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春の夜長に恋占い 2

 ガラス玉の中には、紫色の雲が浮いている。


 ふわふわ、と漂って、とても綺麗だ。

(逃がしてあげなくちゃ)

 彼らは外に出たがっている。だから、逃がしてあげなくちゃならない。

 あたしはガラス玉を高く持ち上げた。さあ、力を込めて、床に向かって――




「おい、お前なにしてるっ!?」

 桐生先生だった。

 そしてあたしは、ようやく自分が何をしていたかに気がついた。ガラス玉を手に持って、突っ立っている。

 その時の桐生先生の鬼のような形相と言ったら!

 だからあたし、慌てちゃったのよ。つるりと手を滑らせて、手から落ちていくガラス玉がスローモーション、それもハイビジョンレベルに鮮明に、目に、記憶に焼き付いた。

 割れて、

 はじけて、

 散らばって、

 光って、

 光の一部があたしの胸に向かって飛び込んできた。避ける暇もない。凄まじい衝撃を感じて、あたしは背中から倒れ込んだ。

 ああ、痛い、痛い、痛い―――――!

 胸が苦しい、息が出来ない。

 背中を丸めてのたうち回ったところで、助け起こされる、というよりは、腕を引っ張られて起き上がらされた。背を掴むようにしているのは秋月先輩。

「おい、大丈夫か?」

「あ、あの」

 ようやく意識がはっきりしてきた。あたし、今、何をした?

千屋(せんや)、水晶は?」

「はじけました」

 千屋とよばれた九条学園の男の子が背を屈め、床に落ちたガラス玉の破片を拾い上げる。

 辛い沈黙。

 4人が私を見つめる目が、刺さるようだ。秋月先輩が握った肩が、痛い。

 ああ、私、とんでもないことをしてしまったみたいだ。

「お前、たしか2-3の樫原(かしはら)だな?」

 黙って頷くと、桐生先生は鋭い瞳を向けてきた。

「こんな時間に学校で何をしてる?」

「あの、私、」

 あなたを好きな友人の為に、おまじないをしにきました。なんて言える雰囲気じゃないわ、これ。

 そう。芽依が好きなのは信じられないことに、ありえないことに、この桐生啓介なのである。

「せ、先生こそ、どうして」

「俺のことはどうでもいいんだよ! あーくそっ!!」

 声を荒げた桐生先生の迫力に、あたしはすくんでしまう。あたしが自力で座れると察した秋月先輩が離れ、先生を咎めた。

「おちつけよ、啓介」

「これが落ち着いてられるかっ! もう少しだったんだ! 優はどうなるっ!?」

 頭をかきむしった桐生先生は、音を立てて近くの椅子に座った。そのまま頭を抱えて黙り込んでしまう。言葉尻は、泣きそうだった。

 眉間に皺を寄せてはいるが、落ち着いた雰囲気の千屋君がすっと出てくる。

「まだそう遠くへは行っていないはずです。一部は彼女の中に入るところを見ましたし」

「本当かっ!?」

 顔を上げた桐生先生は、あたしを睨むと、腕をひっぱて立たせた。

「あの、一体、どういう、」

「おい、お前大丈夫なのか?」

「えっ? 何がですか?」

「喰らったんだろう!?」

「あ、えと、」

 あの光のことだろうか? 確かに、

「はい、少し、浴びましたけど、」

「どこか、苦しいところとか、痛むところとかないか?」

 秋月先輩が柳眉を潜めてあたしを覗き込む。今までただの顔だけじゃんとかおもってたけど、確かにこれは惚れるかもしれない。顔だけでもすごいもん。

「しいていうなら背中が痛いです。あと腕」

 桐生先生は眉間に皺をよせて、あたしの腕を放した。

「軽口たたくようなら、大丈夫だな」

 そして溜息をつく。

「千屋、どれくらいの距離にいるか、わかるか?」

「いえ、優ならわかるでしょうが、俺には……」

「ああ、そうだったな……」

 もう一度息を吐いた桐生先生に、それまで黙っていた四十院君がつかみかかった。

「おい! 何落ち着いてるんだよ! もう一度集めるって言うのか? 何年かかって集めたと思ってるんだよ!?」

「5年だ。だがもう時間がない。遠くに逃げる前に捕まえる」

「そんなこと言ったって、優の寿命はもう残りすくな、」

 四十院君の言葉を最後まで聞くことは出来なかった。

 階上から、ものすごい音が聞こえたのだ。

「おいおい、これ、やばそうだぞ」

 秋月先輩が顔を顰めて、振動でぱらぱらとほこりの振ってくる天井を見上げる。横顔もイケメンはイケメン。とか考えてる場合じゃないわ! 芽依が2階にいるのよ!

 そして不安は的中した。甲高い、悲鳴が聞こえたのだ。

「今の声、芽依だっ!!」

 悲鳴のような声を上げてあたしは走り出した。駆け出したあたしを、4人が追いかけてくる。

「おい、芽依って、」

「あたしのクラスの駿河(するが) 芽依(めい)です!」

「はあっ!? だからなんでお前らこんな時間に、」


 あんたのせいだ!


