細い磁器筒と太い金属筒を取り出し、手の中で転がしながら付け加える。


「あなたも名乗りなよ、術師さん」


 ルマイダは冷静に沈着に戦闘に取り組みながら、生涯最大の憤怒に身を焦がされていた。端的に言えばブチ切れている。

 磁器筒が握り割られ、対昆虫用の特化忌避剤がルマイダとナダロスに染み込む。『結界』と呼ばれる秘術の一種だ。


 いったい何人が巻き込まれたのだろうと、ルマイダは思う。


 あの城館には使用人から役務官まで、多くの人間が勤務していた。公務中なら数十人はいるだろう。

 サバテニクの呼びかけで、ある程度の人数は庭園に出ていたが、大多数は残ったまま。

 積み上がった瓦礫の下で、ある者は死に、ある者は今も苦痛と戦っているはずだ。到底許せることではない。


 非戦闘員もろとも潰してくれた『破城』の礼をするために、ルマイダは返答を寄越さない敵に向けて金属筒を投げ付けた。

 数十歩先の石塀近くまで山なりに飛んだ金属筒は、空中でナダロスの熱線に撃ち抜かれ、破裂する。


 撒き散らされた内容物は触れるもの全てを腐蝕し、激しく酸化させて燃え上がらせた。

 対人用として知られる中では特に凶悪な部類に入る秘術。隠れている敵もただでは済まないだろう。

 普通ならば。


「『炎蝕えんしょく』を人間に使うのはやめたほうがいい。しばらくは肉を食えなくなる」


 石塀の向こう側から漆黒の霧が立ち上った。こすれ合うように響く異音に混じり、青年の声が聞こえてくる。


「名乗りなんて上げて、敵に時間を与えるからこういうことになるんだ。おかげで隠してた蟲を全部集められた」


 それは霧ではなく、膨大な数の蟲だった。よくこれだけの数を持ち込んだものだとルマイダは思う。

 青年の声は嘲笑を隠そうともしない様子で、なおも喋り続ける。


「でもこうして大っぴらに術の戦いを始めてしまった以上、こそこそすることに意味はないな。僕も術師の流儀でお前を倒すことにする」


 金属質な光沢を持つ蟲を鎧のように纏った人影が、塀を乗り越えて歩み出してきた。


「僕の名はメィーツォ・ハル。正々堂々、真正面から殺してやるよ」


 メィーツォの宣言に合わせ、夥しい数の蟲で形作られた蛇が、大木さながらの太さでルマイダに襲いかかる。


 迫る蟲蛇の先端は、ルマイダに近付くそばから上下左右に散っていた。先ほど展開した『結界』の効果で蟲が逃げ出しているのだ。

 しかしそれでも大蛇は前進していく。表面の蟲が脱落したところで内側から次々に補充される。放置すれば、いずれはルマイダに届く。


 蟲を集中させてぶつけるのは結界への対抗策として満点と言えた。そして太い円柱状にしたのは熱撃を突破するための工夫だろう。

 縦の深さと投影面積の広さを両立させれば、一部が爆散させられても数で押し切れるというわけだ。

 敵の対応力に感心しつつ、ルマイダは迎撃を指示する。


 ナダロスが口腔内の非固体屈折鏡を調整し、照射点直径を大きくした上で熱撃を放つ。


 熱撃は、熱光を焦点に集中させることで生物を破裂をさせ、鋼板さえ貫通する必殺の矛である。が、蟲相手にそこまでの威力は必要ない。

 投影面積を広くして点の攻撃に対抗してくるならば、熱線の直径をそれに合わせてやればいいだけだ。

 またたく間に蟲の大蛇は炎上し、四つを数える頃には形を維持できず拡散していった。

 

 ルマイダはそれを最後まで見ることなく手首の裾から磁器筒を引き抜き、蓋を指で弾き開けて右後方の地面へと振り抜く。

 地面を掘って『結界』のギリギリまで接近し、死角から毒液を吹きかけようとしていた蟲に液体が直撃した。

 その液体は瞬時に固まって、蟲を化石と変えてしまう。


 蟲の飛翔音が止まり、場に一瞬の静寂が満ちる。


「……なんでわかった?」


 思わずといった調子で疑問をぶつけるメィーツォの声は震えていた。

 蟲蛇で注意を引きつけ、死角からの毒液で仕留めようとしたことを見抜かれて驚愕しているらしい。


「……」


 ルマイダは答えない。

 なぜわかったのかと言うのなら、ルマイダが持つ他者の気配を鮮明に読み取る才能によるものだ。

 この蟲の群れはメィーツォの思考で操っているようなので、ルマイダには蟲の動きが全体の細部に至るまで丸見えとなっている。

 メィーツォにとってルマイダは、相性最悪の敵だった。

 

