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SHIELD  作者: ミヤモト リオ
第一章 学園編
6/13

第五話 転移魔窟

更新遅くなりまして申し訳ありませんでした。次回以降二週間以内ずつでの更新となります。

 切欠は、ロディアの発言であった。


「なんだか、最近あたしが依頼を選んでばかりじゃない?」


 三人が揃って訓練をしている最中の、ふとした呟きである。シルトとアルバは恒例の組み手――というか実戦形式での訓練を、ロディアはあらゆる魔術の基礎である《門》の開閉と魔力の循環を行っていた。攻撃の手を止めないまま、アルバが声をあげる。


「……それが、どうかしたのか?」

「偶には、あんたたちも選んでみたら? ってこと」


 随分突然だな、とシルトは思った。とは言え、言っていることには納得する。自分のやりたい依頼をこなすのも悪くないものだ。向上心の芽生えにつながることもある。何よりやり甲斐が段違いだ。


「分かった。なら、明日は俺が何か――むんッ!――持ってこよう」

「え? ちょっと待って、よッ!」


 肘から先を振り子にするように、アルバが両の剣を振り下ろす。盾を寝かせながら掲げてそれを受け止め、押し返すシルトは、不満げに反論の声を上げた。


「明日の依頼は――ほっ、はっ、うわっ、とと――僕が持って来るよ」


 アルバは、連撃の手を止めない。左の打ち込み、右で薙ぎ払い、再び左で突く。右回し蹴りからの左の剣、右の膝を打ち込む素振りで隙を繋いでからの両の剣で挟むような斬撃。


「あんたら、よくそんな速く動きながら話せるわね……。しかし、二人ともあたしが言い出さなかったら依頼なんて面倒だからとかなんとかいいそうなもんなのに――負けず嫌いみたい」


 要するに、片方(アルバ)がやると言い出したからもう一人(シルト)も対抗したんだろうと、そういうことである。


「そうだが」

「少なくともアルバには負けたくないね――うわ! アルバ、なんだか今日攻撃激しくない!?」

「負けず嫌いだからな」


 姿勢を低くして急接近してからの右での切り上げ。咄嗟に後退してかわしたシルトが何かに気付いたように盾を左手に突き出す。そこにアルバの左の剣が当たる。

 そして、めまぐるしく動くアルバの四肢と、それを目で追いながら盾を微動させて全て受けるか逸らすかのどちらかをするシルト。


「ああ、そういえばそうだったわね」


 二人が会話をやめ、一人蚊帳の外になったロディアは諦めたように溜息を吐いて、魔力の循環速度を僅かに上げる。

 結局、翌日の依頼を選ぶのが誰なのかを決めるのは、訓練が終わってからとなった。紆余曲折、益体もない話し合いの結果、最終的にはコイントスで、アルバに決定した。



 そして翌日に彼が持ってきた依頼は、Dランク級《転移魔窟(モンスターハウス)》の討伐(、、)だった。

 転移魔窟はその腹の中に数多くの魔物を飼う大型の魔物であり、『食べた』冒険者の消化をそれらの魔物に任せるという奇妙な生態を持っている。


 その危険度は腹の中の魔物次第で、その魔物を全て倒せば転移魔窟がその冒険者を『吐き出す』。これを討伐するには、転移魔窟に吐き出される前にその(かべ)を突き破らなくてはならない。

