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春の夜長に恋占い 4

「おはよー、美雪!」

 元気の良い声と共に、芽依の跳び蹴りが背中に命中する。あたしは顔面を廊下に当てそうになって、寸でのところで手をついた。

「何すんのっ!?」

「昨日来なかったおしおきよ。この裏切り者」

 言って、芽依は馬乗りになったままあたしの頬を引き延ばした。

「……ごめん」

 大人しく謝ったあたしを見て、芽依は、髪を払いながら立ち上がる。彼女ご自慢の、少し強めにカラーリングされたウェーブヘアーがさらりと舞った。

「……言い訳でもすりゃあ、もうちょっと怒ろうかと思ったけど、そんな素直に謝られたら何にも言えないじゃないの。それで、弟君大丈夫なの?」

 芽依には、まだ弟が盲腸になったことは言ってない。びっくりしたのが伝わったのか、芽依がにやりと笑う。

「忘れた? うちのママ、看護師よ」

「あ、」

 そうだった。忘れてた。芽依の母親は、この町唯一の総合病院、香堂病院の看護師なのだ。それも外科病棟の主任だ。

「メールのひとつでもくれりゃいいのに、くれないんだもん。あたし、美雪が間違えて旧校舎のほうにいっちゃったのかと思って見に行ったわよ」

 ああ、だから芽依は、校長室の前にいたんだ。

 あたしは心の中で納得しつつ、それは顔にださないように、申し訳なさそうに笑った。

「ごめん。携帯、家に忘れちゃって」

「いいよ。そういうこともあるって。それより、昨日すっごくいいことあったの!」

 芽依が目を輝かせる。あたしはその良いことが何か知ってるけど、しらじらしく聞いた。

「なに?」

「昨日ね、私、弁天さまにお祈りしながら貧血おこしたみたいでね、倒れちゃったの。校長室の扉が開いてたからって勝手に入って、直接見たのが悪かったのかしらね。

 ――で、いつの間にか、誰かが私を保険室に運んでくれてたの。ねえ、誰だと思う?」

 ここで、芽依はもったいぶって言葉を切った。

 校長室に不法侵入なんて、そんなことしていたの、と思ったあたしを放って芽依はとにかく楽しそう。だからその先を知っていたあたしも、身を乗り出した。

「え、誰誰?」

 我ながら名演技。芽依が嬉しそうに笑う。頬が赤い。

「桐生先生だよ! たまたま残業してて、私を見つけてくれたんだって!」

「うそー!! すっごーい!!」

 歓声をあげて、あたしは芽依の手を取った。芽依が満面の笑みを浮かべて、照れる。

「でしょう? でしょう? その後、先生車であたしを家まで送ってくれたの。夢のような時間だったわ! やっぱり効くのよ、あのおまじない!」

「あ、はは……。うん、そうだね」

 昨日の弁天の般若みたいな顔が思い浮かんで、あたしは目を逸らした。

「美雪、どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

 あのあと、芽依を保健室に運んで、桐生先生は彼女が目覚めるまで残った。

 あたしは残りの3人に送られて家に帰った訳だけど、あの時のきまずさと言ったら!

 3人はあたしが弁天に何かしたのが信じられないらしくて、あたしを何度もちらちらと見るし、誰も口きかないし、もう息が詰まって詰まって、自宅がシャングリラに見えたわ。

「ねえ、美雪、大丈夫?」

「うん平気だ、よ」

 と、顔を上げたあたしは、突然目の前に現れた秀麗な顔に、叫びそうになった。いや、叫んだわ。でも口をふさがれて声が出なかった。

「ホント、顔色悪いぜ、美雪ちゃん」

「ふぁふぃふゅふぃしぇんふぁいっ!!」

「うーん、何言ってるかわかんね」

 秋月先輩は爽やかに笑うと、あたしの口から手を離した。

「にしてもひどいなー美雪ちゃん。昨日一晩一緒にいた仲だってのに、俺の顔見て叫ぼうとするなんて」

「ひ、一晩っ!?」

 芽依が頬に両手を当てて仰け反った。

「先輩、いきなり何言うんですかっ!?」

 うそー、次あのこなのー? とか、聞こえる。どうしよう、これ、あたしが先輩の“次の子”って勘違いされたんじゃない? まずいわそれ、親衛隊に殺される!

