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裏社会の情報網って凄い

 コネがなければコネを作ればいいじゃない作戦は、つつがなく成功した。


 暗器男の死体を漁ってから廃材の中に隠し、男がとっていた宿の部屋に侵入して痕跡を探ってみるも空振りに終わる。

 仲間の位置を示す情報どころか、まともに生活している形跡すらほとんどなかった。プロ根性の塊だな、あいつ。


 仕方がないのでカモを装い、スリか強盗を誘う作戦を実行することにした。

 俺に対して悪いことをしてきた悪者を適当に殴り、上司のところに連れていっていただこうという寸法である。


 通りに出て気ままに歩いていると、可愛らしい女店員が水をまいている花屋を見付けた。その店で土産用の乾燥花を購入。

 そして店員に『ここで少し人を待っても構わないか?』と尋ね、了承を得てしばらく立ち続ける。


 店員の女性はなかなかに話し上手で愛嬌があり、俺も殺伐とした気分を癒されつつ時間を潰すことができた。

 追加でクソ高い花を買わされたのはトーク料金だと思って納得しておく。暗器男から貰った金柱貨を一本消費してしまったが。


 そうこうしているとスリの少年が餌に食いつき、ほぼ望み通りの流れでこの街のアウトローと接点を持つことに成功した。

 今回はルマイダの時のように仲間を殺していないので、おそらく恨みは買っていない。


 一つ誤算だったのは、そのアウトローというのがルマイダよりも幼く見える少女だったことだろうか。

 テイトナと名乗った彼女はせいぜい十五、六といったところで、肩の上で揃えた黒髪を跳ねさせる姿から快活な印象を持った。

 服装はハーフパンツに胴布だけという軽装。ややダブつかせた着こなしだ。おそらく、内側に武器や道具を忍ばせている。

 仕事は盗みや禁制品の取引、情報屋などなど。しかし最近では違法行為を控え、主に情報売買で生計を立てているのだとか。


 歳はもう少し上の方がいいと二重の意味で思ったが、せっかく知り合えた希望の糸なので贅沢は言わない。

 それに彼女の性格は好きになれそうなものだった。知り合いの子供のために命をかけて交渉に挑む度胸は尊敬に値する。


「要約すると、お兄さんはこの街に潜伏してる工作員を排除するために雇われた傭兵で、連絡役を探し出して接触したけど勢い余って殺っちゃった。そのせいで完全にアテを失ったから、地元の盗っ人を釣って情報を集めさせようとした。ってこと?」

「そういうことだ」

「馬鹿じゃない?」

「……」


 口悪いなこの子。好きになれそうな性格だというのは保留にしておこう。


「唯一の情報源殺しちゃってどうすんの」

「どうしようもなくなったんだよ。反省してるんだからあんまり突っつくな」

「別にいいけどさー」


 現在、俺たちは薄暗い路地裏を歩きながら契約交渉を行っていた。交渉というか、俺の失敗をいじられているだけにも思えるが。

 