 しかし、それは非常に弾力性に富んでいて、打撃での破壊は非常に難しい。しかしといって、斬るのは簡単かといえばそういう訳でもない。

 では、どうするべきかといえば。


『強い打撃を受けて張っている状態で、斬撃を与える。』


 これが、転移魔窟の倒し方だ。


「うひゃあ、Dランクの転移魔窟かよ」


 シルトは情けなく呟いた。攻撃手段を持たない彼にとって、とんでもない数の魔物の攻撃から、自分を含め四人を守らなければならないというのは中々大変なのだ。


「どこの迷宮なの?」

「《鬼ヶ穴》だ」

「なんだ、人型ばっかりのとこか」

「一応Dランクらしいが、Cに認定するか結構揉めたらしい。油断はしないようにな」

「ああ、うん」


 シルトは、本当に分かっているのか不安になるような等閑な返事をした。ロディアは軽く溜め息を吐いて(スタッフ)でシルトを小突く。


「ほら、行くわよ」

「そうだな、さっさと済ませよう」

「了解ー」


 シルトは普段使う楕円のものより一回り小さい、円の手盾を装備し、右手には念の為とボロボロの安い鉈。

 アルバは何時も通りの双剣で、右手は速度重視の軽いもの、左手はとどめを刺すための重く鋭いものを持っている。

 ロディアだけは全く変わらず、ローブに杖だけだ。



 《鬼ヶ穴》はその名の通り、角を生やした人型の魔物が多く出る迷宮である。一応Cランクという分類でこそあるが、《小鬼(ゴブリン)》や《犬鬼(コボルド)》《豚鬼(オーク)》等の雑魚はもとより、最奥――一般の迷宮の最奥部とされる十階層の、更にその先には《鬼骸骨(スケルトンオーガ)》や《東北鬼(ナマハゲ)》、更には《古鬼王(シュテン)》などの危険な魔物まで生息しており、全てを踏破するならばBランク級にもなりかねないという。


「まあ、転移魔窟の目撃情報は五階層だし、問題はない筈よね」


 比較的狭いこの迷宮で、五階層はそう遠くない。しかしシルト達は四階層で、珍しい魔物――と、それと戦う冒険者に出会(でくわ)していた。


 魔物の方は、《外道戦鬼(アウトレイジオーガ)》である。

 戦鬼の亜種と言われるこの魔物は、青黒い肌と一本だけの角を持ち、その手には巨大な棍棒を抱えている。

 この鬼は、純粋な戦闘力は戦鬼に比べて遥かに劣るが――卑怯だ。

 奇襲、目潰し、暗器は当然、他の魔物すら利用して攻撃する。人質を取ったという報告まである程だ。


 それと相対する冒険者は――輝く金髪を長く伸ばした少女である。色彩に僅かに混ざっているのか、シルトは最初緑の髪をしているように見えた。

 《人龍(ドラゴノイド)》の鱗すら突き破る、対魔物用の短弓を構えている。弓の意匠と色から、龍種の骨で作られたものと見られる。弦は恐らく《麒麟(ジラフリン)》の鬣製だ。装備しているのはレザー製の簡素な鎧だが、何故だろうか、非常に気品がある。明らかに高級品だ。

 ――どこかの貴族だろうか、とシルト達は思った。

 本来、冒険者同士ではここで加勢するべきかどうかを確かめるべきなのだろうが、その冒険者が貴族であれば下手を打って機嫌を損ねるのは拙い。彼女が腰に括った矢筒には未だ十分な矢が入っているようであったし、大した怪我も見られない。更に相手にしているのが外道戦鬼という特殊な魔物であることも相まって、彼らは顔を見合わせて立ち止まることを決断した。

 危ないようであれば手助けすればいいだろう、という寸法である。


 少女は、弓に番えた三本の矢を撃つ。連射ではない。一度に三本を撃ったのである。

 しかし当てずっぽうでもない。鬼は横っ飛びに跳んで回避しようとするが、的確に狙いを定められた矢は、三本のうち二本が脇腹に突き刺さった。

 しかし、外道戦鬼は少女が弓を撃った後の硬直を狙ったのか、痛みに固まることをせずに直進する。駆け寄りざまの一撃はしかし空ぶった。大きく姿勢を崩す。


「ふ――ッ!」


 バックステップしながら、連射。一発、二発、三発。駄目押しの四発目まで、全て右腕に突き刺さる。鬼は苦悶の叫びを上げた。目に怒りの炎を宿して、自身の腕をお陀仏にした憎き少女を睨みつける。飄々としたまま、少女は次の矢を番えた。


