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奇剣と魔人

 テイトナに案内された最後の敵拠点は、大きめの食事宿だった。


 一階部分は扉や出窓が全て開け放たれた開放タイプの食堂となっており、カウンターで注文を出して受け取る形式だ。

 食堂内には、混雑する仕事終わりの時間を避けた客たちが集まり、思い思いに食事を楽しんでいる。

 目当ての宿泊施設は二階部分らしい。最近増築されたばかりのようで、外から見た建物の上半分は真新しかった。

 

 俺はこの店の端の方の席に陣取り、かなり遅い昼食をとっていた。

 メニューは蒸し野菜に燻製肉のスライスを乗せたもの、煮出しスープ、主食の芋など。

 テイトナは腹が減っていないらしく、飲み物を頼んで俺が食べ終わるのを待っている。


 ちなみにこの国では、こういう店で酒は飲めない。将国では酒の取り扱いが資格制になっており、飲酒場所もかなり制限されている。

 基本的には資格を持った酩酊調節師の前でしか飲んではいけない。つまり大半の人間は自宅ですらアウト。違反すれば罪に問われる。


 これを知った時、俺はかの有名な禁酒法を思い出して眉をひそめてしまったわけだが、しかしこの政策は軍事戦略的な側面が強いらしい。


 ざっくり言えば、将国では宗教的な立ち位置の問題から酒の扱い、取り締まりについて激しい論争が巻き起こった時代がある。

 前国政元帥はそれにかこつけて酩酊調節の概念スローガンを広く打ち出し、国内の酒造能力の大部分を輸出に回した。

 その輸出酒は当時の戦争相手国の酒市場に流れ込み、酒相場を底値まで叩き落とす。つまり国家規模ソーシャル攻撃的廉売ダンピングを行ったわけだ。


 結果、敵国の経済に大打撃を与えることに成功。

 ジリ貧状態だった第一次河間(こうかん)戦争にギリギリ競り勝ち、奪った酒市場によって戦後の補填も成し遂げたのだとか。

 中央城塞にいた頃、副官が誇らしげにしていた説明ではそんな感じだった。うろ覚え気味だけど。


 そうして将国では恒常的に酒の大規模輸出を続けるようになり、治安や風紀の維持を名目に飲酒制限を強く残し続けた。

 戦争に勝利し、豊かな戦後を経験したことなどから不満は下火となり、さまざまな問題に対処しつつも今日まで来たそうだ。


 俺はさほど酒が好きではないので普段ならどうでもいい話なのだが、今日に限っては違う。

 先ほどの高級宿で行った清掃員作戦は、こういうところでは使えない。定期清掃するような店柄ではないしな。


 そこで登場するのが酒である。さっき倒した二人は、違法に購入したと思われる酒類を持っていた。

 暗殺工作員だろうと人の子なので酒の魔力には抗えないということなのかもしれないし、情報交換用の土産品ということもあり得るだろう。

 いずれにしても酒を必要としている可能性は高く、その方面から攻めてみようという考えだ。


 俺の救いの天使ことテイトナちゃんは酒の違法取引もいくらか経験しているそうなので、売買時の符丁は当然知っていた。

 

 試す価値はある。何と言っても、この作戦には失敗時のデメリットが少ない。

 酒売りの符丁を知らない奴が聞いても特には気にしないし、知ってる奴ならあえて官憲に通報したりはしない。

 狙いの獲物を釣れなかったところでどこも痛まない。ここは部屋数が少ないから、時間消費にしてもたかがしれている。


 そういうようなことを、久々の文明食を味わいながらテイトナに説明した。


「つまり、ビン回しをやればいいんだよね?」

「ビン回し?」

「宿とかに出向いて酒売りすることの隠語。小瓶に詰めたお酒を回すからビン回し」

「まんまじゃねーか」

「そういうものなの。難解にしたって誰も得しないもん」


 まあ、確かにわかりにくいよりはシンプルな方がいいのか。

 ウィットに富んだ隠語を使ったところで、客がそれを理解してくれるとも限らないのだし。


「そのビン回しって、どういう手順でやるんだ?」

「手順っていうほど複雑じゃないよ。単に声をかけて特定の言葉を伝えるだけ。この特定の言葉ってのは縄張りごとに違うし、定期的に変わるから、縄張り外でのビン回しはできないのが普通」