 だがこれをメィーツォが理解すれば状況は変わる。動きが読まれるなら、無秩序に、無作為に蟲を動かせばいいだけだ。

 ルマイダは生来の才能ゆえに、人の意識が関わらない乱雑な攻撃を苦手としている。


 だから答えない。混乱してくれている内に倒してしまうのが最善なので、ルマイダは片手を回すように振りながらナダロスに熱撃を命じた。

 同時にメィーツォは腰ほどまでの高さの石塀を垂直跳びで越えつつ、蟲の壁を展開する。


 熱線が蟲壁を派手に炸裂させるが、メィーツォに命中した手応えはなかった。蟲壁越しに当てるのは予想以上に難しい。

 ルマイダはナダロスを走らせて、逃げるメィーツォを回り込むように追い立てる。

 人と獣の足では追いかけっこにはならない。文字通り一瞬で接近できる。


 だが、ルマイダの追撃は、矢のように飛来した何かによって遮られた。


「そいつらと遊んでろ!」


 叫ぶメィーツォが放ってきたのは、鎧として纏っていた金属的な質感を持つ甲殻蟲だった。

 空中を素早く飛んでいることから見て、実際に金属の甲殻というわけではないのだろうが、強度は低くなさそうだ。


 握りこぶしほどの大きさのそれは、刃のような顎牙を向けて突進してくる。数は五。

 ナダロスの機動力とルマイダ本人の反応速度のみで避けきれるが、これの相手をしながらメィーツォを追うのは難しい。


 ルマイダは『石化』の磁器筒を三本使って甲殻蟲を全滅させる。その間にメィーツォとの距離は七十歩を超えていたが、大した意味はない。

 この程度の距離なら五つを数えるより早く追い付ける。ナダロスが地面を抉りながら駆け抜けていく。


 ルマイダは右手の指を三本立ててから横に向け、自分の身を包んでいる白い外套を摘まんで揺らした。


 メィーツォの背中が、ルマイダのすぐ目の前まで近付いている。


――――

 