「ォオオオオオオオオオオ!!」


 ダン、と踏み込んで大きく前方に跳ぶ。例え避けられても風圧で吹き飛ばさんと、気合と怒りをありったけ込めた横薙ぎ。ここで後方に回避する――ことはしなかった。少女は地面と平行になるかというほどに前のめり、ぐりんと回転、仰け反った姿勢。鬼の顎の下に矢の先端を当て、超至近距離で撃つ。

 しかし、必殺と思われたその一撃は、寸前で上体を逸らした外道戦鬼の顎に浅い切り傷をつけただけに終わった。

 鬼は自身の圧倒的不利を悟ったか、棍棒を左手に持ち替えて、地面に向けて叩きつけた。砂埃による目くらましだ。

 少女は数歩下がって、微かに見える鬼の影に目を凝らす。


 そして一方で、シルト達は緊張を僅かに高めた。外道戦鬼が土埃を巻き上げたときのパターンの一つ。こればかりは冒険者の中でもあまり有名ではない話だが――悪知恵の働く者の、常套手段。

 即ち、


「僕が行くよ。もう一体は、アルバとロディアだけでも大丈夫だよね」


 新手である。

 これまた卑怯者の常套手段、背後からの奇襲だ。

 少女の頭目掛けて、音もなく棍棒が振り下ろされる。


「……っ、とぉ」

「――あら」


 人の身体が潰れる鈍い音――の、代わりに。危なげなく突き出された盾と棍棒がぶつかる甲高い音が響いた。攻撃されていたというより、それを第三者が防いだことに驚いたという風体で少女が呟いた。シルトは余計なことしたかな、と思いつつ、盾で棍棒を絡めるようにして姿勢を崩させる。


「ゥ――rrrrロォオオオオ!!!」


 二頭目の外道戦鬼は怒声でシルト達に僅かな隙を作り、飛び退った。


「こっちはあの二人に任せて、あっちを手早く済ませよう! 動きを止めるのは全部やるから、的当て気分で撃ってくれ。間違っても僕には当てるなよ?」

「え――ええ。分かりました」


 シルトと少女は手負いの方へ、アルバとロディアは新手の方へ。

 シルトは、鬼が左手で打ち出す打撃を、淡々と受け続ける。場所を移動しながら戦うべきと頭では理解しているのかもしれないが、防御のタイミングと絶妙な力加減に翻弄され、鬼は一箇所にとどまって攻撃し続けた。

 結果。


「的当て気分っていうのは――誇張じゃなかったみたいですね。素晴らしいです」


 まずは眼球。ぐちゅっ、というか、ぶちゅっというか、なんともえげつない音と共に今までのものより一際大きな絶叫が鳴り響く。


「うわぁ」


 めちゃくちゃに振り回され始めた四肢を防ぎながら、シルトは呻いた。決して血液ではない体液が、眼窩から飛び散ったのを目の前で見せられたのである。

 がん、がん、がんと、盾と棍棒がぶつかりあう。三十秒程防ぎ続けたところで、シルトは一向に追撃が来ていないことに気付いた。

 まさか、と目線で後ろを確認するが、彼女は無事だ。ぼーっと立ち尽くしている。


「……って、とどめは?」

「え? あなたがするのでは……?」

「……? ああ、そうだ。僕攻撃出来ないから、任せたよ」

「攻撃、出来ない……? ま、まあ、分かりました」


 首を傾げたのも束の間、即座に一発。鬼の喉笛に突き立って、ビィーーン、と矢が震えた。


 あっちはどうかな、とシルトは振り返る。アルバとシルトに怪我はなく、決着は間もないように見えた。

 

 ロディアの、とんでもない速度での詠唱。


「《水よ》《我が魔力を糧に》《氷柱となり》《刺し貫け》《アイスニードル・トライデント》!」


 三本の氷柱が、虚空から射出された。外道戦鬼の腕と腹部に突き刺さる。


「グォ――」


 痛みに叫ぶ暇は、与えない。 目にも止まらない速さで繰り出されるアルバの連撃が、鬼の腕に、腹に、首筋に、深い傷を与える。噴水のように噴出した赤い血が、床を、壁を、そして何より鬼自身をおどろおどろしく染め上げる。