 ボンデンという名前らしいスリの少年は、目を覚ますなり恐慌状態に入ってしまったので、テイトナが落ち着かせて帰らせた。

 そこまでビビらせたつもりはなかったのだが、路地裏に連れ込まれて絞め落とされたらパニックになるのは当然なのかもしれない。

 冷静に考えると、子供相手にかなり酷いことをした気分になってくる。金が手に入ったらボンデンくんに慰謝料を渡そうと誓う。


「っていうか、商人の振りしてちょっかいかけられるのを待つってのも微妙な作戦だよね。誰も引っかからなかったらどうするつもりだったわけ?」

「いざとなったら自分から因縁を付けて回るつもりだった」

「……頭おかしい」


 失礼かつ不本意なことを言われてしまった。強く否定できないのが悲しいところだ。

 このまま彼女に罵られ続けるのも悪くはないかなと感じ始めたが、そんなことをしている場合ではなかったと思い出す。

 俺はそろそろ依頼の確認に入ることにした。


「本題に入るが、俺が欲しいのは黒糸蜘蛛の一件以降に入ってきた不自然な連中の情報だ」

「んー、まあ、それについては心当たりあるよ。というか、お兄さんの話を聞いていろいろと納得した」

「マジでか」


 いい方向に予想を裏切られる。正直、こんな下っ端っぽい女の子がこのレベルの情報を持っているとは思っていなかった。

 より顔の利く人間のところに案内してもらう前提で考えていただけに、手間が省けて万々歳だ。


「なら教えてくれ。金は払う」

「いや、待って。この内容で金柱貨五十はムチャだよ。騙されてるとしか思えないんだけど」


 深く考えず適当に大金を提示したのは失敗だったらしい。無駄に警戒心を植え付けてしまったようだ。

 俺はできるだけ誠実に見えるような顔付きを作り、テイトナを説得する。


「騙してない。今回のことは開拓領の行く末に関わる問題だ。この街をひっくり返される可能性があるんだから、それくらいの金が出るのは当然だろ」

「そういうもんかなぁ……」

「ああ、そういうもんだ」


 この言い方だと俺がお偉いさんに雇われていると勘違いさせてしまうかもしれないが、そんなことは一言も言っていない。


「頼むよ、テイトナ。俺はこの任務に賭けてるんだ」


 さっさと金を手に入れたいので、賭けているのは本当だ。今のところ、テイトナに対して嘘は一切ついていない。

 もしも誤解が生まれていたとしても、それは不幸な行き違いというやつである。

 バックに権力者がいると思ってくれた方が都合がいいのは認めるが。


 そんな卑劣な考えがこもった俺の言葉をどう解釈したのか、テイトナはかなり悩んだ様子を見せる。

 そしてたっぷりと時間をかけてから、苦悩が浮かぶ表情で口を開いた。


「……マジで五十本?」

「マジで五十本。手付金は今すぐ渡す」

「後から厄介ごとを持ち込まないって約束してくれる?」

「する。なんならこの場で誓約手形を作ってもいい。獣皮紙はあるぞ」


 俺がそう言うと、テイトナはため息をつき、大きく体を伸ばして両腕を振り上げた。

 完全に開き直った顔になっている。


「わかった。女は度胸だもんね。目の前に大金が転がってるのに投げ捨てちゃ、テイトナの名が泣くよ!」

「おっ、いいぞ! さすがテイトナだ! かっこいい!」

「もっと言って!」


 俺たちは謎のテンションに突入し、ひとしきり盛り上がったあと、深い虚しさに襲われながら仕事の話を始めた。


 テイトナの話によると、俺が言うところの工作員と思われる集団は四日前にこの街へと入ってきた。

 彼らは一人一人が別種の身分証明書を使用して番兵の審査をパスし、宿も三箇所とった上で別々に潜伏している。

 人数は街に来た時点で七人。うち二人は三日前に街を出てから帰っておらず、現在は五人。


 俺がついさっき殺してしまった暗器男は、街に残る五人の中の一人だったようだ。

 あいつが使っていた宿の他にも二箇所の拠点があり、二人ずつが待機している。定期連絡は朝鐘と夕鐘が鳴るタイミングで行っているらしい。


「で、あそこがその二箇所のうちの片方。『土まみれのウサギ』って宿屋だよ。湯浴み所があって女性にも人気のお洒落宿。私調べでは四つ指評価」

「細かい説明ありがとよ」


 通りを一つ挟んだ先の建物を指して語るテイトナに、俺はやや雑な礼を返した。

 結構どうでもいい情報が混じっていたが、あえて突っ込むことはせずスルーしておく。

 ちなみに四つ指というのは、片手の指を立てて店や品物を評価するというこの辺りの風習に由来する。

 四つ指以上は高級役務官などが利用する店に付くのが普通なので、中層区の宿としては最上級ということだろう。

 

 しかし俺には、そんな女の子が喜びそうなお洒落ホテル情報よりも気になることがあった。


「情報を求めたのは俺だけど、いくらなんでも詳しすぎないか? 都市部で身を潜めてる人間の行動がこうも明らかになってるとか怖いんだけど」

「裏地区の監視能力を舐めちゃだめだよ。私たちはいつでもどこでもアナタを見ています」


 ドヤ顔でそう言うテイトナに真剣味はなかったが、本当だとしたらとても恐ろしい話だ。

 その場合、俺の行動もしっかり見られていたということになる。


 宿屋から男を連れ出して路地裏でそいつの金玉を潰し、首を踏み折って廃材の中に放り込んだこと。

 それから何食わぬ顔で可愛い花屋の店員さんと歓談していたこと。更にそのあとは少年を路地裏に引きずり込み、首を絞めて気絶させたこと。

 その少年を追ってきた少女に大金をチラつかせて仕事を強要していることなどなどが、どこかの誰かに掴まれているとしたら……


「こえーよ。え、マジで? 冗談だろ?」

「いや、そんな必死になんなくても……冗談に決まってるじゃん」


 詰め寄る俺に両手を向けて、引き気味になだめてくるテイトナ。本当に冗談なのだろうか。

 本当は本当なのだが冗談ということにしておくために本当は冗談だと言っているだけではないのか。

 テイトナは恐れおののく俺を頑張って落ち着かせつつ、詳細を語ってくれる。


「その工作員さんたち、最初は裏地区の人間にも気付かれてなかったよ。ほとんど完璧な偽装だったしね」


 でも、とテイトナは繋げた。


「別件で監視対象になってた奴と工作員さんの一人が接触したらしくてね。そこから芋づる式に調査された感じ」

「それはまた、運が悪いというかヘマをしたというか」

「ホントにねー。あくまで補足調査のつもりだったらしいんだけど、不自然なところが出るわ出るわで噂になってるわけよ」


 そういう事情だったわけか。そこまで運のない奴もいるんだな。暗殺部隊の中には疫病神がいるらしい。


「私の先輩なんかは『コイラ転覆を企む革命集団だ!』とか言ってて笑ってたんだけど、お兄さんの話を聞くとあながち間違いでもなさそうでびっくりした」

「まあ、似たようなもんだな」


 実際は権力闘争だが、カルデニオが死ねばこの街が転覆するのは間違いないので当たらずとも遠からずだ。

 ちなみに、テイトナに対して細かい事情は話していない。大雑把に『この街にとって危険な工作員が潜入している』と言っただけだ。

 彼女も巻き込まれたくなかったらしく、あまり深くは聞いてこなかった。


 疑問が解決したことだし、そろそろ取り掛かるとするか。ゆっくりしている余裕があるわけでもない。


「連中が泊まってる部屋はわかるか?」

「さすがにそこまでは知らないよ。先輩に聞きに行けば教えてくれるかもしれないけど」

「それは面倒な上に時間も惜しいな」


 又聞きのようだし、細かいところまで把握していないのは仕方ないか。そして今から引き返して先輩とやらに会いに行くのもキツい。

 特に妙案を思い付けなかった俺は、基本に忠実な方法を選ぶことにした。テイトナの手を煩わせてしまうのがアレだが。


「ところでテイトナ。あの宿に泊まったことある?」

「え? いや、ないよ」

「あの宿の人間に、顔を知られてると思うか?」

「……それもないはずだけど、なんで?」


 警戒心を露わにしているテイトナに、できるだけ優しい声で俺は言った。


「予想はできてるだろうけど、追加で頼みたいことがある。協力してくれ」


 

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