 私はできるけどね、と言って自分の顎を撫でるテイトナを適当に褒めておく。

 実際凄いことなのは間違いない。この子はかなり顔とアンテナが広いようだ。


 そんなふうにテイトナと話しながら、俺は目だけを動かして食堂内を観察をする。

 不自然な気配は感じられない。引っかかってくれるのを期待していたのだが。


 わざわざこういう人の集まる場所を拠点にしているのは、おそらく情報収集が目的だろう。

 それならば、店の端でこそこそと会話している俺たちに反応する奴がいるかもしれないと考えたわけだが、外れらしい。


「食い終わったし、上に行こうか」

「うん」


 やはり地道が一番だと心を入れ替えた俺は立ち上がり、空になった食器を戻すため、返却カウンターに向かった。

 カウンターに食器を置き、従業員に声をかけて銀柱貨二本と客室の鍵を交換する。


 鍵を確認しながら、階段に向かい歩いていると、食事中の若い男たちに声をかけられた。


「おい、兄ちゃん。ちょっと止まれや」


 なんだなんだと思いながら、そいつらの方を見る。

 こんな明るい時間に喧嘩でも売ってくるつもりだろうか。酒も入っていないはずなのに。


「真っ昼間からそんなガキ連れてお泊まりかよ、兄ちゃん。よくねぇな」

「そうだぜ。そういうのはそれ用の店と相手でやれや」


 男たちは俺を不審と軽蔑の目で見ている。しまった。確かにこのシチュエーションはヤバい。

 今の俺を客観的に見れば、いたいけな少女をかどわかし、宿の一室に連れ込もうとしてる小金持ち風の男だ。

 そりゃ注意の一つや二つはされるだろう。


 というか俺のことは別にいいとしても、テイトナがそういう目で見られてしまうのは困る。

 ここは彼女の地元なので、変な噂が立てば洒落にならない。テイトナもそれに思い至ったのか、困った顔をしている。


 俺はなんとか脳みそをフル回転させて言い訳を考え出し、爽やか笑みを顔面に貼り付けて男たちに返答した。

 