 近寄るな、と振るった棍棒は、しかし明らかな悪手だ。


「すぅ――ハッ!!」


 その棍棒を持つ腕を踏み台にして、二歩で空中に浮かび上がる。目を見開く鬼が、その腕を振るう前に、アルバはその右手に握った短い剣を突き立てて、短い戦の幕を引いた。


「お疲れ、アルバ、ロディア」


 ――――まだ使える矢を回収するのを手伝ってから、シルトは二人に声をかけた。剣の血を拭ったアルバが、いつも通り素っ気無く返す。


「そっちもな」

「お疲れ。じゃ、行きましょうか。――余計な手助けだったかも知れませんが、ご容赦ください」


 ぺこり、とロディアが頭を下げた。残る二人も思い出したように追随する。


「あ、いえ――というか、こちらこそありがとうございます」


 助けていただいたのに、と一礼。綺麗な髪をした人だ、とシルトはぼんやり考えた。


「それでは、私どもはこれで。武運を祈ります」


 あっさりと踵を返して歩き出す。礼儀に疎いシルトとアルバは、顔を見合わせてから彼女を追った。しかし数歩も歩かないうちに、背後から控えめな呼びかけ。ロディアがぴたりと止まって振り向く。


「あの――申し訳ありませんが、少し、この迷宮の探索をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」



 ◆◇――――◇◆



「私は、イリーナ・アル――いえ、すみません。イリーナといいます」


 その後、とりあえず少しばかり情報交換をしようということで広場を探して簡易的な休憩を取る事にした。各々が楽な姿勢で座って、話をする。最初は、少女――イリーナの自己紹介からであった。三人も、それに習う。

 

「ロディアです」

「シルトです」

「アルバだ」


 ロディアがアルバの足を抓った。


「……アルバ、です」

「あ、敬語なんて使わなくて構わないですよ?」

「いえ、そういう訳には――」

「暫定的にですが、私は貴族ではないと思っていただいて結構ですし」


 ね? と首を傾げる。「え、ええ……じゃあ」とぎこちなく頷いたロディアが、助けを求めるようにシルト達を見た。どうやら、こういうタイプの貴族は苦手のようだ。畏まらなくていいのなら、とシルトは口を開いた。


「それで、イリーナさんは弓――後衛なのに、どうして一人で探索を?」

「いえ、まあ……。用事があったのはこの階層だったので、一人でも大丈夫と――これは自惚れですね。恥ずかしいから忘れてください」

「というか、あんたは敬語のままなのか」


 今度は鋭い肘うちが脇腹に入って、アルバは悶絶した。それを見ながら、イリーナはふふ、と口元に手をやって笑う。


「これは素ですので、お気になさらず」

「素か」

「素です」


 ふむ、とアルバは頷いて下がった。ロディアは最早諦めたのか、天井を仰いで溜息を吐いている。

 こりゃ駄目そうだな、とシルトが再び口を開いた。


「まあ、確かにイリーナさんの実力なら全然問題なさそうだし、ここに一人でいたのはいいとして。それで、さっきのお願いはどういうことだったのさ?」

「ああ、そうですね。いえ、当初の予定だとこのあたりで帰るつもりで、装備もそれ相応のものしかないんですが、貴方方(あなたがた)と一緒ならばもっと下まで行けそうですし、何よりシルトさんの防御をもっと見たいと思いまして」

「僕の防御?」


 聞き返したシルトに頷いて、彼女は神妙な顔で続けた。


「ええ。私のような後衛にとって、貴方の防御術はとてつもなくありがたいものです。生憎既にパーティーを組まれているようなので、今日だけでも一緒に探索できると嬉しいな、と。図々しい我儘で申し訳ないですけれど」

「ああ、いえ……」


 面と向かって言われるのは照れくさい。シルトは頬をかいた。一方でロディアは、まあそれだけじゃないんだろうけど、と口の中だけで呟く。幸いにも誰にも聞きとがめられることはなかった。


