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SHIELD  作者: ミヤモト リオ
第一章 学園編
3/13

第二話 依頼《ケース1》

「《屍魔導(リッチ)》の討伐?」


 翌日、ロディアの持ってきた依頼を見て露骨に嫌そうな声を上げたのは、シルトであった。それもそのはず、屍魔導は魔術を次々に使ってくるのだ。

 魔力の量はそのまま他者の魔力への抵抗力となる。シルトはそれが、ほとんどゼロに近い。魔術系のモンスターの屍魔導とは明らかに相性が悪いのだ。アルバの魔力は人並み程度で、ロディアはその三倍ほど。シルトだけが嫌がるのにも納得が行く。


 しかし、そんな反応を示したシルトに対して依頼を持ってきたロディアは至極あっさりと解決策を提示した。


「【対魔(たいま)の大盾】って、確かまだあったでしょ? あれでいいじゃない」

「……あぁ」


 シルトは少しだけ何かを思い出すようにしてから、分かったのか分かっていないのか、曖昧な納得を見せた。


 【対魔の大盾】。

 四年ほど前にシルトが大枚を叩いて購入した『あらゆる魔術を防ぐ』と銘打たれた盾である。本来、通常の魔術――魔力によって変換され、質量を持つよう になった魔術――であればただの盾でも防げるのだ。問題は、所謂『黒魔術』。属性こそ持っているものの、それは実体を持たずに対象の身体に潜り込み、動き を阻害したり、魔力の()りを邪魔したりする。目視は可能だが、追尾してくるそれからは、本来逃れる術はない。そこまで強力な呪いが存在しないことだけが幸いだ。

 そんな底意地の悪い妨害手段を防ぐことが、【対魔の大盾】には可能なのだ。


 ――と、それだけ聞くと随分優秀な装備に聞こえるが、件の盾には大きな欠点がある。それは木製(、、)であることだ。通常魔術であればその木に宿った魔術によって霧散するが、その代わりに魔物の爪での一撃にすら耐えられない。

 詰まるところ、物理防御力が圧倒的に足りないのだ。表に鉄板の一枚でも貼れば、と考えたこともあったが、それでは魔術が防げなくなって本末転倒である。

 とはいえ高い金を払って買った手前、売り払うのも気が引ける。よって、現在ではシルトの倉庫の肥やしになっていた。


「屍魔導に会うまでの他の魔物を相手にするときはどうすればいい?」

「あれ、大盾とは言ってもかなり小さめでしょ? 左手にあれ付けて、右手に普通の盾付ければいいんじゃない?」

「……なあ、ロディア」

「何よ」


 うんざりした顔でロディアに顔を向けるシルト。相変わらず覇気のない瞳で、ジトーっとした視線で睨む。しかしロディアは気にした素振りもなくシルトを睨み返した。


「あの盾、木の癖に凄い重いんだよ……」


 しょうもない理由だった。


「あのねぇ……、シルトもいい加減鍛えてるんだからそのくらい大丈夫でしょ?」

「いや……持てると言えば持てるけどさ。屍魔導がいるのってかなり下層だろ?」

「《魔術師ノ墓標》の八階層だったはずだ」


 今までは黙って話を聞いていたアルバが口を開いた。軽鎧と短剣という手軽装備の彼はどうでもいいらしい。

 さて、《魔術師ノ墓標》はDランクの迷宮で、比較的広い造りをしている。入り口から八階層までは、凡そ四時間かかる。


「いやいやいや、面倒くさいじゃんか。他に何か依頼あるだろ」

「我が儘いわないの」

「そうだな、さっさと行こう」


 ロディアとアルバに言い切られ、シルトは渋々ながら立ち上がる。

 目指す先は、幾つもの盾ばかりが置かれた倉庫である。




 案外、簡単に見つけ出せた【対魔の大盾】。角の取れた長方形の板に幾何学的な紋様の描かれたそれと、反対側の腕には物理防御用のかなり軽い金属で出来た楕円の大盾を装備したシルトは――なんというか、非常にゴテゴテしていた。