 ……とは言えないあたしを、もう一度聞こえた悲鳴に顔を引き締めた桐生先生が追い越していく。さっき全力疾走したばかりのあたしはすぐに減速してしまい、3段飛ばして階段を上がっていく男達からは一歩おくれて2階にたどり着いた。


 廊下の突き当たりは校長室である。

 その校長室の前に、みたこともない、巨大な深い闇が渦巻いている。

 暗いんじゃないの。そりゃ、暗いわよ。廊下は電気がついていないんだもの。

 そうじゃない、闇だ。闇がそこにはある。

 渦巻いて、誰かが飛び込むのを待っている。待っているだけでは飽きたらず、誰かを引きずり込もうとしている。

 その誰かは――

「芽依っ!!!!」

 どうして芽依がここにいるの? 弁天様にお祈りするのは、新校舎からのはずだ。

 思わず飛び出したあたしの腕を、四十院君が掴んだ。

「寄せ! 近づいたらお前まで飲み込まれるぞ!」

「でも、芽依がっ!!」

 そこまで言って振り向いて、四十院君が手に持っている物にあたしは目を見開いてしまった。

「メ、メリケンサック?」

「ああ? 悪いかよ?」

 メンチ切られてあたしは思わず身を小さくする。

「いえ、悪くないですけど」

 どうも戦うつもりみたいですど、

「そんなもので大丈夫なんですか?」

「ああっ!? 俺が弱いっていうのか!?」

 言ってません。そんなこと一言も言ってません。だからあたし睨まなくて良いから、早く芽依を助けて下さい。

「おいおい、喧嘩売る相手がちげーだろ」

 笑い混じりの声が聞こえて横を向くと、秋月先輩がこちらを振り向かずに立っていた。手に皮のグローブをはめながら話すその背中には、緊張がみなぎっている。

「あの、あれ、なんなんですか?」

 秋月先輩なら答えてくれるだろうと、闇の塊を指差す。

「うーん、なんだろね」

 うまくはぐらかされた。桐生先生を見ると、なんと先生は刀を持っていた。

 刀よ、刀!

 本物なんか見たことないけど、どうみたって本物なの!

 廊下の窓から差し込む月明かりを受けて、光っている。かちゃ、と音がして振り向くと、千屋君がやっぱり刀を持って立っていた。

 どうしよう、なんて物騒な人達に会ってしまったんだろう。

 あ、待てよ、もしかして、これ何かの撮影とか?

 と思ってあたりを見回してみたけど、カメラなんてどこにもない。

「あ、あのー、その銃刀法違反的なものは一体なににご使用に……」

 おそるおそる尋ねたら、また絶対零度の目で見られてしまった。

「余計なこと聞きましたごめんなさい」

 やっぱり3秒で白旗よ。無理、絶対無理。この人には逆らえない。

「あれは、“オン”だ」

 九条学園が静かな声で言った。

「オン?」

「怨念の、“怨”。人の念を喰って、負の方向へ育ったものだ」

 ああ、どうしよう、物騒な上にファンタスティックな人達だったみたい。芽依、あんたの恋した人は、恐くて絶対零度でファンタスティックだから、

「……弁天だな」

「そうそう、弁天様にお願いしても結構むずか、ってなにがですか?」

 また絶対零度! 恐いんだってばその目!

「確かに弁天ですね」

「だから、なにが、」

「あれだよ」

 秋月先輩の細い指が指すのは、闇よりも深い黒い渦。言われて、あたしもよーく目を凝らした。

 渦の中に、うっすらと輪郭が浮かび上がる。

「ほんとうだ。弁天様だわ……」

 そう、それはあたしも見たことのある、校長室にある弁天様だったのだ!

「おい、お前今、弁天に願うとか言ったな。どういうことだ」

 ザ・絶対零度、桐生先生があたしを見る。

「あ、あの、そのー……」

 恋のおまじないとかって、いわば女子高生が共有する秘密、みたいなものだ。だから先生、しかも男の先生に言ってしまうのは、まるで学校中の女子生徒を売るようで気分が悪い。困っていると、桐生先生が距離を詰めてきた。

 確かに恐いけど桐生先生だって中々の美形だから、黙っている分には近くでみるのもやぶさかではない。やぶさかではないんだけど、お願いだからその抜き身の刀を持ったまま近づかないで!

 一歩あとに引いたら、秋月先輩にぶつかった。そして、にやり、と笑ってあたしの代わりに答える。

「お願いって、この年の女の子が言うなら、答えは決まってるじゃねーか」

「はあ?」

 眉をつり上げた桐生先生と違って、その意を得た千屋君が答えを引き継ぐ。

「恋のまじないとか、そんなところか」

「そうそう、たしか、あれに向かって、」

 秋月先輩は手を組むと、

「オン ソラソバティエイ ソワカ ――だろ?」

 さすが、モテ男。よくご存じでいらっしゃる。

「はい、7回噛まずに早口で。理想は10秒以内です」

「……ハードル高いな、それ」

 だって、女子高生の、秘密のおまじないだもの。

 その時、弁天が叫び声を上げた。体まできしむような、じんじんと辛さが滲むような声に、あたしは両腕を抱きしめて座り込む。

「座ってな。お前のお友達は俺が助けてやっからよっ!」

 秋月先輩が板張りの廊下を蹴って、飛び上がる。

 彼の手のグローブには、闇と同じ色の炎が、燃えていた。

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