 メィーツォは決着点へとルマイダを誘い込む。


 ――来い、来い。


 隠していた蟲を全て集めたと言ったのは当然嘘だ。

 彼は元より警戒心が強く、準備をしすぎる性格なので、毒液による奇襲が失敗した場合のことも考えていた。


 庭園の地下に張り巡らせた横穴、その出入り穴の一つに、残しておいた蟲を集中させてある。

 岩山の街であるコイラにおいて土面というのは貴重だ。大量の土と木が存在するこの庭園は、絶好の蟲の待機場所。

 事前に蟲を持ち込んでおいたここはメィーツォが圧倒的に有利な地形であり、ルマイダを相手にしても勝てる場所だと彼は信じていた。


 ――来い。ここで終わらせてやる。


 メィーツォは振り向き、出入り穴から飛び出した蟲の群れを一気にルマイダへ叩き付けた。黒い濁流が襲いかかる。


 この蟲は異界森林北西部に生息する種を改良、量産したものであり、一噛みで人間を殺せる毒を持つ。

 一匹でも通れば勝ちだが、しかしそれは無理だとメィーツォはわかっていた。鉄甲蟲てっこうちゅうならともかく、痛殺蟲つうさつちゅうではナダロスの吐息を越えられない。


 それを証明するように、蟲群の突撃は焼き尽くされ、薙ぎ払われていた。ルマイダの顔色一つ変えられはしない。


 だが、それもここまでだと、メィーツォは口元を歪める。

 彼は大きく距離をとりながら側面に回り込み、焼き払われつつある蟲群の横から三匹の鉄甲蟲を撃ち込む。


 当然のように瞬殺されたが、メィーツォの笑みは揺らがない。本命は上空に飛ばしておいた複数の射毒蟲しゃどくちゅうなのだから。

 『結界』では、上から落下する毒液は止められない。動きが止まっているこの時に毒液を雨のごとく降らせれば、ナダロスの足でも避けきれないだろう。


 ――僕の勝ちだ。


 そして勝利を確信した次の瞬間、メィーツォは信じがたいものを見た。


 ルマイダが白い外套を背から外し、振り広げて自分とナダロスを覆ったのだ。

 直後に降り注いだ死の雨は白い外套にぶつかり、若葉に弾かれる水滴のように滑り落ちていった。

 毒液が降ることを知っていたとしか思えない行動。


「そんな……」


 馬鹿な、と言い切ることはできなかった。唐突な目眩を感じたメィーツォは膝をつく。

 足元には、真っ二つに割れた磁器製の筒が転がっていた。


「ひ、秘術だと……?」


 ルマイダとナダロスは外套の中に閉じこもっていた。こんなものを投げられるわけがない。

 思考が鈍り、幻覚さえ見えてくるなかで、なおも答えを探すメィーツォは顔を上げる。


 そして、外套から出たルマイダが上空に向けて手を振っているのを見た。彼はようやく気付く。自分と同じことをやったのだと。


 ――ルンド、ルンドだ。あの鳥か。いつ指示を出したんだ? 鳥に秘術を使わせることができるのか? ここまで正確に? そんなことが……


 何をされたか理解したメィーツォは敗北感に襲われた。負けだった。言い訳のしようもない敗北である。

 調査不足、経験不足、考慮不足。自分に苦杯を飲ませた多くの不足たちを頭の中で反芻していく。


 そうして惨敗の苦味を噛みしめるメィーツォだが、ここで終わるつもりは欠片ほどもない。

 最後の仕込みが残っている。彼は自分の心配性な性格に心から感謝した。


 メィーツォはいま操っている全ての蟲との通信を破棄して、ある蟲へ命令を出すことに全力を注ぐ。


――――


 蟲たちが制御を失い、散っていくのを見たルマイダは、膝をついたメィーツォを観察する。

 彼女は少々驚いていた。メィーツォがまだ意識を保っていることにだ。


 ルンドによって磁器筒を投下させる場合、術薬の散布量は若干減るが、それでも人間が耐えられるものではない。

 外見に反して高い身体能力と薬物への耐性、そして術薬を一切使わずに蟲を操る能力から考えて、おそらくは加護持ちなのだろう。


 ルマイダもまた加護持ちであり、数十年に一人と言われた天才だ。

 しかしメィーツォの潜在能力は、その自分を大きく上回っていると彼女は感じていた。


 今回完勝できた理由は、メィーツォの実戦経験不足という一点のみ。彼は戦闘中、何度も迂闊な行動を見せている。

 もしも彼があと数度、命のやり取りを経験して生き残ったなら、セルボードのいないルマイダでは分が悪いと言わざるを得ないだろう。


 ルマイダは警戒を緩めることなく接近し、ナダロスから降りた。メィーツォの気配は敗北を認めているが、死を受け入れてはいない。

 策を残している人間特有の、ピリピリとした開き直りの雰囲気がルマイダを緊張させる。


「負けたよ。術師として完膚なきまでに負けた。僕はまだまだみたいだな」


 近付くルマイダに向けてメィーツォがそう言った。口調はしっかりしていて、やはり『夢幻』の効きが完全ではないようだ。


「負けたと思うなら、その何かを企んでいるような気配をなんとかしなよ。逃がす気はないから」

「……なるほどな。やることなすこと筒抜けだと思ったら、読心系の加護持ちか。そんな情報はなかったぞ、あのクソオヤジめ」