「ははは、まちがっちゃいないだろ?」

「意味が違います!」

 秋月先輩は、顔を真っ赤にするあたしに色気たっぷりに微笑みかける。そして、

「ま、今日もよろしくな」

 と火に油を注いで、去っていった。

「美雪、どういうこと?」

 背中に刺さる芽依の視線が痛い。

「い、いや、これは、その、」

「どういうことなの!? あんたいつの間に二宮学園に生息する野生のジャニーズ、秋月秀一を捕まえたのっ!?」

「捕まえてないよっ!」

「じゃあ何なのよあれは!?」

 どうしよう、これ、説明しなくちゃいけないのかしら。でも説明のしようもないし。

 困っていたら、丁度良く予鈴が鳴った。

「あ、ほら遅れちゃう。先生に怒られちゃうよ」

「それはまずいっ!」

 あたし達は、慌てて駆け出した。




「え、あの子? どうして? 今までにくらべると、ひどくない?」

「ほんと、ちんちくりよね」

 ドアからあたしを覗く、人、人、人!

 みんな秋月先輩のファンだ。今のところ親衛隊の姿はないようで、あたしは胸をなで下ろした。しかし、

「で、どうなの?」

 昼休みになって、速攻あたしのところに駆けてきた芽依が、腰に手を当てて仁王立ちになっている。すごい、背後に昨日の弁天が見えるわ。

「だから、違うんだって! 先輩とはなんでもないの! その、あたし、昨日遅くに一応学校へ向かったんだけど、芽依、いなかったから。それで帰りがけに秋月先輩に会って、危ないからって送ってくれたのよ」

 午前中の間、必死に考えていた言い訳を途切れ途切れに言い募った。芽依は疑いの眼差しをあたしに向けていたが、やがて息を吐いて、前の席の椅子に腰掛けた。

「本当に?」

「うん。本当。あたしだって、先輩があんなこと言うから迷惑してるの」

 ドアの向こうを見ながらぼやくと、芽依はようやく信じてくれたようだった。

「確かに、あんた目立つの好きじゃないもんね」

「うん」

「わかった。信じる」

 そう言って立ち上がった芽依は、衣替え寸前の冬服を、実際捲らないのに腕捲りする動作をしながら扉へ歩いて行き、教室を覗き込む女の子達の鼻先でドアを閉めた。

「見られてちゃ、ごはんだっておいしくないでしょ?」

 そう言ってあたしの親友は片目をつぶった。

 ああ、もう、あたし、本当に彼女と親友でよかった。そう思う瞬間である。

「さあて、食べよう食べよう」

 芽依はうきうきと鞄のなかからお弁当箱を取り出した。

「今日は、なっにかなー」

 芽依の家はお母さんが看護師で忙しいから、お弁当はお父さんの仕事だそうだ。一応働いてはいるのけど、考古学者だかなんだかで、大体家にいる。殆ど主夫だ。

 そして現れた芽依のお弁当は、中々壮観な眺めだった。半分ご飯、半分唐揚げである。

「うわ、茶色い!」

「……喧嘩でもしたの?」

 だからこんな嬉しい通り越して切ない弁当なのではないか。笑いをこらえるあたしを睨んでから、芽依は顔を顰めて唐揚げをひとつ、箸で突き刺した。

「んもう、お父さん最近、西條湖の事で頭一杯なのよ」

「西條湖?」

「そ。西にある湖よ。蛇が住んでるんだって」

 すっと、心臓から血の気が引いていく。

(西の湖……)