「ああ、それは誤解ですよ。私は見ての通り商人。上でするのは、ただの商談です」

「はぁん。商談ねぇ」


 筋肉質な男がまったく信じていないという表情で俺を睨んでくる。しかしこの程度でへこたれはしない。

 俺は肩にかけていた荷袋を下ろし、中の射箱を見られないように気をつけながら、あるものを取り出す。


「あ? なんだそれ?」

「特殊な鑑賞花ですよ。彼女との商談のために持ってきた見本品です。どうぞ、持ってみてください」


 そう言って、筋肉質な男に花を手渡す。


 これは花屋の可愛い店員の話術に乗せられて買わされた加工花だ。プリザーブドフラワーに似ている。

 だが、前世で見たことのあるプリザーブドフラワーより遥かに頑丈で、荷袋に入れたまま乱暴に扱っていたにも関わらず破損していない。

 花屋の店員によれば、本来なら花には使われないような極めて貴重な樹液を使用したものらしい。

 その樹液は固まると極端な透明性と高強度を持つので、武具の材料にしたり、重要文書を保存加工するのが本来の用途なのだとか。


「これは『凍った花』と呼ばれるもので、生きたままの美しさを保ちながらも枯れることのない美術品です」

「ほう……」

「この女の子は自分で貯めたお金を使って家族に花を贈りたいそうなのです。しかし彼女の家族は花が近くにあると、涙やくしゃみが止まらなくなる体質のようで」


 要するに花粉症ってことだ。この世界にもアレルギー持ちは一定数いる。前世と比べれば驚くほどに少ないが。


「おお、その病気なら知ってるぜ。花とか木を見ると鼻水出しまくるやつだろ?」

「そう、それです。なので花を贈るのは諦めていたそうなのですが、その『凍った花』ならそういった症状に見舞われることもありません」

「すげぇな」


 男たちは感心したような雰囲気で花を見ている。なんとかなりそうなので畳み掛けることにした。


「彼女は知り合いから紹介されましてね。何かいいものはないかと聞かれ、ならばとそれを持ってきたわけです」

「へぇ」

「荷袋のなかには他の種類も入れてあるのですが、外で広げて見せるというのも目立ちますからね。部屋を借りてそこで、と思いまして」

「なるほどなぁ。いや、変に疑って悪かったよ」

「お気になさらず。怪しい動きをしてしまった私にも非がありますから」


 俺に花を返しながら、バツが悪そうに謝ってくる男にそう言っておく。

 全部嘘なので、申し訳なさそうな反応をされるとこっちこそ申し訳なくなってくる。


「私には既に妻子がいます。ふしだらな真似はしないと誓いましょう」

「なら安心だ。嬢ちゃんも、家族への贈り物はいいことだ。頑張りな」

「ありがと」


 気まずそうに礼を言うテイトナを伴い、俺は男たちから離れた。彼らは今のハートフルストーリーを話題に盛り上がっている。

 なんとか窮地は脱したらしい。安心して一息ついた。

 まさかあの花がこうも役立つとは想像すらしていなかった。世の中何がどうなるかわからんもんだ。


「……よくあんなに次から次へと嘘が出てくるよね」

「ああ言わないと困っただろ?」

「そりゃそうだけどさー」


 息をするように虚言を吐きまくったことで、今度はテイトナに不信感を持たれてしまったようだ。世の中はままならないな。


 人付き合いの難しさを噛み締めながら階段を登り、二階に立つ。下の食堂の大きさに比べて二階は小さめだ。部屋数も一桁しかない。

 平屋は普通、上階の重さを支える想定では作られていないので、あとから増築するとなるとどうしても小さくなるものらしい。

 今の俺には都合がよかったが。


 借りた部屋へと向かい、扉を開けて室内を確認した。意外と狭くない縦長な形状で、小さめのベッドが奥に二つ置いてある。

 この宿が全室同じ間取りなのはテイトナに確認済み。ここを見ておけば後が楽だ。


 確認を終えて廊下に戻り、俺たちはそのまま作業に取り掛かった。

 やることは前回とほとんど変わらない。テイトナが扉を叩き、小声で何かを話す。

 最初の三部屋は外れ。四部屋目は反応したが、扉を開けた金髪女は明らかに無関係っぽかったので、酒は今夜持ってくると言って黙らせておく。


 更に一部屋を終えて、とうとう六部屋目。これは駄目かもしれないと感じ始めた俺は、次の作戦に頭を巡らせている。

 というか、そもそも留守という可能性もあるんだよな。

