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宿屋潜入大作戦

 太陽も幾分と傾き、昼というには遅く、夕方というには早い日中。


 俺は通りを横切り、三階建ての綺麗な宿に辿り着いた。木製の扉を押すと滑らかで軽い手応えが返ってくる。

 内装は豪勢という感じではなく、落ち着いた雰囲気に適度な調度品がマッチしていて確かにお洒落だ。女性人気も頷けた。


 段差を登ってカウンターの前に立ち、呼び鈴を鳴らす。すぐに人がやってきた。カジュアルな服を着こなした青年だ。

 かなり若いので最初は従業員だと思ったのだが、どうやら店主らしい。そう自己紹介された。

 俺は爽やかイケメンな店主に若干怯みながらも、いくつかの丁寧なやりとりを通してなんとか一室確保する。


 そして店主の先導で部屋に向かう。

白く塗られた壁には植物灯が等間隔で並んでおり、夜でも気兼ねなく歩けそうだ。

 小気味のいい音を立てる階段を登り、三階の部屋へと通された。店主が内開きの扉を開け、ドアノブを持ったまま先に入る。

 優雅な動作で入室を促されて部屋へと入り込んだ俺は、室内をざっと見回してから店主に声をかけた。


「いい部屋ですね。とても広く、開放感がある。家具の配置が工夫されているし、柔らかい色合いにもほっとする」

「恐れ入ります」


 イケメン店主はにこやかに返答する。その上品な物腰を見て、中央城塞辺りで高等教練でも受けたのかもしれないと思った。

 俺は更に口を動かす。


「気が早いと自分でも思いますが、次にこの街へ来る時はまたここに泊まりたいものですね」

「その時は是非、当店をご利用ください。ご用意を欠かさずお待ちしております」

「三階部分は全てここと同じ、二人部屋で?」

「三階の客室はこの部屋も含めて団体様用に設けておりますので、二名様以上でも快適にご宿泊いただけますよ」

「なるほど。それにしても店主殿は随分と綺麗な北西島語を話されていますね。もしかしてそちらの出身だったり?」

「いえ、私はコイラの出身です。若年の時分に中央で指導を受け、帰郷してこの店を開いた次第でして」

「それは素晴らしいことですねぇ。故郷を離れて勉学に励み、凱旋してこんなに立派な宿を構える。いや、私も見習いたい」

「恐縮です」

「ところで、ここよりお高い部屋もあるんでしょう?」

「ええ、ございます」

「一番高級な部屋はどんな感じなんですか? やっぱり豪華なんでしょうね。特徴などを教えてもらえませんか?」


 俺は木製のリクライニングチェアに腰掛け、荷物を置きながらも止まることなく喋り続けた。マシンガントークというやつだ。

 凄まじく鬱陶しい客であるはずだが、しかし店主のイケメンスマイルが崩れることはない。ニッコニコである。

 