「動き辛い上に重い……ああ、これで四時間歩くのか」

「あたしだって(スタッフ)持って四時間も歩くなんて嫌よ」

「じゃあやめよう」

「そういう訳にはいかないでしょうが」


 ほんの僅かとはいえ愚痴を漏らしながらも、強硬な態度を崩さないロディア。シルトは違和感を覚えた。


「なあロディア、何だって屍魔導の討伐に拘るんだ? いくら僕でも、何かあると思うぞ」

「うっ」


 ロディアがあからさまに怯んだ。疑念を深めたシルトは、追撃を放つべく口を開くが――


「我が儘もいい加減にしろ、シルト。行くぞロディア」

「あ、う、うん」


 歩き出したアルバに、ロディアが従う。残されたシルトは、何だ……? と首を傾げてから、置いて行かれてはかなわないと二人を追った。



 ◆◇――――◇◆



「もー!! なんなのよさっきから!!!」


 ロディアが、その金髪を振り乱しながら叫んだ。

 その足元には、大量に蠢く、薄桃色の触手のようなものが絡み付いている。シルトは無様に捕らえられ、アルバは必死に自身とロディアに絡みつくそれを叩き切っていた。


 《魔術師ノ墓標》は所謂一般的なタイプの――形状固定型――迷宮だが、魔力による感知が非常に難しい罠が多く設置されている。

 迷宮の罠は基本的にそこに生息する知性の高い魔物が設置する。この迷宮でいえば、魔骸骨(スカルマジシャン)骸骨頭領(スケルトンロード)などが代表的だ。

 しかし当然、大掛かりな罠や危険度の高い罠は目視での確認がしやすい。更に、ロディアであればある程度は罠にかかった魔術を無視しての感知ができる。

 今回のこの惨劇は、屍魔導との戦いのために魔力を温存しようと省エネ運転で感知魔術を作動していたロディアが、四階層で巧妙に隠された痕跡を捕らえられずに発動してしまった罠によるものである。


「こりゃなんの魔物だ!?」


 くそ、と汚い言葉を吐いてアルバが必死に触手を防ぐが、切っても切っても湧き出るそれは一向に減る気配が無い。遂にはアルバも自分を守るので手一杯となり、ロディアが捕らえられてしまった。両手を拘束して宙吊りという、色々と妄想できそうな体勢である。


「あ、ちょっと! なにすん、いやっ、なんか変なところ……んっ! なに、これぇ……」


 色っぽい悲鳴を上げるロディア、絡みつく触手、逆さづりになりながらごくりと唾を飲み込むシルト、剣を振るうアルバ。なんとも奇妙な――いうなれば、混沌とした光景である。


「ちょっ、やめ……あんっ!?」


 色々と問題のありそうなところを(まさぐ)る触手。

 同じところを何度も往復されたり、全身くまなく粘液を塗り付けたりされるうちに、次第にロディアの声に艶が混ざる。吐息が荒くなり、びくんびくんと僅かに身体が跳ねる。、肌に浮かんだ汗と触手の粘液で金髪が張り付き、開いた口からは僅かに舌が突き出される。ついにはその目が蕩け始めた。


「んっ……いやぁ、やめて……こんな、嘘よぉ……! あっ、はぁ、ンッ……あッ!?」


 本格的に雌の声が混ざり始めたロディアの声を聞いて、アルバの剣があからさまに鈍った。幼馴染の痴態を目の前でまざまざと見せ付けられたシルトは目を逸らすこともできずに凝視してしまっている。