 テイトナによれば件の工作員さんたちは引きこもり気味らしいのだが、だからといって常に部屋で待機しているとは限らない。


 などと考える俺の前ではテイトナが六部屋目の扉を叩き、符丁となる言葉を囁いている。


「必要な火の灯りを持ってきたけど、いる?」


 どうやら『必要な火の灯り』というのが酒を示す暗号のようだ。安直に思えるが、そういうものなのだろう。

 俺がそう思っていると、部屋の中から反応があった。またしても女だ。


「……回し?」

「そう。点けるなら開けて。ロウソクを一三いちさんで」

「ロウソクで一三は渋すぎるでしょう。一二いちににならないの?」

「そんな点け方したら私が怒られちゃうよ。……全部なら考えなくもないけど」


 酒の話だとわかってなかったら何を言ってるのかまったくわからんところだ。

 いや、酒の話だと思いながら聞いててもところどころわからないけどな。ロウソクってなんだよ。

 疑問に唸る俺をよそに、彼女たちの交渉は続く。


「一二で全部ならいくらなの?」

「巻で四かな」

「それなら、悪くないかもね」


 女がそう答え、少しして扉が開いた。


「入りなさい」


 事前の取り決め通り、部屋には俺だけで入る。開いた隙間から体を滑り込ませ、後ろ手に扉を閉めた。

 女は面食らった顔をしている。部屋の奥では、五十代後半ほどに見える熟年の男がベッドに腰掛けていた。


「あなた誰? さっきの子は……」

「伝言を預かっている。ルマイダの処理に失敗したとのことだ」


 ルマイダの名前を出して反応を見ると、女は当然のように狼狽していた。いきなりこんなことを言われれば普通は驚くだろうな。

 さっき同じことを酒好き金髪女にやった時は、意味不明なことを言ってないで酒をよこせと怒られたが。


「……なんの話を」


 完全にクロのリアクションだったので最後まで喋らせない。裏拳で下顎を打ち抜いて失神させる。

 脳震盪特有の、棒のように硬直した体で倒れる女の腕を掴み、静かに落とす。


 部屋の奥にいた熟年の男は仲間がやられたというのに慌てることもなく、落ち着き払った動作で立ち上がった。

 中背の体を紺の貫頭衣で包み、ロマンスグレーの頭髪を後ろに撫でつけたダンディーな風貌。

 左手には剣が収められた鞘を握っている。ベッドの傍らに立つ男と俺の距離は、約五メートル。


 男は俺を眺めながら、のんびりした声で尋ねてきた。


「何者かな?」

「傭兵みたいなもんだ。悪事を企むお前らを排除すると大金が貰える」

「単純明快で羨ましいね。どうせなら僕もそういう任務がよかった」


 男は苦笑を浮かべ、剣の柄に右手を乗せる。その動きは緩やかで、ともすれば見逃してしまいそうなほど自然だった。

 強い、と確信する。殺気がまるで感じられない。


 殺気というのは、要するに攻撃の予兆のことだ。筋肉の動きや息遣い、視線の揺れに重心の傾き。

 そういった様々なファクターから読み取れる攻撃準備の情報を殺気と呼ぶ。

 だが俺の眼前にて構える男からは、それらが全く感じられない。薄い煙のように不確かでおぼろげな印象を受ける。


 まさに達人と呼べる腕前なのだろう。それだけの人物が、なぜこんなセコい仕事に携わっているのか気になった。


「なんで暗殺なんてショボいことやってるんだ? あんたなら他にいくらでも仕事あるだろ」

「ショボくはないさ。暗殺というのは一国を切り崩し得る大業だ」


 両者不動で会話しながらも、俺たちは既に戦いを始めている。敵を殺せる瞬間の探り合いだ。


 背負いっぱなしの荷袋に入った射箱を抜くのは無理だろう。こういう初手で戦いが決まってしまう状況では、集中力を切らした方が死ぬ。


「なんでこんな仕事をやっているかといえば、肉体の衰えによる配置換えかな。お上からのお達しだ」

「へぇ。配置換えの前は何をしてたんだ?」

「戦場であっちへこっちへと走り回っていたよ。でも寄る年波には勝てなくてね。孫娘に後を継いで貰って、こっちの仕事に移った」


 言葉を交わすことで、互いに相手の隙を作ろうとする。いつ攻撃が飛んでくるかわからない緊張感は、ヤスリのように精神を削っていく。


「戦争屋か。そういう部類には見えないけどな」

「奇剣士サロンといえば、北では結構有名なんだけどね」

「そんなことまで言っていいのか? 奇剣なんて聞いたら、戦い方にも見当は付くけど」


 俺のその質問を受けて、サロンという名前らしい男はさも愉快そうな声を出した。

 