「そうですね。三階南向きの角部屋で日当たりがよく、室内も広くとっております。ですが……」


 店主がタメを作る。


「この部屋もまた、当店自慢の一室でございます。お客様にご満足頂けるよう、誠心誠意努力させていただきますので、どうぞ心安らぐひとときをお楽しみください」

「あ、ああ、そうですね。今日はゆっくりとさせてもらいます」


 穏やかながらも迫力のある雰囲気を出され、俺は焦りつつ答える。

 それを聞いた店主は食事や風呂、飲酒について説明したあと、礼を二回して部屋の扉を閉じた。足音が遠ざかっていく。

 店主が去ったのを確認し、ずっと無言だったテイトナが話しかけてきた。


「怒られちゃったね」

「別に怒られてねーし。くつろげって言われただけだし」


 半笑いでからかわれ、やや恥ずかしさを感じた俺は不貞腐れた声を出す。いいんだよ、旅の恥はかき捨てなんだから。


「それで、盗れたか?」

「ほれっ」


 テイトナは鍵束を投げ渡してきた。受け止めると、チャラチャラという金属音が響く。

 数から見て、おそらくは全客室用の合鍵だ。これはどこの宿でもほぼ確実に用意されている。


「よくこんなのを無音でスれるもんだな。自分がやられたらと思うと不安になる」

「私は絶対にお兄さんみたいなのは狙わないけどね。その場で腕折られそう」


 そんなことしねーよ、と言いながら、俺は鍵束をいじる。

 テイトナに頼みたかったことの一つがこれだ。一緒に宿にチェックインして、俺が店主の気を引く間に鍵を拝借してもらう。

 鍵束はどこかに保管している場合と、店主やそれに準ずる人間が持ち歩く場合の二通りがあるが、彼は持ち歩く派だったらしい。

 もし保管派だったなら、俺がフロントでぶっ倒れて注意を引きつける予定だった。持ち歩いていてくれてよかった。


「この次は清掃員の真似ごとをして全室回るんだよね? やだなぁ」

「そう言わず頼むよ。なんか別で報酬付けるからさ」


 そう、このあとは楽しい楽しい客室巡りである。男の声より女の子の声の方が警戒されにくいので、こちらも彼女に協力してもらう。

 こういう地味で手間のかかる方法こそが確実なものなのだ。とは言っても、ある程度の目星は付いている。そんなに時間はかからないはず。


「まあ、多分すぐに当たりを引けると思うぞ。確約はできないけど」

「へぇ、楽しみ」


 テイトナは興味深そうな反応を見せる。彼女みたいな仕事をしていれば、その手の判別技術はいくら知っていても足りないだろうしな。

 だが期待に沿えるような凄い技とかではなく結構安直な考えなので、あまり目を輝かせないでほしい。


 俺は上着を脱ぎ、手ぬぐいをズボンの前に挟んで前掛けにすることで清掃員っぽい格好になった。テイトナも同じようなスタイルだ。


 鍵束から三階の分の鍵だけを外し、残りは階段の踊り場に置いておく。店主が紛失に気付いて戻ってきても、これで少しの間はごまかせる。

 そして自室の錠前じょうまえを五回開け閉めして解錠の感覚を覚えた。素早く開けられなければ、鍵を盗んだ意味がない。


「行くか」


 そんな俺たちの、準備万端で挑む一室目。


「あのー、清掃でぇーす。開けてくーださーい」


 扉を叩きながら、テイトナは間の抜けた声を発した。恐ろしいほどに才能ないな。こういうのは得意かと思ったのに。

 しかし扉は開いた。出てきたのは神経質そうな顔をした中年の男で、白くテラテラと輝く部屋着に身を包んでいる。いかにもな金持ちだな。

 この部屋はさっき店主から聞き出した三階南向きの角部屋、つまりスイートルーム的なところだ。


「……清掃の予定は朝だったはずだが?」

「それは日に一回の完全清掃でー、お客様に快適? に過ごしていただくために、定期的にお声をおかけしてるんですよっ」


 これは俺が事前に伝えておいた設定だ。こう言えば矛盾が出にくい。単に聞きそびれていただけだと普通は思うだろう。

 それにしてもテイトナの喋り方が安定しない。そんなに苦手だったのか、こういうの。


「不要だ。しばらくは放っておいてくれ」


 そう言って男は扉を閉じた。テイトナが俺の方を振り向き、小声で尋ねてくる。


「どうだった?」

「こいつじゃないな。次に行こう」


 静かに答えて歩き出そうとした俺は、服を掴まれて停止させられる。後ろを見ると、テイトナが眉根を寄せていた。

 今の寝不足らしき男に、何か違和感でもあったのだろうか。


「そうじゃなくて、私の演技のこと。高級宿の従業員っぽい?」

「……」


 笑い飛ばせばいいのか世辞を言えばいいのか判断に困る。あれで上手くできたと思うものなのだろうか。

 協力してもらっている立場なだけに、迂闊なことは言えない。ヘソを曲げられると物凄く困る。

 とりあえず褒めておこう。女のことで迷ったら、何も考えずに褒めとけって知り合いが言ってた。


「すっげー完璧だったよ。最高だな。これ本職でもいけるんじゃね?」

「マジで? なんか照れるなー」


 嬉しそうな顔で自分の顎を撫でるテイトナ。とても素直でいい子だ。楽しそうだからこれでよしとしよう。次だ次。


 そのままの流れでスイートルーム付近にある二つの部屋を確認したが、どちらも外れだった。

 三部屋目は留守だったので、鍵を使って侵入するも何もなし。高い部屋をとっていると思ったんだがな。


「全然じゃん。当たりはいつ引くの?」

「まだだ。まだたったの三部屋だ」

 