「僕達も五階層までしか潜らないから、そんなに一緒には居られそうにないんだけど」

「……五階層というと――転移魔窟ですか?」

「うん。依頼でね。僕達、まだ学生だし、明日も授業だからできる限り早く戻らないとなんだ。そのせいであんまり予定外の行動は出来ないんだよ」

「学生――というと」

「まあ、王都のあれだよ。日帰りで出来る依頼しか請けられないけど、十八歳にならなくても冒険者紛いのことは出来るからね」


 一応、この国では十八歳から冒険者になることができるという規定が成されている。年齢を正しく把握する類の魔術は存在しないため、嘘を吐くことは容易だが、万一発覚した場合はペナルティが課せられる仕組みだ。それが、王立冒険者育成学園に入れば依頼を請けることが出来るのである。学園の倍率が高い原因はそこにもあった。


「そうですか。でも、転移魔窟でしたら私も手伝えると思いますよ」


 転移魔窟の胃の中は狭い。その為、弓は本来使いづらい武器のはずだ。だが、先ほどの戦いを見ていた三人に疑いはなかった。


「分かりました。では、少しばかりお付き合いください」


 敬語の抜けないロディアが言って、残る二人も「よろしく」と軽く会釈。微笑んだイリーナが、こちらこそ、と軽やかに笑った。

 


 ところで。転移魔窟の特性について、何故内部から攻撃しなければならないかというと――その、ステルス性の高さが原因である。対象に一切気付かれることなく近寄り、飲み込むのだ。しかし、その移動速度はそこまで速くない。

 で、あるからして。かの魔物が冒険者をその腹の中に収める方法は、休憩中を襲うか、或いはもっと簡単に、待ち伏せをするかである。


「きゃあ!?」

「うわぁ!?」

「うぉっ!」

「きゃっ!?」


 シルト達も例に漏れず、四人で歩いていたところを食べられた。転移魔窟に独特の浮遊感と落下感が襲い、数瞬後に彼らは(はら)の上に落ちた。

 「痛い」などと暢気に言っている場合ではない。うかうかしていればすぐに囲まれて袋叩きにされかねないので、四人は瞬時に立ち上がり、各々の武器を構えた。

 そこそこの広さの部屋(いぶくろ)の中に、およそ四十程度の魔物がいる。小鬼や豚鬼ばかりだが、ちらほらと小さめの戦鬼の姿も見られる。


「イリーナさん、万が一ということもあるから、僕の近くからあんまり離れ過ぎないようにしてね。ロディアは言わずもがなだけど……。アルバはあんまり好き勝手に動かないでよ。フォローが大変だから」

「分かりました」

「わかってるわ」

「……善処する」


 恐らく一番大変な壁役の声に頷いて、直後に戦闘は開始された。



 ◆◇――――◇◆



 二足歩行型の魔物の最も恐ろしい部分は『知性がある』ということだ。

 その知能の発達具合は種類によって様々で、先程イリーナやシルト達が倒した外道戦鬼などは只管(ひたすら)に『敵を倒す』ということだけの為にその進化を遂げている。

 逆に、犬鬼達のように『食糧を入手する』ことに特化した魔物は、自分よりも強い相手には中々手を出さないという性質を持っている。

 このように知性を持った魔物達は、集団となると非常に危険である。戦術を使って戦うことこそ出来ないが、一斉攻撃や不意打ち、囮程度のことはやってのける。


「まあそうは言っても、これだけ狭い中に何体も居れば、倒しやすいわよね」


 逸らされた犬鬼の剣が目の前を掠めるのを見ながら、ロディアは呟いた。

 真横に並んだイリーナが、その弓で一匹ずつ着々と仕留めていくのを横目で見て、彼女は自身の内側で《門》の準備にかかる。


「みんな! 狙いつけないから、三数えたら伏せて!」


 怒鳴るように言って、詠唱開始。三。

 アルバがまた三体ほど豚鬼を仕留めた、ぶん、と剣を振って血を落とす。


「《水よ》《我が魔力を喰らい》《刃となりて》――」


 二。

 ちらりと周囲を窺って、ロディアは更に舌を回す。シルトが周囲の子鬼を蹴った。 


「――《我に仇為す》《あらゆる存在を》《捻り斬り》――」


 一。

 イリーナが四本ほど連続で撃って、全て戦鬼に当てる。怒鳴り声が空気を振るわせた。

 全員が息を吸いこみ、上体を下げ始める。

 