 本来ゆったりとした造りのローブは僅かに破かれ、隙間から覗く白い肌が艶めかしい。平均的な大きさの――いや、少し大きめな胸が圧迫されてむにゅりと淫靡に形を変える。


「ちょっ……ローブ、破るなぁ……! いや、待って、そこはだめ……ひゃんッ! イッ……はぁ、はぁ、あっ! おねがい、もうやめて……」


 そして、口の端から涎を垂らし始めたロディアの懇願の声が届くはずもなく。

 遂にその先端は、未だ男を知らない、たっぷりと蜜を含んだ蕾へと――――


「やめなさいって……言ってるでしょうがーーッ!!!」


 魔力が爆発した。温存しておくはずのそれを盛大に使って、周囲に回転する氷の刃を作り出す。触手――自身を拘束するものとけしからん動きをするものを全て切断した。


「《水よ》《我が魔力を糧に》《氷となり》《我に仇為す》《あらゆる存在を》《永遠の凍土へと》《葬り去れ》《アイスエイジ》ッ!!!」


 ピキンと、音は一瞬だけ。本来ならばその倍はかかるような詠唱を省略し、周囲一帯を氷で覆いつくす。アルバとシルトは、範囲指定によって対象から外された。

 シルトは自身を縛り上げていた触手が凍ったそれを膂力で破壊して脱出し、アルバはふぅ、と白い息を吐く。


「「「寒ッ!!!」」」


 走ってエリアを脱出した。



 なんとか冷気の届かないところまで到達した三人は、気恥ずかしさから互いに目を逸らしたまま《炎》属性の適性を持つアルバの起こした焚き火で温み、ロディアの魔力回復に努めていた。屍魔導との戦闘では、魔術での攻撃――正確にはそれによる屍魔導の実体化が不可欠だ。実体を持たない魔物には、魔力を含んだ攻撃を当てることによって一定時間実体化させることが有効である。ロディアが消耗していては、苦戦を強いられかねない。

 とはいえ。


「まあ、魔力の消費自体は大したことないから、どっちかっていうと体力回復なんだけどね……」


 ぽつりと漏らしたロディアの言葉に、残る二人の唖然とした顔が向けられた。


「いや……ロディアの魔力消費の抑え方が凄いのは知ってたつまりだけど……とんでもないね」


 諦観と僅かな羨望の入り混じったシルトの呟きに、空恐ろしいな、とアルバが同調する。ロディアは皮袋の水を飲みながら、顔を赤くして視線を逸らす。


 因みに、ロディアは既に予備のローブに着替えていた。



 さて、そんな次第で休憩もすぐに終了し、三人は再び出発することにした。

 五階層から先は罠の数が減る代わりに、出現する魔物の危険度がDランクとしてはかなり高い。


 さらにこの迷宮、フロアボスが異常にうざったい。


「ああくそ、ロディア早くこいつらに魔法当てて実体化させてくれ!」

「分かってるわよ! でもどうせなら群れ全員に……」

「もう普通の盾捨てていいかな!?」


 五階層ではとんでもなく鬱陶しい小さな《怨執(テナシティグラッジ)》の大群に翻弄され、


「臭ェ!! やっぱりこいつ嫌いだ!」

「この臭い中々消えないのよ……」

「くっさ! だからこの迷宮は嫌なんだよ!」


 六階層では鼻の曲がるような腐臭を放つ《死霊術士ノ死霊スピリットオブデスマジシャンズスピリット》に嫌々ながら近寄ってその首を切り、


「ふわふわふわふわしやがって……そのくせ実体持ってるってんだから腹立つな」

「クケケケケケ!!」

「笑ってんじゃないわよ! ああもう当たれぇ!」

「クケケケケケケケケケケ!!」

「攻撃軽いなァ……」


 七階層では笑い声が頭にくるほど耳障りな《道化魔術死(デスピエロマジシャン)》相手にストレスが蓄積された。



「……漸く八階層ね」


 予想していたとはいえ、やはり肉体的な疲労よりも精神的な疲労が大きい。

 屍魔導までもう少しという状況にも関わらず、三人の士気は低かった。

 それもそのはず、先程のロディアの痴態とここまでの戦闘に加え、この八階層の臭気。いたるところに肉片が僅かにこびりついた()が落ちている八階層は、死霊術士ノ死霊ほどではないが、それでもかなり臭い。

 鼻栓でもしたい気分だが、迷宮の中で五感の一つである嗅覚が機能しないというのは致命的に危険だ。実際にこの迷宮で鼻栓をした結果、忍び寄る脅威に気付けずに全滅したパーティーもいるという。臭いとはいえ、命あっての物種である。


