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春の夜長に恋占い 5

 先生の車は、学校裏の職員用駐車場に止めてあった。乗れ、と言われて、あたりに誰もいないことを確認してから助手席に乗り込む。

 だって、桐生先生と何か噂にでもなっちゃったら芽依にきっと跳び蹴り喰らうわ。

 先生の車は、芳香剤などは置いていないらしく、革のシートの匂いがした。

「うちに行く前に、少し寄る場所がある」

 シートベルトをすると、私の返事を聞かずに先生は車を発車させた。

 今日は、昨日の4人とあたしを集めて、先生の家で話をすることになっていた。あたしにしてみれば、まるでつるし上げ。もうどうしたらいいのやら。

 車は学校を出ると、住宅街の細い道を抜け、交通量の多い広い道に出た。制限速度オーバー気味に、先生は車を走らせる。

「あの、どこに、行くんですか?」

 私はどこへ連れて行かれるのか。まさか、このまま怪しい人達に売り飛ばされるとか!?

 桐生先生は私を見はせずに、低い声で答えた。

「病院」

 病院? 病院ですって?

 まさか、これから私は病院へ連れて行かれてあんな検査やこんな検査で昨日の謎の力を調べられるのかしら? そして何か気になることがあったら、いつの間にか薬を打たれて眠って、解剖されるんだわ!

 SF映画のような想像を巡らせていたら、車はどこかの地下駐車場に入った。慌てて首を巡らせると、香堂(こうどう)病院、と書いた看板が目に止まる。

 香堂病院、芽依のお母さんが勤めている病院だ。

 桐生先生は適当な所に車を止めた。先生がシートベルトをはずして、車から降りるから、私もそれに習う。暗い駐車場に足音が響く。広い背中を追いかけて、エレベーターに乗った。

 エレベーターは広いロビーに着いた。ロビーを突っ切って、総合案内へ向かう。

 受付の無愛想なお姉さんになにやら告げた先生は、面会者と書かれたバッジを2つ受け取り、1つをあたしに渡した。

 胸にバッジをつけて、エスカレーターを上がり、2階のホールからエレベーターで今度は6階へ。

「あの~、一体どこへ……」

 2人きりのエレベーターの中、遠慮がちに尋ねた私をちらりと振り返り、先生はまた、前を向いた。

「……同じクラスに、香堂っていうのがいるだろ」

「香堂……香堂、優君ですか?」

 あたしと同じクラスの2年3組には、香堂優、という男の子がいる。でも私は彼の顔を知らない。なぜなら、香堂君は病気で、クラス替えのあった新学期から一度も登校していないのだ。

 でも、あれ、ちょっと待てよ……

「香堂病院って、もしかして……」

「ああ、香堂優は、ここの病院長の息子だ」

 ひー!!! 身近になんていうセレブが!!

 緊張しながらついていくと、桐生先生は廊下の一番奥の、他とは少し違う立派な扉に手をかけた。

「優、入るぞ」

 どうぞ、と爽やかな声が聞こえて、桐生先生が引き戸を開けた。

 床は全面カーペット。応接セットがあって、冷蔵庫もあって、テレビも大きい。まるでホテルの部屋のようだ。ドアの向かい側は全面窓ガラスで、室内はとてもあかるい。入ってすぐの左手にはお手洗いと、専用のシャワールーム。そして、奥へ進み、右手にベッドがある。

 そこには、小綺麗な顔立ちをした、男の子がいた。

「こんにちは」

 男の子が柔らかく笑う。色素の薄い茶色い髪が揺れる。同い年の男の子の割には、少し細い。

「こんにちは……」

「優、今日は調子が良さそうだな」

 桐生先生が普段からは想像もつかないくらい優しい声で言った。先生、そんなに優しい声が出せるのね、とあたしはちょっとびっくりする。

「うん。今日は気分がいいよ」

 男の子がまた笑う。儚い、消えてしまいそうな、笑顔だ。

「君は、確か、樫原さんだっけ? おなじクラスだったよね」

「え、どうして……」

 会ったこともないのに、あたしの顔を知っているのだろう、と戸惑っていたら、答えは向こうから教えてくれた。

「啓介に写真入りの名簿、見せて貰ったんだ。学校に行った時、誰の顔もわからないと寂しいから」

 啓介って、誰よ。

 聞こうとして、あたしは思い出す。そうだ。桐生先生の下の名前、啓介、だ。

 それにしてもこの人、桐生先生を下の名前で呼び捨てにするなんて、なんて命知らず、いや、根性のある人なんだろう。

 じっと、その小綺麗な顔を見ていたら、彼も、あたしを穴があくほどに見つめて返してきた。ちょっと居づらくなって目を逸らす。逸らした目をもう一度元に戻しても、彼はあたしを見ている。

「あ、あの……」

「そして、君が、怨を浄化させた子なんだね?」

 そっと、冷たい手で心臓を掴まれた気分だった。彼の顔は笑っている。笑っているけど、笑っていない。そう、この目は、――あたしを量っている。

 初めて向けられる種類の視線に、あたしは恐ろしくなって、一歩さがった。隣から、静かな溜息が聞こえる。

「優、よせ。あまり説明してないんだ。これから、うちに行って話すことになってて」

「そう。なら、啓介、少しはずしてくれる?」

 彼は桐生先生の話を聞いていたのか。

 どうしてそこで、ならはずしてくれ、になるのか。

「しかし、」

「いいから」

 桐生先生も困った様子で食い下がるが、彼に静かな瞳で見つめられると、しぶしぶ部屋の外へ出て行った。

 ちょっとー! 行かないでー!!