「――《裂き誇れ》《アクアフルール》ッ!!」


 零。

 ばしゃあ、という水音。

 ロディアの身体を中心にして、円盤状に噴射された水が空間を走り抜ける。撒き散らされた血液の音と、水が壁にぶつかる音が混ざり合う。

 今彼女が使ったのは、魔力大量消費型の、高威力・広範囲魔術である。所謂『上級魔術』というものだ。冒険者の中でも相当に高位の者しか使用できないレベルの代物だ。少なくとも、一介の学生が使用するようなものではない。

 それ故に矢張り魔力の消費は馬鹿にならない。今ので七割近くを持っていかれた、とロディアは嘆いた。


「うわ」


 伏せた、というより、転んだような姿勢で、シルトが呟いた。飛び散った血飛沫が、彼のコートをおどろおどろしく染め上げている。ロディアに貰った一張羅なのに……と呟く。

 何はともあれ今ので大方片付いたのだ。残った鬼を数体狩って、後は壁を切って脱出するのみ。


 ――と、思われたのだが。


「ん?」


 最初に異変に気付いたのはアルバであった。膝を付いて地面(・・)に手をやる。

 次いで、シルトとイリーナ、最後にロディアが察知した。


「揺れて、る?」

「揺れてます」

「大きいわね」


 地震というには、些か揺れ方がおかしい。いうなれば――何かの蠕動と言った所か。

 転移魔窟、大きな揺れ。この二つの要素が重なった場合のことを想像して、全員が表情を固くした。

 抜けかけた気を引き締め直して、全員が各々の武器の位置を僅かに上げる。

 直後、部屋(いぶくろ)の一部に、多量の魔力が集中した。


「来るッ!」


 シルトの声。眩い光が部屋を包み、四人は目を閉じて――――


「う……わぁ」


 ――見渡す限り、視界の中は鬼ばかり。

 先程よりも数割増しになった、鬼の大群。

 転移魔窟の、食事。胃袋の中の胃液の補充という最悪のタイミングに、彼らは遭遇した。

 しかし、それにしても。


「戦鬼ばっかりだ」

「そうだな」


 戦鬼ばかり、およそ三十。他、豚鬼、子鬼、犬鬼が十程度か。

 一体一体ならば苦戦せずに倒せるとは言え、この数は流石に拙い。

 何より、全員が消耗している。シルトは盾を握るてが僅かに痺れ出したし、アルバは血で剣の切れ味が落ちている。ロディアは自分の残存魔力量を確認して渋い顔をしていて、イリーナに到っては既に残りの矢が三十を切った。