「見当なんて付くはずないだろう。北の戦場で僕を知らない奴なんていない。それでも僕は、常に真正面からの奇襲を成功させてきた」


 サロンの全身に力が入る。必殺の攻撃を予感させる威圧。一瞬で膨れ上がった殺気。

 見え見えのフェイントだ。


 縦に長いこの部屋の構造で、五メートル離れた敵に抜き打ちの抜剣攻撃などできるわけがない。

 刀身を鞘より長くするギミック自体は存在するが、長い剣を振るったところで壁にぶつかるだけなのだから。


 しかし俺はその誘いに乗った。サロンに向かって大きく踏み込む。


 踏み込みに応じたサロンが音もなく剣を抜き放つ。俺はそれに意識を向けず、視界全体に集中する。

 そして鞘を握るサロンの左手に力が入った瞬間、散弾ではないと告げる勘に従って身をかわした。

 鯉口から高速の何かが飛び出し、俺の脇を抜けて後ろの扉に突き刺さる音を聞く。


 彼我の距離は残り三メートル。サロンが抜き放った剣には刀身がなかった。

 奴は右手で無刃の剣を抜き、左手で鞘を持った無防備な状態となりながら、鞘の鯉口を俺に突き付けている。


 剣はフェイクであり、本命は鞘に仕込んだ飛び道具。連射できたとしても、鞘の向きを見ていれば食らうことはない。

 タネが割れた奇術師など恐るるに足らず。――などとは思わなかった。


 俺は荷袋を肩から腕に滑らせつつ、全力で後ろに跳んだ。寸前まで俺の足があった場所を剣風が通過する。


 サロンは老齢間近とは思えぬ敏捷性で大きく右足を踏み込み、俺の下半身を狙う軌道で右腕を振るってきたのだ。

 一切の予備動作がなく、コマ落ちのようにすら見えたその一閃には、確かに斬撃の気配があった。避けていなければ片足を失っていたと断言できる。

 しかしサロンの右手は、今もって刀身のない柄を握ったままだ。つまりは……


「透明な剣か」

「……なんでバレちゃったのかなぁ」


 跳躍しながら取り出した射箱を構える俺に、サロンは苦笑を向けてくる。

 おそらく今のが決着用の終手ついてだったのだろう。負けを認めたのか、随分と清々しい雰囲気だった。


「君、もしかしてコレのこと知ってた?」


 そう言って、手に持った柄を下に向けるサロン。

 床を叩くような音が鳴る。凝視しても見えないが、不可視の刃が伸びているのだろう。

 すげーな、と思いながらも警戒は怠らない。射箱を向けたままで俺は答えた。


「知らん。刀身がないのに斬撃を感じたからそう思っただけだ」

「初見でよく避けられたね。普通は、いや普通じゃない奴でも、鞘の飛剣を凌いだら油断して透剣を食らってくれるものなのに」

「いつもなら気配で行動を読むんだけどな。今回は読めなかったから、あんたの経験と実力を信用した」


 奇手の直後の二手目。不用意に踏み込んだ敵を殺す何かが存在するという前提での決め打ちだ。

 もしもサロンが攻撃ではなく窓からの逃走を選んでいたなら、後方へと跳んだ俺にそれを追うすべはなかった。

 久々に賭けの要素が強い選択をしてしまったものだ。


「なるほど。異動してすぐの仕事でとんでもない化け物に当たってしまったな。死ぬまで現役を続けるなんて息巻かず、素直に引退してればよかったよ」


 やれやれ、とため息混じりに反省を語っているが、言葉ほど深刻そうには見えない。


「降伏するなら殺すつもりはないぞ。俺の目的は中層区に潜伏してる奴らの無力化だから、拷問もしない」


 降伏を勧めてみる。あまり人を殺すのは好きではないので、平和的に解決できるのならそれが一番いい。

 それに射箱を撃つと、音で周囲に異常を知られてしまうかもしれないから撃ちたくないというのもある。

 だがまあ、無理だろうなとも思っていた。


「降伏はできないな。義理もあるけど、何より僕の矜恃がそれを許さない」

「だよな」

「かと言って、射箱を持った君から逃げられるとも思えないしなぁ。雑兵が撃ってくるなら、何発でも躱せるんだけどね」


 奴は両腕を広げて、促すような目を向けてきた。

 要するにさっさと殺せということか。相手がそれを望むなら、俺は勝者の責務を果たすだけだ。

 サロンの胸部を狙い、打鎚トリガーに指をかける。発射音は、多分どうにでもなるだろう。

 

「最後の戦いが燃えるものでよかった。ありがとう」


 サロンは満足気に頷き。目を閉じた。その表情からは、未だ人生経験の浅い俺には測り切れない何かが垣間見える。


「俺も楽しかったよ。じゃあな」


 そして俺は打鎚を押し込む。高い音が響き、俺の仕事はようやく終わった。

 

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