「じゃあ、屍魔導の所まで焦らず、でも最高速で向かいましょうか」

「おう」

「そうだな」



 《屍魔導(リッチ)》とは、簡単に言えばローブを纏った骸骨である。しかし、見た目は骸骨の癖に実体がない。ぽっかりと開いた眼窩の奥には仄白い炎が揺らめいている。

 生前は大魔術師であった人物がが、老衰で力尽きる寸前に己を不死にしようとした、その成れの果て。

 魔術師ノ墓標八階層、そのフロアボスである。


「カタカタカタカタッ!」


 骸骨系統の見た目をした魔物に共通の、骨同士がぶつかる音を立てて、戦闘は開始された。


 先手を切ったのは、屍魔導。

 その掌に黒い(もや)を造り出す。それはすぐにアルバへと向かっていき、


「ふんッ」


 瞬時に射線上に割り込んだシルトの【対魔の大盾】によって霧散した。ここにきて、漸くの活躍である。


「《水よ》《瀑布となり》《押し流せ》《アクアウェイブ》」


 リッチは放たれた水流を回避するべく姿を消し、直後三人の背後に現れる。

 屍魔導の真骨頂たる――瞬間的な移動。空間魔術とも称されるそれは、人間には扱えぬ『失われた魔術』。

 しかし、後ろを取ったはずの屍魔導を、事前にそちらを向いていたアルバが正面から見据える。目の穴の奥の炎が驚きに揺れた。


「《炎よ》《我が手より》《出でて》《焼き払え》《ファイアラディエイション》」


 吹き荒れる炎は、屍魔導の魔術障壁に弾かれる。

 だが、もとより直接ダメージを与えることが目的ではない。これによって屍魔導は実体化し、数十秒間は『黒魔術』を使わず、通常魔術のみを使用する。


 シルトは【対魔の大盾】を外し、楕円形の大盾を目の前に掲げる。ざり、と足を滑らせて構えた。


「《水よ》《かの者に》《海神の》《加護を与えよ》《ヘヴィエンチャント》」


 ロディアの掌から生まれた、水色の靄。それが、シルトの身体へと飛び込む。

 シルトの魔術抵抗が低いということは、既に説明してあることだったが、言い方を変えればそれは――魔術が効きやすいということだ。

 即ち。

 『加護魔術(エンチャント)』、その効果は凄まじい。


 シルトの存在感が、数倍にまで膨れ上がるような――その背後に、三叉の槍を抱えた海の神を幻視するほどの、圧倒的な闘気。

 そして彼が行ったのは、単純な攻撃であった。


 盾を構えての、突撃。


 風が唸り、音が捩れる。己が身を凶器とさせて、シルトは一直線に駆け抜ける。

 その軌道が、蹂躙された。

 寸前で身を捻った屍魔導は、僅かに掠っただけで、錐揉みに回転して吹き飛んだ。


「くたばれッ!」


 止めは、アルバの斬撃。

 眼窩の奥の青い揺らめき――それだけを、正確に打ち抜いた。


 からんからんと、乾いた音を立てて骨が落下する。


「……まさか、ここまで綺麗に倒せるとは」


 アルバがぽつりと呟いた。

 通常、屍魔導という魔物はその動きのうざったさから、攻撃が急所である眼窩の炎に当たり辛く、身体やローブをボロボロに傷付けて動きを鈍らせてから倒すのが定石である。

 今回はアルバの向いていた目の前に移動したことと、シルトの突進が直撃しなかったこと、この二つがかなりの幸運となった。


「よし、それじゃ討伐の証拠取らなきゃな」


 屍魔導の討伐の証拠は、その赤黒いローブの切れ端である。

 シルトがしゃがみこんでそれを千切――


「ちょっと待って!」


 ロディアが制止した。思わず止めたシルトの手をどけて、彼女は屍魔導のローブを丁寧に拾う。端の方の擦り切れ意外目立った傷のないそれを大事そうに畳むと、今度は残る骸骨部分の頭を取り外した。


「……何やってるんだ?」


 突然の奇行に目を丸くするシルト。ロディアは僅かに顔を赤くしながら「秘密よ」と言った。



 とまあ、斯様にして討伐は終わり、後は戻って(、、、)証拠を提出し、報酬を受け取れば依頼は完遂だ。

 そう、戻らなくてはならない。

 本来、片道四時間かかる依頼など、授業の後に請けるものではないのである。


「あと……四時間」


 うんざりとした、シルトの呟き。翌日は休日とはいえ、あまりに憂鬱だった。


 ――そして、学園に戻ってからも、ちょっとした事件があった。


 実は請けた依頼が討伐依頼ではなかった。

 と、ロディアは言い放ったのである。


「……はい? じゃあなんの依頼だったんだ?」

「屍魔導の髑髏(しゃれこうべ)の納品」

「……マジ?」

「マジよ」


 何故今まで伏せていたのかと言えば、実入りが悪いから。討伐依頼より、納品依頼の方が報酬が低い。ギルドならば、納品が依頼が発注されてから早ければ『謝礼』があるが、生憎とここは学園である。そんな灰色のシステムは使えない。


「ごめんね。報酬はシルトとアルバの山分けでいいから」

「……いや、いいよ。別に金に困ってる訳じゃないし」

「俺もだ」


 どうせロディアのことだから、何か理由があるんだろう――と、シルトは踏んだのだ。


「そう……ありがとね、二人とも」

「まあ、いいよ。ロディアの恥ずかしい所も見られたし」

「それは忘れなさい!」


 シルトの茶々にロディアは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「というか、依頼主はなんのために屍魔導の頭骨なんか……」