「……絶体絶命ですか?」


 イリーナが呟いた。状況だけを見れば、そう思えないこともないが――


「……どうしようか」

「シルト、アレ(・・)、行く?」


 シルトはかぶりを振った。この数ならば、死力を尽くせば倒せないこともない。


「いや、まだ大丈夫。何とかして、僕とアルバで戦鬼は全部倒すから。二人は他の処理を任せた」

「そういうことだ。頼んだぞ」


 コートのフードを目深に被って、シルトは盾を眼前に掲げ持った。アルバが横に並ぶ。

 ロディアは心配そうに二人を一瞥した後、迷いを振り切るように頭を振る。そして、残り少ない自分の魔力を最大限に生かすため、門を本気で稼動させた。


 イリーナが、何故か小さく溜息を吐いた。


「う、ぉおおおおおおおおおお!!」


 先陣を切ったシルトが、雄たけびを上げて走る。追随するアルバに攻撃を届かせてはならないと、自分自身が盾となって。


 弾く。逸らす。叩く。押しのける。

 防ぐ。防ぐ、防いで防いで、守って――――




「……終わったと見て、いいのかしら」


 ぐったりと杖に寄り掛かったロディアの呟きに、うめき声のような返事が三つ。どれにも、痛みを堪える様な様子はない。自分の知らぬうちに怪我をした者がいなかったことに、シルトはほっと息を吐いた。アルバが脚に軽く一撃貰い、イリーナとロディアも身体のところどころに浅い傷はあったが、命に関わるようなものはない。シルトは自身の腕に走った一本の大きな傷を一瞥してから、それを隠すように盾を持ち替えた。あまりみんなを心配させたくない。


「さあ、それじゃあさっさと転移魔窟を倒して戻ろうか。大分遅くなっちゃったしね」

「そうですね」


 立ち上がって、壁に寄り。シルトは拳を思い切り引いてから、目の前を殴りつけた。

 撓む――というか、ゴムのように伸びたそこを、アルバが思い切り斬りつける。

 一発では駄目だ。再びシルトが殴り、アルバが斬る。三、四、五、六――そして、十五。変化は遂に現れる。


 爆発のような魔力の奔流。


 そして、あっけなく転移魔窟は消滅した。



 ◆◇――――◇◆



「今日はありがとうございました」


 迷宮を出、王都の門の前まで来て、全員で一息ついたところで、イリーナがおもむろに礼を言った。突然の発言に面食らったように、ロディアがぶんぶんと手を振る。


「いえ、こちらこそイリーナさんがいなかったらどうなっていたか……」

「敬語はなしですよ、ロディアさん」

「あ……すみま――ごめんなさい」

「……まあ、取り敢えずはそれでよしとしますか」


 ふふ、と口元に手をやって笑う。ひとしきり笑ってから、思い出したように再び口を開く。


「ありがとうございました――というのは、私と一緒に行動してくださったことです。みんなで冒険するというのは、一人とは比べ物にならないほどに楽しくて、吃驚しました」

「それこそ、こちらこそだよ。イリーナさん。僕たちも楽しかった」

「そうだな」


 恥ずかしげに笑い合って、四人は少し笑う。そのまま声が消えても、暫くは誰も声を発しなかった。

 静寂を破ったのは、ロディアの声。


「それじゃあ、あたしたちはもう帰らないと。門限もあるし」


 現在、既に日はとっぷりと暮れて、丸い月が空の天辺を飾っている。

 イリーナも、私もまずいんですよね、と苦笑いした。


「では、また。ご縁があれば会いましょう」

「またね」


 シルトが言って、残る二人も手を振る。全員が、歩きながら何度も振り返り、相手が見えなくなるまで手を振っていた。



 ――そして、その後。


「あ! シルト、あんたこんな大きい怪我してたのに黙ってたの!? 今すぐ医務室行ってきなさい! まだ当直の先生いるから!」


 隠していた怪我はあっさりバレて、シルトはロディアにこっぴどく叱られる羽目になった。


 それから。


「――思い出した」

「何さ」


 ロディアがハッとしたように口元に手をやったのは、その翌日のことであった。

 一体何事かと、二人が彼女の顔をまじまじと見る。


「イリーナ・アルガード」

「え?」

「アルガード家の――侯爵家の次期党首よ、あのお方は」

「え――ええええ!?」


 アルバは冷や汗を一筋垂らし、ロディアは青ざめた顔で少し震える。

 シルトの驚愕の声が、憎らしいほどに澄み渡った空に吸い込まれた。

 よりにもよってアルガード家とは。


 ――嗚呼、自分たちは何て無礼な真似をしていたんだろうか。


 後悔先に立たず。至言である。



皆さんご存知かと思いますが、爵位は上から順に


公爵 侯爵 伯爵 子爵 男爵。


イリーナの実家はかなり高めの地位になります。

因みに、公爵は一国を作り上げることも出来るんです。彼女の実家については、次々回に詳しく説明します。

彼らが作った国は、名が「○○公国」となる訳です。 by S男

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