 俺を横目に見ながら呆れ顔を浮かべるテイトナへと言い訳しつつ、次の部屋に向かう。

 丘で襲ってきた連中の装備から考えて、潤沢な予算があるのは間違いない。

 金に余裕があり、高級宿に泊まるなら、より値段の高い部屋を選びそうなものだ。

 単純にその方が快適だというのもあるし、金持ちだと周囲にアピールすれば不自然な行動にも関心を持たれにくくなる。


 そう思ったのだが、このままだとタイムアップは近い。いくらなんでも店主が気づく前に全室試すのは無理だろう。


「すいまっせーん。定期清掃のお時間でーす」


 テイトナが四部屋目の扉を叩き、客商売を舐めたような喋り方で清掃を呼びかける。

 すると扉の中から女の声が聞こえてきた。


「さっきからうるさいですよ。掃除なんて朝一回やれば十分です。静かにしてください」

「いやぁ、私もこれが仕事なんで」


 金柱貨五十本のね、とテイトナは囁いた。そういうのは小声でも口に出すなよ。

 しかし、なんとなくこの部屋の女の声はクるものがあった。別にいやらしい意味ではない。

 俺はテイトナの耳元で指示を出す。


「食い下がれ。怒らせてもいい」

「了解……あのー、必要なら清掃以外の用事も承りますよ」

「必要ないからどこかへ行ってください」

「まあまあ、そう言わずに」

「いい加減にしなさい。これ以上迷惑をかけるなら、こんな宿出て行きます」


 この状況で扉を開けないというのは不自然じゃないだろうか。ここまでふざけた従業員に絡まれたら、普通は顔を見て文句を言いたくなるものだ。

 しかしこの程度ではなんの確証も得られない。俺の勘は既にゴーサインを出しているが、間違ってましたでは済まないこともある。


 俺は片手でテイトナを下がらせ、音を立てずに鍵穴へ鍵を差し込んだ。そして扉に耳を当てて、決定的な言葉を口にする。


「プロイからの伝言がある」


 扉の向こうで息を飲む気配。意味不明な名前を聞かされた人間のものではなく、嘘か本当かを考えている息遣いだ。

 俺は瞬時に解錠してドアノブを回し、内開きの扉を思いきり蹴り開けた。前に立っていたであろう女を吹っ飛ばす。

 直撃の手応えがあった。


「こらっ、キャスラ! 掃除用具を倒すなって言ってんだろ!」


 そう叫びながら部屋に飛び込む。今の騒音を聞いた他の客が、従業員のミスだと思ってくれるように祈る。


 室内には倒れている女と、射箱いばこに手を伸ばそうとしている若い男がいた。遅い。六メートルもないのだから、撃たせるわけがない。

 一瞬で接近し、肩を掴んで転がしてから、側頭部を蹴り抜いて気絶させた。


 俺はすぐに入り口の扉を閉じ、仰向けで倒れている女に近付いて意識が残っていないかを確認する。ちゃんと気絶してくれていた。

 鼻血を出しているが、見たところ鼻骨は砕けていない。反射的に腕で顔面をガードしたようだ。やるな。


 倒れたときに後頭部を打ったかもしれないが、多分死にはしないだろう。

 そう判断し、手早く二人の四肢と喉を潰して無力化しておいた。

 ダメージ的に大声を出せるとは思えないが、暗器男の例もあるので対策は必要だ。


 それから部屋を調べてみたものの、射箱以外にめぼしいものはなかった。一般的な旅荷物と、土産らしき違法酒類がいくつかある程度。

 計画書や報告書を持っていてくれたらよかったのだが、いくらなんでもそんな間抜けなことはしないか。


 男が使おうとしていた射箱を手にとって確認する。

 全長六十センチメートルほどで、ソウドオフショットガン的な大きさだ。これならギリギリ俺の荷袋に隠せるな。


 射箱とは、特に瞬発力に優れた魔獣の腱などを加工し、発射器に組み込んだ投射兵器だ。

 その名の通り細長い箱型で、手持ちのものは射箱、少人数が運んで設置するものは置箱、艦載用や拠点用のものは大箱と呼ばれる。

 構造的にはスリングショットに近いが、雷石らいせきを叩いて電流を発生させ、それによって射帯バンドを収縮させるという点で異なる。


 手持ち用の射箱でも厚い鋼板を撃ち抜くほどの威力を持ち、射程も相応。脅威度はかなり高い。

 こいつがあるせいで、俺は常に狙撃を警戒して生活する癖がついてしまった。


 しかし自分で使うとなれば便利な武器だ。せっかくなので持っていく。

 射箱の製造は開発元である北西の島国、議国ぎこくの独占状態であり、友好国にのみ制限付きで輸出されている。

 こうして軍の認可を通さず手に入れられる機会は滅多にない。


 やることを一通り終え、射箱と金属矢と替えの射帯を頂いて部屋を出ると、テイトナがなんとも言えないという顔で待っていた。


「終わった。次に行こう」

「……なんか、お兄さんについていって大丈夫なのかと思い始めた」

「今さらなに言ってんだよ。乗りかかった船なんだから最後まで一緒にいこうぜ」

「まあ、そうだね。いこっか」


 俺たちは自室で服と荷物を整えたあと、まだ拾われていなかった鍵束にさっき外した鍵を戻しておいた。いずれ気付くだろう。

 そして何食わぬ顔で宿を後にして、今は通りを進んでいる。

 

「次の拠点まで、どれくらいの距離なんだ?」

「そんなに遠くないよ。走ればすぐってくらい。走る?」

「目立って気付かれたら元も子もないから歩く」


 そう言った俺に、テイトナは愉快そうに笑いかけてくる。随分とご機嫌な様子だ。


「だよね。あー、でも宿のお仕事ごっこ楽しかった。裏稼業なんてやめてこっちに転身しようかな」

「……まずは接客の練習をしてからだな」

「なんで!? さっき完璧だって言ったじゃん!」


 怒り心頭で背中を叩いてくるテイトナをあしらいながら、最後の目的地へと向かう。

 長い一日がもうすぐ終わりそうだ。


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