 心の中でどれだけ叫んでも、そりゃあ聞こえないんだから通じない。

 二人っきりにされたあたしは、戸惑いと、恐怖で、全速力で逃げ出したい気分だった。

「僕は香堂優。見ての通り病弱だから、あまり学校には行ってない」

 香堂君がゆったりと首を傾けた。細い髪が揺れる。

「……そうみたいね」

 答えると、香堂君が息を吐き出しながら笑って、ベッドから降りてきた。応接セットを指差して、あたしに座れと言う。

 大人しく弾力抜群のソファーに腰掛けると、香堂君はあたしの斜め右に座った。彼からは消毒用エタノールの匂いがする。

 そして、香堂君は、本日一番の笑顔で言った。


「僕ね、来年の7月3日に死ぬんだ」


 ……冗談言ってるの?

 いや、冗談には聞こえない。

 冗談を言う時の顔でもないし、やっぱり目が笑ってないし、あたしの心臓は破裂しそうだし、入院中の蒼白な顔で来年死にます宣言なんて、冗談にしてはひどすぎる。

「それが僕の寿命なんだって」

 畳みかけるように一言付け加えた香堂君は、視線を持ち上げて、またあたし見つめた。

「香堂君、」

 震える私に、香堂君は笑いかける。

「優、って呼んで。あんまりそう呼ばれるの、好きじゃないんだ。僕も君を美雪ちゃんって呼んでも良いかな?」

「あ、うん……」

 頷いたあたしから視線を逸らして、壁を見つめながら優君は淡々と言った。

「僕だけじゃない。秀一も、龍一郎も、桜多も、啓介も、みんな寿命が決まってる。助かるためには、徳を集めなくちゃならない」

 ”徳”。

 昨日、桐生先生達が持っていたガラス玉の中に入っていたものだ。

 そしてあたしは重要なことを思い出す。

 ガラス玉を割ったのは、あたしだ。

「詳しいことはあとで啓介が説明するよ。僕より上手いと思う。あいつ、一応先生だしさ。あ、啓介とはいとこなんだ。母のお姉さんが啓介のお母さんでね、」

 明るく優君が笑う隣であたしは再び蘇ってきた罪悪感に押しつぶされそうになっていた。口を閉ざし、目を潤ませはじめたあたしに、優君が気がついて、言葉を切る。

 そして、あたしの顔を覗き込んで、静かに言った。

「君が昨日、割ってしまったガラス玉の中には、僕らが集めた徳が入ってた。西の湖に沈めに行くことになっていた。西の湖には白蛇がいる。蛇は、僕らの呪いを解くことが出来ると言われている」

 ぽたり、と涙がひとしずく膝の上に落ちた。

 彼は、助かるはずだったのだ。あのガラス玉の徳をあたしが逃がしさえしなければ。

「ごめんなさい。あたしが、あたしが、変なことしなければ、あなたは……!!」

 泣けば許して貰えるなんてそんなことは思っていない。

 でも止められない。こぼれる雫が膝に乗って、小さな水たまりを作った。やがて重みに耐えきれなくなり、落ちて、ソファーを濡らす。

「美雪ちゃん、顔あげて」

 首を小刻みに振って、あたしはごめんなさいと繰り返した。

 どうしよう、どうしよう、なんてことをしてしまったのだ。あたしの短慮が、誰かの命を終りにしてしまうなんて!

 優君がそっと、膝の上で握りしめていたあたしの手を、こぼれた涙ごと握った。

「泣いちゃだめだよ。まだ、泣いちゃだめだ」

 優君は色素の薄い茶色い瞳で、あたしを覗いている。

「君は昨日、怨を浄化させたと聞いた。それは今まで僕の役目だったんだ。だから美雪ちゃん、僕の変わりに、徳を、集めてくれないか?」

 驚愕で、波が引くように涙が引いてゆく。

「私、が……?」

 うん、と言って優君が頷く。

「実は今、本当に調子が悪くて、外にはほとんど出られない。来月新しい薬を使うから、それが効いたら一度退院できることにはなってるんだけどね」

 その薬が効く保証はあるの?

 あたしの表情からあたしの感情を読み取ったらしい優君は、うっすらと笑って、自分に言い聞かせるようにあたしに言った。

「大丈夫、効くよ。僕の命日は来年の7月3日で決まってる。それまでは死ぬことはないからさ。でもさすがに今はちょっと体が辛くてさ。だから僕の変わりに、彼らを助けて欲しい」

 握る手に、痛い程の力がこもる。

「美雪ちゃん、僕らを、助けて」

 覗く瞳には、うすく水の膜が張っているように見えた。


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