「ダシを取るらしいわ」

「ダシ!?」

「ダシよ」


 ◆◇――――◇◆



 そして、翌日。

 しっかり睡眠を取って、シルトは昼前になってから起き出した。

 軽く顔を洗ってから着替え、少し身体を動かしておこうかと、寮を出たところで――


「ロディア……?」

「……ッ!?」


 女子寮の方へ向かうロディアと、ばったり遭遇した。

 シルトの目線は自然、その胸に抱えた紙袋へと向けられる。視線に気付いたロディアが、それをバッと背後に隠した。


 だが、一瞬遅かった。鍛えられたシルトの動体視力は、その紙袋に書かれた『エスメル手芸店』という文字をしっかりと把握していたのである。


「何やってん――」

「何でもない!」


 被せるように言い放って、ロディアは耳まで赤くして、逃げるように歩き出す。

 取り残されたシルトは、ぽかんとしてそれを見ていた。


 そういえば、ロディアのああいう(、、、、)態度には覚えがあった――と思い、シルトは記憶を探るが、思い当たる節がない。なんだったんだ一体……と、シルトは首を捻った。



 そして、数日後のことである。

 シルトは、ロディアとアルバに呼び出されていつもの談話室にやってきていた。


「はい、これ」


 どこかで見た、赤黒い布だ。

 と、それを受け取ってから考えた。三秒ほど悩んでから、ふと合点がいく。


「ああ、屍魔導のローブか」

「元は、ね」


 しかし、なんでいきなり渡したのかと、首を傾げる。そんなシルトに、ロディアは呆れたように溜息を吐いた。


「今日は何の日か、覚えてる?」

「……?」


 とんと気付く様子がない。額に手を当てて、やれやれと呟いた彼女は、これは何時までたっても正解にたどり着きそうにないと、答えを教えてやることにする。


「誕生日プレゼントよ」

「……あぁ」


 そういやそうだったっけ、と無気力に呟くシルト。


「さあ、ちょっと着てきなさい」


 言われるままに着てみれば――それは、シルトの身体にぴったりと合うコートであった。細かい紋様の彫られた、金色のボタンが付けられている。端の擦り切れた襤褸から、これを作り出したのだ。プロの手も入っているのだろうと、踏んだのだが。


「全部手作りなんだから、大事に着なさいよ」


 聞けば、ボタンの細工まで、わざわざ魔術を使って彫ったらしい。

 しかし、何故そこまで手間をかけたのか。例年では類を見ない出来である。


「いや、だって、シルトは魔術の抵抗が低いじゃない。そのくせ、面倒臭がって【対魔の大盾】滅多に使わないし。魔術を防いでくれる屍魔導のローブなら……と思って。金色のボタンには私の魔力だけを通すようにする魔術をかけてあるから、外さないでね」


 顔を赤くして、ロディアは一息に言い切った。

 シルトはそれを見て、急に顔が熱くなる。

 何だっていうんだ一体、と頭の中でひとりごちてから、「ありがとな」と頭を下げる。


「大事にするよ」

「ふ、ふん、当然でしょ」


 元々赤い顔を更に真っ赤にして、ロディアはそっぽを向く。その顔には僅かな笑みが浮かんでいた。シルトは無性に嬉しくなって、頬をかいた。


「んじゃ、俺からはこれな」

「あ、ああ、うん。ありがとう、アルバ」


 アルバに渡されたのは、短めの片手直剣。左手用だ。


「ちょっとは攻撃もしてみたらどうだ。力はあるんだから、ちょっと技を磨けば様になると思うぞ」

「……ありがとう、アルバ」


 なんと、ロディアのくれたコートには剣を挟むのに誂え向きのベルトがある。二人で示し合わせて作ったのかと目を向ければ、二人とも驚いたように顔を見合わせる。どうやら本当に偶然だったようだ。


「はは、二人ともありがとうね。僕、君たちのこと大好きだ。これ、大事にするよ」


 ほんの僅かに出た涙を拭って、言う。

 赤くなった三人の頬を、窓から吹き込んだ風が、やわらかく撫でた。

我々の益体もない掛け合いを見せても意味なくね、ということで、活動報告のほうへ移動することとしました。ご了承ください。

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