 メィーツォは苦々しい顔でそう吐き捨てる。

 クソオヤジという文言にルマイダは当然興味を持ったが、こういうのはただの撹乱の可能性もあるので鵜呑みにはできない。

 気配が見えるとは言っても、別に思考を全て読めるわけではないのだ。背後関係は秘術で喋らせるに限る。


 とりあえず眠らせてしまおうと考えたルマイダが磁器筒を取り出すと、メィーツォはあざけりの笑顔を浮かべた。


「僕をどうこうするのはやめた方がいい。僕が意識を失えば、アレを止められなくなるからな」

「……なんの話?」

「緊急時の策はちゃんと残しておくものだって話だよ。中層区に山貫犀やまぬきさいを置いてある。蟲に命じて、今まさに起こさせてるところ」


 ルマイダは驚愕する。そんなものをどうやって街に持ち込んだのかということもだが、今まさに起こさせているというのは……


「……市民を人質にする気なの?」

「物分かりが早いのはいいことだ。僕を逃がしてくれるなら、アレを暴れさせるのはやめてやる」


 それが嘘なのは一目でわかった。戦闘時のルマイダに虚言は通用しない。

 彼女は躊躇なく、メィーツォが地面についている左腕の肘を蹴り砕いた。メィーツォは痛苦を吠えてのたうちまわる。


「拷問は好きじゃないけど、それも状況次第だよ。二度と自分の手でご飯を食べられないようになりたい?」

「ぐぁ、さ、さっきも、言ったけど、僕をどうこうするのはやめておけ。ッ、激痛の中で蟲を制御するのは、僕には無理だ。山貫犀を止められなくなる」

「言う通りにしたところで止める気なんてないんでしょ? なら、今すぐに心を入れ替えてもらうしかないよ」


 言いながらメィーツォの右手の小指を踏み抜こうとしたルマイダが、突然によろめいた。顔を歪めて頭を押さえる。

 それを見たメィーツォの目に強い光が宿った。気配を探るまでもなく、逆転の好機を見つけた人間の表情だ。


 ルマイダは彼の髪を掴み、顎に渾身の膝打ちを入れて気絶させる。不調に付け込まれて逃がすことだけは避ける必要があった。


「ちょっと、使いすぎたかな。こういう状況を想定しなかったなんて、酷い失態」


 ルマイダは強烈な頭痛に襲われながら、ナダロスに持たれかかる。


 彼女の才能は無限に使い続けられるものではない。気配という大雑把で膨大な情報を処理するには、脳を酷使する必要がある。

 今回に至っては、周囲を満たす蟲の動きをメィーツォ越しに把握し続けていたのだ。普段よりも遥かに疲労が大きい。


「でも、動かないとね。魔獣をルンちゃんに見つけてもらって、倒さないと」


 無理やり体を動かしてナダロスに乗ろうとしたルマイダだったが、それはナダロスに拒まれてしまった。

 ルマイダが疑問の声を出す。


「ナディ? どうして……」


 ルマイダは明らかにもう戦える状態ではない。

 奥の手である神経覚醒系の術薬を使えば、この状態からでも鬼神のごとき戦闘力を発揮できる。だが、その代償はかなり高くつく。

 ナダロスはそんな彼女を戦場に連れて行かないと言っているのだ。ルマイダはそれを理解した。


「駄目だよナディ。気持ちはわかるけど、私が行かなきゃ」


 ナダロスはルマイダの言葉に取り合うことなく、騎乗を許可しなかった。ルマイダも本当はわかっている。打開策が存在することを。

 ルマイダもナダロスも、ライドならば山貫犀を倒せると感じていた。一人の犠牲もなしにというのは無理だろうが、それでも街は救えるはず。


 しかしそれを頼むことはあまりにも厚顔無恥であるとルマイダは思う。ただでさえライドは中層区の一掃を引き受け、達成した。

 そこから更に魔獣討伐をやらせるというのは筋が通ることではない。ルマイダはそう考えて、どうしても躊躇してしまう。

 市民を気にしながら山貫犀と戦うとなれば危険度は跳ね上がる。自分と彼の間に、命をかけろと言えるだけの繋がりがあるとは思えなかった。


 そうしてウジウジと悩んでいたルマイダは、ナダロスの前脚によって殴り倒される。

 爪を当てないように気を使ってはいたが、体重差が体重差なので見事に吹っ飛んだ。


「ちょ、なに!? ナディなんで!?」


 押し出すような打撃だったことに加え、綺麗に受け身をとったので怪我はしなかったものの、いきなりの暴力にルマイダは狼狽を隠せない。


 ナダロスはそんなルマイダの目をじっと見つめていた。失望はさせてくれるなと、瞳で語っている。

 目を合わせたまま数秒が経ち、ルマイダはため息をついた。


「……情けないご主人様でごめん。そうだよね。筋だの恥だの言ってる場合じゃなかった。いま私がするべきことなんて、決まってる」


 ルマイダが空に向かって細かく手を振ると、それでいいのだとばかりにナダロスが鼻を鳴らす。

 手信号を受けて降下してくるルンドを確認し、彼女は紙と筆記具を取り出した。


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