 昨日聞いた。

 彼らが、話していた。あの声がまざまざと頭に蘇る。


 ――西の湖に、沈めに行こう


「みゆき?」

 固まったあたしを、芽依が訝しんで覗き込んでいる。あたしは慌てて取り繕った笑顔をみせてから、お弁当に箸をつけた。

 落ち着いた様子を振る舞っていたが、内心心臓は弾けそうだ。

 震えそうになる声を、手を、必死に押さえ込んであたしは聞いた。

「……蛇って、なに?」

 芽依は目をまんまるにすると、そんなことも知らないのか、と嘆くような動作をした。

「白い蛇よ、大蛇! 神通力って言うの? もんのすごい力を持ってるって言われてて、実際あの湖、埋め立てようとした建設業者に死人がでたり、ボートで釣りしてたおじさんのグループが帰らなかったり、結構色々あるのよ」

「まゆつばじゃないの?」

「本当よ!」

 芽依が両手を振り回しながら必死に説明をするものだから、あたしはおかしくなって吹き出してしまった。それを見て、芽依がますます機嫌を悪くする。

「ちょっと、笑ったな!」

 芽依が復讐とばかりにあたしのお弁当からハンバーグを攫った。

「それメインディッシュ!」

 口をもごもごさせながら、芽依は箸を置き両手を広げる。

「聞いて驚け! この白蛇さまはね、条件クリアすれば、なんでも願いを叶えてくれるんだぞ!」

 緩み駆けていた心臓の緊張が、ブーメランのように戻ってきた。ああ、本当に心臓に悪い。最近あたし、どきどきしっぱなしだ。

「なんでも、願いを……」

 呟いたら、芽依はすでに空になったお弁当箱を仕舞いながら、拗ねたように頬杖をついた。

「でもね、実は、最近その西條湖、干上がっちゃったみたいなの。それでお父さん、湖に夢中になってるのよ。あーあ! あたし、この夏休みに桐生先生と結婚したいってお願いに行こうと思ってたのに」

 大胆なことを言うが、あたしは上の空である。何も答えなかったら、じっとりと睨まれた。咳払いをしてから、残ったお弁当をつつく。

「桐生先生と結婚したら、毎日が檀家との戦いだよ」

 昨日の夜、あたしに10時を報せてくれた鐘。その鐘のあるお高さんは、桐生先生の家だ。桐生先生は、お寺の一人息子なのである。

「だって先生、家は継がないって言ってたわよ」

(どうだか)

 あたしは肩をすくめるのを答えにした。



 終礼が終わって、さあ、帰ろうと立ち上がった時、1日避け続けていた人に、とうとう捕まってしまった。

「樫原、少し残れ」

 硬質な、それでいて、穏やかな声。

「――はい、先生」

 桐生先生は、素直に返事をしたあたしを一瞥すると、進路相談に話しかけた女の子達に丁寧に返事をしている。

 言い方はそっけないけど、本当はすごく面倒見が良いってみんな知ってる。

 昨日芽依を保健室に運んで、目が覚めたら送るって言ってくれたのも、先生からだった。

 その芽依は、今日は部活。彼女は弓道部のエースで、本当に強いんだから。帰宅部で、勉強も運動も人並みで、秀でたところのない、あたしの自慢の親友。

「樫原、少しここで待てるか?」

「はい」

 あたしが頷くのを見ると、桐生先生は女の子達を引き連れて教室を出て行った。だんたん人がいなくなって、私は1人取り残される。

(帰っちゃおうかな……)

 携帯電話を弄りながら、ぼんやりと教室で1人、先生が戻ってくるのを待った。

 みんながいなくなって、教室に西日が差し始め、そろそろ帰ってしまおうかと本気で思い始めたころ、桐生先生はようやく戻ってきた。

「樫原、待たせて悪かったな。行こう」

 最後通告に、あたしは、黙って頷いた。


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